鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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二章

04. 強者たちの作戦会議②

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「渉、どうした?」
「先生、去年の秋頃に大学で貧血になったことがあったんだけど、その時にちょうど俺が喋ってた学生に顔がよく似てる」
「それは、無意識に記憶が呼び起こされた状態だったってことか?」
「そうかも。先生自身は気づいてなかったけど、もしかしたらフラッシュバックしてたのかも。もっと注意深く観察しておくんだった……」

 悔しそうに、月落は拳を作った右手で自身の額を叩く。
 こうした感情を表に出すことのあまりない、甥と同等の若き親戚の姿を、靖高は興味深そうに眺めた。

 この若者は、どこまでもフラットな感情線を生きる自分と同じ属性に分類されていると思っていたが、違ったか。
 それとも、いま話題に上がっている人物のことになると途端に別属性に飛んでいくのか……。

「後者だろうな」
「あ?なんだ?」
「何でもない。渉、今回の件に関する諸々はお前に責任の所在は全くないから、落ち込むのはやめなさい」
「そうだぞ、渉。責められるべきは被害者でも被害者の周囲でもない。加害者一択だからな」
「もしお前の准教授がトラウマに苛まれるようならば、すぐに相談しなさい。あちらの家でも手は打つだろうが、海外の専門医が必要な場合は私がピッキングしよう」
「ありがとう、靖高おじさん」
「靖高、人を荷物みたいに言うのはよくないぞ。これだから物流畑の人間は……」

 やれやれ、と言いながら衛がテーブルに置かれたカフェオレを飲む。
 悪い、と言いながら靖高がコーヒーを飲んだ。
 同じ年齢である二人は、数いる親戚の中でもとても気やすい関係だ。
 大学からの親友だと言っても、大多数が信じてしまうほどの。

「さて、それで、ここからは粕川家についての調査報告を訊こうか」
「代々議員のお家柄だから叩けばいくらでも埃は出てくるだろう。娘の悪事だけでも家が潰れそうなほどにはありそうだしな」
「鳴成先生、及びその家族に今後一切接触させたくないからな。精査して狙い撃ちだ」
「あちらが鳴成家に脅しをかけて黙らせたのであれば、こちらもそのやり方を踏襲しよう。因果応報だ」
「では、まずは粕川勝造議員についてご報告させていただきます」

 萩原が持っているタブレットを操作しながら静かに始めた。

「37歳で与党公認として初出馬で初当選、青年局長や内閣官房副長官を経て、大臣として二度入閣しています。また、叔父や甥、姪の婿も政界入りしている、政治家一族です。若い時分は前衛的な政策を打ち出して党内に新風を吹かせたようですが、年齢を重ねるごとに時代に対してのアップデートが難しくなった模様です。各種ハラスメントの見本市として、界隈では有名のようです」
「首を刈るのに適した情報は?」

その言葉を聞いて、コーヒーを飲んでいた靖高の挙動が止まる。

「待て、衛。お前さっきは撃ちに行くって言っていただろう?どこでいきなり粕川議員の首を刈りに行くつもりになった?」
「令和にハラスメントを持ち込む奴は生きてる価値なしじゃないか?平成の置き土産として送り返そうと思ってな」
「そうだが、与党最大派閥のトップが急に消えたらさすがに日本が揺らぐ。うちの力をもってすれば造作もないが、少し踏みとどまれ。とりえあず脅しにだけ使え」
「そうか……まぁ、一理あるか。分かった。飴と鞭として使うとしよう、今のところは」
「そうしてくれ。萩原、続きを」
「量が膨大ですので、提出された報告事項のタイトルだけ列挙いたします。気になるものがあれば後ほどご説明いたします」
「それほどまでに汚職の見本市でもあるか……」
「政務活動費の不正利用、新人議員を恫喝、公職選挙法違反、政治資金パーティーの裏金問題、不倫、受託収賄、中国ゼネコン企業からの収賄、差別的発言も多数ある模様です」

 凡そ予想通りのラインナップだったのだろうか、衛と靖高が顔を見合わせる。
 『やっぱりな』とでも言いたげな表情で、苦笑いのおまけ付きだ。

 衛はカフェオレの隣に積まれている四角い包装をぺりりと剥がすと、中に入っていた最中を半分に割って食べた。
 月落が幼馴染の店で買ったもので、レモンピール入りの白餡が爽やかな夏限定の菓子だ。
 甘味にあまり適正のない靖高も美味しく食べられる甘さだろうとお勧めされたため、差し入れとして調達した品だ。

「正しく政治家先生だな」
「あぁ。うちの諜報は優秀とはいえ、一介の企業グループに探られて尻尾を掴まれる程度の危機管理しかない国民の代表者というのは、正直どうなんだろうな」

 ただの企業グループのただの組織に投入する運用費としては、他社と桁が2つほど違うが……と思う萩原はポーカーフェイスを保つ。

「そういう面でもアップデートが追いついてないんだろう。渉、気になったのはあるか?」
「個人ではなく党にも影響がありそうなのは、裏金問題かな。派閥か党内全体にまで問題が波及すれば、諸悪の根源に全てを押しつけて周りが逃げようとするのは明らかだよね。さすがにそんなことも分からない人ではなさそうだから、脅しのネタとしては最適なんじゃないかな」
「重鎮といえども党全体の圧力には勝てないだろうな……確か、粕川議員には来年辺りに出馬予定と噂の長男がいただろう?」

 最中の残りを食べた衛が、萩原に尋ねる。

「はい。現在は粕川議員の第一秘書をされている、粕川晃成かすがわこうせいさんという方がいらっしゃいます。子の当選を粕川議員の引退の花道にしたいとお考えのようです」
「父親が政治とカネの問題で真っ黒だと世間に知れたら、息子の初当選はだいぶ遠のくだろうな」
「あぁ、自らが議員辞職にまで追い込まれかねないからな。それは何としても回避するはずだ。となれば、娘への処罰も相応の厳しさになるだろう」
「萩原、詳細をくれ」

 かしこまりました、と痩身の男は裏金に関するページを開く。

「政治資金パーティーは元来不透明性の高い集まりであるため、正確な不正回数の把握は不可能ということはご了承ください。現在我々が掴んでいるだけで過去8回ほど、粕川議員はパーティーでの販売ノルマ超過分をキックバックし政治資金として運用していました。また、過去3回のパーティー収入を政治資金収支報告書に過少記載または記載せず、浮いた分を当時私設秘書として働いていた娘の春乃への給与として支給しています」
「第一秘書の息子へは税金で賄い、私設秘書の娘へは裏金で賄う、か……素晴らしい父親で涙が出そうだ」
「靖高、ハンカチ貸すぞ?」
「結構」
「萩原、キックバックした分と不記載分の詳細は把握してるか?」
「はい。後ほど纏めたものをお送りします。食指がお伸びになるようでしたら、同派閥の他議員の方の分も纏めてありますので、ご覧ください」
「怖い、あまりにも怖いぞ、萩原。たったの1週間でそこまで調べる体力と気力と殺気が怖い……」
「敵じゃなくて本当に良かったと私も心から思ったよ」
「お褒めに預かり光栄です」

 全然褒めてない、と真顔で否定する衛と靖高に、萩原は口の端を微かに持ち上げた。
 スパイダーとスネークの本気はもう少し上なのだが、必要以上には喋らない。
 『口は災いの元』で人生を棒に振った人間たちを際限なく見てきたから。
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