アンダーテイカー (探偵シリーズ)

とうこ

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籠の鳥達の解放

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「今からですか?」
 さっきも確認したがもう8時近い。
『学生が揃ってる時間を狙ったらしい。20時丁度に突入だ。俺も難波のコネでケツにひっついて行ってくる』
 それだけ言って電話は切れた。時間からしてすでにビルにはもう入っているだろう。20時はあと1分だ。
「『塾』にガサか…」
 そう呟いて時臣は部屋へ戻り着替え始める。
「ボス、どこへ」
 部屋へ向かって唯希が問うと
「学生たちが心配だ。現状では親元へ帰れないだろう。どこに収容するかは知らんが、取り敢えず富山先生と連絡とって、綾瀬さんと一緒に来てもらおう」
 シャツに薄手のジャケットを羽織って部屋から出てきた時臣は、
「通夜帰りの格好じゃなんだろ。それ着てけ」
 そう言って中条にブルゾンを投げ、唯希には
「結城さん経由で難波さんにも許可を取らねえとな、唯希も一緒に来てくれ。車内で各先生方と結城さんへの連絡を頼む」
 そう告げた。唯希はもう動いていて、側にあったメモやパソコンをバッグにいれている。
 中条は黒のネクタイを外し、まだ途中のカレーをもう一口口に放り込むと立ち上がって渡されたブルゾンを羽織る。
 少しデカいな…と思ったのは口に出さないでおいた。
 準備をしながら唯希が小さく声をあげる。
「学生の中にお二方をインプットされてる子がいるかもしれないんですよね。慎重にいかないと…」
 唯希に言われてああそうかと思う。それは確実にいるだろう。危険と見て調査を止めている分、まだ依頼を受けたままの子はいるのだから。
 不意に顔を出して逃走されるのは危険だ。
「まず唯希が行くのが無難なのか…」
 唯希はパソコンに依頼書も入っているから車で顔を確認しておこうと考えたが、中条は…。
「中条さんは、ご自分のところの依頼対象者の名前だけでもわかりますか?人数とか」
「いや、名前は事務所のパソコン見ないとだけど、人数は2名だ」
「2名了解です。じゃああとはぶっつけですね。刑事さんにお話して、逃げ出そうとした子を抑えるの手伝ってもらいましょう」
 時臣も確認して
「じゃ、調整は向こうで」
 3人は急ぎ部屋から出て、車に乗り込んだ。
 唯希は真っ先に典孝に連絡し、富山とみやまと綾瀬を高円寺の『塾』まで連れてくるように伝えた。地図もちゃんと後から送っている。
 車は一路高円寺へと向かった。
 
 夕方から降り出した雨は、しとしとと1番嫌な降り方をしていた。
 高円寺の『塾』があるビルは、真っ赤に回転するパトライトと煌々と光る一台の投光器が雨を照らし、乱反射で煙のように見えている。
 ごった返す野次馬を近くの交番勤務の警官や所轄である杉並署の警官が縄を張って警戒し、あれから捜査をしたのか一階のパソコンスクールも摘発を受けてダンボール箱が運ばれたり運び出されたりしていた。
 現着した時臣たちは、車の中で結城と連絡を取り合って子供らのことを任せて欲しいと話し合い、その許可を得てまずは唯希が行って篠田エージェンシーが依頼を受けた子5人を分けることにした。
 子供らは5階の居住部屋2つに一旦入れられていたので、唯希が名前を呼び顔が一致した篠田の依頼の子を一つの部屋にまとめ、中条の依頼分は判らないのでぶっつけ本番で行くことにした。
 まずは5階担当の警官に、もしかしたら2名ほどの子が怯えて窓から飛び出すかもしれないので、と中に入って窓の前にいてくれるように頼んだ。
 脅しではなく、本当に窓から飛ぶのできっちりお願いします。と伝え、中条は警官が中へ入ったのを確認してから篠田の依頼を受けた子を集めた部屋に顔を出した。
 が、そこには偶然にも誰も中条に怯える子がいなかったので、もう一つの部屋に2人いるはずである。
 だったらわざわざ怯えさせることはない。
 警官に大丈夫でした、と伝えてから篠田への依頼の子が集まる部屋を中条が、中条への依頼の子がいる部屋を時臣が担当し、部屋に入り少しずつ話を始めていった。
 富山と綾瀬も来るはずだが、それまでに少しくらいはリラックスをさせておきたかった。
 時臣と中条の2人が各部屋で今回のこの『塾』の内容を話し、自宅の母親を軽く怖がるようにも細工をされていることも話す。
 車の中で富山に教わった通り、じっくりとゆっくりと母親は当たり前だが危害を加えてこないから安心するようにと何度も声がけをすることになっていた。
 下の階では、鹿島が逃げないように2人の刑事に挟まれ椅子に座らされて、物品の質問等をされている。
 並べてあるパソコンが一つ一つ箱に詰められ、何に使うか等聞かれそれによって箱が分けられたりしていた。
 尋問的なものは署へ行ってからなのだろう。
 鹿島の他に数人いた『塾』スタッフは、鹿島からの指示でしか動いていないと言っていて、こちらも学生バイトで何も聞かされていない感じの子達だ。
 結城が5階の部屋に、
4階はそろそろ片がつくぞ」
 と、大体の人数分のコーラ等飲み物を持ってやってきた。
「え、差し入れっすか?これ署からでるんですか?」
「いや、俺の自腹」
 結城にも子供がいる。こんなところに集められて、これからどうなるかも知らなかった子達が可哀想になったのだろう。
「へえ、いいんですか?そんな給料良くないでしょうに」
 時臣も殊更気安く話して、刑事が来て一瞬張り詰めた学生らの緊張をほぐしてやる。 
「ばかやろう、このくらいは平気だ。明日の昼飯抜けばな」
 同じく結城も乗ってくれて、その場で学生も笑ってくれた。
「好きなもん取ったら、隣の部屋へ渡してやれ」
 総勢で20人弱はいただろうか。
 探偵含め、学生達の調査をしていたものが一斉に調査を止めたからか、人数が減らなかったのだろう。
 瀬奈も龍平も学生たちは、大抵は多くても12人くらいだと言っていたし、調査を止めたこと自体は功を奏していたようだった。
「結城さん、今晩はこの子達はどうするんですか?難波さんはなんて」
「できれば親御さんの元へとは言ってはいるが、母親への暗示の解け具合だろうとも言っている。この部屋は本庁で押さえているから、一晩くらいはここにいてもいいらしい。君たちもゆっくりお母さんと会ってみて、家に帰るか決めてほしい」
 最後は学生たちに向かってそう言い、結城は部屋を出ていった。
 学生の親御さんたちには、4階にあった『塾』の申込書のようなもので刑事が連絡を取り、一度こちらへ来てほしいと話していたから親たちも順次やってくるだろう。
 唯希は2つの部屋の通路にパイプ椅子を置いて、学生がトイレ等で部屋を出る時に当該学生が間違っても中条や時臣に合わないように気を使ったりの、調整を行なっていた。
 暫くして典孝が連れてきた富山と綾瀬が到着し、各々一部屋ずつに入ってくれて、学生たちにマインドコントロールが解けるような会話を始めてくれた。
 まず、母親への緩いマインドコントロールを解かなければ家へと帰れない。
 それは自分を顧みて、今いる現状は正しいか、医者である自分を含め他者がどう言っているか話しているかをよく聞き、理解して自分へと取り込むこと。
 この『塾』との関係性はもうないから、全く気にしなくていい事と、今後のみんなの身は安全だということ。
「そしてね、恐れているものが本当に悪なのかをよく考える事。実際ここにいる篠田という人物は、隣にいる数名に非常に怖がられている。ここにいる2名と聞いてるけれど、その2名は隣にいる中条という人を恐れている。それは正しいことかをよく考えて。誰も君たちに危害は加えないから、それをよく自身に刻み込んでほしい」
 とても優しい口調で、優しい声で学生に語りかけてくれた。
 学生達も、今ここにきて何故親に言えない場所で暮らしていたのか、何故帰らなかったのか、の疑問も抱き始めていた。
 なぜか一人暮らしだった学生は居らず、幸運にも全員の親が来てくれた。
 富山と綾瀬は学生が親と会うとき一人一人について、親サイドが頼んだ探偵及び興信所の代表、および母親を忌避するマインドコントロールが施されていることを説明した。
 母親へのはそこまで強くないから普通に、敵意なんかはもちろんないと言葉にしながら接すればまず大丈夫だが、問題は探偵及び興信所の代表に偶然でも会ってしまった時に、命を顧みない回避行動を行なってしまうことも伝える。
 親達は顔色を変えるほど驚いたが、自分たちも協力するからと両親を励まし、早めに解除をしていきましょう、と名刺を渡していた。

「こっちは終わったな」
 2、3人が、かかりすぎる体質なのか母親への拒絶が強く残ってしまったが、富山とみやまと綾瀬が一晩話あうと言ってくれてこの場で両親を待たせることになり、時臣達3人は一度戻ることになった。
 時間はもう12時を回っていた。
「まあ、これが始まりっていうことにもなりますけれどね。根本が解決してないですから」
 近くの駐車場に停めた車に向かいながら、3人は話す。
「蓮清堂の話、さっき途中だったなそういえば」
 カレーも途中だった、と中条が笑い唯希も
「私もなんだかお腹空いてきちゃいました。帰ったらあっためなおして食べましょうか。なんなら少しなんか買って行ってもいいですね。悠馬もいるだろうし」
 探偵の仕事に時間など関係ないことは、もう悠馬もわかっている。急に飛び出して行ったおじ達を、大変だなあときっと待っている。お土産になんか買っていこうと唯希はコンビニに寄ってほしいと時臣に告げた。

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