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1章 伯爵令息を護衛せよ
5 怪しい二人組
しおりを挟む◆◆◆◆◆
レネたちが食事をしている席からちょうど死角になる場所で、二人の青年が三人の様子を窺っていた。
「なあ、なんでアイツが一緒にいるんだ?」
赤銅色の髪をした派手な顔立ちの青年——カレルが、アッシュブロンドの優男——ロランドに尋ねる。
「さあ、偶々一緒にいるだけでしょ」
「護衛対象を探し出して、街道沿いのどっかにいるアイツと合流しろなんて、団長も難題を突きつけてきやがると思ってたけど、まさか一緒にいるなんて俺たちラッキーだぜ」
カレルとロランドは、昨日の夕方とつぜん団長から呼び出されて、ある人物の護衛を任された。ただの護衛だけならいいのだが、その込み入った条件に頭を抱えている。
お付きの騎士の目立つ容貌のお陰ですぐに二人の居場所を特定することができたが、一緒にいる人物を見て驚いた。
カレルは、さもおかしいとばかりに「クククッ」と笑うとビールを一気に呷る。
「さて、どうするか……」
「あの強そうな騎士殿には俺たちの正体を明かしていいんだよな?」
「アイツから先に事情を訊いてからの方がいいんじゃ?」
ロランドはワインを飲みながら、離れた所にいるレネの後ろ姿を睨んだ。
「そんなにジロジロ見るなよ、猫ちゃんは気配に敏いんだぞ……ほらっ、こっち気にしてる」
「大丈夫。猫からここの席は見えないって」
◆◆◆◆◆
「どうしたの? さっきから」
鹿のローストを頬張りながらアンドレイは、先ほどから後ろばかり気にするレネを不思議そうに見つめる。
「なんか背中に視線を感じる」
レネは少し前から背中に殺気を感じていた。後ろを振り返って確かめてみたが、視線の主はわからないままだ。
「お前……背中以外の視線も感じろよ」
デニスが呆れたように言う。
「?」
食事を終えて席を立ち、部屋に戻ろうと食堂の出入り口に移動している時、レネは不意に腕をひっぱられバランスを崩す。
「うわっ⁉」
「——ちょっとここいらじゃ見かけない美人さんだねぇ! ここで俺たちと一緒に飲まない?」
気が付けば赤毛の男の膝の上に座らされていた。
「ちょっと⁉」
レネは慌てて立ち上がろうとするが、がっちりと身体を押さえられ身動きできない。
「デニス、レネがっ……助けてやってよ!」
アンドレイが異変に気付き、前を行くデニスの腕をひっぱり助けを求める。
「気にするな。酒を勧められてるだけだろ。アイツは自分がどういう風に見られてるか身をもってわかった方がいい。ほら、行くぞ」
デニスはアンドレイの腕を掴みレネを残したまま食堂を出ていく。
「でも……ちょっと、待ってよっ……」
なにもなかったように、ずんずんと部屋に戻っていくデニスの後を、後ろ髪を引かれるようにレネを気にしながらアンドレイもついて行った。
「やっと邪魔がいなくなったな」
赤毛の男はレネを膝の上に抱えたまま、強引にその肩の上に顎を乗せると耳元で囁く。
「なんでアンタたちがここにいんだよっ!」
レネは向かいの席に座って淡々とワインを飲むロランドと、自分を軽々と膝の上に乗せてニヤニヤ笑っているカレルを交互に見る。
(あの視線の犯人はこいつらか……)
刺すような視線の主がわかり、レネは安心した。敵だったらどうしようかと警戒していたのだ。
「君、男の子なの? うわ、マジかよ⁉ 胸ぺったんこだ」
いったい……これはなんなのだ?
カレルに胸の辺りをベタベタ触られながら、今の状況を考える。
レネがちゃんと男だと知っているのに、なぜ今さらこんなふざけたマネをするのだろうかと首を捻っていると、すぐに答えが返ってきた。
『周りの客に不自然がられないようにそのまま嫌々してろ』
カレルが誰にも聞こえないようにレネの耳元で囁く。これはどうやら周りの目をごまかす演技のようだ。
そうだとしたら、自分もこの小芝居に付き合わなけれならない。
「もう、やめてくださいってばっ」
周りの酔っ払い客も、レネの困った様子を見てゲラゲラ笑っている。なかには「もっとやれやれ」と煽る客もいた。
「ほら、遠慮しないで飲んで飲んで」
今度はロランドがグラスにワインを注ぐと、強引に飲ませようとする。
『リーパにリンブルク伯爵から息子のアンドレイを護衛するように依頼が入って、俺たちが担当することになった』
(えっ、アンドレイはリンブルク伯爵の息子⁉)
レネは驚きに目を見開く。
「そうやって目を見開いてると、猫みたいだね」
ロランドが鼻先の触れるほどの近距離で、レネの黄緑色の瞳を覗き込む。
『団長からお前も合流しろとの命令だ。休暇は残念ながら先延ばしだ』
せっかくの休みだというのに……。
ロランドの思いもよらない言葉に、レネは失望の色を浮かべる。
『まさかお前が護衛対象と一緒にいるなんてな、最初見た時びっくりしたぞ』
カレルが耳元でボソボソと囁く。
『そこで喋るとくすぐったいって。偶然、馬車が襲われた所を通りかかったんだ。あっちは荷物もなくて困ってたから、道程も同じだし一緒に行動することになった。もちろん、オレがリーパだってことも知らない』
レネはカレルの膝の上から逃れようと身動ぎしながら、ことのあらましを説明する。
傍から見たら、酔っ払いとそれに絡まれた客との攻防戦にしか見えないだろう。
『今回の依頼はお付きの騎士にはバレてもいいが、坊っちゃまには護衛を付けたことを気付かれないまま任務を遂行しろだとよ……』
(あの人、騎士だったんだ……だからあんなに腕が立つのか)
ロランドの説明にレネは納得した。
『俺たちは離れた所から護衛するから、お前はそのまま正体をバラさずポリスタブまでついていけ』
カレルはそう言いながら、レネが膝の上から動けないように羽交い締めにして抱きこんでいた拘束を一度緩める。
『え……でも、ジェゼロの知り合いの所に行くって言ったし……』
『ジェゼロに着いたら、行き違いで知り合いがポリスタブに行ったって説明しろ。その知り合いとやらの手紙をお前宛に届けさせればいいんだろ?』
「猫の毛が逆立ってきたし。もういいかな」
「へいへい」
(——なんだよっ、勝手に決めやがって)
休暇が先延ばしとなった上に、無理な嘘をついてまでアンドレイたちに同行するなんて、理不尽すぎる注文をしてくる二人に怒りがこみあげてきた。
「まな板みたいな胸の女の子もいるからなぁ、こりゃあ下を確かめて見た方が確実だなぁ」
わざと周りに聞こえるように言い、今度は左手一本でレネの上半身を押さえると、カレルの右手はレネの内股をなぞって際どい箇所を触ってくる。
(もう、あったまきたっ!)
「はなせよっ、このクソ野郎っ!」
レネの怒りは最高点へ達し、上半身へ回された左腕に思いっきり噛み付いた。
「いだだだだだっっ!」
「テメェみたいなクズ野郎は野良犬に○○喰われて死ねっ!」
カレルが手を放した瞬間に膝の上から逃れると、顔に似合わぬ啖呵を吐いて、レネは食堂を飛び出す。
ロランドと周りの飲み客の爆笑する声が聞こえたが、レネの怒りはおさまらず、食堂の扉をガンッと蹴って二階のアンドレイたちが待つ部屋へと向かった。
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