菩提樹の猫

無一物

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9章 山城での宴

15 やっと二人で

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◆◆◆◆◆


 レネはカムチヴォスとの面会が終わるとバルトロメイと合流し、クレートから庭へと案内され暫くのあいだ散策を行った後、東屋で準備されていた昼食を摂った。
 食事の間もずっとクレートが側にいるので、バルトロメイと込み入った話ができずもどかしく感じたが、レネはなんとか我慢する。

「用事が済んだらやることないから暇だな。こんなお城に来ることなんて滅多にない機会だから、クレートさん城の中も案内してよ」

 本当は後でこっそり聖杯の置き場所を探るために、今のうちに城の中を把握しておきたかった。
 いざここを脱出する時も迷子にならず済むだろう。

「それは良いな。ずっと馬車に乗りっぱなしだったんで身体が鈍ってるからな、ついでに鍛練所の場所も教えてくれよ」
 
「かしこまりました。他のお客様もご滞在中なので、全てとはいきませんが、案内いたしましょう」


 こうして午後は城の中を探索してまわり、レネとバルトロメイは大まかな内部の構造を頭に入れることができた。
 部屋に戻って二人っきりになると、バルトロメイがとんでもないことを口にした。

「朝、フィリプを見送りに行ったら、城の玄関で副団長とすれ違ったぞ。俺たちの時みたいにクレートが部屋に案内してた」

「……は!?」

 驚きすぎてソファーから身体がずり落ちる。
 
「俺は初めて見たけど、吟遊詩人の恰好だった」
 
「でもフィリプもいただろ?」

 素顔を知っているバルトロメイさえも吟遊詩人姿は初めて見たというくらい、ルカーシュは他の団員たちからその姿を見られることを避けている。
 私邸にも住んでいないフィリプに、素顔を晒すとは思えなかった。

「いやフィリプの奴、副団長だってぜんぜん気付いてなかったぜ。俺もあまりの化けようにすったまげたくらいだ」

「……あいつ……なんのつもりでここに……」

 クレートが案内していたということは自分たちと同じようにこの城に招待された客ということなのだろうか?

「吟遊詩人の格好してたから、宴で歌でも披露するんじゃねえか?」

「まあ……それしか考えられないよな」

 どうやって潜り込んだのかは謎だが、『山猫』の任務で来ているのは間違いない。
 聖杯を取り戻すのにレネだけでは心許なかったのか、それとも別の任務があるのか……。
『山猫』として活動しているのなら完全に味方とは言えないかもしれない。

 
「なあ、『復活の灯火』の盟主とやらはどうだった? ずっと気になってたけどあの爺さんがずっと一緒だったから訊きたくても訊けなくてよ」

 向かいのソファーに座っているバルトロメイが身を乗り出して尋ねてくる。
 レネもずっと報告しなくてはと思っていた。

「それがな……オレの叔父だってさ」

「は?」

 今度はバルトロメイがソファーからずり落ちる番だ。

「オレと目の色が同じで顔も父親に似てたから、本当に叔父かどうかはわからないが親戚なのは間違いない。例の島でオレが赤ん坊の時に会っているってい言ってた」

「……じゃあどうして親父さんたちを殺したんだ。実の兄弟を殺したってことになるだろ?」

「それが……やったのは前の盟主でその時は自分になんの権限もなかったみたいなこと言ってて、二年前に復讐を果たして自分が盟主になったって言ってた」

「——ということは、前の盟主を殺して自分がその座についたってことか」

 あの時は次から次へと凄いことを言われて、一つの事柄についてゆっくりと考える暇がなかったが、カムチヴォスが復讐を果たしたということは、レネの親の仇は既にこの世にいないということになる。
 急に目標を見失い、抱えている復讐の怒りをどこに向けてよいのかわからなくなった。

「……オレはどうすればいいと思う?」

 メンバーたちが集まって来る宴は明後日だ。
 具体的に行動の計画を立てておかないと、せっかくのチャンスを逃がしてしまう。

「まずは活動できないように組織をぶっ壊さないといけないんだろ? あと聖杯も取り戻さないとな」

 レネはカムチヴォスと話した時のことを思い出す。
 家族以外の血縁者と初めて会ったというのになんの感慨も湧かなかった。
 それどころか、ちょっとした仕草や物言いがいちいち勘に触り、好ましい人物とは思えないし、叔父だからといって情けをかける理由はない。
 
「どうやったら『復活の灯火を』壊滅させられると思うか?」
 
「難しいな。盟主を殺したってまた代わりに誰かがなるだろうし、その神器をぶっ壊したら二度と神の復活なんてできなくなるんじゃないか? でも聖杯は壊したら駄目だから……王冠と燭台か……」

「お前、詳しいな」

 自分は聖杯以外の後二つの神器がなんであるかもうろ覚えだというのに。

「団長たちに前もって聞いてたしな。メストを出てずっと一緒だったけど、俺たちまともに話してないよな」
 
「腹も減って疲れてたし、途中からはフィリプも一緒だったからな」

 それに口を開くと余計な弱音まで吐いてしまいそうで、こちらからは極力話しかけないでいた。


「——俺はもう一つお前に話しておかなきゃならないことがある」

 ヘーゼルの瞳に真剣な色が浮かんでいる。

「なんだよ……」

 まだなにか重大なことを聞かなければいけないのかと、レネは唾を飲み込み身構えた。

「お前がフィリプに溺れているのを助けられた次の日の夜、俺が部屋に来たのを覚えてるか?」

「……ああ」

 確か……うたた寝していた所を起こされたような……。
 あの頃はずっと悪夢に悩まされて睡眠不足になり、いつの間にか長椅子で寝ていたと思う。

「あっ!? まさか……お前、オレが寝てる隙に妙なことしたんじゃねえだろうなっ!」

 以前も酔って寝ている隙に身体を弄ばれていたことがある。
 主従関係を結んでもうそんなことはないと思っていたが……。

「違う。もうそんなことするわけないだろ……」

 レネから疑いの目を向けられて、バルトロメイは溜息を吐いた。
 まさか自分にそんな疑いがかけられるなんて思ってもいなかった顔だ。

「……じゃあなんだ」

 本来なら一番信頼すべき相手に疑いの目を向けバツが悪くなり、先ほどの勢いはどこかへと行ってしまった。


「お前が意識を失くしている間に、レナトスを名乗る男がお前の身体を操って俺と会話した」

「レナトスだって?」

「そうだ。喋り方もお前とは全く違う。本当に王様みたいな言葉遣いだった」

「……どういうことだ? オレの夢に出て来ていた亡霊がレナトスで、オレの身体を乗っ取っていたのか?」

 あれからあの亡霊の夢は見なくなったが、まさか自分の身体を乗っ取ることに成功したからなのだろうか?

「いや……どこまで信用していいのかわからんが、レナトスによると……満月の夜は神力が最も強くなる時で、お前の精神が不安定になるから代わりに出て来たって言ってた。現にずっと悪夢に悩まされていただろ?」

「……満月……」

 レネは言葉に釣られ、窓にぽっかりと顔を出した円に近い月を見上げた。
 
(もうすぐ満月……だからまた悪夢を頻繁に見るように?)

 亡霊の夢は見なくなったが、自分ではない誰かになりかわっている夢をよく見るようになった。登場する人物もよく知った人たちのはずなのだが、いざ夢から目が覚めるとその名前さえも覚えていない。

「メストを出てから、また魘されることが多くなったよな。レナトスは蝕が近付くにつれますます神力が強くなると言っていた。レナトスに身体を乗っ取られたくないなら、お前がもっと自分の精神をコントロールする必要があるぞ」

「他になにか言ってなかったか?」

 自分の身体を乗っ取った人物が本当にレナトスだったなら、神との契約やレネが癒しの力を使えたことについて詳しく知っているはずだ。

「お前と魂が同じだと言っていた。それと、団長のことも知っていたからお前が見ているものも共有している」

「へ……? 魂が同じ?」
 
「多分、お前はレナトスの生まれ変わりなんだ」

 カムチヴォスも同じことを言っていた。
 だから壁画のレナトスとも瓜二つの外見をしているのだろうか?
 西国の中では生まれ変わりの話は割とよく信じられており、中には前世の記憶を持ったまま生まれる人もいると言う。

「……もしそうだったとしてなぜレナトスの意識がそのまま残っているんだ?」

 レネと同じ魂なのに、死んだはずの人格が残っているなんてそんなことがあるのだろうか?
 せっかく二千年後に生まれ変わったのだから、わざわざ同じ外見に生まれる必要もないだろうに……。
 この容姿のせいで散々な目に遭ってきたレネは、ついついそんなことを思ってしまう。


「そういうことに詳しい婆さんから聞いた話だけどな、全く同じ外見で生まれ変わって来る者は、前世でやり残したことがあるからだそうだ。それを達成しない限りまた同じ姿で生まれ変わり続けると。だからレナトスもやり残したことがあってどうしてもお前へ伝えるために意識が残ってるんじゃないかと俺は思ったんだ……」

 これが自分のことでなければ、バルトロメイの言っていることも理にかなっているように聞こえただろう。
 だがレネは、自分のこととして素直に受け入れることができない。
 真っ先にある疑問が湧き上がってくる。

「……オレはなんのために生まれて来たんだ? レナトスがレナトスの意識のまま生まれて来ればよかったじゃないか」

 他人の道を歩まされているようでレネは気にくわない。
 
「……まあ、待て。それは俺だって同じだ」

「なんのことだ?」


——コンコン。

 なにが同じなのか気になったのに、ノックの音にその話題は中断してしまった。





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