ブレイン エラー

澤村 通雄

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旅に出る前に

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旅に出る前に、、。

私がタイに出る3日ほど前の日、旅に出るまでの最後の支度をしていた。
ジミヘンのギターの音が、ビンビンとスピーカ―から聴こえてきた。
身体が重く頭が痛い、、。
私はまぶたを閉じた。
何か高い所から下へ落ちていくような感覚だ。
この状態をストーンするというらしい。
なるほどストーンとは英語で石の事だから、石になった様に動けなくなった状態の事か、、。
私は初めてその言葉の意味を知った。
ジミヘンの曲の一つにストーンフリーという曲がある。
そうか、ストーンフリーとは、ストーンした状態で、精神や思考が自由になる事か。
または、ストーンするのはお金がタダですという事だろうか。
クスッ、私は小さく笑った。
Eさんがサイケデリックという事を言っていたが、ジミヘンもサイケだ、そうに違いない。
と、音楽好きな人が一般常識で言っている事が、そうか、そういう意味だったのかと改めて分かった。
やったー!という感じが、とっさに浮かんだ。
気が付くと、音楽は終わっていた。
そこで、もう一度アルバムの最初から聴き直そうと思い、重い体を起こし、ヨタヨタとプレイヤーの針を最初に置き直した。
一曲目の、ハブユーエバービーンという曲を聴き、ジミヘンのギターも凄いが、声も非常に良いのではないかという事に気づいた。
凄く優しく語り掛けるような、歌い方だ。
心が安らぐ。
何となく近くにあった鏡を取って、自分の顔を見てみた。
ニコニコ笑っている。
自分が、こんなに嬉しそうに笑っている顔を見たのは、初めてのような気がする。
まるで、他人の様な気がする。
あー、今私は幸せなんだなぁと感じた。
もう一度、ベッドに横たわり曲を聴きだしたが、いつまで経っても曲が終わらない。
そう、いつもの感覚ではないのだ。
曲のフレーズの一つ一つに、意識が集中し、音の一つ一つをじっくりと聴く事が出来た。
まるで、初めてこのアルバムを聴いたかのように、、。
時間はゆっくりと流れている。

すると、隣の部屋から電話がリンリンと鳴った。
重い体をもう一度起こし、電話に出ると、Eさんからであった。
「オー!調子はどうだ。今、バンコクにいるけど、こっちは凄く暑いぞ!もう旅の準備は出来たか?」
「うん、凄いよ。今、ジミヘン聴いてるんだけど凄いよ。ものすごく凄い!!とにかく凄いよ!!」
もう、言っている事は無茶苦茶である。
私は何年ぶりかに再会した友人と話すかの様に興奮していた。
「おい、国際電話なんだから、時間に気を付けろよ。バンコクのプライバシーホテルで待ってるからな。気を付けて来いよ、じゃあな。」
そう言い残して電話を切ったEさんに、今体験している事を、この筋の先輩に、もっと言いたい、もっと聞きたいという欲求を抑えながら、受話器を置いた。
頭の中が、スカッと冴えてきたので、今度はEさんおすすめの、グレイトフルデッドのテープをかけた。
フェアウェルトゥーウィンターランドという、デッドの1978年のライブなのだが、一曲目のシュガーマグノリアという曲が、これまた良い。
明るいアップテンポなノリに、ジェリーガルシアのギターソロ。
やっぱりEさんが口をすっぱくして言っていたように、ガルシアのギターは良い。
音が良い。
天を突き抜く様な澄んだ、はじけた音だ。
そうかジミヘンの様な、激しく歪んだ音も良いが、ガルシアの軽いタッチの柔らかい音も、素直に喜べるなと、私は思った。
ちょっとギターでも弾いてみるかなと、部屋の隅に飾ってあった、エレキギターを手に持った。
ジャーン。うーん、チュー二ングが狂っている。
入念にチュー二ングを合わせ、Fのコードを弾いてみた。
ジョワーン。うーん、腹に響くいい音だ。
適当に弾きながらも、いいメロディーが生まれてくる。
ついでに腹が減ってきた。
キッチンへ行き、目玉焼きを作る事にした。
となりの部屋からは、デッドの心地良い音が鳴っている。
その軽快なリズムにのって、軽く鼻歌を口ずさみながら、冷蔵庫を開け、何日か賞味期限の切れた卵を2個取り出し、油を引いた温めたフライパンの上にカチ割った。
ジューッ!うーん、いい音だ。
塩、胡椒をパッパッ。
ちょっと硬めに火を通して、出来上がった目玉焼きを皿に移し替え、口の中に放りこんだ。
美味い。卵黄の濃厚な味が私の舌を、まったりと包み込んだ。

目玉焼きを乗せていた、皿を流しに無造作に置き、私は眠る事にした。
お腹が満足したのか、すぐに、眠りについた。
本当によく寝た。
ジェリーガルシアの音色と共に、、。
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