アンダーテイカー (探偵シリーズ)

とうこ

文字の大きさ
4 / 41

自覚のない籠の鳥達

しおりを挟む
部屋の中は10名くらいの若い男子が、机の上でパソコンを使ってそれぞれ遊んでいたりレポートをやったり何か難しそうな問題に取り組んで居たりして自由に過ごしていた。
 雑居ビルの会議室のようなところは、入り口の対角にパーテーションで囲まれたシンクがあるだけで、あとは長机とパイプ椅子がならべられた如何にも会議室である。
 その中の1人、吉田龍平よしだりゅうへいはここ1週間家に戻っていなかった。
 ここにいる者の大半は家に戻っておらず、この部屋の一つ上の5階に用意されている仮眠場で寝泊まりをしている。
 大学の勉強を集中的にできる場を提供すると言う触れ込みで勧誘を受け、親にもそう話をつけては来ているのだ。
 龍平はまだ1週間だが、もっと長い時間帰っていない者もいて、親から本人に携帯で連絡がきてる様だったけれど集中したいからといって帰る気はなさそうだった。
 親はこの場所を知らず、大学まで行って捕まえようとすると親の顔を見て逃げる始末で親としてみたら逃げる時点で『なんか悪いことに巻き込まれているのではないか』と思わずにはいられない。
 警察にも話してはあるが、いつの時代も成人男子の1.2週間失踪には積極的ではない。それで親としては興信所や探偵と看板をあげているところへ依頼にいくのだ。
「みんなやってるかー?課題は終わったのか」
 賑やかな声が響く中に、30歳ほどのみんなから『先生』と呼ばれる鹿島が入ってきた。
 部屋からは、やべっとか終わってまーすとか声が返ってきて、鹿島はそれぞれに、
「終わったものは俺に送っておけ。終わってない者は早めにやっておくように。そして吉田、お前のパソコンが用意できた。これに課題とか、専攻の問題とかが送られるからちゃんとやるようにな」
 鹿島が手にしてきたノートパソコンを龍平へと持ってきて、IDとパスワードが書かれたメモを渡す。
 そう、ここでは個人個人に一つのノートパソコンが与えられ、自分専用だから他のものには貸し出しは絶対禁止とされている。
 みんなが所持しているものだからその貸し借りはないのだが、それは頑ななまでに厳守させられていた。
 都内の有名私立大学の学生が多く、卒業後に専攻している学部の仕事に就きたいものが集められている傾向が強い。
 龍平の場合は建築士を目指しているために、それに関する課題やテスト前には問題集からの抜粋問題等が送られてきて、毎日毎日それを解いてゆくと言うことになっている。
 ここにいる者たちはそれぞれの専攻でそのような問題等が作られ、大学の勉強と共にここでも鍛えられていると言うことだ。
 しかしここ1ヶ月程で数名がここから姿を消しているのだ。
 まだ1週間の龍平にはそれを知る由もない。
 しかし、勉強をさせてくれて、取り敢えずの食事や住居まで賄っているこの集まりは、何か得体の知れない物を孕ませていた。
 ただまっすぐ前しか見えていない学生たちにはそこに気付く余地もなかった。
 龍平は早速パソコンを起動し、パスワードを入れ中を見てみる。
 すでにアイコンで建築問題集と一般教育問題。選択外国語といくつか設定されており、外国語を開くと英語選択のためにずらりと英文が並び、流し見すると問題ですら英語だった。
『結構厳しいんだな』と思いながら何とは無しに眺めていると、画面の瞬きに気づいた。
『あれ?』
 とじっと目を凝らすがそれ以降は何事もないようで、電気の何かかな…と思い直してまた見始める。
 周りは先生が来てから多少は静かにはなったが、それでも学校ではないゆえに賑やかではないがお喋りは聞こえてきて集中に時間がかかった。
 電子辞書を取り出し、分からない単語を検索しながらまず問題を訳してから問題に取り掛かる。
 その問題を訳すまでの数分間、パソコンの瞬きは数度に渡って行われ、ビル自体が新しくもないことを考えるとどこかで漏電でもしてるんじゃないかと心配になった。
 しかし慣れてくるとそうそう気にもならなくなったので、龍平は構わずに問題に没頭していった。


 時臣の事務所への依頼は、ここ1ヶ月でいつもの倍あり大忙しなのはいいのだが、ほぼ猪野充と同年代の学生だった。
「一体何が起こってる…」
 8枚の依頼書をテーブルに置いて、流石に気難しい顔をする。
「19歳が1名、20歳が3名、21歳が4名、全員一応親御さんの許可はあるものの、一切家に戻らずどこにいるかも不明。でも学校にはちゃんと言っていて出席には問題がない…なんなんでしょうね」
 唯希いぶきはさっき依頼の来た20歳の1名分をパソコンに入れながら、これまでの依頼書を全部画面に並べた。
「奇妙だよな…」
「さっき中条さんや、他うちと連絡が取れる探偵業ご同業の方何人かに連絡とってみましたけど、うちほどじゃないにしろいつもは無い学生の人探しが来ているみたいですよ」
 時臣はーん~~~~ーと髪をかきむしって、椅子に寄りかかる。
「んで、全員見つけ出した時には顔を見られた途端に逃げ出されるんだろ?そして最後に飛ばれたんじゃなぁ…」
 苛立たしそうにタバコを取り出し火をつけると、唯希はアイランドの縁に置いてある灰皿をとってくれた。
 唯希のいい所は、相手の状況を的確に判断しその場その場に合わせて行動が出来ることである。今だって時臣がイラついていなければ、キーキーとタバコは自分のデスクでどうぞ!とか怒っているはずだった。
 こう言う時の時臣は、その気遣いすら気付かず頭は案件でいっぱいだ。
「中にはなんとか取り押さえて家に戻せた子や、車に跳ねられても軽傷で済んだ子もいるみたいですけどね」 
「それにしたって、全く意味がわからねえ。失踪する意味も、俺ら見て命懸けで逃げる意味も」
 床についている方の足を揺らして、天井の一点を見つめて毒付く。
 瀬奈が運ばれた病院で、中条なかじょうと冗談混じりに探偵おれらに対する挑戦なんかな、と言ったのも、何だか信憑性を帯びてくる。
 『悪の組織』ではないにしろ、探偵業を営む者への逆恨みか何かか…今はそれが1番しっくりきた。いやそれにしても対象者が自殺に至るまでというのは…ちょっとやりすぎだ…。
 謎なのは個別に怖がるということだが…。
「気に入らねえなぁ」
 また苛立ち紛れに呟いて、時臣は組んでいた足を組み替えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...