菩提樹の猫

無一物

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13 地に堕ちし神に誘われ 

11 他人事だと思って

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「——コチカ様、娘を助けて頂き誠にありがとうごぜいます。是非とも村に立ち寄ってくだせい!」

 霊廟の中から出てきた後も、コラリーの父親はレネの前から動こうとしない。

「何度も言ってるけど、オレは違うんだ」

「そんなこたぁ仰らず、皆がコチカ様のお姿を一目見てえと毎日祈りを捧げておるのです。病気の妻も、コチカ様とお会いすればすぐに元気になります」

(そんなことあるわけがない)

 レネがアオンの村に居る時も、そんな奇跡など一つも起こらなかったというのに。
 なんでも神さまがやってくれるとはあまりにも虫のいい話だ。

「オレはドロステア人だし、この土地とは縁もゆかりもない。他人のそら似だって。第一そこに墓があって死体があるのにおかしいでしょ。それよりも、コラリーは早く村に帰ってお母さんを安心させてやりなよ」

「レネ……」

 急に一人残して来た母のことを思い出したのか、コラリーは哀し気に表情を曇らせる。
 
 そう……これが現実なのだ。
 猫神さまの御利益があるのかどうかは知らないが、レネはたまたま通りすがったよそ者でしかない。

「あっ……猫だ!?」

 ヴィートが驚いた声に皆が注目する。

 霊廟以外に民家などないのに、どこから現れたかわからない灰色の猫が「にゃ~~ん」と鳴くと、これ見よがしにレネたちの前を横切って行く。

「銀色の毛皮……」

「まさか……」

 コラリーと父親が猫の姿を見て、あんぐりと口を開けて驚いている。

 レネは自分と同じ灰色の毛皮だと思ったが、ムンタニ族はあれを銀色というのかと不思議に思う。
 そういえば……コチカ様も銀髪に黄緑色の目をしているといっていた。
 要するに、よく見かける猫の毛と目の色をしているということだ。

(だからオレも猫っていわれるんだよな……)

 
「こんな所に猫がいるとは思えない。あれがコチカ様じゃないのか? ほら、村の方向に歩いて行ってる」

 早く次の村へと向かいたいバルトロメイが、父娘の背中を押す一声をかける。
 それが効いたのか、レネたちの都合がいい方向へと話が進みはじめた。


「もしかして……お供え物をしたから……コチカ様が……」

 コラリーが信じられないような顔をして父親を見上げる。

「……コチカ様……ありがたや……村へ向かって下さるんですね……」

 両手を合わせると、涙を流しながら父親が猫に向かって跪く。
 

 人里離れたこの場所に、猫が一匹棲みついているとは考えにくい。
 祀ってある神さまは猫神さまで、それも毛色まで一致している。
 ここまで来るとレネもただの偶然とは思えない。
 
 こんなことがあるだろうか?
 レネまでもバルトロメイがでまかせに放った言葉が、真実の様に思えてきた。

 


「——お母さんの病気、治るといいね」

 先に消えてしまった猫を追いかけるように、父親の乗って来た馬で村へ帰るコラリーにレネは声をかけた。

「うん。レネはコチカ様の使いだったんだね……」

「おいおい……ただの通りすがりだって」

 いくら猫に似てるからって、流石に猫神さまとは無関係だ。
 でもそんな真摯な目で見つめられると、ついつい強くは返せなくなってしまう。

「ここまで連れて来てくれてありがとう」

「コラリーの想いの強さが周りを動かしたんだよ」

 抱き付いてくる少女を胸に受け止めるが、父親の目が気になり目を泳がせると、親子揃ってレネをコチカ様の使いだと思っているのか、ニコニコしながらその様子を見守っていた。

(よかった……怒られなくて……)

 女の子相手だと気を遣う。


「ヴィートとバルトロメイも気を付けてね」

 コラリーはレネの胸から離れると他の二人へと向き直った。

「元気でな。コラリーたちも帰り道、気を付けて」

 名残惜し気にヴィートはコラリーの頭を撫でる。
 ムンタニ族の少女に妹の姿を重ねていたので、少し寂しそうだ。


「ぜんぶ神さま頼みにするなよ。お前ができることをお母さんに精一杯するんだ」

 バルトロメイは子ども相手だからといって、甘いことばかり言わない。
 そこがいかにも彼らしいとレネは思う。

「うん……わかった。アタシ頑張るから」

「そうだ、お前がしっかりしてお母さんを安心させてやれ」

 最初は犬猿の仲だと思っていたのにいつの間にか距離を詰めた二人は、ガッチリと握手した。

(よかった……)

 その光景にレネも思わず微笑む。


「俺たちは北へ向かう街道に出たいんですけどこのまま真っすぐでいいんですか?」

「ああ、この道を進めば街道の途中にあるトゥリまで繋っとるよ。歩いて丸一日くらいかね」

「トゥリ……ドゥハの次にある村か……」

 道の先に目を凝らすと、確かに北の谷へと下っている。
 思っていた通り、ここまでの道のりは全く無駄にはならなかった。

「じゃあさっそく、俺たちも行きます」

 まだ日暮れまで歩を進められそうなので、それぞれの方向へ別れることにした。
 一人女の子が混じっているだけで賑やかだったので、これから先また野郎三人の旅になると思うと、なんだか味気ない。


◆◆◆◆◆


「——でもさぁ、まさか猫神さまだとはなぁ……まいったぜ」

 娘を助けてくれたお礼にと貰ったりんごを齧りながら、ヴィートが笑っている。
 バルトロメイもまさかあそこに祀られているのが猫の神さまだとは思わなった。

(そりゃあレネを猫神さまと間違えるのも仕方ない……)


 あれから暫く歩いたところで日が暮れて、三人と一頭は、野営にちょうどいい場所を見つけて火を囲んでいた。
 霊廟で待っている時にたんまりと草を食んでいたロバは、白い腹を見せて、ロバらしからぬだらけた格好で眠っている。
 
 今夜はバルトロメイが食事当番で、レネが寝ずの番をする日だ。
 鍋に火をかけている間に、待ちきれずに貰った林檎を三人で齧っていた。


「お前ケンカ売ってんのか? あぁ?」

 飼い犬になめられてはいけないと思ったのか、レネが片眉を上げて凄んで見せる。

 レネは自分が猫と言われるのを嫌っていた。
 猫扱いされるのはリーパの中だけだと思っていたのに、外に出てまでも猫と言われることに苛立ちを覚えているのだろう。
 こういう所さえもバルトロメイには、ブンブンと尻尾を振って背中の毛を逆立てている猫のようにしか見えない。


「なんだよ、俺はなにも言ってねえからな。レネが勝手に怒ってるだけだろ?」
 
 ヴィートは怒りを焚きつけることしか言わない。
 こうして人をおちょくって遊ぶ悪いやつだ。

「猫だったからって笑ってるじゃねえか。……髪と目の色がたまたま猫に似てるだけだってのに……」

 レネのいう通り、灰色と黄緑色の目の色は人間には滅多にいないが、猫にはよく見かける組み合わせなのだ。

 しかし猫と呼ばれる原因がそれだけではないことを、本人は気付いていない。


「お供え物の魚を分けてもらって喜んでた奴が、なにを言ってる」

 あまりにも本人の自覚がないので、バルトロメイはヴィートの肩を持つ。

「みんな寄ってたかって……」

 まさかバルトロメイからも猫呼ばわりされるとは思わなかったのか、いじけた顔をして上目遣いでこちらを睨んでくる。

(ああ……クソ……)
 
 身体中撫でまわしたくなる衝動に駆られるが、バルトロメイはグッとそこを我慢する。


「それにしてもな……偶然にしてもあのタイミングで猫が出てくるなんてな……不思議なこともあるもんだ」

 バルトロメイは、レネを執拗に村へと誘う父親を引き離すために、でまかせで言った言葉が、実は真実を言い当てていたのではないかと思いはじめていた。

「あの神さま本物だぜ。五柱が直接結界張って守ってたもん。ゾタヴェニの光も見えただろ?」

 癒しの力を使えるようになり蝕も近付いてきたせいか、レネは徐々に不思議な力が芽生えてきているようだ。
 神との契約など関係なしに、ある日とつぜん空の上に攫って行かれやしないかと怖くなるほど神々しく見える時がある。

 血濡れの王冠とやらを壊して、蝕をやり過ごすことができれば普通のレネに戻ってくれるのだろうか?
 全てのしがらみから解放され、しっかりと地に足をつけてほしかった。


「あの光は癒しの神のものなのか?」

 ヴィートの言葉に、バルトロメイは思考の波から現実の世界へと戻ってくる。

「そう。やっぱり神さま同士だからか、こんな土着の神さまとも横のつながりがあるんだろうな」

 神さまなんて馴染みがないので想像もつかないが、同じ西国に所縁の有る神さま同士だから、ついでに墓を守っているのだと思う。

「でもさ、火・水・地・雷・癒に比べたら、猫だぜ? 猫ってなんの御利益があるんだ?」

 五柱と比べたらあまり人間界には影響力のなさそうな神さまだとバルトロメイは思う。

「さあ……ネズミを捕ってくれるとか?」

「ふっ……そんくらいだよな? 猫神さまだったらこんな苦労して、神との契約を阻止する必要なんかねえのにな」

 ヴィートの答えに思わず笑いながらも、バルトロメイもレナートの契約した神がコチカ様だったらよかったのにと思わずにはいられない。

「仕方ねえだろ……ほらちゃんと鍋みてろよ」

「おっとあぶねえ……もう大丈夫だな。とっとと食って、さっさと寝るか」

 レネから指摘され、水分が少なくなり焦げ付く寸前だった鍋をかき混ぜると、それぞれの椀へとスープを注ぐ。

 野宿なんてなにもすることがない。
 今夜はレネが寝ずの番なので、昨日徹夜したヴィートが寝たら、こっそりと抜け駆けしよう。

 バルトロメイはそんなことを企みながら、満腹になって熟睡するようヴィートの椀には多めに具沢山のスープを注いだ。

 

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