アンダーテイカー (探偵シリーズ)

とうこ

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インタビュー「吉田龍平」3

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「し…新興宗教とかそう言う…」
 息子がそんな細工されたものを与えられていたことはかなりショックだったのだろう、恵子の顔色も悪くなっている。
「そこまではなんとも…物品を売りつけられたり祈りを捧げろ的なことは一切ないと聞いてるし、実際なかったんだろう?」
 時臣に聞かれて、龍平は頷いた。
「そう言うのは全くなかったですね。問題を解く以外は本当に自由でした。でもその問題文の背景で思い出したんですけど、俺1番最初に問題もらった時に、なんかチカチカするって思ったんですよ。でも古いビルなんで、電気設備でも古いのかと思ってました」
「それが、背景の切り替えだったのかもな」
 中条はそう言った後少し考え込んで
「ところで龍平くんはなんであそこにいくことになったんだ?」
 結露しまくりの烏龍茶のジョッキをおしぼりを当てて飲みながら、基本的な質問をする。
「俺は、なんか『1日に1回送られてくる問題を解くだけで成績上がるし、あとは自由でいられる場所がある』って聞こえてきて…その日の朝に母さんと喧嘩したこともあって、2、3日帰んなくてもいいかって思ってたから、その話をしていた人に声をかけて封筒を貰って、そこに行きました。封筒にあのビルの地図が書いてあって、それで」
「なるほどなぁ…向こうにはイレギュラーだったんだな」
「もうお恥ずかしい」
 と恵子は顔を赤らめるが、そんなことでこんな大事に巻き込まれた息子に少々腹も立っていた。
「龍平くんは、過去のトラウマがない分最初から少し強めにされていたんだろうね。それで今回、自宅に帰ったのが多分知られてしまってより強いものになったんだろう。向こうもちょっと焦ってたのかもしれない」
 たかだか親子喧嘩で心を操られるような場面になってしまったことは龍平にもかなりショックで、小学生の時以来初めて母親の手を握った。
「まあ取り敢えずだ…これがわかった以上もうあそこへ戻す訳にはいかないな…。実際確保されて戻らなくても後追いはないようだし…取り敢えず俺に保護されて病院へ行ったことにしようか」
「お願いいたします」
 恵子が頭を下げ、龍平の背中を押して龍平にも頭を下げさせた。
「じゃあ取り敢えず…だな…典孝のいる病院へ連れて行こう」
 声が笑っていた。
「ボス何を…」
 効果があるのか判らないけど…と物騒なことを呟いて時臣はマスクを外す。
「うっ…わ!」
 龍平が体を硬直させ、ソファからずり落ちた。
 一瞬中条が逃げるかもしれない龍平の確保に腰を上げたが、龍平の反応は今までの子達よりは静かな反応だった。
 それでもこの一瞬で暗い中でもわかるほどの脂汗が吹き出した顔を見ると、過去にトラウマも持たない人間にまでここまでのマインドコントロールをかけたのは見事だと思う他はない。
「中条介抱してやってくれ」
「もう~お前一言くらい言ってからやってくれよ。俺咄嗟に抑えきれなかったらどうしようって心臓飛び跳ねたぞ」 
 床に座って時臣から目を逸らすようにソファに顔を突っ伏している龍平を、そう愚痴りながら優しく起き上がらせて
「だいじょうぶだよ~あの人顔怖いけど人殺しなんかしないからね~」
 などと宥めながら、
「じゃあ俺の車で病院行くわ。KO大でいいんだな」
「ああ、連絡入れておく。俺らも後から行くから」
「わかった」
 中条は恵子と龍平を連れて部屋を出て行った。
「強引なことしますねえ」
 唯希が呆れて部屋の荷物をまとめ始める。
「病院へ行くからにはなんかの症状ないとだなって思ってな。しかし予想以上な反応でてびっくりした」
「私ももう少し軽いかなと思ってたんですけどね」
 カメラや龍平の荷物も持ち、準備ができたようだ。
「んじゃ、俺らも行こうか」
 と言って時臣が向かったのは富山の医院で、KO大には取り敢えず唯希だけ先に行ってもらった。
 今日龍平が高円寺に帰らなかったとしたら、パソコンはすぐにでも初期化されるだろう。
 その前に実物を富山とみやまに見せたかった。
 時臣が着いた時にはまだ綾瀬がいてくれて、一緒に確認ができたのは良かった。
「これは緻密な細工だねえ…多分プロがついてるね」
「プロ…?」
 綾瀬の言葉に聞き返す。
「うん、私の仕事と反対のことをしてる人もいるからね。悪い方へ導こうとする人の手伝いする奴」
 時臣にはその世界のことはわからないが、多分洗脳やマインドコントロールで犯罪をさせたり責任を負わせたりとかそういうものなのだろうと推測は立った。
「そう言う人を調べることは…」
 逮捕権などはもちろん持っていないのであくまで〈調べる〉と言うことしかできないが、なんとかそこも知りたいと思った。が
「私の知り合いを伝って、そう言う仕事をしている者を探すことはできる。でもこの世界の裏はあまり見ない方がいいよ。こちらで当たりはつけておくけど、あまり期待はしないでね。その人自体はただの仕事としてやっただけだからあまり詮索すると怖い人きちゃうから」
 まあ…そうなるか…。と妙な納得はできた。
 確かにその人にしたら『ただ仕事をしただけ』なのだから。まあそこはしかたがない。
「そういえば篠田くん、我々が会うとなった子はどのくらいかかってそうかな」
 富山が話の区切りで話しかけてきた。
「俺の顔を見て走って逃げるくらいにはかかってますね。ここだけの話ですが彼は過去に誘拐未遂に遭ってまして、その恐怖を俺に被せられてます」
 守秘義務はあったが、これは伊藤瀬奈の命を守るためなので仕方がなかった。富山とみやまも医師だ。同じく守秘義務を守る者同士そこは解ってくれるだろう。綾瀬もきっと理解はしてくれる。
「なるほどねえ…そのトラウマも癒さないとならないとなると長いね…随分なことをしたもんだ」
 富山はふうっと息を吐いた。
「まあ、一度会ってこれからの策を考えよう。連絡は任せていいかな」
「勿論です。時間調整等はうちの『塔野典孝』と言うものがやりますので任せてください」
「ああ、KOの高橋くんの紹介の子だね。わかった、頼んだよ」
 高橋とは、典孝に富山を教えてくれたポリクリ時代の精神科の医師だ。
 時臣はそれで医院を辞し、KO大へと向かった。


 典孝を頼って行った病院では、処置室の控え室という場所へ入れてもらい、最初に行った唯希と中条が典孝に今日の話を全て話していた。
 ここは、処置後に様子を見なければいけない患者さんが静かに横たわる部屋である。
富山とみやま先生にお任せすればまあ大丈夫だと思いますが、また随分手のかかる事をされましたねえ」
 もう全くなんでもない龍平を見て、さすがの典孝も気の毒そうだ。
「こういう感じの子がまだ10数名いると思うとゾッとする」
 龍平の脇に立つ唯希も眉を寄せる。
「まあ取り敢えず、家に帰れて良かったな。多分としか言えないが向こうは深追いはしてこないとは思う。逃げた子を追って藪蛇を恐れるはずだし」
 中条がそう言って処置室の医者が座る椅子でクルクルまわった。
「本当にお世話になりました。なんと言ったらいいか…」
 龍平の母の恵子が、龍平の後ろで深々と頭を下げる。
 それをみて中条は慌ててくるくる回るのをやめて立ち上がろうとしたが、それには唯希が恵子に向き直り
「探偵に依頼って、結構勇気がいる事だと思います。お母様の英断で息子さん無事だったんですから、頑張りましたよ」
 唯希がにっこり微笑むと、恵子はそう言っていただけると…と少し涙ぐんだ。場合によっては事故や自殺にまで発展しかねない事だったので、心底ほっとしているはずだ。
「龍平くんもお母さんに感謝しないとだな」
 中条がそう言ってくるのに龍平は唯希の顔をじっとみて離れず、それをみた中条は内心いたずら心が芽生えてくる。
 どうしよう、唯希ちゃんが男だって言った方がいいのかな、言おうかな、でも今日なんとか命からがら逃げおおせたんだし少し夢見させてあげても…などと勝手に盛り上がってニマニマし始めた。
「なあに中条さん。気持ちわる…」
 唯希にそう言われ、
「ぶ…無事で良かったなあと思ってね」
 などと誤魔化してみる。
「探偵って、何してるのかなってずっと思ってたんです…まあ浮気調査とかそう言うのが主なのかなーとか…。でも思ってたよりずっと色んなことしてるんですね、なんかかっこいいや」
 唯希が所長である時臣のサポートをしたり、時臣の推察や中条も色々な考えを示唆したりするのをみて、すっかり魅了されたようだ。しかも唯希が可愛いな、とも思っていた。
「じゃあ今度見学にでも来ますか?事務所。普段は結構地味ですよ」
 と不意に典孝が入ってきて、
「自分は依頼者の受付してますけどうちは人探しが多いので、こんな派手っていうか賑やかな案件は久しぶりですからね」
 などと捲し立てる。
「え、いいんですか?行ってみたいです」
「こら~なんで典孝がそんなこと言ってんの。ボスに聞かないとでしょ~」
「じゃ篠田さんがいいって言ってくれたらいいですか?」
「それなら問題ないよ」
 握った手の親指を突き出してまたニコッと笑う。
「ボスの甥っ子さんも一緒に住んでますから、ボスがいいって言ってくれたら一度見学に来てください」
「はい、是非」
 そこに丁度時臣がやってきて、
「変な所にいるんだな。探すの苦労したぞ。救命の師長さんまで出てきちゃってちょっと大事になったわ」
 笑いながらそう言って入ってきた時臣は、なんだかキラキラした目で自分を見てくる龍平に困惑し、その後ろに立っている微妙な雰囲気の母恵子を見てより戸惑った。
「篠田さん、事務所見学とか行ってもいいですか?」
 キラキラした目のまま龍平が言ってくるのに
「え、見学?」
 社会学習か何かかな…と数秒返事に困っていると、唯希が
「龍平くん、探偵の仕事に興味があるみたいですよ。うちに見学に来たいってさっきそんな話になってて」
 唯希も母恵子の心の内を察して、時臣へと伝えた。
ーそう言うことねー
 時臣は理解をし、探偵業に興味を持ってしまった龍平の前に立つ。
「龍平くんは今大学で建築の勉強してるんだろ?一度きちんと建築士を目指すといいよ。建築士になって仕事をしてみて、自分に合わない、できない、無理ってなってからでもこんな仕事するのは遅くない。真っ当に社会で働く経験も大事だ。唯希だって元々固い仕事してたし、典孝の本業はこの病院の医師だぞ。見学はいいけど、新卒は雇えないからな」
 それを聞いて2人を交互に見る龍平の頭をポンポンとしてやって、マスクの下で微笑んだ。
 後ろにいた恵子が、まさか探偵の前で『探偵なんていけません!』とも言えず、でも息子が興味を持ってしまったどうしよう、と言った不安な顔をしていたのも時臣は察していたので、その言葉に恵子が頭を下げてくれたのにも龍平に見えないように頭を下げ返していた。
 それを側から見ていた中条は、
『事務所見学希望の半分は、また唯希ちゃんに会いたいんだってことわかってるの俺だけか~。ま、思春期の恋は儚い物だよね』
 などと、ほんのり唯希のことが気になっている龍平に、本当のことを言うのはやめようと心に決めていた。
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