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9章 山城での宴
27 作戦
しおりを挟む「さあレネ、皆さまに挨拶を」
玉座のある壇上へと上がり、背もたれに手を置いてレネに話しかける盟主の様子は、実権を握っているのは自分だと言わんばかりだ。
ロメオが既に足の拘束を取っているはずだが、自由を奪いレネを傀儡の王に仕立て上げたいのは見え見えだった。
(いけ好かねえ野郎だ)
自分と離れている間に、レネがどういう扱いを受けていたかと想像するだけでも悔しくて、バルトロメイはギリギリと歯を噛み締めた。
「挨拶? このような茶番に我を巻き込んで……うぬらはなにをしたいのだ?」
レネが冷たい表情でカムチヴォスを睨む。
口から飛び出した言葉は、まるで別人が喋っているかのような台詞だ。
(この言葉遣い……まさかっ……)
バルトロメイは違和感を覚え、咄嗟にレネの目を見ると……案の定、黄緑色の瞳に違う光が宿っていた。
(あの時と同じだ……)
突然『ナタナエル』と呼びかけられた夜、レネ肉体にレナトスの意識が乗り移っていた。
「満月の夜だからか……」
レナトスは満月の夜になると神力が強まり、まだ精神を上手くコントロールできないレネに代わって自分が出現すると言っていた。
「あれは……?」
隣にいたシリルも、まるで王様のような口調のレネに違和感を覚えているようだった。
「あれはレネじゃない。レナトスが喋ってる」
「えっ!?」
「愚かな者どもよ、神の力を人間が自由に操れるとでも思っているのか?」
レネが立ち上がると、カムチヴォスよりも背が高い。
せっかく同じ壇上に立ってレネを見下ろしていたのに、すっかり形勢が逆転し、『復活の灯火』の盟主はしどろもどろになっている。
「はっ……最高神祇官の恰好などして、同じ過ちを繰り返したいのか?」
レネとは違う、王者としての威厳を備えたレナトスの嘲笑は、着飾ったカムチヴォスをただの道化に見せる効力があった。
どうも様子がおかしいと、客たちもザワザワと騒ぎ始めた。
「今がチャンスです、レネ君の所へ行きましょう」
シリルが茫然とするバルトロメイの背を叩く。
レナトスが現れるとは全く想定外だったが、この混乱を利用しない手はない。
騒めく人々にまみれ、シリルとバルトロメイは前へ前へと玉座との距離を詰めていく。
「破滅をもたらす闘神との契約など絶対に許さんっ!」
(レナトスも同じ思いなのか……)
前回はその意図まで読むことができなかったが、どうやら自分たちと目的は同じようでバルトロメイはホッとする。
「レネ……いきなりなにを言い出すんだ?」
なにが起こったのか理解していないカムチヴォスは逡巡したのち、控えている男たちに目配せした。
予定とは違う動きをしたレネを取り押さえようとやって来た男たちに、被っていた王冠を投げつける。
「ナタナエルっ、レネと契約の島へ行き血濡れの王冠を破壊しろ! あれさえなければ神との契約は実行されない……」
仮面を被っているというのになぜここにいるのがわかるのか、レナトスはバルトロメイの方を見て必死に叫ぶと、その場に崩れ落ちる。
(ヤバいっ!!)
最初の時と同じ様に、レネと入れ替わるためにレナトスは意識をなくした。
「血濡れの王冠……まさか……」
隣にいたシリルが驚きの声を上げているのが聞こえる。
「——おっと」
主のいなくなった肉体を、赤毛の男が抱き上げ興味深そうに観察している。
レネは毛皮の襟の付いたガウンを纏っているだけなので、少し体勢を変えるだけでも肌が露わになってしまう。
(あいつ……)
仮面の奥から覗くねっとりとした視線がレネを舐め回すように見ており、バルトロメイは主を汚されるようで、カッと頭に血が上る。
「どうしてアンクレットの鍵が外れている? 誰が外した? おい、玉座の後ろに隠れている男を捕らえろ」
赤毛の男が異変を察知する。
打ち合わせをしている時、アンクレットの鍵を外した後、ロメオは玉座の後ろに隠れていると言っていた。
(あそこにはっ……)
先ほどレナトスに王冠を投げつけられて怯んでいた男たちが、玉座の両側から挟みうちにして潜伏者を捕まえる。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。賊は捕まえたのでもう問題はありません。レネはまだこういった場に慣れておらずお見苦しい所をお見せしましたが、王に相応しい振舞いができるようこれから教育していきますので、どうか温かい目で見守ってやってください」
なんとかこの場を治めようとカムチヴォスが招待客たちに説明している。
本物のレナトス王が王の振舞いをしたというのに、相応しい振舞いができるよう教育するとは滑稽な話だ。
きっとカムチヴォスの言う相応しいとは、自分たちのいうことを聞く従順な者という意味なのだろう。
客の一人が近付いて来ると、意識を失ったレネを覗き込む。
「突然のことで、まだ彼も混乱しているのでしょう。……それにしても……こんなに美しい青年を見たのは初めてだ……レナトス王が神に愛されたというのも頷ける」
先ほど啖呵を切った時とはうって変わって無防備に意識を失ったレネの姿は、客たちの欲を刺激したのか、堰を切ったように続々と集まりレネを囲む。
「彼に教育が必要なら、わたくしの別荘を使いませんこと?」
「……いや、私の屋敷はここからそう離れて——」
「いや、儂が——」
誰もが、従順な青年になっていく姿をこの目で観察したいのだ。
客たちの仮面の奥から見える目が、ギラギラと欲望に濡れていた。
「大変ありがたい申し出ですが、もう預け先は決まっております。ご興味のある方は特別な招待状をお送りいたしますので、後ほどクレートにお申し付けください」
カムチヴォスはレネを『契約者』というだけではなく、見世物にして金集めの道具にするつもりだ。
こんな男がレネの叔父とは胸糞悪い。
バルトロメイはこみ上げる怒りをなんとか抑える。
「そいつをこっちに連れて来い」
集まって来た客からレネを隠すように後ろへと下がると、レーリオは先ほど玉座の後ろに潜んでいた男の方へと視線を移す。
「触るんじゃねえッ!」
レネを他の男に任せると、赤毛の男は捕らえた潜伏者の正体を確かめるべくその仮面をとり払う。
「……ロメオ、やっぱりお前か。お客様のいる所で見苦しい真似をして……盟主、この場で処刑するのはどうですか? お客様にもいい見世物になるでしょう」
赤毛の男の言葉を聞いて途端に客たちが色めき立つ。
ここに集まった客たちは、どうも血生臭いことが好きなようだ。
(クズどもめ)
胸糞悪さを覚え、バルトロメイは唇を噛み締めた。
「しかし、他に内通者がいたか口を割らせてからじゃないと……」
仲間らしき男が、公開処刑を提案した赤毛の男に異議を唱える。
「その心配ない。共犯者はもうわかっている」
赤毛の男がいう共犯者とは、相方のシリルのことだろう。
『おい、どうするんだ?』
バルトロメイは上手い具合に客の影に隠れ、一度足を止めシリルに相談する。
計画は失敗し、ロメオもレネも捕らえられた。
シリルまで捕まってしまえば、バルトロメイ一人では対処しようがない。
「シリル、こっちは本気だぞ。早く出て来い」
赤毛の男がナイフを取り出すと、拘束され動けないロメオの太腿に突き刺した。
「ぐぅぅっっ」
突然の流血沙汰に、普通だったら不快感を示し席を外すとこだろうが、客たちは顔を顰めるどころか嬉々としてその様子を見ているではないか。
中には「もっとやれ」と野次を飛ばす者もいる。
「お客様もお喜びのようだし、生贄の祭壇に裏切り者を磔にしろ」
客たちの反応を見てカムチヴォスも赤毛の男の提案を受け入れる。
「——駄目だ今は我慢しろ」
相方を傷つけられ冷静さを失ったシリルが前に出ようとするのを、バルトロメイはその場におし留める。
(レネとロメオを解放しないと……)
目立たないようにシリルを背に隠し、この絶望的な状況をどう打開するかバルトロメイは思案した。
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