元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

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第七章 ギルドと集団暴走

260 あっ、きた!!

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怒りながら受付嬢達を睨み付けるのはフレイという男性職員。灰色の髪は硬い印象を与え、切り揃えられたことがないのか、くしでは簡単に整わないだろうと思わせる癖毛。前髪も長く、少し見え隠れする目は同じ灰色。顔の右側には火傷の痕がある。

年齢は四十代から五十代頃だろうか。普段は必要ないこと以外喋らない寡黙で付き合い辛い人というのが、職員達の持つ印象だ。冒険者にも関わることが少なく、意図的に気配を消している時があるのか、少しばかり気配も薄い。そのため、このギルドで彼をよく知る者はごく僅かだ。

先ほどの言葉は、受付嬢達に向けて発せられたものだった。溜まりに溜まった不満が込められている。

「っ、何で私たちが怒られなきゃならないのよ」

当たり前のように反論してくる受付嬢に、フレイは完全にキレていた。

「冒険者をサポートすべきギルド職員でありながら、それをののしるなど許されるわけがあるか!」
「そんなの、こいつらが頼りないのが悪いんじゃない。私たち、きちんと仕事はして……」
「できていると思っていたのか! お前たちがやっている仕事は、一人前のギルド職員の働きの三分の一にも満たない! ギルド規定さえ読んでいないだろう!」

これには、受付嬢達は言葉をつまらせた。ギルド規定を覚えていないどころか、彼女達は読んでもいないのだ。そこに、ゆったりと進み出た文官らしき男性が割り込む。

「お話よろしいですか? 私はこちらの新しい領主の補佐官をしておりますゼフィルと申します。とりあえず……仕事をしていただけますか? 今回のことが終わりましたら、きちんとギルド本部に処罰をお願いすることにいたします。あ、逃げても無駄ですよ? 顔は全員覚えました。国から出たとしても必ず見つけ出します」
「「「……っ」」」

前半はこの場の全ての者へ、後半は受付嬢に告げられる。その目は本気だった。そんなこと無理だと反論することさえできないほどの自信。それがはっきりと見て取れたのだ。

ゼフィルは平民の出。元々、王城の文官として仕事をする時も、面倒な貴族出の文官達の目に留まらないようにと気をつけていたため、知らず気配を断つことや、逃げるための身体強化などのスキルを手に入れていた。

そこへ来て、コウヤにアドバイスももらい、本格的に冒険者との戦闘講習を依頼するようになったことで、確実に強者へと進化していた。

因みに、冒険者として登録していないために本人に自覚はないが、実力的にはCランクに近付きつつある。

「さあ、ギルドマスター。誠心誠意、ユースールへ謝罪とお願いをしてください。心配しなくとも、あちらには素晴らしい方々がいらっしゃいますので、要請を受諾されて数分後には、応援がこちらに到着しますよ。なので、ギリギリの時間まで、頑張って頭を下げてください」
「……はい……」

そんなすぐに応援が来るなんて、どうやるのかとは聞けない雰囲気だった。質問なんてできない。ギルドマスターはそうですかと受け入れるので精一杯だ。

「では、私は領兵へ指示を出しに行きます。冒険者の方々。どうか、この領をお願いいたします」
「あ、はい……」
「もちろんです」
「頑張ります!」

丁寧な対応に、冒険者達は恐縮する。

「ありがとうございます。これから戦場に立つ方々には失礼かもしれませんが……命は賭けるものではありません。必ず生きて帰ってきてください。ご武運を」
「「「はい!!」」」

ゼフィルは綺麗に礼をしてギルドから出て行った。

「……なんか、すごい……領主の補佐官ってやっぱり違うのね……」
「文官ってあんなかっこいいの? 偉そうで頭の良さをひけらかすだけのイラつく感じだと思ってたんだけど……」

今までの文官のイメージとは違うと誰もが感じた。あの人ならば信用できると根拠もなく思う。

「っ、やるぞ!」
「俺たちだけじゃ無理かもしれんがな」
「おう。せめて、ユースールの応援が来るまで持ち堪えてみせるさ」
「マスター! 絶対に応援要請頼むぞ! あんたらが嫌いだって言っても、ユースールがすげえこと、俺らは知ってんだ!」
「そうだぞ! Aランクパーティなんてゴロゴロいるしな!」

冒険者達は口にしないだけで、ユースールの強さを知っている。

「おい! ロインが目え覚ました!」

ここでこのベルセンのAランクのロインが目を覚ました。ヒリタと共に出てくる。

「すまん、心配かけた。聞いたと思うが、集団暴走スタンピードが起きる。時間がない。門まで行くぞ。そこで作戦を練る!」

ロインのパーティは、氾濫の最中に迷宮に取り残されていた冒険者達を保護して回ったらしい。大怪我を負いながら、脱出してきたのだ。どれだけ意識を失っていたか分からない以上、焦るのも仕方がない。

一歩遅れた出てきたヒリタも声を上げる。

「パーティランクで指示を出すわ。パーティごとに集まって移動してちょうだい!」

ベルセンではソロで活動する者はまずいない。ベルセンの先は辺境なのだ。一人では対応できないとここの冒険者達は低ランクの時から分かっていた。

冒険者達は続々とパーティメンバーで固まりながらギルドを出て行く。ロインも最後にギルドマスターへ声をかけながらギルドの入り口に向かう。

「マスター、ユースールに早く応援要請を出しておいてくれよ!」
「あ、ああ……分かった」

ギルドマスターにはもう、同意以外の答えはなかったようだ。兵に連行されるかのようにピタリと張り付かれながら、ギルドマスターは執務室へ向かった。

◆  ◆  ◆

それは少し前。受付令嬢が暴走していた頃。タリスはソワソワとしながら通信を待っていた。

「まったく、もう夜勤の時間になっちゃうよ」

まだ勤務時間前だというのに、コウヤも待機してくれているのだ。いい加減連絡を寄越せと愚痴るのは仕方がない。

「氾濫は確実なのですよね? それで渋っているとなると……問題ですよ」

エルテの機嫌も悪くなる。決して、タリスに昼間逃げられたからではないはずだ。

「本部には、この際だから全部のギルドに査察に入るように提案しといたよ。この国だけってわけにはいかなさそうだしね」

冒険者ギルドはこの国だけをまとめたものではない。大陸ごとでまとめられた組織だ。

「模範となってもらうはずの王都にあるギルドも問題だったし、ちょっと信用し過ぎたかな……」
「そうですね……お話を聞く限りですと、表には出てこない部分が多いのでしょう。ですが、認識的な部分は放っておいたらかなり問題になる所です」
「だよねえ」

組織として、大きくなったための弊害だ。仮に一番上だけ信用できる者を据えても、慣れればミスもするし、コロコロと代わる下の者まで目は届かなくなる。

「僕も実際、それぞれのギルドマスターに任せておけば大丈夫だと思ってたもん」

そうして、信用できる者の推薦だからとそのまま採用したギルドマスターがこのユースールの元ギルドマスターだった。

「ここの事を知った時に、考えるべきだったね……」
「マスター……」

タリスは内心、今回のことでかなり落ち込んでいた。ルナッカーダはタリスの弟子でもあるのだ。信頼する者の筆頭と言ってもいい。そんなルナッカーダのまとめる王都ギルドでさえ、問題が多かった。

それも、その目で見なければ分からないような問題がだ。報告書だけ見ている分には、何の問題もなかっただろう。

ずっと騙されていたような、そんな気になるのは仕方がなかった。見る目がなかったといえばそれまでだが、これはタリスの落ち度でもある。

「エルテ、僕決めたよ。せっかく現場に来られたんだ。ここからギルドの現状をきちんと変えてみせるよ。グランドマスターを頼んできたあの子には悪いけど、下からじゃんじゃん突き上げて動いてもらう」
「マスター……ふふ。シーレス様はまだお若いですし、能力的にももう少し苦労しても大丈夫ですわ」

タリスがグランドマスターを任せて来たのも弟子の一人。エルテにとっては教え子だ。バカみたいに事務仕事をこなせる逸材。人族ではなく、血統的に見ても寿命が長いと保証されている。

「あの子や僕が死ぬまでには大陸中のギルドがここみたいになってるように頑張ってみることにしようと思うんだ」
「楽しそうですわね。もちろん、私も混ぜてください」
「当然だよ。僕、細かいこと苦手だもん」
「できるようになさいませ」
「やだ」
「……」

タリスらしいとは思うが、納得できないエルテは無言で目を細めた。それにびくりと体を揺らしながら、タリスは意識を切り替える。

「っ、さ、さあ。まだかな~」
「……そういえば、先ほどから下が騒がしいですね」

いつもならば、冒険者達が少しずつ依頼から戻って来る頃。なのに、今日は帰還が早い。その上、ギルドに留まっているようなのだ。

「多分、出先で異変を感じたんじゃないかな。『大蛇の迷宮』まで、それなりに距離はあるけど、ここの子達にとってはそうでもないしね。近付けば、何か感じるよ」
「ああ、迷宮の外の魔獣達の動きも変わりますからね……なるほど」
「そういう異変、ここの冒険者達は職員とか、コウヤちゃんには絶対に話をするからね。そこから説明して、順次隣の会議室に入ってもらってるんだ。食事付きだってさ」
「……なるほど……」

コウヤは信じていた。グラムともう一人、セクタも向こうに居るのだからと。必ずユースールに応援要請が入る。その時、すぐに号令を発せられるように準備していたのだ。

「本当、コウヤちゃん様々って感じ」
「ですね……」
「あっ、きた!!」

その時、ようやくベルセンから通信が入ったのだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
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