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4章 癒し手を救出せよ
19 真相は……
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◆◆◆◆◆
ザトカで積み荷を降ろすのを見届けると、エミルは騎馬の団員から馬を譲ってもらい、バルトロメイたちの後を追うカレルに同行を申し出た。
「お前、覚悟はできてるか?」
「——はい。この命、レネさんに救われたようなものです」
状況次第では誘拐犯と戦う必要もあるかもしれない。
あの二人がそう簡単にやられるとは思えないが、人質を取られているのでもしかしたら苦戦しているかもしれない。
エミルは先に逸る気持ちを必死に抑えながらカレルと二人、まずはポビート村まで馬を走らせた。
ポビート村に到着したのは夜半過ぎ。
村は寝静まっているが、表通りの一件の居酒屋が営業を続けており、酔った客たちが騒いでいる声が外まで漏れてくる。
「あそこに行って伝言がないか訊いてみるか」
カレルは迷うことなく店の中へと入って行くと、エミルも慌てて後を追った。
「ああ、あんたたち、同じ格好した兄ちゃんから伝言を預かってるよ」
二人の姿を見るとすぐに、カウンターにいた赤ら顔の親爺がカレルに紙切れを渡した。
「あーやっぱり。この店が開いててよかったよ」
そう言いながらカレルは慣れた仕草で、紙切れを渡す親爺の手にコインを持たせた。
お互い礼を言うこともなく、当たり前のように無言でやり取りをする。
それはまるで、手慣れた手品師みたいだ。
エミルがもし一人だったら、このような行為をスマートに行えるだろうか?
それに、先に行ったバルトロメイたちの立場だったとしても、居酒屋の亭主に後で来る仲間のために伝言を残しておくことさえも思いつかなかったかもしれない。
自分には剣の腕もだが、足りないことが沢山あり過ぎる。
こうやって先輩たちの行動を見て吸収していくしかない。
「オラ、なにボケっとしてんだよ、行くぞ」
「は、はいっ!」
頭を小突かれて、エミルは我に返ると、店を出て行くカレルの背中を追った。
「ウチの幌馬車が乗り捨ててあるな。あーー車輪壊れてんじゃん……スペアも積んであるのに替えてないってことは、よっぽど急いでたのか……」
「そう言えば……ビエリーがいない……まさか獣に襲われたとか……」
自分が操っていた、あの人懐っこい白馬の行方が気になる。
「いや、血も落ちてないし、馬具を留める金具も綺麗に外されてるから人間の仕業だ。誘拐犯たちは馬まで連れ歩かないだろうから、きっとバートたちが一緒に連れて行ったに違いない」
馬から降りて、幌馬車の周囲を確かめながらカレルが推論を述べているが、確かにその通りだ。
鐙と鞍のない馬に乗るのは困難で、そんな馬をわざわざ連れて行くわけがないし、周囲を調べても、獣に襲われた痕跡もない。
「確かに……」
「それに、幌馬車の中に血痕もないし刃物で戦った痕跡もない。二人は傷つけられることなく、ここを去っているな」
「それは朗報ですね。この先に村があると言っていましたが、やはりそこに潜んでいる可能性が高いんでしょうか?」
「相手も人間だからな、どっかで休まないと身体がもたないだろ。幌馬車をここで乗り捨てなきゃいけなくなったのはあいつらにとっても誤算だったろうな」
確かに、こうして簡単に足跡を辿られてしまうことになる。
二人は荒れた道に足を取られないよう慎重に進んで行くと、遠くで馬の嘶きが聴こえてきた。
「バートたちの馬じゃないか?」
馬がこんな夜中に騒いだりしない。
きっと仲間の足音に気付いて、自分たちの居場所を知らせているのだ。
暫く行くと、闇夜に白馬が佇んでいるのが見え、あと二頭も寄り添うように一緒に繋がれているのが見えてきた。
エミルは白馬の無事にまずは胸を撫で下ろす。
その先に見えるのが、居酒屋の親爺が言っていたヴェスニーチェ村だろうか。
間違いなく、この先にバルトロメイとゼラ、そしてレネたちがいる。
そう思うと、途端に心臓が高鳴って来た。
「こっから先はなにが待ってるかわからねえからな、気合入れていくぞ」
カレルが槍を脇に挟んで、エミルを振り返る。
顔からはお調子者の面影は消え、幾つもの修羅場を乗り越えてきた戦う男の顔になっていた。
そのギャップにエミルの胸はますます高鳴る。
自分はこのような頼りがいのある男になりたいのだ。
リーパ護衛団に入団してから、先輩団員たちの時折見せる男惚れするようなかっこよさを目にする度に『この人たちのためなら命を捨ててもいい』という刹那的な激情に駆られるのだ。
(どうしてこう……先輩たちは男前揃いなのだろうか……)
そして頂点に立つのが、その中でも異彩を放つ風貌を持ったレネだ。
初めて見た時も心底驚いたが、この人が未来の団長だ……と思った瞬間に、身体の奥から熱い想いが湧いてくる。
(レネさんの下で生きていける幸せ……)
まずあの美しさに感嘆し、その強さに驚き、そして中身を知ることでその存在にひれ伏すのだ。
だがそのレネの身が、危険に晒されている。
本来なら癒し手の救出を最優先しなければいけないのだろうが、エミルの頭の中はレネが無事でいるかどうかだけが気がかりだった。
「こりゃあ、あいつらの仕業だ。もう死んで時間が経ってるな。あの奥の小屋か……」
村の奥まで進んで行くと、荷車の周囲にこと切れた死体が転がっていた。
自然と二人の目は……この道の先にある廃屋と思われる小屋に向けられる。
「窓が蹴破られてる……あっ、」
建物の入り口を見張りで立っていた長身の男が、こちらを見ている。
「ゼラさん……」
「もう終わったみたいだな」
二人は仲間の姿を確認すると、自然と早足になり終いには駆けだしていた。
「二人は?」
扉の前で腕を組んで佇む男に、カレルは尋ねる。
ただ、壁を扉を背にして立っているだけというのに、恐ろしく絵になる男はいつも無表情なのだが、いつにも増してその表情が険しく見えるのは、気のせいではないはずだ。
無口な男はとうぜん答えることなく、身をずらして扉を開けると、中に行けと顎をしゃくった。
「無事かっ!?」
急いで中に入ると、咽る様な血の匂いが部屋に充満していた。
死体が転がっており、辺りは血の海になっている。
「カレル……なんだ、エミルも来たのか」
床に座っていたバルトロメイが振り返る。
自分はオマケ扱いだ。
向かい合うように座っているボリスの血染めの服を見て、エミルは目を瞠るが、どうやら本人に怪我はないようだ。
(——レネさんはっ!?)
「おい……レネは生きてるのか……?」
カレルの言葉にようやく、バルトロメイの膝枕にしてレネが横たわっていることに気付く。
レネはカレルの言うように、死んだように動かないので、他の死体と相まって咄嗟に見つけることができなかった。
(——まさか……)
誘拐犯たちは癒し手を狙っているようだった。
癒し手ではないレネは、必要ないとして殺されたのでは?
最悪の事態が頭を過り、冷や汗がどっとでてくる。
「生きてる」
バルトロメイのその言葉に、張り詰めていた緊張が、肩から一気に力が抜けるのを感じた。
「じゃあなんで意識がないんだ? ここでなにがあったか説明しろ」
カレルが近付きしゃがみ込んでレネの様子を確かめている。
「死んだ男たちはゼラと俺が殺った」
「そりゃあ言われなくてもわかるけどよ、なんでコイツが寝てるんだ? 俺が団長に報告しないといけないんだぞ」
カレルはこの任務の責任者なので、未遂に終わったとしても癒し手が攫われたのは大問題だ。
「レネは怪我を負っていた……傷はボリスが治したから心配ない」
バルトロメイは他の男の視線から守るように、しっかりとレネを抱き込んだ。
「……拷問されたのか?」
「…………」
「おい、黙るなよ」
カレルの口から出た『拷問』という言葉に、エミルの身体がカッと熱くなる。
残虐な言葉の響きのはずなのに、レネと絡むとその言葉に違うニュアンスが混じる。
「カレル、バルトロメイに口外しないよう言ったのは私だ。この件は団長に直接私たちが報告する」
「……まあいい……俺がお前らの立場でも、そう言うんだろうな……」
カレルはボリスの言葉を受けて、少し考えていたが、大人しく引き下がる。
この二人は、レネの身になにが起こったのか喋りたくないのだろう。
先程カレルが言ったように、手酷い拷問を受けて、治療を受けても衰弱しているのかもしれない。
ボリスの手首にも、そしてチラリと覗くレネの手首にも、奴隷用の頑丈な鉄の手枷がはまったままだ。
レネの中身は雄々しく強いとわかってはいるが、あまりにもその容姿に今の状態が嵌り過ぎる。
捕えた男たちがなにもしないわけがない。
「……クソっ!!」
なんだか急に胸糞悪くなり、床に転がっている冷たくなった死体にエミルは蹴りを入れた。
ポビート村で他の団員と合流する頃にはレネも目を覚まし、外で車座になって皆で少し遅めの朝食を摂った。
「でも前手錠でよかった。後ろだったら今ごろ下の世話まで他の奴たにやってもらわなきゃいけなかったんだぜ」
それを聞いていた他の団員たちはゲラゲラと笑った。
「飯食ってる時にする話題じゃねえだろ」
隣で食べていたバルトロメイが、ぺしっとレネの頭を叩いた。
「だって深刻な問題じゃねえか?」
エミルは目を覚ましたレネに、少し肩透かしを食らっていた。
どう接したらいいのだろうかと困っていたら、なんのことはない。いつも通りのレネだった。
意識がない時はあんなに儚げで……この人を守らなければと庇護欲を刺激されていたのだが、
太陽の下で元気よく笑っている姿を見ると、そんな気持ちになっていた自分が感傷的になり過ぎていたのだと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
やはり自分は、まだレネの外見に騙されているようだ。
レネになにかあったとしても、カレルやバルトロメイの様に落ち着いた態度を取るのが正解なのだ。
(やっぱり、レネさんは強い……)
あの血生臭い廃屋の中でなにが行われていたか知らないが、ケラケラ笑いながらハムとチーズを挟んだパンにかぶりつくレネは、まるで生命力の塊みたいだ。
こうして……まだ経験の浅いエミルは、またしてもレネにコロリと騙されていることに気付きもしない。
ザトカで積み荷を降ろすのを見届けると、エミルは騎馬の団員から馬を譲ってもらい、バルトロメイたちの後を追うカレルに同行を申し出た。
「お前、覚悟はできてるか?」
「——はい。この命、レネさんに救われたようなものです」
状況次第では誘拐犯と戦う必要もあるかもしれない。
あの二人がそう簡単にやられるとは思えないが、人質を取られているのでもしかしたら苦戦しているかもしれない。
エミルは先に逸る気持ちを必死に抑えながらカレルと二人、まずはポビート村まで馬を走らせた。
ポビート村に到着したのは夜半過ぎ。
村は寝静まっているが、表通りの一件の居酒屋が営業を続けており、酔った客たちが騒いでいる声が外まで漏れてくる。
「あそこに行って伝言がないか訊いてみるか」
カレルは迷うことなく店の中へと入って行くと、エミルも慌てて後を追った。
「ああ、あんたたち、同じ格好した兄ちゃんから伝言を預かってるよ」
二人の姿を見るとすぐに、カウンターにいた赤ら顔の親爺がカレルに紙切れを渡した。
「あーやっぱり。この店が開いててよかったよ」
そう言いながらカレルは慣れた仕草で、紙切れを渡す親爺の手にコインを持たせた。
お互い礼を言うこともなく、当たり前のように無言でやり取りをする。
それはまるで、手慣れた手品師みたいだ。
エミルがもし一人だったら、このような行為をスマートに行えるだろうか?
それに、先に行ったバルトロメイたちの立場だったとしても、居酒屋の亭主に後で来る仲間のために伝言を残しておくことさえも思いつかなかったかもしれない。
自分には剣の腕もだが、足りないことが沢山あり過ぎる。
こうやって先輩たちの行動を見て吸収していくしかない。
「オラ、なにボケっとしてんだよ、行くぞ」
「は、はいっ!」
頭を小突かれて、エミルは我に返ると、店を出て行くカレルの背中を追った。
「ウチの幌馬車が乗り捨ててあるな。あーー車輪壊れてんじゃん……スペアも積んであるのに替えてないってことは、よっぽど急いでたのか……」
「そう言えば……ビエリーがいない……まさか獣に襲われたとか……」
自分が操っていた、あの人懐っこい白馬の行方が気になる。
「いや、血も落ちてないし、馬具を留める金具も綺麗に外されてるから人間の仕業だ。誘拐犯たちは馬まで連れ歩かないだろうから、きっとバートたちが一緒に連れて行ったに違いない」
馬から降りて、幌馬車の周囲を確かめながらカレルが推論を述べているが、確かにその通りだ。
鐙と鞍のない馬に乗るのは困難で、そんな馬をわざわざ連れて行くわけがないし、周囲を調べても、獣に襲われた痕跡もない。
「確かに……」
「それに、幌馬車の中に血痕もないし刃物で戦った痕跡もない。二人は傷つけられることなく、ここを去っているな」
「それは朗報ですね。この先に村があると言っていましたが、やはりそこに潜んでいる可能性が高いんでしょうか?」
「相手も人間だからな、どっかで休まないと身体がもたないだろ。幌馬車をここで乗り捨てなきゃいけなくなったのはあいつらにとっても誤算だったろうな」
確かに、こうして簡単に足跡を辿られてしまうことになる。
二人は荒れた道に足を取られないよう慎重に進んで行くと、遠くで馬の嘶きが聴こえてきた。
「バートたちの馬じゃないか?」
馬がこんな夜中に騒いだりしない。
きっと仲間の足音に気付いて、自分たちの居場所を知らせているのだ。
暫く行くと、闇夜に白馬が佇んでいるのが見え、あと二頭も寄り添うように一緒に繋がれているのが見えてきた。
エミルは白馬の無事にまずは胸を撫で下ろす。
その先に見えるのが、居酒屋の親爺が言っていたヴェスニーチェ村だろうか。
間違いなく、この先にバルトロメイとゼラ、そしてレネたちがいる。
そう思うと、途端に心臓が高鳴って来た。
「こっから先はなにが待ってるかわからねえからな、気合入れていくぞ」
カレルが槍を脇に挟んで、エミルを振り返る。
顔からはお調子者の面影は消え、幾つもの修羅場を乗り越えてきた戦う男の顔になっていた。
そのギャップにエミルの胸はますます高鳴る。
自分はこのような頼りがいのある男になりたいのだ。
リーパ護衛団に入団してから、先輩団員たちの時折見せる男惚れするようなかっこよさを目にする度に『この人たちのためなら命を捨ててもいい』という刹那的な激情に駆られるのだ。
(どうしてこう……先輩たちは男前揃いなのだろうか……)
そして頂点に立つのが、その中でも異彩を放つ風貌を持ったレネだ。
初めて見た時も心底驚いたが、この人が未来の団長だ……と思った瞬間に、身体の奥から熱い想いが湧いてくる。
(レネさんの下で生きていける幸せ……)
まずあの美しさに感嘆し、その強さに驚き、そして中身を知ることでその存在にひれ伏すのだ。
だがそのレネの身が、危険に晒されている。
本来なら癒し手の救出を最優先しなければいけないのだろうが、エミルの頭の中はレネが無事でいるかどうかだけが気がかりだった。
「こりゃあ、あいつらの仕業だ。もう死んで時間が経ってるな。あの奥の小屋か……」
村の奥まで進んで行くと、荷車の周囲にこと切れた死体が転がっていた。
自然と二人の目は……この道の先にある廃屋と思われる小屋に向けられる。
「窓が蹴破られてる……あっ、」
建物の入り口を見張りで立っていた長身の男が、こちらを見ている。
「ゼラさん……」
「もう終わったみたいだな」
二人は仲間の姿を確認すると、自然と早足になり終いには駆けだしていた。
「二人は?」
扉の前で腕を組んで佇む男に、カレルは尋ねる。
ただ、壁を扉を背にして立っているだけというのに、恐ろしく絵になる男はいつも無表情なのだが、いつにも増してその表情が険しく見えるのは、気のせいではないはずだ。
無口な男はとうぜん答えることなく、身をずらして扉を開けると、中に行けと顎をしゃくった。
「無事かっ!?」
急いで中に入ると、咽る様な血の匂いが部屋に充満していた。
死体が転がっており、辺りは血の海になっている。
「カレル……なんだ、エミルも来たのか」
床に座っていたバルトロメイが振り返る。
自分はオマケ扱いだ。
向かい合うように座っているボリスの血染めの服を見て、エミルは目を瞠るが、どうやら本人に怪我はないようだ。
(——レネさんはっ!?)
「おい……レネは生きてるのか……?」
カレルの言葉にようやく、バルトロメイの膝枕にしてレネが横たわっていることに気付く。
レネはカレルの言うように、死んだように動かないので、他の死体と相まって咄嗟に見つけることができなかった。
(——まさか……)
誘拐犯たちは癒し手を狙っているようだった。
癒し手ではないレネは、必要ないとして殺されたのでは?
最悪の事態が頭を過り、冷や汗がどっとでてくる。
「生きてる」
バルトロメイのその言葉に、張り詰めていた緊張が、肩から一気に力が抜けるのを感じた。
「じゃあなんで意識がないんだ? ここでなにがあったか説明しろ」
カレルが近付きしゃがみ込んでレネの様子を確かめている。
「死んだ男たちはゼラと俺が殺った」
「そりゃあ言われなくてもわかるけどよ、なんでコイツが寝てるんだ? 俺が団長に報告しないといけないんだぞ」
カレルはこの任務の責任者なので、未遂に終わったとしても癒し手が攫われたのは大問題だ。
「レネは怪我を負っていた……傷はボリスが治したから心配ない」
バルトロメイは他の男の視線から守るように、しっかりとレネを抱き込んだ。
「……拷問されたのか?」
「…………」
「おい、黙るなよ」
カレルの口から出た『拷問』という言葉に、エミルの身体がカッと熱くなる。
残虐な言葉の響きのはずなのに、レネと絡むとその言葉に違うニュアンスが混じる。
「カレル、バルトロメイに口外しないよう言ったのは私だ。この件は団長に直接私たちが報告する」
「……まあいい……俺がお前らの立場でも、そう言うんだろうな……」
カレルはボリスの言葉を受けて、少し考えていたが、大人しく引き下がる。
この二人は、レネの身になにが起こったのか喋りたくないのだろう。
先程カレルが言ったように、手酷い拷問を受けて、治療を受けても衰弱しているのかもしれない。
ボリスの手首にも、そしてチラリと覗くレネの手首にも、奴隷用の頑丈な鉄の手枷がはまったままだ。
レネの中身は雄々しく強いとわかってはいるが、あまりにもその容姿に今の状態が嵌り過ぎる。
捕えた男たちがなにもしないわけがない。
「……クソっ!!」
なんだか急に胸糞悪くなり、床に転がっている冷たくなった死体にエミルは蹴りを入れた。
ポビート村で他の団員と合流する頃にはレネも目を覚まし、外で車座になって皆で少し遅めの朝食を摂った。
「でも前手錠でよかった。後ろだったら今ごろ下の世話まで他の奴たにやってもらわなきゃいけなかったんだぜ」
それを聞いていた他の団員たちはゲラゲラと笑った。
「飯食ってる時にする話題じゃねえだろ」
隣で食べていたバルトロメイが、ぺしっとレネの頭を叩いた。
「だって深刻な問題じゃねえか?」
エミルは目を覚ましたレネに、少し肩透かしを食らっていた。
どう接したらいいのだろうかと困っていたら、なんのことはない。いつも通りのレネだった。
意識がない時はあんなに儚げで……この人を守らなければと庇護欲を刺激されていたのだが、
太陽の下で元気よく笑っている姿を見ると、そんな気持ちになっていた自分が感傷的になり過ぎていたのだと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
やはり自分は、まだレネの外見に騙されているようだ。
レネになにかあったとしても、カレルやバルトロメイの様に落ち着いた態度を取るのが正解なのだ。
(やっぱり、レネさんは強い……)
あの血生臭い廃屋の中でなにが行われていたか知らないが、ケラケラ笑いながらハムとチーズを挟んだパンにかぶりつくレネは、まるで生命力の塊みたいだ。
こうして……まだ経験の浅いエミルは、またしてもレネにコロリと騙されていることに気付きもしない。
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※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
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