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13章 ヴィートの決断
12 朝の鍛練
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◆◆◆◆◆
朝の鍛練の時間になり、ヴィートはいつも通り鍛練場へ行った。
集まった団員たちがチラチラとこちらに興味深げな視線を寄越す。
絡みつくような視線を無視して身体を動かしていると、今日は珍しくベテラン団員たちも全員顔を出し、しばらくすると団長と副団長、そして昨日執務室で顔を合わせた濃墨ともう一人の口髭の男がやって来た。
その姿を見つけて、近くにいたカレルが身動ぎする。周りのベテラン団員たちはなにやら面白がって様子のおかしい赤毛の男の背中や頭をバンバンと叩いている。
「カレル久しぶりね。それコピの槍じゃない? 無能が持つとただの宝の持ち腐れになるって有名な」
(なんだっ? この言葉遣い……)
きのう執務室で見かけた髭の男が、まるで女みたいな言葉遣いをしながらカレルの側までやってくると、少し前に新調した槍をふんふんと検分した。
いつもは陽気な赤毛の男が、顔を引き攣らせながら緊張している。
「——し……師匠……これは偶々店に出ていた掘り出し物だったんで、他の客から買われる前にすぐに買ったんです……だから相談する暇もなく……」
「師匠!?」
ヴィートは思わず声を上げていた。
「そうだ。入団するまでは師匠のゲルトの所に住み込みで槍を習っていたんだ。因みに、ゲルトはアネタが働く編物工房の親方だ」
「へっ!?」
後ろにいたボリスから意外な事実を教えられ、ヴィートはまた間抜けな声を上げる。
「この前カレルと仕事でジェゼロに行った時はそんなこと一言も言ってなかったぞ?」
普通師匠のいる近くまで来たら顔を出すのが礼儀ではないのか? 礼儀など知らないヴィートでさえそう思うくらいだ。
「きっと、黙って槍を買ったことがバレないようにだろうな……だがゲルトには情報提供者がいるからな」
なにやら事情を知った顔でボリスが師弟のやり取りを眺めている。
「あんたがバラしたのか?」
「私はそんな仲間を売るような真似はしないよ」
まさかという顔をしながらヴィートを見下ろす。
頭一つ分くらい高い位置から見下され、ヴィートはあまり良い気分がしない。
「お前たち、俺の傭兵時代の仲間がしばらくここに滞在するから、時間があるときは鍛えてもらえ。ゲルトは知ってるだろう? こっちは濃墨。千歳人で刀の使い手だ。滅多に手合わせする機会なんてないいからな早いもん勝ちだぞ」
団長が言い終わる前に、ヴィートは濃墨の所へと走って行った。
あの不思議な剣と、実際に対峙して体験してみたかったのだ。
「手合わせお願いします」
濃墨の前まで来ると、ヴィートは姿勢を正して一礼する。
「——お前か、この前が初めての人殺しだったんだってな」
ヴィートの姿を確認すると、濃墨はニヤリと笑った。
団長から怒鳴られたと同時に濃墨たちが執務室に入って来たので、ヴィートは退室させられたが、きっとその後に、団長から話を聞いたのだろう。
「たった二人じゃ殺し足りませんでした」
だから欲求不満がレネに向かってしまった。
「よく言う、俺が来なかったらお前殺されてたぞ?」
痛いところを突いてくる。
「あの時はありがとうございました。でも、経験を積めば俺ももう少しできるはずです。俺はもっと強くなりたい」
「——どうしてだ?」
「一人前の男として認められるためです」
早く、同じ土俵に立ちたい。
「ほう。惚れた女でもいるのか?」
「似たようなもんです。俺は大切な人を守りたいんですっ!」
濃墨がスッと姿勢を正して刀を抜く。黒光りするその刀身はまるで死神の鎌のようだ。
刀も両手剣だが、ロングソードを使うバルナバーシュとは重心の位置が違うように感じる。
上手く言葉で説明できないが、腰の入り方が違う。
「剣を抜く時はな、自分が殺される覚悟のできた時だ。お前は死ぬ覚悟があるか?」
この男は、このまま自分を殺すつもりなのだろうか……?
静かな威圧を感じながらも、ヴィートも迷いなくサーベルを抜く。濃墨に触発されるかのように身体が勝手に動いた。
先ほどの理屈からいくと、濃墨に殺されても文句は言えない。
しかしそれは相手も同じだ。
あちらが先に刀を抜いたということは、ヴィートが殺しても構わないということだ。
手合わせという言葉は、先ほどの濃墨の発言で頭から綺麗に消え去った。
団長の昔の仲間にいいところを見てもらおうなど微塵も考えていない。
ヴィートは、ただ目の前の相手を仕留めることしか考えていなかった。
初めて人を殺した時の感覚が蘇ってくる。
鍛練中こんな状態になったのは初めてだ。
きっとお互い真剣で、濃墨が相手だから思い出したのだろう。
今回は感覚がより明確になる。
自分の中が静と動が二つに別れ、冷静な心が興奮して滾った身体を操縦する、そんな感覚だ。
濃墨はきっとこちらが斬りかかるまで動くことはない。
いつもより達観したものの見方をする自分がそう告げた。
相手はヴィートが前に出てくるのを待っている。
そこで敢えて前に行かず、後ろへ下がって相手が出て来るのを誘った。
(来たっ!!)
空気が動くのを感じた瞬間に、ヴィートは前に出て突きの体勢をとる。
お互い剣を抜いたのだから、仕留めるつもりだ。
だから、手や足などではなく濃墨の胴体を狙う。
ドンッ——
脇腹に衝撃が走りヴィートは地面に叩きつけられた。
(斬られたっ!?)
とっさに腹を抑えるが血は出ていない。
「峰打ちだ」
一瞬のうちになにが行われたか理解し、ヴィートは悪態を吐く。
濃墨は峰打ちになるよう刃を返すと、突きを躱し横一文字に斬り込んで来たのだ。
「クソっ……」
気絶することはなかったがそのままヴィートは立ち上がることができない。
四つん這いのまま脇に避けると、次の団員との手合わせがはじまった。
(俺よりぜんぜんいいじゃねえか……)
後から来た団員の方が濃墨の動きを引き出している。
たった一発で勝負が決まった自分とは大違いだ。
ヴィートはぼんやりとその様子を眺めながら、自分の無力さを噛み締める。
隣を見ると、ゲルトとカレルの師弟が手合わせをしている最中だった。
「甘いっ!」
ゲルトはカレルの渾身の一撃を躱すと、石突の方で相手の肩を突き、片膝をついたところに容赦なく蹴りを入れる。
顔面を蹴られ吹っ飛んだカレルは、口から血を流し師匠を睨んだ。
「あんたぜんぜんダメじゃない? アタシの攻撃見えてる?」
ぐるぐると槍をバトンのように回しながら、まだ体勢の整わないカレルを次々と攻めていく。
突きだけではなく、薙や払いも織り交ぜてくるのでその攻撃は多彩だ。
カレルの槍も凄いと思っていたが、それ以上にゲルトの動きは独創的で見ているだけでも惹き込まれていく。
(これが、師匠と弟子の違いか……)
幼い頃に親を亡くしたヴィートは人にものを習ったことがほとんどない。
すべて人の行動を盗み見て真似をしてみる独学だ。
「ほらっ、脇が締まってないっ! あんたガキの頃からこの癖が治らないじゃないっ!」
ゲルトがカレルの槍を払うと、きちんと固定されていない槍はあらぬ方向を向く。
師匠の言う通りにカレルが姿勢を正すと、動きは格段とよくなる。
「そう、基本はいつもその姿勢よ」
(やっぱ教えてくれる人がいるって心強いよな……)
これまでヴィートに関心を示し、ずっと気にかけてくれた大人なんて存在しない。
手を差し伸べてもそれはただの気まぐれで、ヴィートのことなんか忘れてすぐにどこかへ行ってしまう。
ここに来るまでは、妹を守ることで精一杯で寂しさなんか感じたことはなかったが、ゲルトとカレルを見ていると胸のあたりがツンと痛くなった。
朝の鍛練の時間になり、ヴィートはいつも通り鍛練場へ行った。
集まった団員たちがチラチラとこちらに興味深げな視線を寄越す。
絡みつくような視線を無視して身体を動かしていると、今日は珍しくベテラン団員たちも全員顔を出し、しばらくすると団長と副団長、そして昨日執務室で顔を合わせた濃墨ともう一人の口髭の男がやって来た。
その姿を見つけて、近くにいたカレルが身動ぎする。周りのベテラン団員たちはなにやら面白がって様子のおかしい赤毛の男の背中や頭をバンバンと叩いている。
「カレル久しぶりね。それコピの槍じゃない? 無能が持つとただの宝の持ち腐れになるって有名な」
(なんだっ? この言葉遣い……)
きのう執務室で見かけた髭の男が、まるで女みたいな言葉遣いをしながらカレルの側までやってくると、少し前に新調した槍をふんふんと検分した。
いつもは陽気な赤毛の男が、顔を引き攣らせながら緊張している。
「——し……師匠……これは偶々店に出ていた掘り出し物だったんで、他の客から買われる前にすぐに買ったんです……だから相談する暇もなく……」
「師匠!?」
ヴィートは思わず声を上げていた。
「そうだ。入団するまでは師匠のゲルトの所に住み込みで槍を習っていたんだ。因みに、ゲルトはアネタが働く編物工房の親方だ」
「へっ!?」
後ろにいたボリスから意外な事実を教えられ、ヴィートはまた間抜けな声を上げる。
「この前カレルと仕事でジェゼロに行った時はそんなこと一言も言ってなかったぞ?」
普通師匠のいる近くまで来たら顔を出すのが礼儀ではないのか? 礼儀など知らないヴィートでさえそう思うくらいだ。
「きっと、黙って槍を買ったことがバレないようにだろうな……だがゲルトには情報提供者がいるからな」
なにやら事情を知った顔でボリスが師弟のやり取りを眺めている。
「あんたがバラしたのか?」
「私はそんな仲間を売るような真似はしないよ」
まさかという顔をしながらヴィートを見下ろす。
頭一つ分くらい高い位置から見下され、ヴィートはあまり良い気分がしない。
「お前たち、俺の傭兵時代の仲間がしばらくここに滞在するから、時間があるときは鍛えてもらえ。ゲルトは知ってるだろう? こっちは濃墨。千歳人で刀の使い手だ。滅多に手合わせする機会なんてないいからな早いもん勝ちだぞ」
団長が言い終わる前に、ヴィートは濃墨の所へと走って行った。
あの不思議な剣と、実際に対峙して体験してみたかったのだ。
「手合わせお願いします」
濃墨の前まで来ると、ヴィートは姿勢を正して一礼する。
「——お前か、この前が初めての人殺しだったんだってな」
ヴィートの姿を確認すると、濃墨はニヤリと笑った。
団長から怒鳴られたと同時に濃墨たちが執務室に入って来たので、ヴィートは退室させられたが、きっとその後に、団長から話を聞いたのだろう。
「たった二人じゃ殺し足りませんでした」
だから欲求不満がレネに向かってしまった。
「よく言う、俺が来なかったらお前殺されてたぞ?」
痛いところを突いてくる。
「あの時はありがとうございました。でも、経験を積めば俺ももう少しできるはずです。俺はもっと強くなりたい」
「——どうしてだ?」
「一人前の男として認められるためです」
早く、同じ土俵に立ちたい。
「ほう。惚れた女でもいるのか?」
「似たようなもんです。俺は大切な人を守りたいんですっ!」
濃墨がスッと姿勢を正して刀を抜く。黒光りするその刀身はまるで死神の鎌のようだ。
刀も両手剣だが、ロングソードを使うバルナバーシュとは重心の位置が違うように感じる。
上手く言葉で説明できないが、腰の入り方が違う。
「剣を抜く時はな、自分が殺される覚悟のできた時だ。お前は死ぬ覚悟があるか?」
この男は、このまま自分を殺すつもりなのだろうか……?
静かな威圧を感じながらも、ヴィートも迷いなくサーベルを抜く。濃墨に触発されるかのように身体が勝手に動いた。
先ほどの理屈からいくと、濃墨に殺されても文句は言えない。
しかしそれは相手も同じだ。
あちらが先に刀を抜いたということは、ヴィートが殺しても構わないということだ。
手合わせという言葉は、先ほどの濃墨の発言で頭から綺麗に消え去った。
団長の昔の仲間にいいところを見てもらおうなど微塵も考えていない。
ヴィートは、ただ目の前の相手を仕留めることしか考えていなかった。
初めて人を殺した時の感覚が蘇ってくる。
鍛練中こんな状態になったのは初めてだ。
きっとお互い真剣で、濃墨が相手だから思い出したのだろう。
今回は感覚がより明確になる。
自分の中が静と動が二つに別れ、冷静な心が興奮して滾った身体を操縦する、そんな感覚だ。
濃墨はきっとこちらが斬りかかるまで動くことはない。
いつもより達観したものの見方をする自分がそう告げた。
相手はヴィートが前に出てくるのを待っている。
そこで敢えて前に行かず、後ろへ下がって相手が出て来るのを誘った。
(来たっ!!)
空気が動くのを感じた瞬間に、ヴィートは前に出て突きの体勢をとる。
お互い剣を抜いたのだから、仕留めるつもりだ。
だから、手や足などではなく濃墨の胴体を狙う。
ドンッ——
脇腹に衝撃が走りヴィートは地面に叩きつけられた。
(斬られたっ!?)
とっさに腹を抑えるが血は出ていない。
「峰打ちだ」
一瞬のうちになにが行われたか理解し、ヴィートは悪態を吐く。
濃墨は峰打ちになるよう刃を返すと、突きを躱し横一文字に斬り込んで来たのだ。
「クソっ……」
気絶することはなかったがそのままヴィートは立ち上がることができない。
四つん這いのまま脇に避けると、次の団員との手合わせがはじまった。
(俺よりぜんぜんいいじゃねえか……)
後から来た団員の方が濃墨の動きを引き出している。
たった一発で勝負が決まった自分とは大違いだ。
ヴィートはぼんやりとその様子を眺めながら、自分の無力さを噛み締める。
隣を見ると、ゲルトとカレルの師弟が手合わせをしている最中だった。
「甘いっ!」
ゲルトはカレルの渾身の一撃を躱すと、石突の方で相手の肩を突き、片膝をついたところに容赦なく蹴りを入れる。
顔面を蹴られ吹っ飛んだカレルは、口から血を流し師匠を睨んだ。
「あんたぜんぜんダメじゃない? アタシの攻撃見えてる?」
ぐるぐると槍をバトンのように回しながら、まだ体勢の整わないカレルを次々と攻めていく。
突きだけではなく、薙や払いも織り交ぜてくるのでその攻撃は多彩だ。
カレルの槍も凄いと思っていたが、それ以上にゲルトの動きは独創的で見ているだけでも惹き込まれていく。
(これが、師匠と弟子の違いか……)
幼い頃に親を亡くしたヴィートは人にものを習ったことがほとんどない。
すべて人の行動を盗み見て真似をしてみる独学だ。
「ほらっ、脇が締まってないっ! あんたガキの頃からこの癖が治らないじゃないっ!」
ゲルトがカレルの槍を払うと、きちんと固定されていない槍はあらぬ方向を向く。
師匠の言う通りにカレルが姿勢を正すと、動きは格段とよくなる。
「そう、基本はいつもその姿勢よ」
(やっぱ教えてくれる人がいるって心強いよな……)
これまでヴィートに関心を示し、ずっと気にかけてくれた大人なんて存在しない。
手を差し伸べてもそれはただの気まぐれで、ヴィートのことなんか忘れてすぐにどこかへ行ってしまう。
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