菩提樹の猫

無一物

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13章 ヴィートの決断

10 昔の仲間

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「びっくりしたわ……扉を開けたとたん、バルの怒号が飛んできたんですもの」

「——それも凄え台詞だよな……俺……後ろで聞いてて笑い死にするかと思った……腹筋痛え……」

 また思い出したかのようにルカーシュが肩を揺らしている。

 あの後、ゲルトと濃墨が最悪のタイミングで執務室の扉を開けたお陰で、バルナバーシュの怒号は二階にいた他の団員たちにまで聞こえただろう。

 濃墨はしばらく本邸の空き部屋に滞在する予定で、ついでにゲルトもメストで得意先の挨拶回りをする間、団員たちの強化に貢献してもらうことになった。
 滅多にない機会なので、バルナバーシュも楽しみにしている。

 今夜は久しぶりに昔の仲間が集ったということで、夕食後バルナバーシュの部屋に集まって皆で酒を飲んでいる。

「みんなおっさんになったな……と執務室では思ってたんだけどな……」

 濃墨が思わせぶりに言葉を切って、昼間の顔を脱ぎ捨てたルカーシュを見た。

「噂は本当だったってことさ」

 濃墨が話を続ける前に一言発すると、ルカーシュは視線を合わすことなく自分の髪を器用に三編みに編み込んでいく。
 これ以上この話題に触れてほしくないようなので、バルナバーシュは助け舟を出すことにした。

「お前そういや、こっちに来る前に、あの二人に会ってたんだって?」

「ああ。スロジットの峠で二人が山賊と戦ってたからな。華奢なヤツがコジャーツカの剣でバッサバサと斬り捨てているのを見てな……誰かを思い出してたら、さっき本部の廊下ですれ違って納得した。ルカの弟子でまさかバルの養子だとはな……いい腕をしている」

「師匠がいいからな」

 話題が変わり、ルカーシュが再び口を開いた。

「姉はゲルトの編物工房で働いている」

「じゃあゲルトが?」

「いや、俺の養女だ」

 バルナバーシュはアネタも戸籍上は自分の養女になっている。
 騎士の家の出にしておいた方がなにかと有利に働くことが多い。

「アタシは結婚して自分の子供がいるわ。一男一女。でもバルの娘もうちの子みたいなもんよ。十二の頃から預かってるもの」

「……お前……結婚したのか……」

 信じられないものでも見るかのような目で濃墨がゲルトを見つめる。

「愛妻家で近所でも評判だわ」

「恐妻家の間違いだろ」

 バルナバーシュがニヤリと笑って指摘してやる。きっと今回だって、妻の管理下から抜け出すことができて浮かれているはずだ。

「知ってるか? バルの実の息子もここの団員なんだぞ」

 自分のグラスに酒を注ぎながらルカーシュが、青茶の目で客人たちを見上げた。

「えっ!? ナニソレ!? アタシも初耳よ。あんたいつそんな子供こさえてたのよ?」

 初春の出来事だったので、直接会って話す機会のなかったゲルトもまだこの事実を知らなかった。

「と言っても、母親の実家で育ってるし、子供ができたことは知ってたが、ずっと会わせてもらえなかったんだ」

 もし、バルトロメイを手元で育てていたら、レネを養子にすることはなかったのだろうか?
 いや……レネとアネタを養子にして、バルトロメイと本当の兄弟の様に育てていたと思う。
 別々に育ったが、自分の知らない所で勝手に知り合っていた二人の仲は悪くない。たまに殴り合いの喧嘩はするようだが。

「明日、鍛練の時に見てみろよ、黙っててもすぐバルの子だってわかるから」

「なんだそりゃ?」

 ルカーシュは「まあ楽しみにしてろよ」と濃墨に言い、クックックッと笑った。

「ずっと気になってたんだが、お前、あのガキになに怒鳴りつけてたんだ?」
 
(またその話を蒸し返すか……)

 濃墨の問いに、忘れていた怒りがまた湧き上がってきた。

「傑作だぞ、お前も会ったバルの養子のレネな、あの見てくれだろ? 一緒にいた奴はヴィートって言ってな、レネが元々ここに拾ってきたんだ。お前が助太刀した時、あいつ初めて人を殺したらしくって、興奮した勢いでサカって、団長様の大事な大事な箱入り息子に手を出したんだよ」

「んまぁ~~若いっていいわねぇ~~」

 ゲルトが愉しげに相槌を打つ。そこらの主婦のようにこの手の下世話な話が大好物なのだ。

「うちはな、団員同士の不純性行為は禁止なんだ。騎士団みたいに腐りきったら困るからな。まああの掟はほぼこいつのためにあるようなもんだと俺は今日まで思ってた」

 バルナバーシュは隣にある三編みの頭を軽くペシッと叩く。

「なに言ってんだ、俺は今まで一度もその決まりを破ったことねえぞ!」

「そうよ。ルカちゃんわざとあんな格好して自分を律してるんだから」

 ゲルトとルカーシュが結託してこちらを睨む。
 確かにゲルトが言うように、ルカーシュがリーパで活動する時は、できるだけ地味に年相応になるように見せている。

「まあいい……」

 二人に睨まれ収まりが悪くなり、バルナバーシュは引き下がる。

「それより、手を出したってなにしたのよ?」

 下衆げすい目をしたゲルトが話の先を知りたがる。

「お互い裸になって傷の手当をしてる時に、ムラムラして扱き合ったんだと」

 笑いをこらえながら、ルカーシュが答える。

(クソが……要らんことばかり言いやがって)

 こいつの腹筋は俺を笑うことによって鍛えられてるに違いない……そう憎しみを込めて隣を睨んだ。

「まあっ! レネもああ見えて男の子なのね~~」

 ゲルトが他人事のように笑う。

(テメエの息子がそんなことになったら黙ってられんクセに……)

「扱き合ったんならそいつだけが悪いわけじゃないだろ? お前の息子だって同罪だ」

 濃墨は最もなことを言う。
 それが一層バルナバーシュの気持ちを逆撫でた。

「その後が問題なんだ。あのガキそれだけじゃあ収まらなく……」

 それ以上は口にするのも憚られ、バルナバーシュは口を噤んだのだが——

「バルの息子のムスコを咥えようとして、反撃されたらしい。ここは本人の同意を得てなかったようだ」

 引き継いだルカーシュの言葉により、部屋中が爆笑の嵐が巻き起こる。

「だからあんなに頬を腫らしていたのか」

 濃墨は納得したような顔をする。
 他の二人と違い茶化して笑い転げるようなことはしていないが、真面目に分析されるのもそれはそれで腹が立つ。

(——クソ……)

 バルナバーシュは怒りよりも悔しさの方が先立つ。


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