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二章
16. 薔薇の奥庭①
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「先生、今日はネクタイじゃないんですね」
「ええ、ここに来る前に実家に寄ったんですが、母に遊ばれてしまいまして」
ライトグレーのスーツに襟付きダブルベスト、ノーネクタイの月落と、ブライトネイビーの三つ揃えにグレンチェックのリボンタイを締めた鳴成が並んで歩く。
背の高い木々が作る日陰の下。
時々睫毛を照らす午後の木漏れ陽に、目を細めながら。
「40を過ぎてリボンはと辞退したんですが、偶然実家に帰ってきていた妹も加勢する形で母の味方をしたので、抗いきれずに押し切られました。変だったら外します」
「変じゃないです、全く変じゃないです、どの角度から見ても変じゃないです。むしろ似合いすぎて可愛すぎて、この世のリボンタイを全種全色手に入れてプレゼントしてしまいそうです」
早口でそう言われた鳴成は、高速で流れて行く言葉を掴み切れずに首を傾げたけれど、どうやら年下の恋人が自分の姿を気に入っているということだけは分かって胸を撫でおろす。
母と妹からは似合うと太鼓判を押されていたが、それは家族特有の買い被りも含まれているだろうとあまり信用していなかった。
月落に会って率直な感想を貰ったあと、その返答次第では外そうと決めていたのだ。
幸い、嫌な顔をされないばかりか、いたく気に入ってくれたようで安心した。
自分のやることなすこと、この年下の恋人が否定したことなんてないし、決して否定しないだろうという自負は少なからずあったけれど。
「ネクタイよりも若干ボリュームがあるように見えるんですが、暑くないですか?」
「ええ、今日は風が涼しいので、かろうじて汗をかくことは避けられそうです。きみは?」
「大丈夫そうです。暑さには強い方なので」
「忘れていました、きみは恒温動物でした。私のほうが不利ですね、負け戦です」
「先生、僕たちは何かの勝負中でしたか?」
鳴成と月落は手を繋いでゆっくりと進む。
街中では遠慮しているこういう行為も、誰にも鉢合わせないと保証された場所では気にせず出来る。
普段の生活で不自由さを感じることはないとは思っていても、こうして開放的な気持ちを実感すると、少なからず人目を気にしているのだなと思う。
それが二人の在り方において、特に何かに影響することはないけれど。
「ここは普段は閉鎖されているんですか?」
「はい、この時期は。今向かっているのが『薔薇の奥庭』と呼ばれる場所で、いわゆるローズガーデンなんですが、ウェディングフォトを撮るお客様専用に2か月間だけ開放してるんです」
「2か月だけ……短いですね」
「春薔薇が見頃の5月と、秋薔薇が見頃の11月だけですね」
「それは、ウェディングフォトのご予約が殺到そうですね」
「激戦だと聞いています。元々、先代のホテル総責任者だった大伯父が大伯母のために作ったプライベートガーデンなので、一般公開はしてなかったんです。でも、お客様から見えてしまっていて」
月落が指さす先には、縦横に等間隔で並べられた四角形の窓。
ああ、と納得したように鳴成が頷く。
「問い合わせが多くあったことから、現総支配人の叔父が薔薇の季節だけ門を開けることにしたそうです」
「それが、この門ですか?」
たどり着いた先に現れたのは、緑の森に終わりを告げる白亜の石造りの壁。
中央にはアンティークの鉄門が嵌っている。
「先生、どうぞ。開けてください」
「はい、お邪魔します」
琥珀の指先によって開け放たれた世界には、ピンクやオレンジ、黄色、白の色彩豊かな花々が、葉緑の中でその可憐さを競い合うように咲いている。
広大な土地の上、薔薇の絨毯が広がっている場所もあればグラデーションの段差になっている場所もある。
奥の方では、青と紫で数基のアーチを形成しているようにも見える。
「凄いですね……言葉を奪われるというのを身を以て体験しています」
「昔はこの花の絨毯が延々と広がっていたそうなんですが、フォトスポットにするために人工物を多数投入したようです。先生、ゆっくり歩いて行ってみましょうか」
薔薇が織り成す道を行く。
ところどころで立ち止まり感想を述べ合う。
幾重にも重なるやわらかい花びらにむやみに触れず、そっと顔を寄せて眺める鳴成の横顔を、月落は蕩けた瞳で見つめる。
鳴成という存在と薔薇の親和性があまりに高くて、このまま一式を美術館に飾った方が世界のためになるのではと本気で考えるほどだ。
薔薇を鑑賞しにきた人と、薔薇を鑑賞しにきた人を鑑賞しにきた人。
ヘーゼルの貴公子に見つめられた花々からは黄色い悲鳴が、黒の貴公子に見向きもされない花々からは糾弾の絶叫が聞こえてきそうである。
「綺麗ですね」
「はい、とっても綺麗です」
問いかけに月落は、鳴成だけを視界に入れて陶然と答える。
黒の瞳をいっぱいにするのはヘーゼル一色なのだが、見つめられている本人はそんなこと知る由もない。
青と紫のアーチを抜けると、ハンギングバスケットで飾られたガゼボの前へと出た。
「先生、少し休憩しましょう」
「ええ、そうします」
クッションが敷き詰められたソファに座る。
歩いてきた道が緩やかな坂になっていたようで、今まで見てきた景色の全てが見渡せるようになっている。
空の青に映える景色を眺める二人の間を、風が通り過ぎていく。
「元プライベートガーデンとは思えないほどに広いですね。あちら側にもまだ続いてるんですよね?」
「そうです。子供の頃は何度来ても道に迷ってました。鬼ごっこがしやすくて隠れるには適してるんですが、わざと鬱蒼とさせて密度を濃くしている場所もあって。そこに間違えて入ってしまうと中々抜け出せなくなってしまって」
「今みたいに背も大きくないですから、それは少し怖かったでしょうね」
「景観は美しいのにどこか閉塞感もあって、よく泣いてました……あ、僕じゃないです。親戚の、年下の子です」
焦って付け加えられる情報に、鳴成は眉を下げて返答する。
疑っていないところを否定されると、疑いの芽が出てしまうのは自然なことだろう。
男子には強がる遺伝子情報が少なからず入っていると思うが、月落もそうであるようだ。
鋼のように強くてスマートすぎる恋人の、雷が苦手なところをとても気に入っている鳴成である。
深い部分も浅い部分も、嫌ではない範囲で教えてほしいと思う。
自然に、話したいと思える範囲内で。
きっと、全てが愛おしく感じられると思うから。
「先生はどの薔薇が好きですか?」
「うーん、あまり詳しくないので表面的な感想になってしまいますが、あの薄紫の薔薇が好きです。花びらの重なりが綺麗で」
月落は即座に記憶した。
男性が男性に花を贈る機会はそうないだろうが、こういう情報はいつか役に立つ日が来るかもしれないから。
鳴成を喜ばせられるアイテムは、幾つあっても嵩まない。
「涼しいですね」
「はい、気持ちいい風です」
のんびりとした昼下がりに、そよ風がくるくると回る。
きっちりと髪を固めている月落に反して、鳴成は休日モードで緩くセットしているのみだ。
透明なピルエットに遊ばれて乱れたヘーゼルの髪を、耳に掛けて甲斐甲斐しく直していた月落に、鳴成からこんな言葉が零れた。
「きみは、今までどんな恋愛をしてきましたか?」
「え……?」
まさか、年上の恋人からそんな質問を投げかけられる日が来るなんて想像もしていなかった。
過去を気にしてもらえるのは、正直……
「あ、申し訳ない。先ほど、お見合い相手の方に抱き着かれているきみの姿が少しだけ見えてしまって。それで、余計な興味が湧いてしまいました」
正直、
「先生」
正直、とても嬉しい。
「はい?」
ずずいと距離を詰めた月落に、若干仰け反りながら鳴成は返事をする。
その真剣すぎる表情に、デリカシーに欠ける質問だったかと後悔の念が押し寄せそうになった瞬間、月落に肩を掴まれた。
「先生、何でも訊いてください。僕も大人なので恋愛経験ゼロですなんて嘘は吐けませんし、過去があってこそ今があるので、思い出を捨てることも出来ません。でも、今の僕にとって間違いなく先生が一番大事で、未来においても変わらずに先生を一番大事にすると誓います。なので、何でも訊いてください。先生に対して隠さなければならないことは、ひとつもありません」
「すごい熱量の意思表示をありがとうございます」
オープンマインドの敷居がなさすぎる。
人間誰しも知られたくないことのひとつやふたつはあるだろうし、殊、過去の恋愛に関しては現在の相手に聞かせたくないこともあるだろう。
けれど、月落は曇りのない瞳で実直に見つめてくる。
これを真実と言わずに何を真実を言うだろう。
「あ、先生。最初に釈明をさせて頂けるならば、あのお見合い相手の方とは何もありません。本当に何もありません。いきなり抱き着かれて不覚を取られたのは僕の落ち度ですので、その点に関しては謝罪しますが、お見合い話は進展する隙なく潰しましたので安心してください」
「お見合いに関しては昨夜から今朝にかけて、きみから切々と説明をしていただいたので、何も疑っていません」
金曜から土曜は月落の家に泊まるのが定番化しつつある。
いつもは土曜日の夕方まで二人で過ごして鳴成を自宅まで車で送り届けるのだが、今日は要らぬ見合い話が降って湧いたことでそのスケジュールが狂ってしまった。
実家で祖母から霹靂を落とされたとき、1から100まで鳴成に説明すると心に決めた月落だが、本当に余すことなく全てを伝えていた。
見合いをすることになった経緯や祖母と相手方との関係、相手の経歴や家族構成、今日は誰が出席するなど、説明が130を超えた辺りで鳴成からストップが掛かった。
それ以上の説明は結構、と僅かばかり呆れ顔の恋人に、「きみの評価は既に優なので、これ以上の論述は不要です」と押し留められてやっと説明を終えたのだ。
その態度だけで、疚しいことなど何もないと分かる。
月落に限って疚しいことなど、無縁の極みであると端から信じて疑わない鳴成でもあるが。
「それで、えーと……議題は僕の過去の恋愛についてでした」
そう言いながら月落は、着ているスーツのジャケットやベストの裾を下に引っ張りながら背筋を伸ばす。
大層な演説が始まりそうな雰囲気に、鳴成の指が静止の形を取る。
「あの、月落くん。それほど真面目に答えていただかなくても結構です。ざっくりで、というか、きみが何事にも誠実に向き合う人だと分かっているので、何か不信に思っていることがあるわけではないんです」
「はい、承知してます。でも、いい機会なのでお話しようと思います。まず、大前提があります。僕の今までの恋愛経験は全て同性相手でした」
「え……?」
いきなりのカミングアウトに、鳴成の時が止まる。
それは、『意外だ』という驚き一色の静寂だった。
「ええ、ここに来る前に実家に寄ったんですが、母に遊ばれてしまいまして」
ライトグレーのスーツに襟付きダブルベスト、ノーネクタイの月落と、ブライトネイビーの三つ揃えにグレンチェックのリボンタイを締めた鳴成が並んで歩く。
背の高い木々が作る日陰の下。
時々睫毛を照らす午後の木漏れ陽に、目を細めながら。
「40を過ぎてリボンはと辞退したんですが、偶然実家に帰ってきていた妹も加勢する形で母の味方をしたので、抗いきれずに押し切られました。変だったら外します」
「変じゃないです、全く変じゃないです、どの角度から見ても変じゃないです。むしろ似合いすぎて可愛すぎて、この世のリボンタイを全種全色手に入れてプレゼントしてしまいそうです」
早口でそう言われた鳴成は、高速で流れて行く言葉を掴み切れずに首を傾げたけれど、どうやら年下の恋人が自分の姿を気に入っているということだけは分かって胸を撫でおろす。
母と妹からは似合うと太鼓判を押されていたが、それは家族特有の買い被りも含まれているだろうとあまり信用していなかった。
月落に会って率直な感想を貰ったあと、その返答次第では外そうと決めていたのだ。
幸い、嫌な顔をされないばかりか、いたく気に入ってくれたようで安心した。
自分のやることなすこと、この年下の恋人が否定したことなんてないし、決して否定しないだろうという自負は少なからずあったけれど。
「ネクタイよりも若干ボリュームがあるように見えるんですが、暑くないですか?」
「ええ、今日は風が涼しいので、かろうじて汗をかくことは避けられそうです。きみは?」
「大丈夫そうです。暑さには強い方なので」
「忘れていました、きみは恒温動物でした。私のほうが不利ですね、負け戦です」
「先生、僕たちは何かの勝負中でしたか?」
鳴成と月落は手を繋いでゆっくりと進む。
街中では遠慮しているこういう行為も、誰にも鉢合わせないと保証された場所では気にせず出来る。
普段の生活で不自由さを感じることはないとは思っていても、こうして開放的な気持ちを実感すると、少なからず人目を気にしているのだなと思う。
それが二人の在り方において、特に何かに影響することはないけれど。
「ここは普段は閉鎖されているんですか?」
「はい、この時期は。今向かっているのが『薔薇の奥庭』と呼ばれる場所で、いわゆるローズガーデンなんですが、ウェディングフォトを撮るお客様専用に2か月間だけ開放してるんです」
「2か月だけ……短いですね」
「春薔薇が見頃の5月と、秋薔薇が見頃の11月だけですね」
「それは、ウェディングフォトのご予約が殺到そうですね」
「激戦だと聞いています。元々、先代のホテル総責任者だった大伯父が大伯母のために作ったプライベートガーデンなので、一般公開はしてなかったんです。でも、お客様から見えてしまっていて」
月落が指さす先には、縦横に等間隔で並べられた四角形の窓。
ああ、と納得したように鳴成が頷く。
「問い合わせが多くあったことから、現総支配人の叔父が薔薇の季節だけ門を開けることにしたそうです」
「それが、この門ですか?」
たどり着いた先に現れたのは、緑の森に終わりを告げる白亜の石造りの壁。
中央にはアンティークの鉄門が嵌っている。
「先生、どうぞ。開けてください」
「はい、お邪魔します」
琥珀の指先によって開け放たれた世界には、ピンクやオレンジ、黄色、白の色彩豊かな花々が、葉緑の中でその可憐さを競い合うように咲いている。
広大な土地の上、薔薇の絨毯が広がっている場所もあればグラデーションの段差になっている場所もある。
奥の方では、青と紫で数基のアーチを形成しているようにも見える。
「凄いですね……言葉を奪われるというのを身を以て体験しています」
「昔はこの花の絨毯が延々と広がっていたそうなんですが、フォトスポットにするために人工物を多数投入したようです。先生、ゆっくり歩いて行ってみましょうか」
薔薇が織り成す道を行く。
ところどころで立ち止まり感想を述べ合う。
幾重にも重なるやわらかい花びらにむやみに触れず、そっと顔を寄せて眺める鳴成の横顔を、月落は蕩けた瞳で見つめる。
鳴成という存在と薔薇の親和性があまりに高くて、このまま一式を美術館に飾った方が世界のためになるのではと本気で考えるほどだ。
薔薇を鑑賞しにきた人と、薔薇を鑑賞しにきた人を鑑賞しにきた人。
ヘーゼルの貴公子に見つめられた花々からは黄色い悲鳴が、黒の貴公子に見向きもされない花々からは糾弾の絶叫が聞こえてきそうである。
「綺麗ですね」
「はい、とっても綺麗です」
問いかけに月落は、鳴成だけを視界に入れて陶然と答える。
黒の瞳をいっぱいにするのはヘーゼル一色なのだが、見つめられている本人はそんなこと知る由もない。
青と紫のアーチを抜けると、ハンギングバスケットで飾られたガゼボの前へと出た。
「先生、少し休憩しましょう」
「ええ、そうします」
クッションが敷き詰められたソファに座る。
歩いてきた道が緩やかな坂になっていたようで、今まで見てきた景色の全てが見渡せるようになっている。
空の青に映える景色を眺める二人の間を、風が通り過ぎていく。
「元プライベートガーデンとは思えないほどに広いですね。あちら側にもまだ続いてるんですよね?」
「そうです。子供の頃は何度来ても道に迷ってました。鬼ごっこがしやすくて隠れるには適してるんですが、わざと鬱蒼とさせて密度を濃くしている場所もあって。そこに間違えて入ってしまうと中々抜け出せなくなってしまって」
「今みたいに背も大きくないですから、それは少し怖かったでしょうね」
「景観は美しいのにどこか閉塞感もあって、よく泣いてました……あ、僕じゃないです。親戚の、年下の子です」
焦って付け加えられる情報に、鳴成は眉を下げて返答する。
疑っていないところを否定されると、疑いの芽が出てしまうのは自然なことだろう。
男子には強がる遺伝子情報が少なからず入っていると思うが、月落もそうであるようだ。
鋼のように強くてスマートすぎる恋人の、雷が苦手なところをとても気に入っている鳴成である。
深い部分も浅い部分も、嫌ではない範囲で教えてほしいと思う。
自然に、話したいと思える範囲内で。
きっと、全てが愛おしく感じられると思うから。
「先生はどの薔薇が好きですか?」
「うーん、あまり詳しくないので表面的な感想になってしまいますが、あの薄紫の薔薇が好きです。花びらの重なりが綺麗で」
月落は即座に記憶した。
男性が男性に花を贈る機会はそうないだろうが、こういう情報はいつか役に立つ日が来るかもしれないから。
鳴成を喜ばせられるアイテムは、幾つあっても嵩まない。
「涼しいですね」
「はい、気持ちいい風です」
のんびりとした昼下がりに、そよ風がくるくると回る。
きっちりと髪を固めている月落に反して、鳴成は休日モードで緩くセットしているのみだ。
透明なピルエットに遊ばれて乱れたヘーゼルの髪を、耳に掛けて甲斐甲斐しく直していた月落に、鳴成からこんな言葉が零れた。
「きみは、今までどんな恋愛をしてきましたか?」
「え……?」
まさか、年上の恋人からそんな質問を投げかけられる日が来るなんて想像もしていなかった。
過去を気にしてもらえるのは、正直……
「あ、申し訳ない。先ほど、お見合い相手の方に抱き着かれているきみの姿が少しだけ見えてしまって。それで、余計な興味が湧いてしまいました」
正直、
「先生」
正直、とても嬉しい。
「はい?」
ずずいと距離を詰めた月落に、若干仰け反りながら鳴成は返事をする。
その真剣すぎる表情に、デリカシーに欠ける質問だったかと後悔の念が押し寄せそうになった瞬間、月落に肩を掴まれた。
「先生、何でも訊いてください。僕も大人なので恋愛経験ゼロですなんて嘘は吐けませんし、過去があってこそ今があるので、思い出を捨てることも出来ません。でも、今の僕にとって間違いなく先生が一番大事で、未来においても変わらずに先生を一番大事にすると誓います。なので、何でも訊いてください。先生に対して隠さなければならないことは、ひとつもありません」
「すごい熱量の意思表示をありがとうございます」
オープンマインドの敷居がなさすぎる。
人間誰しも知られたくないことのひとつやふたつはあるだろうし、殊、過去の恋愛に関しては現在の相手に聞かせたくないこともあるだろう。
けれど、月落は曇りのない瞳で実直に見つめてくる。
これを真実と言わずに何を真実を言うだろう。
「あ、先生。最初に釈明をさせて頂けるならば、あのお見合い相手の方とは何もありません。本当に何もありません。いきなり抱き着かれて不覚を取られたのは僕の落ち度ですので、その点に関しては謝罪しますが、お見合い話は進展する隙なく潰しましたので安心してください」
「お見合いに関しては昨夜から今朝にかけて、きみから切々と説明をしていただいたので、何も疑っていません」
金曜から土曜は月落の家に泊まるのが定番化しつつある。
いつもは土曜日の夕方まで二人で過ごして鳴成を自宅まで車で送り届けるのだが、今日は要らぬ見合い話が降って湧いたことでそのスケジュールが狂ってしまった。
実家で祖母から霹靂を落とされたとき、1から100まで鳴成に説明すると心に決めた月落だが、本当に余すことなく全てを伝えていた。
見合いをすることになった経緯や祖母と相手方との関係、相手の経歴や家族構成、今日は誰が出席するなど、説明が130を超えた辺りで鳴成からストップが掛かった。
それ以上の説明は結構、と僅かばかり呆れ顔の恋人に、「きみの評価は既に優なので、これ以上の論述は不要です」と押し留められてやっと説明を終えたのだ。
その態度だけで、疚しいことなど何もないと分かる。
月落に限って疚しいことなど、無縁の極みであると端から信じて疑わない鳴成でもあるが。
「それで、えーと……議題は僕の過去の恋愛についてでした」
そう言いながら月落は、着ているスーツのジャケットやベストの裾を下に引っ張りながら背筋を伸ばす。
大層な演説が始まりそうな雰囲気に、鳴成の指が静止の形を取る。
「あの、月落くん。それほど真面目に答えていただかなくても結構です。ざっくりで、というか、きみが何事にも誠実に向き合う人だと分かっているので、何か不信に思っていることがあるわけではないんです」
「はい、承知してます。でも、いい機会なのでお話しようと思います。まず、大前提があります。僕の今までの恋愛経験は全て同性相手でした」
「え……?」
いきなりのカミングアウトに、鳴成の時が止まる。
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