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二章
07. フューシャピンクの悪魔の手①
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ムカつくムカつくムカつくムカつく!
マグマのごとき灼熱の怒りが腹の底から噴き上げる。
最近、思い通りにならないことばかりだ。
ああっ!本当にムカつくっ!
粕川春乃は、フューシャピンクのジェルネイルが施された親指を思い切り噛んだ。
当然ながら噛み跡がついて削れたそれを、きっと睨みながら舌打ちをする。
「なんでこの私がお父さんに叱られなきゃなんないのよっ!可愛い娘を叱るなんて、あの人も老いぼれになったわね!」
昨夜遅く家に帰宅した粕川勝造は書斎に春乃を呼び出すと、41年間で初めて見せる鬼のような表情で怒号を放った。
その形相に尻込みして黙りこむ春乃に対して更に怒り、丁寧にメイクの施された白い頬を平手打ちにした。
「鳴成秋史には今後一切近づくな、忘れろ、手出ししたら絶対に許さない、親子の縁を切る」とまで言われて、放心状態の春乃は壊れた人形のごとく首を縦に振ることしかできなかった。
娘に激甘な父親は、どんな悪さをしても我儘放題しても、ママゴトに毛が生えた程度の躾しかしてこなかったというのに。
今回は何かが違う。
叩かれたことも衝撃的だったが、そのとてつもない怒気を含んだ父の鬼気迫る様子に、春乃は違和を感じた。
感じたけれど、それが何故かを考えることはせず、その後に襲ってきた猛烈な反感に容易く心を食われてしまった。
「どうして今まで私の言いなりだったお父さんに私が従わなきゃいけないのよ!まったく、立場が逆じゃないの!」
これまでの人生で砂糖水を浴びるほどに飲んできたモンスターの、育ちすぎた自意識過剰は、上から押さえつけられることでその火を消すどころかより一層燃え上がってしまった。
「あああ!ムカつく!大学の教員になってから本当にいいことないじゃない。だから嫌だったのよ、マジメに働くなんて。お父さんの秘書っていう肩書だけでお金貰って遊んでた頃が、一番楽で幸せだったのに!」
教員になんてなるんじゃなかった。
良いことなんて何ひとつない。
せっかく時間を作って若い子たちに講義してあげているというのに、皆つまらなさそうな顔で間違いばかりを指摘するし、嫌になって英語を喋ればそれも高飛車な学生に批判された。
講義がつまらないのは秘書が作ったスライドの精度が悪いせいで、漢字に振り仮名を振らないせいで、生徒数が見込みより集まらなかったのは大学側のマネジメント能力が足りないせいなのに。
特別に与えられたという研究室は古くて狭くて陰気で、食堂は不味くて食べられたもんじゃない。
贔屓のレストランに行くには時間を工面できないなんて、バカげた理由で却下しようとした秘書は即クビにした。
あり得ないほどに窮屈で、不自由で、馬鹿馬鹿しい。
苦言と文句しか言わない無能な集団によって、著しく被害を被っている。
「良いことと言えば秋ちゃんに会えたことだけ。でも、あれ以来一向に会いに来てくれないのはどういうこと!?」
何度も秘書が頼みに行っているはずなのに、鳴成秋史の隣にいつもいるというTAに邪魔をされて約束を取りつけられずにすごすごと帰ってくる。
無能だ、本当に。
せっかく、30年ぶりの再会だったのに。
偶然出会うなんて、絶対に運命の赤い糸で結ばれている私たちなのに。
秋ちゃんも絶対に絶対に、私に会いにきてほしいって思ってるはずなのに。
「邪魔するなんて許さない」
妨害するTAも、職務怠慢の秘書も、頭ごなしに怒る父も、誰も彼も許さない。
もう誰の言うことも聞かない。
月日を超えてもう一度花開こうとしている恋を、私には大切に育てる義務がある。
誰にも手折らせない。
『春と秋?お揃いみたいだね』
お揃いの私たちは、恋に落ちなきゃいけない運命だから。
隣に並んでなきゃいけない運命だから。
「待っててね、秋ちゃん。私が迎えに行くから」
春乃の顔に、狂気が乗った。
―――――――――――――――
金曜日4限、学部間共通の授業が終わって研究室へと帰っていた鳴成秋史と月落渉に、背後から声を掛ける者がいた。
「月落さん、事務の許斐さんが用事があると探してました」
振り向くとそこには、学生らしき女子が立っていた。
見たことのない顔だ、少なくとも鳴成の授業を受講している学生ではない。
けれど、自分たちを後ろ姿で判別できるということは、外国語学部所属だろうか。
受け持ちでない学生がこうして訪ねてくることは珍しい。
月落は、少々腑に落ちない思いを持ちながら返事をした。
「僕を?」
「はい。さっき直井さんのところに許斐さんが来てて、最後は月落さんだって言ってたので。何か、いつもの教室にいないって焦ってました。書類に不備があったとかどうとかで、結構緊急ぽかったです」
直井というのは、外国語学部の教授の元で働くTAである。
その名を知っているということは、やはりこの女子は学部の生徒なのだろうと納得した。
今日はいつも学部共通講座で使っている教室のプロジェクターが直前に行われていた講義中に故障してしまったため、急遽別の階にある教室へと移動した。
学生の誘導を行った事務員の中に許斐はいなかったので、別件対応中で教室変更を知らされていなかったようだ。
「分かった。教えてくれてありがとう」
「いいえ。ちなみに許斐さん、大きい紙袋を両手に持ってたので、一度事務室に帰ってると思います」
「承知しました」
ぺこりと頭を下げて去って行く学生を見送って、月落も歩き始める。
すぐそこの角を右に曲がろうとしたときに、横にいた鳴成が足を止めた。
「月落くん、きみはこのまま事務室に直行した方が良いのではないですか?」
「いえ、一旦研究室に帰ろうかなと思ってます」
二人は右に曲がれば研究棟へ続き、左に曲がれば事務室のある第一校舎へと続く道の上にいた。
荷物も少なく身軽であるのにわざわざ研究室に戻るのは、導線としては遠回りだろう。
このところ粕川春乃の猛アタックを打ち砕くために壁となり盾となっている月落は、鳴成を単独行動させるのを極端に避けている。
今日も今日とて可能な限りそばにいようとしてくれる気遣いが、言葉にしなくても鳴成には透けて見える。
それはとてもありがたいのだが、彼にTAとしての職務以上のことを課してしまっている後ろめたさは常に鳴成の良心を苛む。
ありがたいけれど、申し訳ない。
安心だけれど、それを手放しで享受できない。
「今日は金曜ですから、粕川さんの秘書の方もいらっしゃらないと思うので大丈夫です。私のことは気にせず許斐さんに会いに行ってください」
「先生のことを気にしないというのは僕の行動規範にはありませんので、無理かと思われます」
「きみの行動規範を決めるのはきみ自身なので、全くもって無理ではないと思うんですが」
「行動規範に関する項目決定を司る脳機能が永久メンテナンスで停止しているので、無理です」
「……詭弁が詐欺師みたいですね?」
「あ、真実なのにひどい」
ぽんぽんとラリーの続く言葉遊び。
鳴成も月落もお喋りな部類には属していないはずなのに、一緒にいると自然と言葉が積もってしまう。
「でも、本当に大丈夫です。研究室はすぐそこですし、この時間は人通りも多いですから」
外国語学部の授業は大半が4限までに行われることもあり、この時間帯は講義終わりの教員やTAで研究棟は意外と賑わっていることが多い。
そんな人目のある場所で事を起こすほど、粕川春乃本人や秘書は知性を欠いてはいないだろう。
心配そうな顔をする月落に、鳴成は再度頷いた。
「大丈夫ですから、きみは事務室に行きましょうね」
「……分かりました。すぐに戻るので、先生は部屋にいてください」
「ええ、そうします」
その返事を聞くや否や走り出した広い背中に、鳴成は思わず目を細める。
「……爆速で帰ってきそうですね。許斐さんには悪いことをしました」
仕事の出来すぎるTAは、いつにも増した処理能力で事務員の許斐ヨリ子と対峙するだろう。
必然的に巻き込まれる形となった彼女に、鳴成は胸の中でそっと同情した。
階段を駆け上がり第一校舎5階にある事務室の扉を開けた月落は、広い室内をざっと見渡して目当ての人物を探した。
けれど、その人のチャームポイントである赤のうる艶リップは見つからず、近くにいた事務職員に尋ねると席を外していると言う。
「もうすぐ戻ってくると思いますよ。キャリアセンターに資料提出に行ってしばらく経つので」
「分かりました。外で待ってみます」
事務室を出て、学生の往来の多い廊下の端で待つ。
少し遅くなりそうだと鳴成にメッセージで送るが既読がつかず、不安がざわりと胸に波を起こす。
一向に変わらない画面を凝視していると、床を低いヒールで踏み鳴らす音が聞こえた。
顔を上げると、待ち望んでいた人がこちらに向かって歩いてくるところだった。
月落は待ちきれず、大股で近づく。
「許斐さん、お疲れ様です」
「あらま、月落渉さん。お疲れ様でございます。いかがなさいました?」
「許斐さんが僕のことを探していらしたと聞いたんですが……」
「私が、ですか?」
綺麗にアーチを描く許斐の眉が、片方だけ持ち上がる。
「はい。TAの直井さんを先ほどお訪ねになった際に僕の名が出た、と学生の子が教えてくれたんですが」
「私、今日は直井さんにお会いしておりませんし、月落さんや鳴成准教授へ確認が必要なものも今はございません……何でしょう、おかしいで、って、月落さん?!」
月落は身を翻して走り出した。
来た道を、来た時以上の全速力で戻る。
「先生っ……!」
嵌められた。
まさか学生を使って鳴成のそばから離れさせられるとは、思ってもみなかった。
火曜でも木曜でもない、今までのように秘書を遣わせたのでもない。
となれば、粕川春乃は強硬手段に出ている可能性が高い。
父の衛が粕川勝造に直接圧力を掛けたその日に、春乃はひどく叱責されたようだという報告は受けていた。
それが、春乃が内面で飼っている化物を刺激してしまったか。
「先生、無事で……!」
どうか、無事でいて。
マグマのごとき灼熱の怒りが腹の底から噴き上げる。
最近、思い通りにならないことばかりだ。
ああっ!本当にムカつくっ!
粕川春乃は、フューシャピンクのジェルネイルが施された親指を思い切り噛んだ。
当然ながら噛み跡がついて削れたそれを、きっと睨みながら舌打ちをする。
「なんでこの私がお父さんに叱られなきゃなんないのよっ!可愛い娘を叱るなんて、あの人も老いぼれになったわね!」
昨夜遅く家に帰宅した粕川勝造は書斎に春乃を呼び出すと、41年間で初めて見せる鬼のような表情で怒号を放った。
その形相に尻込みして黙りこむ春乃に対して更に怒り、丁寧にメイクの施された白い頬を平手打ちにした。
「鳴成秋史には今後一切近づくな、忘れろ、手出ししたら絶対に許さない、親子の縁を切る」とまで言われて、放心状態の春乃は壊れた人形のごとく首を縦に振ることしかできなかった。
娘に激甘な父親は、どんな悪さをしても我儘放題しても、ママゴトに毛が生えた程度の躾しかしてこなかったというのに。
今回は何かが違う。
叩かれたことも衝撃的だったが、そのとてつもない怒気を含んだ父の鬼気迫る様子に、春乃は違和を感じた。
感じたけれど、それが何故かを考えることはせず、その後に襲ってきた猛烈な反感に容易く心を食われてしまった。
「どうして今まで私の言いなりだったお父さんに私が従わなきゃいけないのよ!まったく、立場が逆じゃないの!」
これまでの人生で砂糖水を浴びるほどに飲んできたモンスターの、育ちすぎた自意識過剰は、上から押さえつけられることでその火を消すどころかより一層燃え上がってしまった。
「あああ!ムカつく!大学の教員になってから本当にいいことないじゃない。だから嫌だったのよ、マジメに働くなんて。お父さんの秘書っていう肩書だけでお金貰って遊んでた頃が、一番楽で幸せだったのに!」
教員になんてなるんじゃなかった。
良いことなんて何ひとつない。
せっかく時間を作って若い子たちに講義してあげているというのに、皆つまらなさそうな顔で間違いばかりを指摘するし、嫌になって英語を喋ればそれも高飛車な学生に批判された。
講義がつまらないのは秘書が作ったスライドの精度が悪いせいで、漢字に振り仮名を振らないせいで、生徒数が見込みより集まらなかったのは大学側のマネジメント能力が足りないせいなのに。
特別に与えられたという研究室は古くて狭くて陰気で、食堂は不味くて食べられたもんじゃない。
贔屓のレストランに行くには時間を工面できないなんて、バカげた理由で却下しようとした秘書は即クビにした。
あり得ないほどに窮屈で、不自由で、馬鹿馬鹿しい。
苦言と文句しか言わない無能な集団によって、著しく被害を被っている。
「良いことと言えば秋ちゃんに会えたことだけ。でも、あれ以来一向に会いに来てくれないのはどういうこと!?」
何度も秘書が頼みに行っているはずなのに、鳴成秋史の隣にいつもいるというTAに邪魔をされて約束を取りつけられずにすごすごと帰ってくる。
無能だ、本当に。
せっかく、30年ぶりの再会だったのに。
偶然出会うなんて、絶対に運命の赤い糸で結ばれている私たちなのに。
秋ちゃんも絶対に絶対に、私に会いにきてほしいって思ってるはずなのに。
「邪魔するなんて許さない」
妨害するTAも、職務怠慢の秘書も、頭ごなしに怒る父も、誰も彼も許さない。
もう誰の言うことも聞かない。
月日を超えてもう一度花開こうとしている恋を、私には大切に育てる義務がある。
誰にも手折らせない。
『春と秋?お揃いみたいだね』
お揃いの私たちは、恋に落ちなきゃいけない運命だから。
隣に並んでなきゃいけない運命だから。
「待っててね、秋ちゃん。私が迎えに行くから」
春乃の顔に、狂気が乗った。
―――――――――――――――
金曜日4限、学部間共通の授業が終わって研究室へと帰っていた鳴成秋史と月落渉に、背後から声を掛ける者がいた。
「月落さん、事務の許斐さんが用事があると探してました」
振り向くとそこには、学生らしき女子が立っていた。
見たことのない顔だ、少なくとも鳴成の授業を受講している学生ではない。
けれど、自分たちを後ろ姿で判別できるということは、外国語学部所属だろうか。
受け持ちでない学生がこうして訪ねてくることは珍しい。
月落は、少々腑に落ちない思いを持ちながら返事をした。
「僕を?」
「はい。さっき直井さんのところに許斐さんが来てて、最後は月落さんだって言ってたので。何か、いつもの教室にいないって焦ってました。書類に不備があったとかどうとかで、結構緊急ぽかったです」
直井というのは、外国語学部の教授の元で働くTAである。
その名を知っているということは、やはりこの女子は学部の生徒なのだろうと納得した。
今日はいつも学部共通講座で使っている教室のプロジェクターが直前に行われていた講義中に故障してしまったため、急遽別の階にある教室へと移動した。
学生の誘導を行った事務員の中に許斐はいなかったので、別件対応中で教室変更を知らされていなかったようだ。
「分かった。教えてくれてありがとう」
「いいえ。ちなみに許斐さん、大きい紙袋を両手に持ってたので、一度事務室に帰ってると思います」
「承知しました」
ぺこりと頭を下げて去って行く学生を見送って、月落も歩き始める。
すぐそこの角を右に曲がろうとしたときに、横にいた鳴成が足を止めた。
「月落くん、きみはこのまま事務室に直行した方が良いのではないですか?」
「いえ、一旦研究室に帰ろうかなと思ってます」
二人は右に曲がれば研究棟へ続き、左に曲がれば事務室のある第一校舎へと続く道の上にいた。
荷物も少なく身軽であるのにわざわざ研究室に戻るのは、導線としては遠回りだろう。
このところ粕川春乃の猛アタックを打ち砕くために壁となり盾となっている月落は、鳴成を単独行動させるのを極端に避けている。
今日も今日とて可能な限りそばにいようとしてくれる気遣いが、言葉にしなくても鳴成には透けて見える。
それはとてもありがたいのだが、彼にTAとしての職務以上のことを課してしまっている後ろめたさは常に鳴成の良心を苛む。
ありがたいけれど、申し訳ない。
安心だけれど、それを手放しで享受できない。
「今日は金曜ですから、粕川さんの秘書の方もいらっしゃらないと思うので大丈夫です。私のことは気にせず許斐さんに会いに行ってください」
「先生のことを気にしないというのは僕の行動規範にはありませんので、無理かと思われます」
「きみの行動規範を決めるのはきみ自身なので、全くもって無理ではないと思うんですが」
「行動規範に関する項目決定を司る脳機能が永久メンテナンスで停止しているので、無理です」
「……詭弁が詐欺師みたいですね?」
「あ、真実なのにひどい」
ぽんぽんとラリーの続く言葉遊び。
鳴成も月落もお喋りな部類には属していないはずなのに、一緒にいると自然と言葉が積もってしまう。
「でも、本当に大丈夫です。研究室はすぐそこですし、この時間は人通りも多いですから」
外国語学部の授業は大半が4限までに行われることもあり、この時間帯は講義終わりの教員やTAで研究棟は意外と賑わっていることが多い。
そんな人目のある場所で事を起こすほど、粕川春乃本人や秘書は知性を欠いてはいないだろう。
心配そうな顔をする月落に、鳴成は再度頷いた。
「大丈夫ですから、きみは事務室に行きましょうね」
「……分かりました。すぐに戻るので、先生は部屋にいてください」
「ええ、そうします」
その返事を聞くや否や走り出した広い背中に、鳴成は思わず目を細める。
「……爆速で帰ってきそうですね。許斐さんには悪いことをしました」
仕事の出来すぎるTAは、いつにも増した処理能力で事務員の許斐ヨリ子と対峙するだろう。
必然的に巻き込まれる形となった彼女に、鳴成は胸の中でそっと同情した。
階段を駆け上がり第一校舎5階にある事務室の扉を開けた月落は、広い室内をざっと見渡して目当ての人物を探した。
けれど、その人のチャームポイントである赤のうる艶リップは見つからず、近くにいた事務職員に尋ねると席を外していると言う。
「もうすぐ戻ってくると思いますよ。キャリアセンターに資料提出に行ってしばらく経つので」
「分かりました。外で待ってみます」
事務室を出て、学生の往来の多い廊下の端で待つ。
少し遅くなりそうだと鳴成にメッセージで送るが既読がつかず、不安がざわりと胸に波を起こす。
一向に変わらない画面を凝視していると、床を低いヒールで踏み鳴らす音が聞こえた。
顔を上げると、待ち望んでいた人がこちらに向かって歩いてくるところだった。
月落は待ちきれず、大股で近づく。
「許斐さん、お疲れ様です」
「あらま、月落渉さん。お疲れ様でございます。いかがなさいました?」
「許斐さんが僕のことを探していらしたと聞いたんですが……」
「私が、ですか?」
綺麗にアーチを描く許斐の眉が、片方だけ持ち上がる。
「はい。TAの直井さんを先ほどお訪ねになった際に僕の名が出た、と学生の子が教えてくれたんですが」
「私、今日は直井さんにお会いしておりませんし、月落さんや鳴成准教授へ確認が必要なものも今はございません……何でしょう、おかしいで、って、月落さん?!」
月落は身を翻して走り出した。
来た道を、来た時以上の全速力で戻る。
「先生っ……!」
嵌められた。
まさか学生を使って鳴成のそばから離れさせられるとは、思ってもみなかった。
火曜でも木曜でもない、今までのように秘書を遣わせたのでもない。
となれば、粕川春乃は強硬手段に出ている可能性が高い。
父の衛が粕川勝造に直接圧力を掛けたその日に、春乃はひどく叱責されたようだという報告は受けていた。
それが、春乃が内面で飼っている化物を刺激してしまったか。
「先生、無事で……!」
どうか、無事でいて。
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