鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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一章

18. 双子コーデと誕生日プレゼント①

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 1月の終わりから2月の中旬にかけて、鳴成秋史は多忙を極めた。
 受け持ちの授業6コマ分の後期成績評価に加えて大学一般入試の試験監督や採点も行わなければならず、通常は週4勤務であるところを週5で出勤で対応した。

 入試においては鳴成が准教授となった年から入試問題の8割がマークシート方式となったため、教員が採点しなければならない範囲はだいぶ狭くなった。
 とはいえ、最後の大問は全設問に記述方式を採用していて配点も高いので、受験生約3500名分の採点は手分けしても相当な労力を要する。

 そして採点後には、合格のボーダーライン上にいる受験者の合格可否を決定する必要もある。
 外国語学部英語学科は合格者数を760名程度に設定している。
 総数を鑑みて区切るための全体会議に出席せねばならず、鳴成の疲労の蓄積は顕著だった。

 学生の定期テストとは違い大学受験は人生の大きな分岐点となるのは確実で、容易な決定は禁物。
 特にここ数年で外国部学部の人気は上昇の一途であり受験者数も増加傾向にあるため、採点は年々慎重にならざるを得ない。
 入試に関してはただのTAである月落は手出しできないので、在学生の後期テストの採点の比重を多く受け持つことで鳴成の助けとなった。

「先生、今日は何を食べますか?」
「そうですね……」

 昼12時。
 食堂の入口、メニューが表示されている画面の前に並んで立っている。
 春休み期間中ではあるが入試日と土日以外は食堂も短時間営業をしていて、鳴成と同じように成績評価と採点作業のため研究室に缶詰めになっている教員何人もとすれ違う。

 皆一様に顔色が悪い。

 特に、論述を多く含む入試問題を採用している学部の教員は、エナジードリンクの瓶が一杯に詰まった袋をカチカチ鳴らして歩く者が散見される。
 目撃した学生からは『ゾンビカスタネット』と命名されているらしい。

「きつねうどん……」
「美味しそうですね。先生、今日は和の気分ですか?」
「ええ。あとは、鉄分満点サラダとハムエッグにします。きみは?」
「スタミナ焼肉丼とお好み焼きにしようかなと思います。野菜が足りないかな……サラダも食べます」
「あはは、相変わらず運動部メニューですね。昨日はカオマンガイと生春巻きにフォーでしたし、成長期なのかな?」
「もしかしたら人生で二度目の成長痛が来るかもしれません、中学生以来の」

 そう言った月落に、ふいに近づいた鳴成がまっすぐに見上げてくる。
 虹彩の模様が分かるほどの距離に、ドキリと胸が高鳴る。

「これ以上大きくなられると見上げる私の首が痛くなるので、ご遠慮願いたいんですが」

 何を言うのかと思ったら、まさかの成長することへの抗議だった。
 外野ならばすぐに何を思っているか察知するレベルの蕩けた笑顔になる月落だが、そんな表情にした張本人だけはそれに気づかない。

「先生も一緒に大きくなってくだされば何にも問題ないんですが」
「無理です。むしろ私はこれから縮む一方ですし、老体を労わるのは若者の役目でしょう?きみが努力してください」
「老体とかおじさんという概念は先生には似合わないって何度もお伝えしてるんですが、いつになったらご理解いただけるんでしょうか」
「数字的には立派なおじさんですよ。もうすぐ41になりますし」
「え、いつですか?誕生日ってことですよね?いつですか?」

 しまったぬかった、俺としたことが、もうちょっと早めに聞き出しておくんだったとか何とか、顔を横に向けてぶつぶつ言う月落に鳴成は首を傾げる。

「3月14日が誕生日です。とはいえ、この年齢になれば誕生日なんてただの普通の一日なので、特別感はありませんが」
「ホワイトデーが誕生日なのは素敵ですね」
「そう言われたのは初めてです。ああ、そういえば、きみにお返しをしなければいけませんね」
「お返しですか?」
「ええ。バレンタインデーに沢山のプレゼントを頂きましたから」

 百貨店の外商催事にてバレンタインのカタログをチェックしたあと、月落は買うものを精査して女性でごった返すバレンタイン会場へと足を運んだ。

 ヘーゼルナッツやアーモンドのプラリネ
 バニラの香るガナッシュの入ったアソート
 柑橘と紅茶が掛け合わさったボンボン
 もっちりとしたギモーヴをサンドしたショコラバトン
 クランベリーやオレンジピールの乗ったキャラメルのブロンドチョコ
 6種類のクッキーが隙間なくぎっしり収まった缶

 お目当てを隈なく手中に収めた月落は、大変満足げな足取りでその場から颯爽と立ち去った。
 両手に紙袋を持った背の高い男性の目撃情報がSNSでプチバズりし、一時とても話題になったとも知らず。
 そうして買い集めたスイーツを、バレンタインという強大な名目を使って鳴成に贈り、毎日のティータイムに紅茶と共に差し出した。

 膨大な量の各種解答用紙に向き合って疲れの見える鳴成の、少しでも癒しになるように。

「何か欲しいものはありますか?本人に直接尋ねるのは芸がないと承知してはいるんですが、私はきみのようにリサーチ力に長けていないので、好みのものをプレゼントできる自信がなくて」
「くださるんですか?先生が?や、でも誕生日の人から頂くというのも何だか違う気がするんですけど」
「きみにはいつも頂いてばかりですし、先ほども言ったように私にとってはさほど特別ではない日なので」
「いいんですか?」
「ええ、私にあげられるものなら、ですが」
「何でも?」
「何でも」

 え、どうしよう、先生が欲しいと言ったらくれるんだろうか、いやそれはさすがにまずいか、まずいよな、いやでもこの世で唯一欲しいものは先生だけでそれ以外は全くどうでもいいっていう気持ちしかないんだけど、そんなこと言ったらドン引かれて終わるよな、まだそんな関係じゃないしな、でもどうしよう、先生が欲しい……どうしよう

「月落くん?」
「……………」
「月落くん?」
「あ、すみません、考えがまとまらなくて地球の裏側まで行ってました」
「随分遠くまで行きましたね。今すぐじゃなくてもいいので考えておいてください。とりあえず、お昼を食べましょうか」
「はい」

 和食のコーナーまで並んで歩いて行く。
 ひとりは普段通りの顔で、もうひとりはとても思案顔で。




―――――――――――――――




 そして訪れた3月14日、午前10時。
 この日、鳴成と月落の姿は逢宮大学6号館の中にあった。
 この建物は中講義室の集合体で、現在いる部屋も250名ほどを収容可能な広さがある。

 しかし、今日彼らがここにいるのは講義が目的ではない。

 ダークブラウンのスーツにチャコールグレーのタートルネックを着た鳴成と、ネイビーのスーツに黒のタートルネックを着た月落は、共に聴講する立場として教室の椅子に座っている。

 色違いでお揃いの双子コーデは、面白がって提示した月落の案がこれまた面白がって採用された結果だ。
 鳴成に至ってはいつもはセンターパートでセットしているヘーゼルの髪も、月落同様に右側だけを後ろに撫でつけたスタイルにしているため、より完璧なお揃いコーデになっている。

 二人が部屋に入って来た瞬間、それはそれは黄色い悲鳴が上がった。
 大木もなぎ倒すほどの。
 しかし、外国語学部の教員が大勢集まる空間ではその音量は打ち上げ花火の如く一瞬で、その後は実に控えめで抑えめなさざ波となった。

 身体の大きさを自覚している鳴成・月落ペアが一目散に一番後ろの席を陣取り待っていると、しばらくしてひとりの男性が教壇に立った。

「初めましての方は初めまして、僕が過去にお世話になった先生方はお久しぶりです。英語学科出身の堀畑陸ほりはたりくと申します。今回は卒業生である僕にこういった発表と交流の場を与えてくださり、ありがとうございます」

 今日行われているのは、外国語学部卒業生による学生講演会だ。

 外国語学部には英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語学科が置かれている。
 その4つの言語から各ひとりずつ卒業生を呼んで、大学生活と現在の仕事内容との結びつきや外国語学部での経験がどのように就職活動の役に立ったか等について発表する場が設けられた。
 現在就職活動をしている次期4年生向けというよりは、今年の夏にインターンを始める次期3年生のための特別講演会である。

 この会は毎年行われている。
 発表を行う生徒が自分の教えた生徒であるかないかに関わらず、鳴成は准教授に就任してから欠かさず参加している。
 外国語学部でどのような知識を身につけることが学生の将来に効率的に働くのかを知る、良い機会だからだ。
 質疑応答を含めて各自持ち時間30分だが、それが実に短く感じるほどに皆が熱意を持って臨む姿勢にもとても感銘を受ける。
 
 楽しみにしているんだと話すと月落も出席すると手を挙げたので、今年は二人での参加となった。

「こんにちは、千堂陽菜せんどうひなと申します。6年前にフランス語学科を卒業しました。先生方、ご無沙汰しております、元気にやっております。私はTOGグループの海運部門に就職しまして、現在はフランスの海上コンテナ輸送会社との業務提携を結ぶプロジェクトチームの一員として働いています」

 びくり、と月落の肩が揺れた。
 飲んでいたペットボトルの水を噴き出さなかったことに拍手を貰いたいくらいの気持ちだ。
 誤嚥しそうになるのを必死で堪えている隣では、鳴成が声もなく肩を震わせて笑っている。

 一番後ろの端の席に座る人物が、話題に出されたTOGグループの御曹司と知っている教員や生徒たちから多数投げかけられる視線を、月落は気まずそうに横に流した。

「6年前に入社なら、弟と全くの同期です」

 邪魔にならぬよう、鳴成の耳元でそう囁く。

「それは親近感が湧きますね」

 鳴成も小声で囁く。

「でも、若干居心地が悪いですね。実家を手放しで褒め称えられている感じがして」
「働きやすそうな会社だということが良く分かりました。上に立つ方々の努力あってこそではないですか?」
「先生まで褒め言葉の上乗せをありがとうございます。お返しに後で食事をしながら、先生の素晴らしい点をこれでもかとお伝えしますね」
「謝ります」

 身体をぴたりとくっつけて軽口を言い合う。
 一番後ろの席だからこそできる所業だ。
 こうして、時に会話を交わしながらも真剣に発表を聴きながら、二人は有意義な2時間半を過ごした。
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