菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

25 符合していく物語

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 レネはその夜、夢を見ていた。


◇◇◇◇◇


 青く澄み渡る空の下、鳥たちは美しき王子の勝利を謳い、見物人たちもその見事な戦いぶりに拍手喝采がわき起こる。

 ナタナエルは、レナトス王子との戦いに負け、地面に剣を置くと左膝を立て跪いた。
 
「——貴殿に、我が命であるこの剣を捧げたい」

 レナトスは自分の剣を鞘に納めナタナエルを見下ろす。

「どんな時でも我の心と共にあるか?」

 ペリドットを埋め込んだような瞳が、空の水色を反射し神秘的な輝きを見せた。
 慈愛に満ちたその眼差しは、生まれながらに王者としての風格を兼ね備え周囲を魅了していく。

 レナトス王子は、ナタナエルから受け取った剣を右手で掲げ、左手で眼下に見えるスタロヴェーキの国土を指した。

「我の心は常にスタロヴェーキと共にある」

「この命、燃え尽きるまでお供いたします」

「共に王国を護ろう」

 レナトス王子はナタナエルの両肩を剣で叩く。

「——我、汝を騎士に任命す」
 
「……ありがたき幸せ」

 狼のようなハシバミ色の瞳を輝かせ、騎士はレナトスのつま先に口付けすると、新しい騎士の誕生に歓声が上がり、人々は喜びのあまり唄い踊り出す。

 これが後のレナトス三騎士の一人、ナタナエルとの出逢いだった。


◆◆◆◆◆


「レナトス叙事詩——第三歌【騎士ナタナエル】だ。台詞まで一致している」
 
 そう言うとルカーシュは弾いていたコブサを横に置いた。

「その最後の小踊りと矢鱈と明るい歌はいるか? そっちが強烈過ぎて、全部持ってかれた……」

 わいわいと大勢いる酒の席で唄うならまだしも、バルナバーシュしかいない私室で、飛び回ってお祭り調子の歌を唄われても、どう反応していいか困る。
 最初の語りの部分だけでよかったのではないだろうか?

「黙れ! これも合わせて、第三歌【騎士ナタナエル】なんだよ」

 キッと青茶の瞳で睨まれるが、以前聞いた盲目の吟遊詩人とやらから、この歌を小踊り付きで教わっているルカーシュの姿を想像して思わず吹き出してしまった。

 ダンッ!
 咄嗟に避けた後ろの壁に、怪しげな形の飛び道具が刺さる。

「コラ、至近距離で飛び道具は止めろ。俺でも下手したら死ぬぞ? 死んでもいいのか?」

 ルカーシュを私邸の二階に棲まわせるようになってから、二年に一度は壁の漆喰を塗り直す補修が必要になった。困ったものだ。
 
「じゃあ笑うんじゃねえよっ! この歌と踊りが前半で一番盛り上がる所なんだぞ。人がせっかくタダで唄ってやってんのに」

 自分の余計な一言が原因なのかもしれないが、すっかり論点がズレてしまった。
 

「叙事詩とレネとバルトロメイの言葉が一致してたって話だったよな」
 
 確かに、固有名詞を抜かしたらほぼ同じだった。

「あの馬鹿が騎士の叙任の方法を知ってるとは思えないんだよな……」

「お伽話で読んでるかもしれないぜ? あいつは昔から騎士に憧れていたからな」
 
 出逢った当初も騎士様ごっこをして遊んでいた。

「——まあ、そうだろうけど、あの台詞は正式な叙任式で使うようなものじゃないだろ?」
 
「確かに、少しイレギュラーだな」
 
 自分が王に剣を捧げた時はもっと形式ばっていて、決められた文句を暗記して唱えた。

「『オレの心は常に菩提樹リーパと共にある』なんてなかなか出てくる言葉じゃないぞ。きっと現団長のあんたに気を遣ったんだろうな」

 騎士は一人しか主を持たない。
 だが、レネだけを守っていたら団長のバルナバーシュや他の団員たちにも示しがつかない。
 だから主の大切なものを一緒に守れと、レネはバルトロメイに誓わせた。
 これで、間接的にだがバルトロメイはリーパにも忠誠を尽くすことになる。

 瞬時にそんな考えが浮かぶほど、レネは策士だっただろうか?

 決闘に負けた当日の夜、バルトロメイから『レネに剣を捧げたい』と相談を受けて、バルナバーシュは団に戻って団員を続けながらもレネの騎士となることを許可する。
 この形をとった方が、後継問題もスッキリするし、バルトロメイ自身も悩む必要がないと思ったからだ。
 もちろん団にも忠誠を尽くすとした上でだ。

 後で、バルナバーシュが他の団員たちにもそこをちゃんと補足して説明しようと思っていたのだが、レネの咄嗟の言葉で全てが片付いてしまったのだ。

 団の中に主従関係が存在したことは実は以前にもある。
 だから団員たちにも受け入れられやすいだろう。


「それにしても……あいつはやっぱり、あんたの息子だよな」
 
「どっちが?」

「レネだよ」
 
 狼藉を働いたバルトロメイの方かと思ったら、意外にもレネのことだった。
 
「小さい頃からあんたに憧れて育っただけあって、あいつも男らしくなったなあって思たんだよ。西国には『剣には剣を槍には槍を』って諺があるけど、まさかバルトロメイをり返すなんてな。剣で倒すとこまではピンときたけど、俺にはそんな発想なかったな」

「ちょっと待て! 俺だって自分より体格のいい男を襲おうなんて趣味はねえぞ。四角いケツに突っ込んでなにが楽しい?」
 
 女もまともに抱いたことがないクセに、あのレネが……あんな大男を担いで自室で犯したなんて、未だに信じられない。

 それもバルナバーシュの若い頃に瓜二つの男をだ。
 養子と実子が、マウンティング行為とはいえ、肉体関係を持つとは、親としては少し複雑な心境になる。

「そう言う意味じゃなくて、どこまでも受け身に回らない所がだよ。俺はあんたと一緒にいれたらそれだけでいいって思ってる。だけどあいつは、あんたになることを目標にしてるんだよ。二刀流としてはまだまだだけど、俺とは器が違う」

 そう言うルカーシュは決闘以来、なんだかずっと機嫌がいい。
 自分が苦しんだ壁を、弟子が打ち破り嬉しいのだろう。

「お前にレネを預けてよかったよ。まさかあそこまで強くなってるなんてな……正直驚いている」

 お互い望まぬ形で結ばれた師弟関係だったのに、よくここまでレネの剣技を昇華させてくれた。
 真摯な眼差しで、我が腹心を見つめた。

「二刀流は安定するまでが難しいんだ。殆どが上達する前に潰され、二刀流を諦める。だから誰の目にもつかない所で、ここまで積み上げて来たけど、まだまだあいつは不安定だ。今回は強い感情が後押ししてバルトロメイに勝てたけど、もう一度同じ戦いをしたら難しいだろうな」

「これからは、バルトロメイもその鍛練に加えてやってくれ」
 
「俺もレネ相手ばっかりだと身体が鈍るしな。あんたは毎日、相手してくれないし……」

 ルカーシュは肉体的に今が一番剣士として脂が乗っている時期だ。
 バルナバーシュとしても、ゼラやバルトロメイを鍛えながらルカーシュまでもしょっちゅう相手をする体力はない。
 多少持て余し気味だったので、これを機会にバルトロメイと……そしてゼラにも、少しずつその役を渡して行こう。


「——なんでバルトロメイにレネのことを話さなかったんだ?」

「誰だってそんな壮大な話を聞いた後だと余計に心が動かされるかもしれないが、それはレネ自身の資質とは関係ないだろ? 俺は純粋にレネだけを見て剣を捧げてほしかったんだ」
 
 特に若い頃はそういう話を妄信しやすい。

「確かにそれは正しいな。だからヴィートの時も、先に『命を捧げてもいい』という言葉が出てきたから、レネのことを話したのか」

「——ああ」
 
 自ら望む者以外は、レネ個人の問題にリーパの団員たちを巻き込みたくはなかった。
 

「最初は戯言だと思ったんだけど、こうも符合するとな……——詳しくは話せないが『山猫』でも気になる事件が起きている」
 
 ルカーシュは多くを語らないが、バーラの父親が殉職した件のことだろう。


「——奴らがレネへ辿り着く前に幾つか手を打たないとな」
 
 


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