嘘の日の誤解を正してはいけない

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嘘の日の誤解を正してはいけない(裏側)

2.

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 けれど彼は忽然と姿を消した。
 冬休み明けに登校すると、名簿から『佐藤貴樹』の名前が消えていたのである。

「佐藤は引っ越した」
 始業式の日に短く説明されたが、美鶴には現実が理解できなかった。
 数日待っても貴樹のロッカーと机は空のまま。電話もメールも返答なし。

 美鶴以外の友人も一切聞いていなかったようで、引っ越した後も連絡一つ寄越さない貴樹には様々な感情を向けていた。
 ある者は怒り、ある者は呆れ、ある者は貴樹らしいと笑った。何かしら感情に落とし込むことで、貴樹の不在を認めていったのである。けれど美鶴には無理だった。到底受け入れられるはずもなかったのである。

 一ヶ月が経った頃、美鶴は貴樹の家を訪ねた。対応してくれたのは貴樹の母親である。彼女は美鶴の顔を見るやいなや、ボロボロと涙を流し始めた。そして「ごめんなさい。佐藤貴樹はもういないの」と教えてくれた。何度聞いても「いない」と繰り返すだけ。それ以上の情報は教えてくれなかった。

 真っ先に脳裏を過ったのは、貴樹の死である。
 だが家の者に調べさせても佐藤貴樹の死亡は確認できなかった。死亡どころか、ある日を境に一切の情報が得られなかった。煙のように消えたとでもいうのか。

「消えるなら、なんで俺も一緒に連れて行ってくれなかったんだよ!」

 こんなことになるなら周りなんて気にしなければよかったのだ。
 全て排除すればよかった。
 貴樹のことだけを考えていればよかった。

 今まで我慢していた分、美鶴は荒れた。
 波風立てないように取り繕っていた『理想のアルファ』という仮面を脱ぎ捨てた彼は、叔父を刺したオメガと同じ目をするようになった。常にアルファのプレッシャーを垂れ流すせいで学園に通うことはできなくなった。ベータどころか、アルファでさえも彼に当てられてしまうからだ。

 被害が最小限で済むように美鶴の家族は彼を『バース性に特化した特殊設計』が施されたマンションに入居させた。主にオメガを囲うために利用される施設なのだが、誰にも会わずに入居と生活ができる建物は暴走したアルファを一時的に隔離するにはちょうどよかった。

 彼の部屋にあるものを全て運び込み、毎日家族の誰かが美鶴の様子を覗きに行く。
 時には美鶴を心配する友人も訪れたが、一向に落ち着く様子はなかった。
 そんな生活が三ヶ月ほど続いたある日のこと。美鶴の母はとある決断を下した。

「美鶴。あなた、今度の番選びに参加しなさい」
 そう告げたのは、適当なオメガにアルファの性をぶつければ少しは落ち着くだろうと考えてのことだ。番を決めることなんて期待もしていなかった。美鶴の父と兄は荒療治が過ぎると大反対したが、だからといって美鶴をこのまま放置しておくことはできなかった。

 それに番選びには美鶴よりも強い圧を放つアルファがゴロゴロいる。彼らの中に放り込めば少しは落ち着くだろうと。やはり荒療治には違いないのだが、美鶴が荒れている理由も分からぬ彼らには他にどうしようもなかった。

 こうして美鶴は母に引きずられる形で番選びに参加することになった。
 そこでここにいるはずもないベータを、佐藤貴樹を見つけた。美鶴が貴樹を見間違えるはずもない。

 貴樹はオメガのように発情していた。あれほど見たいと望んだ姿はモニターに映し出され、多くのアルファの目に晒されていたのである。

 これ以上我慢が出来ず、黒服を呼びつけ、彼につけられた番号を告げる。やってきた黒服は手元のタブレットに何かを入力し、すぐに案内してくれることになった。

「部屋に着きましたらオメガをご確認ください。部屋から連れ出す前でしたら再度選び直すことが可能ですので」
 黒服の言葉は淡々としており、今から犬や猫でも見に行くのかと錯覚しそうになる。
 だが美鶴を案内する男以外も似たような説明を行っており、改めて『オメガ』という存在がどのように扱われているのか理解させられた。今すぐこんなところから貴樹を救い出したくて、気持ちばかりが急く。

 専用の廊下を通り、貴樹のいる部屋に通される。
 ドアを開けた途端、部屋に充満していたオメガの発情香が美鶴の顔面に張り付いた。甘ったるくて気持ち悪くなりそう。だが確かに貴樹の香りも混ざっているのだ。美鶴を誘惑するために発情してくれているように思えて、天にも昇りそうな気持ちになる。

 今すぐ自分のものにしたい。
 画面の向こう側にいるアルファ達に見せつけるように首筋に噛みついて、二度とこの手から離れないように楔を打ち込むのだ。

 美鶴の中でアルファとしての衝動が沸き上がる。
 けれど自身の指を噛み、なんとか自制する。貴樹がオメガになったのはほんの数ヶ月前のことだ。未だ混乱しているに違いない。すぐに番になろうと迫れば困らせるだけ。ましてや正気を失っている時に一方的に番になるなんてもってのほかだ。

 番うのは同意を取ってから。大丈夫。彼は好意を向けてくれている。
 そう自分に言い聞かせた。

 大丈夫。大丈夫。
 頭の中で繰り返し、冷静を取り繕う。短く息を吸い、黒服に告げる。

「彼を」

 ここまではなんとか正気だった。
 会場入りする前よりもずっとマシで。もう一度見つけた光に向かって必死に手を伸ばしていた。

 けれど現実は残酷だった。

「田賀谷さんだ!」
 貴樹の口から飛び出たのは、美鶴の知らない名前だった。蕩けた顔で美鶴に飛びつき、頬を擦り寄せる。頭を撫でれば頬だけでなく、身体まで擦りつけてくる。

 雌が雄を誘うように。
 動物がマーキングするかのように。

 本能のまま、彼は美鶴を求めている。
 だがそれは『田賀谷』という人物だと勘違いしているからに他ならない。
 冷や水を浴びせられたように気持ちが一気に冷えていく。それでもこの熱を手放すことはできなかった。涙が溢れそうになるのを必死で堪え、彼を抱きかかえた。
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