鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

文字の大きさ
37 / 109
二章

02. 再会。そして、予期せず過去の扉が開く②

しおりを挟む
「今のってもしかして、粕川春乃かすがわはるのさんでした?ハハ先生」
「うん、そうみたいだね。噂に聞く我儘っぷりだね~!」
「あれで40歳超えてるんですよね?見た目は綺麗にしてましたけど、中身が伴ってなくて残念すぎますね」
「潮音君。男女ともそうだけど、特に女性の年齢を言及するのは失礼だから、それは改めなさ~い!」
「うわぁ、ハハ先生の時々出る超絶まっとうな人間的意見!でもまったくその通りなので、謝罪して訂正しますー!」
「素直でとてもよろしい」

 鱧屋に続いて食器を空にした月落が、ペットボトルの水を飲みながら疑問に思ったことを声に出した。

「もしかして、法学部で今期から教鞭を執っていらっしゃる、政治家の娘さんという方ですか?」
「うん、そうだよ~!粕川勝造かすがわしょうぞう議員のね」
「ああ、粕川さんのご家族だったんですね」
「月落さん、もしかしてお知り合いですか?TOGグループ絡みで?」
「前に何かのパーティーで粕川議員にご挨拶頂いたことがあるだけなので、知り合いというわけではないんですが」
「与党の重鎮議員と挨拶を交わすって、やっぱり御曹司なんだね。改めて、鳴成君はすごい人を捕まえたなぁ」

 その言葉に、鳴成は首を傾げる。
 思ってもみなかったことを言われて合点がいかない、という表情で。

「捕まえたんでしょうか、私が?」
「はい、先生が捕まえてます。僕を」
「そうなの?きみが捕まえたんじゃなくて?」
「え、僕が捕まえたんですか?」
「ええ、そのつもりでした」
「先生、これはすごく重要なことなので、齟齬のないようにあとで必ず内容の擦り合わせを行いたいです」

 月落の勢いに若干仰け反りながらも鳴成は了承を返す。
 特有の甘い雰囲気に気圧されながらも、鱧屋と清木は会話を続ける。

「今日ここに来たのは、実は運よく粕川春乃さんにお会いできないかなーっていう打算ありだったんですが、まさか本当に会えるなんてラッキーですね!時の人ですからね!」
「そうだね~!着任してまだ数週間なのに、理系の方にも色々と武勇伝が回ってきてるからね。正直どんな人か気になってたけど、ある意味噂通りっぽかったな~!」
「そんなに有名なんですね。僕たち同じキャンパスにいるのに、全然そんな噂聞きませんでしたね、先生」
「ええ、まったく」

 人の醜聞にはひたすら興味のない准教授とTAである。
 そんな彼らの前に座っている噂好きの漫才師コンビは、輝いた顔で身を乗り出した。

「彼女が大学に入る前の一悶着は聞いてる?」
「研究室が欲しい、出勤は午後指定、授業を聴講する生徒を増やさせた、ですか?職員の許斐さんに教えてもらいました」
「許斐さんも情報通だからなぁ。そう、それが入る前で、入った後も凄かったんだよ~!もちろん、悪い方でね。ね、潮音君」

 鱧屋の言葉を引き継いだ清木が、右手を折りながら説明する。

「授業初日に10分の遅刻、お付きの人に作らせたスライドを使用したため漢字の読み間違い多数、隙間で挟まれる家柄の自慢で生徒を辟易させ、最終的になぜか英語で授業をし始めた、という暴挙のオンパレードだったようですー!」
「それを履修登録期間にやっちゃったもんだから、せっかく大学が搔き集めた120名のほぼ半分が登録変更しちゃって、翌週は大教室がスッカスカだったって話だよ~!」
「その光景に激怒した粕川さんサイドが大学に猛抗議した結果、法学部内では解決できないと判断が下り、無理やり授業を学部間共通に変更して生徒を募ったらしいですー!」
「漢字の読み間違い女王で初回と2回目に生徒から指摘されたのが相当癪に障ったみたいで、3回目はほぼ英語で授業したみたいだけど、それも間違えて訂正入ったってね」
「ちなみに訂正したのは、外国語学部英語学科の3年生だそうです。とんでもなく流暢な英語で滅多打ちにしたって、実はそれが一番最初に理系キャンパスに流れてきた粕川さんの情報でしたー!」
「ぐふっっ……」

 飲んでいた水を月落が誤嚥する。
 まさかここで自分たちに最も関係のある単語が出てくると思わなかった。
 隣に座る鳴成は、肩を震わせながら笑っている。

「どう考えても自らネタを提供しにきているとしか思えない話の数々だったので確かめに来たんですが、さっきのあの感じだと噂は全部本当かもしれないですね、ハハ先生」
「だいぶ強烈だったからね~!外野だから好き勝手楽しめるけど、関係各所は今頃胃に穴が開く寸前なんじゃないかな~!」

 『お疲れ様でございます』と、鱧屋と清木が揃って手を合わせる。

「何これ、不味いじゃない!ここの食堂は美味しいって聞いたからわざわざ来てあげたのに、やっぱり所詮は安さがウリの学食なのね」

 そこに、パーテーションの奥から金切り声が聞こえてくる。

「あーあーあー。ピークタイムは過ぎたとはいえ、まだ全然教職員が沢山いるこの場であの振る舞いは、さすがに傍若無人すぎますよね。本当に40オーバーですか?」
「潮音君、しーっだよ、しーっ!粕川議員が甘やかしすぎて育てたっていう娘さんらしいからね、きっと真性なんだよ」
「救いようがないじゃないですかー!」
「もういい!捨てて!赤坂のレストランにランチに行くわ」

 間仕切りの役割をしていたパーテーションが動かされ、一行が出てくる。
 入る時は位置の関係でよく見えなかったが今度は対向から歩いてくるので、件の女性を鳴成と月落ははっきりと認識した。

 モノグラムのブランドロゴが全面に施されたジャケット、ゴールドのスパンコールミニドレス、フューシャピンクのピンヒール。
 パステルピンクのウルトラミニのハンドバッグは、スマホ以外に一体何が入るというのだろうか。

「春乃様、今日は4限に授業がありますので、今から赤坂は時間的に厳しいかと存じます。最低でも14時30分までには校舎内にいらっしゃいませんと初日と同様の事態になるかと」
「うるさいわね。あなた達は時間を工面するのが仕事でしょう。職務怠慢でクビになりたいの?」
「申し訳ございません。すぐに車を回して参ります」

 黒のスーツが全速力で走り去るのを見送っていると、ふと視線を感じた。
 月落が見遣ると、粕川春乃がこちら側を凝視しているのに気づく。
 大仰な睫毛に縁取られた目は大きく見開かれたまましばし固まり、やがてぱぁっとした満面の笑みに変わった。

 彼女はピンヒールで床を打ち叩きながら近づいてくる。
 そして、鳴成の隣に立つとこう言った。

「あなた、もしかして秋ちゃん?」
「え……?」

 見知らぬ女性の襲撃に面食らった鳴成は、突然のことに何も言い返せない。
 両目の下にある泣きぼくろが特徴的なまん丸のつり目の彼女は、鳴成の顔を見下ろすようにしながらこう言葉を続けた。

海松藍みるあい学園初等科に通ってた、鳴成秋史くんでしょう?私のこと憶えてない?粕川春乃。一番仲良くしてた、ほら、秋ちゃんって呼んでた」
「秋ちゃん……?」
「そう、秋ちゃんて呼んでたの私だけだから憶えてるはず。突然学校に来なくなっちゃって、私すっごく寂しかったんだから。なんで何にも言わずにインターナショナルなんて行ったの?一緒の中学に通えるって思ってたのに。秋ちゃんの裏切り者って私、泣いたんだから」


 秋ちゃん


「あんなに仲良かったのに、まだ思い出せないの?悲しい」


 あきちゃん


「あ、春乃じゃなくてハルって呼んでたから、そっちの方が親しみあったりしない?ハルとアキで何か一緒だね、お揃いだねって秋ちゃんが言ってくれてすっごく嬉しかったんだから」


 アキちゃん



 アキちゃん、綺麗で大好き。私のもの。一生、私のものだからね。


「あ……、アキちゃん…」
「思い出した?遅いじゃない、思い出すの。私が一番秋ちゃんと仲が良かったのに」



 逃げるなんて許さない。私のものに自由なんていらない。



 開く、記憶の扉。
 閉ざされていた過去が、白い光と共に蘇る。
 方々に散らばっていた断片が強制的に繋がり始めて、強烈な頭痛に襲われる。
 脳裏に、凄惨な光景が浮かび上がる。

「先生?!」

 鳴成はそのまま気を失った。
 抱き留めた月落の腕の中で、血の気の失せた額には脂汗が滲み出ていた。

「先生!先生!」
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

処理中です...