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9章 山城での宴
14 違う道
しおりを挟む「ルカか……確かに東国風の名だな。お前は知ってるか? 彼の背中の傷を」
「いや、そんなことまで知らない。お前こそどうしてそんなことを知ってるんだ?」
ルカとは情報共有する仲だと教えたばかりなのに、なぜ背中の傷の話になるのだ。
レーリオは美青年に目がないので、そういう意味でもルカのことを狙っていたのかと訝しい目で見つめた。
一方、ロメオはというと……レーリオは天敵でもあるので、先ほどから無視を決め込んでいる。
「なんだその目は。俺が彼を見たのはテプレ・ヤロの温泉だ。あんなに綺麗な顔をしていて背中には醜い鞭の傷跡があるんだぞ。実に興味深いじゃないか。東国出身と聞いて納得したよ。あの傷は大戦絡みのものだろうってね。……でも当時のものだったとすると、彼は少年時代にその傷を負ったことになるな……」
レーリオはルカを二十代後半の青年と思っているに違いない。
何度か会って話をしてわかったことだが、ルカはたぶんレーリオよりも年上だ。
以前レナトス叙事詩を唄うようになったきっかけを聞いた時に、大戦直後に吟遊詩人としてオゼロの都コロルで唄っていた時だと言っていた。
あの歌は声変りを終え、あるていど声が落ち着いてからでないと唄いあげることはできない。
だから少なくとも成人は過ぎていたはずだ。
そう考えるとルカの年齢は三十五よりも上だ。
面倒なのでわざわざそれをレーリオに指摘するつもりもないが。
「まあいい。それよりも盟主から『契約者』の教育係に任命された」
なにも答えないシリルをしり目にレーリオは勝手に話を進めていく。
その顔に獲物を目の前にした狩人の様なギラギラとした欲望を見つけ、シリルは暗い気持ちになる。
教育係と聞くと耳ざわりがいいが、やることは反抗しないように言うことを聞かせる躾と同じだ。
先ほどルカが話した通りだと、レネという青年はロメオのように天真爛漫な性格なのだろう。
そんな青年が、加虐癖のある男に従わされるところなど想像するだけでも気分が悪い。
「契約の儀式を行うようにその青年を無理矢理従わせるつもりだろ?」
「当たり前だ。それが『復活の灯火』の悲願だぞ」
さも当然化のようにレーリオは言い放つ。
「一人の力で国を亡ぼすほど破壊力があるんだぞ」
「だからこそその力を手に入れる前に、歯向かえないように牙を抜くんだ。——それに一国と言わず、この西国三国を滅ぼして欲しい」
「……どうしてだ? お前はなにもしなくとも地位と名誉が約束されている存在だろう?」
順当にいけばカステロ侯爵の称号が手に入るというのに、なんの不満があるのだ。
そもそも恵まれた存在であるレーリオが、なぜ『復活の灯火』で活動しているのかもシリルには理解できなかった。
フォルテ子爵として領地の管理も任せられているのに、この男は領地の管理は全て家令に任せっきりで、ラバトで一緒に暮らしている時も殆ど自分の領地に戻っていなかった。
時おり、父であるカステロ侯爵のラバトの屋敷に顔を見せに行っていたくらいしか知らない。
あまりにも恵まれすぎて、この男は逆に富に対する執着がないのだろうか……?
「なにもかも約束された地位なんて面白くないじゃないか。セキアの次期王がどういう人物か知ってるか? 自分で靴も履けないような能なしなんだぜ? インクで手が汚れただけで周囲の人物に当たり散らして、自分の領土じゃ威張り腐っている両親もそして俺も、そんな馬鹿王子にへこへこ頭を下げて傅くしかない。どんなに金を持って贅沢できてもそれだけは変わらない」
レーリオの母は宮廷女官を務めていて、レーリオも王子の学友として学生時代を過ごした過去があるのは知っていたが、まさかそんな鬱屈した思いを抱えていたとは知らなかった。
「どうしても越えられない壁を目にしたら、ぶっ壊してやりたくなるだろ? 俺は今の体制に辟易してるんだよ。全部壊れてしまえばいいんだ。カムチヴォスの言う通り、『契約者』が三国の王族を滅ぼしてスタロヴェーキ王朝を復活させればいいのさ。魔法が復活した世界はなにもかもが新しくなって楽しいだろうな」
「……なにを言ってるんだ?」
シリルの知っていたレーリオはこんな破滅的な考えの人物ではなかった。
貴族の暮らしに退屈して、泥棒のスリルを楽しんでいただけの青年だったのに……なにが彼をここまで変えてしまったのか?
「やっぱお前は最低な野郎だな」
隣で聞いていたロメオも呆れた声を上げる。
「ふん。好きに言えばいい。お前たちは実物のレネに会ったことがないだろ? 実物を見たら驚くぞ。——二年前……メストでレネと出逢った時のことを忘れない。あのレナトスの壁画が血肉を持って歩いているのかと思ったくらいだ。いや……生身はもっと凄い」
なにかに魅入られる様な目をして、レーリオがレネについて熱弁しているのを聞きながら、シリルは冷静に分析をする。
そんなにあの壁画とレネが似ていたということは、あれは生前のレナトスをモデルにして描いた絵だということになる。
そうだとすれば、山城は本当に二千年前に建てられたものだ。
あまりにも状態がいいので、王朝時代に建てられたという話は嘘だと思っていた。
シリルが育った家よりもよっぽど新しく感じたくらいだ。
やはりこの城はクレートが言うように、なにか不思議な力で守られているのかもしれない。
「お前たちとこんな話をしても無駄なようだな。まあ、本物を目にしたら少しは考えも変わるだろう」
二人の反応が薄かったので面白くなかったのか、レーリオはつまらなそうに席を立つと部屋を出て行った。
閉じられたドアをぼんやりと眺めながら、シリルはレーリオと自分が全く違う道を歩いていることを実感した。
覚悟はできていたはずだが、埋めようもない溝をただ茫然と見つめるしかない。
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