菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

6 身代金を

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 村の突っ切る川が森に向かって流れている。
 一度盗賊の棲み処まで足を運んでいるヘークによると、この川を下って行った所に護衛対象たちは囚われているらしい。

 川沿いには獣道らしきものがある。
 盗賊たちは毎日この道を通り、森の外へと出て来て旅人を襲っていたのだろう。

 辛うじてまだ陽もあるが、森の中なのであまり光が届かず薄暗い。
 森へ分け入った人間を翻弄するように、黒い羽根を持つ蝶々がつがいで仲良く森の中を飛び回っている。
 
 針葉樹からは清々しい、クリーム色の小さな花を咲かせた木からはむせ返るように甘く、そして地面からは苔むして少しかび臭いような……色々な香りが入り混じっている。


「昨日の雨のせいかけっこう増水してるな」

「こりゃあ落ちたらひとたまりもないわ。ところであんた泳げる? 俺は得意だけど」

 ロランドとフィリプが濁ってごうごうと音を立てる川を見ながら、他愛もない会話をしている。

「なんでこの俺が泳ぐ必要があるんだ?」

「護衛対象の貴婦人が溺れて助けなきゃいけない時があるかもよ?」

「ドレスのまま溺れたら水を吸って鉛みたいに重くなるだろうから、すぐにドレスを脱がせないと……。確かにそうなったら俺も泳ぐしかないな」

 ロランドが顎に手を当て思案しているが、そんなちょっとした仕草でも様になっており、遠回しに『女の服を脱がせるのなら泳いでもいい』と言っている言動と一致しない。

(そんな都合がいいシチュエーションなんてあるかよ……)

 傍で聞いていたレネも口を挟みたくなりうずうずする。

「あんただけズルいな。俺はまだ男しか護衛したことないのに、なにしたらそんなマダムのご指名が回ってくんの?」

「ふん……ちょっとしたコツがあるんだよ。間違っても仕事先で女とばかり話したら駄目だ。決して笑顔も振りまくな。チャラチャラした男は信用されない。逆に子どもや年寄り動物には積極的に優しくするんだ。護衛対象の奥方や娘はそれを見ている。そして一番最後にだけ笑顔を見せると、高い確率でまた指名がくる。最初は旦那様の……そして次からは奥様の……そして奥様の行ったお茶会でお会いした他の奥様から……といった具合だ」
 
「へぇ~~~目から鱗だわ……あんたが言うとえらく説得力があるしな」

 フィリプが感心してロランドの話を聞いている。

(へぇ……子どもや年寄り……動物に優しくか……)

 ロランドのことだから、もっとあからさまに女にばかり熱い視線を送っているとばかり思っていたがどうやら違うらしい。
 直接アピールするよりも地道に好感度を上げて行った方が堅実だとは、なんだか意外だ。
 
「女は嫉妬深い生き物だ。他の女と話すだけでも軽い男と見られるからな。逆にその嫉妬を利用する手もあるが、これはまた上級テクニックになるから使わない方がいい」

(なるほど……女と話さない方がいいのか……)

 今回は金言ばかりだ。
 レネは思わず心のノートにロランドの言葉を書き留める。



 森の中を流れる川を下流へと辿って行くと、開けた場所があり、古びた小屋が立っていた。
 きっと猟師たちが狩りの時に使っている山小屋だろう。
 そこに薄汚い男が一人、入り口の扉で見張りに立っている。
 

「あそこです」
 
 これまでレネは何度も盗賊たちの棲み処を見て来たが、どれもみな同じで、打ち捨てられた廃屋か洞穴だ。
 稀に強盗に入ったまま家を占領し棲みつくケースもある。
 だがそれは周囲に家の無い一軒家の場合に限る。

 一言で盗賊と言っても色々な者がいる。
 レネの中で盗賊と山賊の区別は曖昧で、平地にいたら盗賊、山地にいたら山賊と適当に区別していた。

 これは聞いた話だが、村全体が盗賊だという場合もあるそうだ。
 昼間は一見普通の村なのだが、夜になると村に泊った旅人たちの身包みを剥いで下着一枚で村の外に放り出すのだという。
 知っている者は誰もそこの村に立ち止まろうとはしない。
 まだレネはその村に行ったことはないのだが、いったいどんな者たちが住んでいるのか、昼間の村の様子だけでも眺めてみたいような気がする。

 馬を預けた農民の話によるとこの森に盗賊たちが棲みついてから、旅人や森に入った村人がちょくちょく犠牲になり、身代金を出し渋った者が後から死体で発見された時もあるという。

 殺しも厭わない盗賊たちは厄介だ。
 レネはそういった者たちを相手にする時、躊躇なく殺す。
 迷っていたら護衛対象が危険に晒されることになるからだ。
 
 今回も熾烈な戦いになることが予想される。


「連れが戻って来たぞっ!」

 見張りがヘークの姿を見つけ中の扉を開け仲間に知らせると、中からゾロゾロと盗賊たちが顔を見せた。
 
「身代金はちゃんと持って来たんだろうな?」

 盗賊たちは鼻息を荒くしてやってきた人物たちを見回す。

「はい」

 ヘークが緊張した面持ちで答える。

「一人で戻って来るかと思えば、三人も増えてるじゃねえかよ」
「まさかこんな弱そうな奴らで俺たちをやっつけようなんて思ってないだろうな? 商人の家にはひ弱そうなのしかいないみたいだな」
 
 どうやらこちらの思惑通りに盗賊たちは自分たちを見てくれているようだ。
 囚われている商人の家人だと思ってくれた方が行動しやすい。

 レネは隣のロランドをそっと盗み見ると、盗賊たちに見えないように俯きながらも満足げに目を細めている。
 まるで獲物を目の前にしてほくそ笑む猟師みたいだ。
 普段ロランドは貴婦人の護衛ばかりしているので、危険な目に遭うことなど殆どない。
 久しぶりにメストの外に出て剣を振り回せるとわくわくしているはずだ。


「まずアルノーさんとヨニーの無事を確かめさせろ」

 来る前に打ち合わせしていた通り、ロランドが盗賊と話を進める。
 身代金を持って来ているわけではないので交渉する必要もないのだが、中にいる護衛対象と団員の無事を確かめる必要があった。

「ちょっと待て、そんな大勢で入って妙なマネをされたら困るからな、中へ入るのは一人だけだ」

 盗賊の一人が夜光石の灯りを持ち出して、薄暗い森の中を照らしだす。
 身代金を持って主を救いに来た面々を改めて見てやろうと思ったに違いない。

「優男揃いだな……お!?」

 いつの間にか男たちの視線がレネに集まっていた。
 優男揃いの中でも自分が一番弱そうに見えるのだろう。

「そこのお前だけ、金を持ってこっちに来るんだ」

 外に出て来ている盗賊たちの中で一番偉そうにしている男がレネを指す。

「いや、私が中へ」

 ロランドがレネを後ろへと押しやり自分が前へと出て行く。

「おい兄ちゃん、勝手に決めるんじゃねえ。あんたでもいいんだがな……でもなこいつに来てもらう」

 ロランドとレネは優男の部類に入るが、レネよりもロランドの方が一回り身体が大きい。
 大人数の男たちにとってはそのくらいの差など、さして問題ないだろうにとレネは思うが、こういった連中はいつも一番弱そうな奴をターゲットにする。

「……本当に金を渡したらアルノーさんとヨニーを解放するんだろうな?」

 ロランドが確認するように男たちの方を見る。
 こういう展開になるであろうことは執務室で打ち合わせ済みだ。
 迫真の演技でまるでロランドは本当にレネを心配している様に見えるが、今ごろ心の中では「思惑通りにいった」とほくそ笑んでいるに違いない。
 
 レネは山小屋の屋根の上にチラリと目を向け、小さく頷いた。
 



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