鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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二章

04. 強者たちの作戦会議③

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「裏金だけでも追い込めそうだな。サブ候補は公職選挙法違反と受託収賄か……萩原、簡単に説明できるか?」
「粕川議員のお父上の代から癒着のある建設会社の社員を大規模に集めて慰労会を行い、参加した社員には残業代と称した金銭授受を行っています。この企業の組織票は長年、粕川家当選の一翼を担っていると言われています。受託収賄は4年前、粕川議員の選挙区内で開催されているマラソン大会において、オフィシャルサポーターとして当時業界3位の飲料メーカーが加わりましたが、そこから賄賂を受け取っていました」
「あれか、長野ながのさんが『下手くそか!』って叫んでたやつか」

 衛が思い出し笑いをしながら腕を組む。
 長野とは、TOGグループ飲料部門のCEOである。
 新卒からの生え抜きで、長年の貢献と手腕が認められてトップへと登りつめた、月落一族外から選出された実力者である。

「それまで業界2位がサポーターだったのにいきなり変更があったから、界隈で物議を醸したと言ってたな」
「さすがにやり方が素人すぎてバレバレだったが、やっぱり賄賂を受け取っていたか。下手くそだな」
「その飲料メーカーはサポーター就任後に売上を前年比20%増やしています。後ほど纏めてお送りします」
「頼む」
「粕川春乃についての報告も聴こうか。頭痛がひどくなりそうだから、簡潔にして貰えると助かるんだが」

 四角い包装を剥がした靖高が、半分のさらに半分にした最中の欠片を口に運ぶ。

「かしこまりました。日本のそこそこの大学を卒業後は就職せず遊び三昧で10年ほど過ごし、コネでアメリカの底辺大学に入学。講義にはほとんど出席せず金で卒業を買って帰国、粕川議員の私設秘書となりました。数年籍を置き、4月から逢宮大学にて特任講師として教鞭を執っていらっしゃいます」

 案の定ひどくなったのか、靖高は頭皮マッサージを始めた。
 権力者の親を持つ子供の、典型的に自堕落な行く末に眩暈さえする。

「幼い頃から、近所に住んでいた家族を嫌がらせで追い出す、怪我をさせられたと虚偽報告をし同級生を転校させる、同級生を階段から突き落とす、告白を断った男性への半ストーカー化、粕川家ご用達の宝飾店での万引き未遂、ホストクラブでの豪遊後その料金を踏み倒す、有名ブランド店のパリ本店にて店員を罵倒し」
「ストップ!萩原、その辺で。靖高の眼鏡が怒気で割れそうだ」
「怒っていない。最高潮に呆れ返っているだけだ」

 掛けていた眼鏡を外してこめかみを揉む靖高は、渋い顔のままコーヒーを飲んだ。
 馬鹿親が……とぶつぶつ呟くのを他の三名は聞こえない振りをする。

「ちなみにですが、鳴成様と出会った以降は男性の好みが一点集中になった模様です」

 そう言って、萩原がテーブルへと置いた写真数枚には、どれも雰囲気の似ている男性が映っていた。
 明るめの茶色の髪、茶色の眼、白い肌、すっきりとした造作の面立ち、童顔。

「初恋のときめきを欲望の果てまで追いかけるタイプか」
「初めて落ちた恋が手中に収めきれなかったせいで、執着が泥沼化したな……結婚歴はなしか?」
「はい、一度もありません」
「41年未婚の末30年ぶりに理想の人と再会したとなれば、これからの行動は火を見るより明らかだな」
「勝手に独りで燃え上がって勝手に炭にでもなってくれたら、それこそ世のためになるんだろうが」
「靖高、それは高望みだ。こういうタイプは派手に乱れ狂いながら、火の粉を散々まき散らすタイプだろう」
「実に厄介だ……」
「渉……渉?黙りすぎてる上に背後でダークマターが渦巻いてて父親の俺でも怖いから、少し鎮めて」
「先生に危害を加えたら絶対に許さない。社会的に抹殺する」
「鎮めてそれか?」
「鎮めてこれ」
「うん、分かった。一旦落ち着こうな、落ち着いて、紅茶飲もう」

 月落は目の前のティーカップを持ち上げてミルクティーを飲んだ。
 ルフナ紅茶で淹れたコクのある味わいが深く染みこんで、ほっとため息を吐いた。

 上質の茶葉が手に入ったから、と鳴成の実家にも同じものを届けたが、果たして鳴成は飲んでくれただろうか?

 少しでも癒されていることを願うしかない。

「萩原、他に特筆すべき点は?」
「細かい点は挙げればきりがありませんので、一旦以上でございます」
「分かった、ありがとう。で、だ。衛」
「ん?何だ?」
「お前さっき飴と鞭を使うと言っていたな?飴はどこにある?」
「ん?……うんうん、そうだった」

 最中の包み紙5枚がすでにひらりと開く上にもう1枚を落とした衛が、薄茶の四角形を咀嚼しながら答えた。

「粕川議員のところの次男が物流テックのスタートアップ企業をやってるんだが、破綻寸前らしい。靖高、そこ買ってくれないか?」
「今日なぜ私がこの場に呼ばれたのか謎だったが、理解した。この話が目的だったか」
「そうだ。脅すだけの一辺倒ではなく、恩を売って雁字搦めにした方が言うことを聞かせやすいからな」
「父親から援助のテコ入れはなしか?」
「投資ファンドからの3億の債務は、二の足を踏む額らしい」
「重鎮議員も衰退の一途か」

 粕川家について調べ始めたスパイダーから、次男の会社が資金繰りに喘いでいるとの一報を上げた段階で、衛はその内情を別途調査するように依頼していた。
 恩を売ると衛は言ったが、結局のところそれは人質にとると同義である。
 その意図を汲んだ靖高のリムレス眼鏡が、鋭く光る。

「スタートアップね……段階は?」
「ミドルへの過渡期」
「死の谷に落ちたか」
「ああ、見事に」
「従業員数は?」
「50」
「使えそうな人材は?」
「4だな。次男はお飾り社長で問題外だが、副社長と他三名はAIに精通してる者を何とか集めたらしい。知識も技術力も申し分ない」
「それだけいれば十分だ。株式譲渡のM&Aにしようか。粕川次男はとりあえず社長にそのまま据えておいて、来年のどこかで放出しよう」
「やり方は任せる。準備期間の一旦の目途はどれくらいだ?」
「10日あれば」

 父の不正を暴いて長男もろとも脅しながら、次男の現状を救う振りをして長女の行いに鉄槌を下す。
 優しい顔をしながらやることは容赦がない。

 巨大な企業グループを率いる総帥という立場に君臨してきた衛と、物流業界で若い頃からその名を轟かせヘッドハンティングされてグループ入りした靖高。

 才気煥発な二人は、静かに笑う。

「分かった。萩原、鳴成先生のお父上に連絡を取って、連休明けの早い段階でお会いしたい旨を伝えてくれ」
「先生のご家族に会うの?」
「あちらでも何か準備をしているかもしれないが、今回はひと思いに潰した方がいいからな。月落が出ることをご了承いただこうと思う。いいか?」
「うん、俺もその方がいいと思う。ありがとう」
「お前がお世話になってる先生だからな、俺たちとしても他人事じゃないさ。萩原、鳴成家の了承がとれたら再来週あたりで粕川議員にアポを取ってくれ」
「承知いたしました」
「渉。すまないが、2週間は粕川議員の娘さんは野放しになる。十分気をつけろよ」
「渉、月落の人間ならば、守りたいものは何を賭しても守り抜けよ」
「うん、分かった」

 素直に返事をする渉に、衛は力強く頷いた。
 頭脳も判断力も行動力もある息子は、必ず自分の愛しい人を守り切るだろう。

「あ、そうだ、萩原さん。気になることがあるので確認してもいいですか?」
「ええ、なんなりと」
「さっき、粕川議員が中国企業から賄賂を受け取っていると仰ってましたけど、もしかして北京建設集団総公司ですか?」
「いいえ。粕川議員と贈収賄の関係にあるのは、深圳交通建設です。ローカル企業ではありますが、近年受注数を伸ばしている成長株の筆頭です」
「深圳交通建設か……確か子会社じゃなかったかな……」
「どうした、渉?父さんの知らない内に深圳交通建設と関りでも作ったか?」
「ううん、そっちじゃない」
「そっちじゃない?」
「まさか、北京建設集団総公司か?」
「そう。そこの次男とCBSで友達になったんだよね。この前東京に来てて、一緒に夕飯食べた」
「はぁ?!」
「お前はまったく……」

 才気煥発な二人は、ぐったりと項垂れる。
 頭脳も判断力も行動力もある息子は、人脈作りにおいてもその才能を遺憾なく発揮しているらしい。

「北京建設集団総公司と言えば、大陸最大規模の建築企業グループだろう。お前って奴はどうしてそういう凄いのを引っ張って来るかな……父さん怖い……」
「最新の世界市場シェアランキングも確か1位だった気がしたな……おじさんも怖い……」
「や、でもその次男はまだ働いてないし、言うなれば俺と同じ立場だから権限はあんまりないよ」
「うん、そういう問題じゃない」
「全然そういう問題ではないな」

 腕を組んで眉間に皺を寄せる者と、静かにリムレス眼鏡を押し上げる者。
 繰り返された光景だが、その空気感からは暗黒ムードは消え去り、代わりに疲労感という切ない色が新しく加わった。
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