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悪役貴族とタイラントレディー!
聖徒会長、帰還!
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「『氷の暴君』!? あのジークリンデがかよ!?」
「おや、ネイト様。聖徒会会長をご存じでございましたか」
「あ、いや、知らないけどさ……」
咄嗟に手を振って否定したけど、俺がジークリンデを知らないはずがない。
もっとも、知っているのは『フュージョンライズ・サーガ』の中の、誰にでも分け隔てなく優しさを振りまく慈母のような女性だ。
少なくとも、生徒にわーきゃーと囲まれて、投げキッスのサービスをするような、目立ちたがりのカリスマモデルみたいな人じゃない。
「私も初めて見たけど、すっごい美人だよねっ!」
ソフィーがぴょんぴょんと跳ねると、どうやらその言葉が彼女の耳に届いたようだ。
「グッド! そこのあなた、ワタシを美人と言ってくれるなんて嬉しいわね!」
すたすたと歩いてくる彼女の足取りは、力強いのに美しい。
ついでに背も俺より高い――目測でも180センチを超えているから、すぐ間近に迫った時、クラリスが息を呑むのも無理はなかった。
「でもあなたも負けてないわよ、トライスフィア魔導学園のニューホープ、世界で唯一の竜魔法の使い手、ソフィー・オライオンさん♪」
ジークリンデの口から名前が飛び出してきて、ソフィーが目を丸くする。
「私のこと、知ってるの?」
「もちろんよ、ワタシは新入生を含めて、学園に在籍している全生徒を覚えてるわ!」
ばっと手を広げる彼女は、オペラ歌手かと思うほど自身に満ち溢れていた。
「貴女の隣にいるのは、旧風紀委員の異端者にして正義の追及者、クラリス、ブレイディ! さらにその隣はメイドのテレサ・カティム……あら?」
そんな彼女の目が、急に俺を見つめたんだから、そりゃあ俺だってどきりとする。
しかも興味津々の様子で、ずい、と顔を近づけてきたんだ。
ゲームの中のジークリンデも美人だけど、こっちの強気な彼女も相当美人なんだよ。
「じゃあ、貴方がネイト・ヴィクター・ゴールディングね? トライスフィアの常識をかき乱して、大騒動を巻き起こしながら人を助ける、トラブルメーカーの悪役さん?」
「えっと、そこまでめちゃくちゃはやってないんですけど……」
顔をすっと離して、彼女は顎に指をあてがい、面白そうに俺を観察する。
「……ふぅん? ドミニク師匠の言う通り、面白い子だわ」
そしてとんでもないカミングアウトに、今度は俺がソフィー達のように目を丸くした。
「師匠!? ドムが師匠って、どんな関係なんですか!?」
「あらあら、ドミニクから何も聞いてないの? ワタシが10歳の頃からしばらくの間、彼に魔法を教わってたのよ。ネイトは覚えてないかもしれないけれど、ワタシ、貴方の面倒も見てあげたわ」
「う、嘘でしょう!?」
「アハハ、嘘じゃないわよ! 懐かしいわね、わざと広い庭の真ん中に置いてきぼりにしたら、お姉ちゃ~んなんて泣きながら探してたんだからぁ!」
くすくすと笑うジークリンデの反応は、恐らく冗談じゃなく本当だ。
しかもテレサをちらりと見ると、当たり前のように頷いたから、嘘なんてありえない。
(テレサ、本当か?)
(間違いございません)
(何で教えてくれなかったんだよ!?)
(知っていて当然のことかと。そもそも、お聞きになられませんでしたので)
そりゃそうだ、知ってるわけないと思い込んでたんだから。
こそこそと話す俺を見るジークリンデの目に、疑いなんてまるでない。
SNSの裏設定暴露やゲーム中盤まで進めた情報でも、ネイトとジークリンデが幼少期に繋がりがあったなんて、一度も触れられていない。
何故か、どうしてかと頭をひねるうち、俺の中でひとつの仮定が浮かび上がった。
まさか――元々のシナリオと設定が、崩壊してるんじゃあないか?
この世界に転生してから、俺はハッピーエンドを迎えるために、本来進むべきはずだったバッドエンドに続くルートを、無理矢理ぶち壊してきた。
融合魔法を手に入れて、死ぬはずだったヒロインを助けた。
そのせいで世界そのものが変わり始めてるなら、ジークリンデと俺に接点が生えてきてもおかしくない。
だったら、俺の持っている原作知識はこれからまったく通用しないんじゃないか。
俺が唯一知ってるジークリンデの死亡シーンは、生徒を守ってテロリストの攻撃を受けるシーンだけだし、おまけにそこから先のゲームは進めていない。
もしも、それすら変わっているなら、俺はどうやって守れば――。
「ネイト君、カイチョーさんと知り合いなの?」
ソフィーに肩を叩かれて、俺は我に返った。
とにもかくにも、相手が幼少期の俺を知っていても、俺がこっちの世界でジークリンデを知らないのは事実だ。
「えっ? いやいや、全然覚えてない……」
正直にそう言うと、ジークリンデの顔が少しだけ険しくなった。
苛立ちや怒りというよりは、ちょっぴり意地悪な様子だ。
「ふーん、覚えてないのね。ワタシは弟弟子と会えるのを少し楽しみにしてたのに、それはなんだか癪な話だわ」
なるほど、彼女の方が早くドミニクに師事してたから、俺は弟弟子になるのか。
メインヒロインが悪役貴族である俺の姉弟子になるなんて、ちっとも想像していなかった――。
「だから――思い出させてあげる♪」
その時、俺の思考は完全にフリーズした。
悪戯っぽく微笑んだジークリンデの唇が――俺の唇に、重なったからだ。
「んむっ」
空気が漏れる声が、俺の口の端から漏れた。
「「あっ」」
ついでにソフィーやテレサ、クラリスを含めた全生徒が喉の奥から奇怪な声を上げた。
何が起きたのか、何をされたのかと、俺の脳が必死になって結果を追求するよりも先に、ジークリンデの唇が俺から離れる。
「『大きくなったら、お姉ちゃんと結婚したい』……背伸びしてませた貴方がいつも言ってたお願い、ちょっとだけ叶えてあげたわよ♪」
彼女は舌で自分の唇をぺろりと舐めて、子供のようにウインクした。
ああ、間違いない。
俺は、俺のファーストキスはたった今、高身長銀髪爆乳ヒロインに奪われました。
「明日、大講堂で集会を開くわ。学園中が驚くようなビッグサプライズがあるから、貴方とお友達も来てちょうだい」
こつん、と額を指で小突かれても、まったく俺の体は動かない。
「さて、仕事が山積みだから、ここでおさらばするわね! チャオ~っ♪」
彼女はひらひらと手を振って、校舎の方へと歩いていった。
もう、誰も彼女について行かない。
皆がどうしてここに残っているのかというと、あの憧れの聖徒会会長にキスしてもらった俺を、どうやって苦しめてぶっ飛ばしてやろうかって考えているからに違いない。
「お、お前、ゴールディング……!」
「あの会長に、キスを、あなた……」
だって、ほら、この億千万の殺意のこもった視線が答えだ。
いくらチート魔法を手に入れた俺だからって、正門前に集まった山ほどの生徒に攻撃されれば、生きて帰れる気がしない。
「な、ま、ちょっと待て! 皆、助けてくれ!」
こんな時こそ、助けてヴァリアントナイツ。
「ネイトさんのファーストキスが……」
「あれがオトナの魅力……」
「ネイト様……」
あーダメだ。何だか知らないが、全員上の空で明後日の方向を眺めてる。
要するに俺は、これから無防備で、パニック映画のクライマックスよろしく、四方八方を取り囲むジークリンデ会長を慕う生徒に攻撃されるってわけだな。
遺言は残しておこう、ジークリンデのキスは信じられないほど柔らかくて――。
「許すまじ、ゴールディング許すまじ!」
「会長ファンクラブ、総員突撃いぃーっ!」
「よせ、落ち着け、マジで勘弁してくれぎゃああああああー……」
その日、俺はゾンビ映画の犠牲者の気持ちをたっぷり味わう羽目になった。
「おや、ネイト様。聖徒会会長をご存じでございましたか」
「あ、いや、知らないけどさ……」
咄嗟に手を振って否定したけど、俺がジークリンデを知らないはずがない。
もっとも、知っているのは『フュージョンライズ・サーガ』の中の、誰にでも分け隔てなく優しさを振りまく慈母のような女性だ。
少なくとも、生徒にわーきゃーと囲まれて、投げキッスのサービスをするような、目立ちたがりのカリスマモデルみたいな人じゃない。
「私も初めて見たけど、すっごい美人だよねっ!」
ソフィーがぴょんぴょんと跳ねると、どうやらその言葉が彼女の耳に届いたようだ。
「グッド! そこのあなた、ワタシを美人と言ってくれるなんて嬉しいわね!」
すたすたと歩いてくる彼女の足取りは、力強いのに美しい。
ついでに背も俺より高い――目測でも180センチを超えているから、すぐ間近に迫った時、クラリスが息を呑むのも無理はなかった。
「でもあなたも負けてないわよ、トライスフィア魔導学園のニューホープ、世界で唯一の竜魔法の使い手、ソフィー・オライオンさん♪」
ジークリンデの口から名前が飛び出してきて、ソフィーが目を丸くする。
「私のこと、知ってるの?」
「もちろんよ、ワタシは新入生を含めて、学園に在籍している全生徒を覚えてるわ!」
ばっと手を広げる彼女は、オペラ歌手かと思うほど自身に満ち溢れていた。
「貴女の隣にいるのは、旧風紀委員の異端者にして正義の追及者、クラリス、ブレイディ! さらにその隣はメイドのテレサ・カティム……あら?」
そんな彼女の目が、急に俺を見つめたんだから、そりゃあ俺だってどきりとする。
しかも興味津々の様子で、ずい、と顔を近づけてきたんだ。
ゲームの中のジークリンデも美人だけど、こっちの強気な彼女も相当美人なんだよ。
「じゃあ、貴方がネイト・ヴィクター・ゴールディングね? トライスフィアの常識をかき乱して、大騒動を巻き起こしながら人を助ける、トラブルメーカーの悪役さん?」
「えっと、そこまでめちゃくちゃはやってないんですけど……」
顔をすっと離して、彼女は顎に指をあてがい、面白そうに俺を観察する。
「……ふぅん? ドミニク師匠の言う通り、面白い子だわ」
そしてとんでもないカミングアウトに、今度は俺がソフィー達のように目を丸くした。
「師匠!? ドムが師匠って、どんな関係なんですか!?」
「あらあら、ドミニクから何も聞いてないの? ワタシが10歳の頃からしばらくの間、彼に魔法を教わってたのよ。ネイトは覚えてないかもしれないけれど、ワタシ、貴方の面倒も見てあげたわ」
「う、嘘でしょう!?」
「アハハ、嘘じゃないわよ! 懐かしいわね、わざと広い庭の真ん中に置いてきぼりにしたら、お姉ちゃ~んなんて泣きながら探してたんだからぁ!」
くすくすと笑うジークリンデの反応は、恐らく冗談じゃなく本当だ。
しかもテレサをちらりと見ると、当たり前のように頷いたから、嘘なんてありえない。
(テレサ、本当か?)
(間違いございません)
(何で教えてくれなかったんだよ!?)
(知っていて当然のことかと。そもそも、お聞きになられませんでしたので)
そりゃそうだ、知ってるわけないと思い込んでたんだから。
こそこそと話す俺を見るジークリンデの目に、疑いなんてまるでない。
SNSの裏設定暴露やゲーム中盤まで進めた情報でも、ネイトとジークリンデが幼少期に繋がりがあったなんて、一度も触れられていない。
何故か、どうしてかと頭をひねるうち、俺の中でひとつの仮定が浮かび上がった。
まさか――元々のシナリオと設定が、崩壊してるんじゃあないか?
この世界に転生してから、俺はハッピーエンドを迎えるために、本来進むべきはずだったバッドエンドに続くルートを、無理矢理ぶち壊してきた。
融合魔法を手に入れて、死ぬはずだったヒロインを助けた。
そのせいで世界そのものが変わり始めてるなら、ジークリンデと俺に接点が生えてきてもおかしくない。
だったら、俺の持っている原作知識はこれからまったく通用しないんじゃないか。
俺が唯一知ってるジークリンデの死亡シーンは、生徒を守ってテロリストの攻撃を受けるシーンだけだし、おまけにそこから先のゲームは進めていない。
もしも、それすら変わっているなら、俺はどうやって守れば――。
「ネイト君、カイチョーさんと知り合いなの?」
ソフィーに肩を叩かれて、俺は我に返った。
とにもかくにも、相手が幼少期の俺を知っていても、俺がこっちの世界でジークリンデを知らないのは事実だ。
「えっ? いやいや、全然覚えてない……」
正直にそう言うと、ジークリンデの顔が少しだけ険しくなった。
苛立ちや怒りというよりは、ちょっぴり意地悪な様子だ。
「ふーん、覚えてないのね。ワタシは弟弟子と会えるのを少し楽しみにしてたのに、それはなんだか癪な話だわ」
なるほど、彼女の方が早くドミニクに師事してたから、俺は弟弟子になるのか。
メインヒロインが悪役貴族である俺の姉弟子になるなんて、ちっとも想像していなかった――。
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「んむっ」
空気が漏れる声が、俺の口の端から漏れた。
「「あっ」」
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何が起きたのか、何をされたのかと、俺の脳が必死になって結果を追求するよりも先に、ジークリンデの唇が俺から離れる。
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ああ、間違いない。
俺は、俺のファーストキスはたった今、高身長銀髪爆乳ヒロインに奪われました。
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「あの会長に、キスを、あなた……」
だって、ほら、この億千万の殺意のこもった視線が答えだ。
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「な、ま、ちょっと待て! 皆、助けてくれ!」
こんな時こそ、助けてヴァリアントナイツ。
「ネイトさんのファーストキスが……」
「あれがオトナの魅力……」
「ネイト様……」
あーダメだ。何だか知らないが、全員上の空で明後日の方向を眺めてる。
要するに俺は、これから無防備で、パニック映画のクライマックスよろしく、四方八方を取り囲むジークリンデ会長を慕う生徒に攻撃されるってわけだな。
遺言は残しておこう、ジークリンデのキスは信じられないほど柔らかくて――。
「許すまじ、ゴールディング許すまじ!」
「会長ファンクラブ、総員突撃いぃーっ!」
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