菩提樹の猫

無一物

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11章 小島から脱出せよ

14 神に愛されし男

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◆◆◆◆◆


「なぜ神の力が使えない?」

「先ほどお話いたしました通り、レナトス王の死とともに、四柱もこの地から去っていかれたのです」

 レーリオは自分より身分が上の者に対する態度を取り、混乱する人物に丁寧に今の状況を説明した。
 なぜこのような状況になったかと、レーリオは改めて頭の中を整理する。
 

 薬を使った洗脳を行うため、レーリオたちは寝室の手前にある居間で控えていたのだが、いきなり寝室の扉が勢いよく開いたかと思うと、レネが飛び出してきた。

 しかし態度や言葉遣いが普段のレネとは違う。
 チーロは薬を使うと、レネの中にある違う人格が表に出てくるかもしれないと言っていた。

 これは……山城でも出現していたレナトスだろうか?
 しかし次に飛び出してきた言葉に、レーリオの推測は覆される。


「私が交わした契約はどうなった!」


(……私が交わした契約?)

 レネが発した不可解な言葉に、レーリオは眉を寄せる。


 目の前にいる人物はレネの中に出現したレナトスだと思っていた。
 しかし、レナトスは五柱全ての力を使うことができたが『契約者』ではない。


——最初に神との契約を結んだのは誰だ?


(まさか……!?)


 藪をつついて蛇を出すどころか、もっととんでもないものを引き出してしまったのかもしれない。


「——貴方様はもしや……レナート国王陛下であられますか?」


 レーリオは興奮に身を震わせながらも、目の前の人物に名を尋ねた。

「そうだ」

 レナートは、この世の全ての人間が、自分にかしずくことをひとかけらも疑っていない、絶対者の眼差しで答えた。



 
「次の蝕はいつだ?」

 レーリオからの説明で、おおよその状況を理解したレナートが口にした言葉は『復活の灯火』に籍を置く者たちを歓喜させた。


(レナートは神と再び契約を結ぶつもりだ……)

 そうでないとわざわざ蝕の時期など尋ねない。
 
「『契約の島』での蝕でしたら、あと三月後でございます」


「ここはどこだ?」

「セキア……ジズニにある港町です」

 レナートに今の地名をいっても理解できないだろうから、スタロヴェーキ王朝時代の古い地名を使う。

「島へ行く船はあるのか?」

 絶対王者は、当たり前のようにレーリオたちを自分の願いを叶える家来のように扱う。
『復活の灯火』の悲願は神と契約し魔法を復活させることなので、これほど喜ばしいことはない。

 
「私が準備している途中だが、一つ条件がある」
 
 洗脳が上手くいけば言質がとれるかもしれないということで、居間に呼んでいたゾランが口を開く。
 違う大陸生まれの者にとって、スタロヴェーキ王朝の王が出て来ようが関係ない。
 ゾランはレーリオと違い、対等な立場としてレナートに話しかけた。

「……ほう、その条件とは?」
 
 レナートは一人だけ態度の違う男を非難するどころか、逆に面白がるように笑いながら訊き返す。

「契約の時、私の国にも神の恩恵が欲しい」

 神の恩恵に与れば、その地に経路メタラジアの開いた者が生まれ、魔法使いが誕生するということになる。

「お前は南国人か?」

「ああ。セメナ・ウィと言ったらわかるか?」

 ゾランもまたレナートが理解しやすいよう、ポーストの古い名前で答える。
 ポーストは南国大陸の北端にあり、海を挟んで隣接しているため、スタロヴェーキ王朝時代から交流があった。

「セメナ・ウィか……我が国の邪魔をしないと約束するのならいいだろう」

「もちろん、この大陸に干渉するつもりはない」

 地下資源に恵まれているポーストは、わざわざ他の大陸に危険を冒してまで手を伸ばす必要がない。
 ゾランが言うように、そこは心配しなくてもいいだろう。

「ならばお前の国も契約の中に入れてやろう」

「子爵、この場の証人として今の言葉を覚えておいてくれ」

 言質を取ったとばかりに、ゾランがレーリオに念を押す。

「ええ。船の引き渡しの時に、正式な書類を作ってレナート陛下から署名をいただきましょう。陛下、宜しいでしょうか?」

 しょせん他人事なので、この場合、名義は『レナート』でなく『レネ』にしないと書類が無効になりそうだ……などとレーリオは暢気なことを考える。

「ああ、容易いことよ」

 再び神との契約を結ぶ気で満々の男は、上機嫌で答える。
 ここまで約束を取り付けたらゾランも満足だろう。
 
 
「これで用事は済んだ。私はさっそく船を取りに戻らねばならないので失礼する」

 無駄な時間はないとばかりに、ゾランは口約束を取り付けると、さっさと部屋を出ていた。


「……おい、お前、名はなんという?」

 一つ仕事が終わったとばかりに、レナートは近くにあったソファへ腰掛ける。
 さっきまで無理を強いたレネの身体なので、少し息が上がって辛そうだ。
 王者の貫禄が鳴りを潜め、急にしおらしくなった。
 そのギャップがレーリオの劣情を刺激する。

「——レーリオとお呼びください」

 今の肩書などレナートには通用しないので、ファーストネームを教える。

「レーリオ、……私はまだこの肉体に定着しきれていない。二千年前と同じ薬が使われたから、たまたまここに来ることができたのだ」

「では……二千年前に神の力を行使して帝国軍を滅ぼしたレナトス王ではなく……」

「いや……正確にいうと、皇帝を殺したのはあいつだ。だがその後に私がレナトスの意識を……乗っ取って兵たちを滅ぼした。その後も神官どもがレナトスを意のままに操ろうと……あの薬を使ったのがきっかけで……私が表に出て来ることができるようになった」

 やはりこの秘薬が、レナトスを傀儡の王に仕立て上げた決め手だったのだ。
 
「では貴方様に御用の際は、薬を使えば宜しいのですね」

「……そうだ。慣らしていけば……二人を追い出して……」

 もう体力の限界だったのか、レナートは上体を支えることができずにズルズルとソファーの座面へと崩れて、そのまま意識を失くしてしまった。
 その姿は、どこまでも神々しい。

(生来の王……)

 自分がこれまで見てきたまがい物とは違う。
 少年時代の苦い思い出が蘇り、レーリオは歯を食いしばる。


「陛下……私は貴方に一生ついて行きます」

 レーリオは跪くと、意識のなくなったレナートの手を取り口付けした。

 二千年前、神官たちが秘薬を使って呼び出したのは、神との契約者であるレナートだったという事実を知り、興奮を隠し切れない。
 三国に分かれ、古代王朝に関する多くの文献が失われてしまったため、当時を知る情報はほとんど残っていなかった。
 

 レナートなら間違いなく、神との契約を実行できる。

 復活の儀式についての情報を一番持っていたシリルがいなくなり、正確な情報がわからぬまま準備を進めていた。
 儀式の訓練といってレネに強いていた行為も、精神的に追い詰めて弱らせるための口実だった。
 実のところ、聖杯を満たすのは血液ではないことしかわかってはいない。
 
 しかしそれも全て実際に儀式を行ったことのあるレナートに任せてしまえばよい。
 レーリオたちは神器とレナートを、蝕が起こる前に『契約の島』へと運ぶことに専念することができる。

 
「まさか本当の『契約者』が出てくるとはな……」
 

 レネはレナトスの生まれ変わりだけではなく、神々との契約を果たし西国の王となったレナートの生まれ変わりでもあったのだ。

 この肉体と魂に、神々が強い執着を持っていることは間違いない。

 レーリオは顔に掛かる銀糸を掻きあげ、露わになった頬を優しく撫でる。
 その頬は癒し手が言っていた通り発熱しており、熱く火照っていた。

 
 
 
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