454 / 663
8章 真実を知る時
9 野宿
しおりを挟む「はぁ……ゾルターンまでいたからな。一時はどうなるかと思ったぜ」
手形を渡され身柄を解放され、レネとバルトロメイの二人は無事に村の中へと入ることができた。
だが、問題はなにも解決していない。
虚しくも二人の腹の虫がグーグーと鳴る。
「腹減った……」
レネは早くも弱音を吐く。
「朝飯くらいは買う金があるから朝まで我慢しろ」
ドプラヴセにこれ以上借りを作りたくはなかったので、レネも金まで貸してくれとは言い出せなかった。
夜になり、村人たちの家は硬く扉を閉ざしてしまった後だ。
今夜は腹を空かせたまま、野宿するしかない。
二人は、村はずれの少し開けた場所にある大木の根元を、今宵の宿に決めた。
ここだと生い茂る枝葉が、雨が降ったとしても防いでくれるだろう。
「夏でよかったな……」
レネは寒がりなので、なんの装備もなしに夏以外の野宿は辛いものがあった。
「蚊から刺されるのが難点だがな……」
耳元でブンブン飛ばれると眠れないが、レネは一度寝てしまうと気にならないタイプなのでバルトロメイほど気にしない。
二人で木の幹にもたれる形で地面に腰を下ろす。
「なあ、あのドプラヴセとかいう男、何者なんだ? それにどうしてゾルターンが一緒にいた?」
あんな目に遭わされたのだ、ドプラヴセたちのことが気になるのも仕方ないだろう。
ああいう形で出会ったのだし、バルトロメイにドプラヴセたちのことを話してしまってもいいだろう。
「お前は『山猫』って組織を知ってるか?」
「……貴族を取り締まる秘密警察のことか?」
やはり誰でも名前だけは聞いたことがあるようだ。
「そうだ。ドプラヴセがその長だ」
組織の中でも下っ端の方じゃないかと思っていたが、ルカーシュからあの男が『山猫』の長だと聞かされ驚いたものだ。
王直属の捜査機関ということだから、その代表ともなれば直接王とも話す機会があるだろうに、あんな品のない男が王と直接会っても大丈夫なのか?
レネはどうでもいい心配をしてしまう。
「じゃあ、あの場にいたゾルターンも?」
「……ホルニークはリーパと成り立ちが同じで、先の大戦の功労者が反乱を起こさないように監視する意味も含めて、褒賞としてメストに土地を与え傭兵団を結成させた。でもそれだけでは心許ない。もっと王国との関わりを深くして抱き込んでいく必要があるとして、各団から密偵として使える者を『山猫』に派遣させた。ホルニークはゾルターン——」
「——リーパは?」
バルトロメイの顔は純粋に知りたいというよりも、早く答え合わせをしたいといった表情をしている。
「リーパからはルカが」
「……だからあの男は副団長の得意客だって言ってたのか」
だいたい誰か想像はできていたのだろう。
レネの答えを聞いて納得した顔で頷いている。
バルトロメイもルカーシュの素顔は何度も見ているので、『副団長』という仮面を被っているのにはなにか事情があると思っていたに違いない。
「ドプラヴセの表の顔は『運び屋』だ。ルカは『運び屋』を護衛するという名目で『山猫』の仕事をこなすこともあるし、単独で行動していることもあるみたいだ」
「だから居ない時があったんだな。吟遊詩人してるのも潜入捜査がしやすいからか?」
「……好きでやってるって聞いたけど、あいつのことはあんまりわかんねえ……」
バルナバーシュの剣から滴るルカーシュの血を思い出し、レネは顔を顰める。
反発する感情があるので余計に、自分のために身を挺したルカーシュに対し申し訳ない気持ちが湧き上がる。
「深い傷だったけど大丈夫かな……」
バルトロメイも気になっているらしい。
他の男たちに比べたら華奢なので、怪我をしているところを見たらなんだか痛々しいとレネは感じた。
同じ体型の自分も、もしかしたらあんな風に見られているのかもしれない。
「ボリスもいたし、今頃ピンピンしてるだろ」
後ろめたい思いを吹っ切るようにレネは明るい調子で言った。
「そうだな……それよりも明日からのことを考えていかないとな」
バルトロメイの言うように、人の心配をしている場合ではなかった。
検問を通る手形は手に入ったが、今のままではそこまで辿り着くのも困難な状態だ。
「……どうやって金を稼ぐかな……」
腹を空かせながら、レネは必死に考える。
「俺たちの本業は護衛だ。とりあえずオネツまで護衛として雇ってくれる旅人を探そうぜ。謝礼は飲食と寝る場所の提供だけにしたら、誰か雇ってくれるんじゃねえか?」
ふつう護衛を付ける場合は高額の資金が必要になって来る。
それを飲み食いと寝床の提供だけで請け負うとなったら破格の値段といっても過言ではない。
「……確かにな……、スロジットの峠周辺は見通しの悪い場所があるから護衛を付けたい旅人は居るかもな。あした村で探してみるか」
バルトロメイの思惑通り、雇い主はすぐに見つかった。
国境の町オネツまで野菜を売りに行く村の農夫の護衛だ。
「いやぁ……本当に良いのかい? 食事っていっても簡単なものだし、寝る場所も幌馬車の中だよ?」
口髭を生やした農夫は申し訳なさそうに頭を掻く。
「飯と屋根があるところで寝るだけでも充分です。それに馬車での移動だし、こちらこそ有難いです」
徒歩で行くとオネツまであと二泊はしなければならない。
それが一泊で済むし、移動は馬車なので体力を使う必要がない。
こんな好条件で依頼が来るとは二人とも思ってもいなかった。
「なんでもスロジットの峠周辺で荷馬車の荷物を狙う賊たちがいるって話なんだ。だから心配だったんだよ」
なぜこんなにとんとん拍子に話が進んだかというと、村で一つしかない食堂に行き、なけなしの金で朝食を食べていた時、ガラの悪い男たちが女将に言いがかりをつけて暴れはじめた。
その男たちをレネとバルトロメイ二人でやっつけると、見物していた客が集まって来た。
『実は金に困っていて、誰か護衛に雇ってくれないかな……代金は飯代と寝床だけでいいんだ……』
女将から『迷惑な客をとっちめてくれたお礼に』と無料で提供された豪華な朝食を平らげながら、レネが客たちに零していると、客の一人がすぐにこの農夫を紹介してくれた。
昼間はどちらか一人が御者席に農夫と乗り込み、夜はもう一人が外で寝ずの見張りを行い、スロジットの峠で賊に遭うことなく、三人は無事にオネツに到着することができた。
『これは少しばかりだけど』と農夫から心付けまで貰い、レネとバルトロメイはなんの問題もなく、セキアへと入国した。
78
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
