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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
3 急がば回れ
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「ほら……俺が言う通りにしとけばよかったんだよ」
「…………」
ヴィートの発した一言に、レネは唇を尖らせてそっぽを向く。
レネの希望通りに、三人はパラスから直接グリシーヌ領へ向かうことにしたのだが、公爵の城で門前払いを食らってしまった。
平民で、しかも異国人が突然訪ねて行っても、取り合ってもらえるはずがない。
「最後の手段は、船の荷物に紛れ込んで密航するしかないな」
「なんだよ、また樽の中に潜り込むのは勘弁してくれよ」
バルトロメイとヴィートは、きっとレネが囚われていた島に忍び込んだ時のことを言っているのだろう。
あそこはすぐに陸地が見えたが、『契約の島』は船で数日かかる距離にある。
その間、積荷に隠れて過ごすのは至難の業だ。
とぼとぼとグリシーヌの城から下町へと帰って来ると、三人は小さな公園のベンチに腰を落ち着けた。
「ルカはどうしてオレが行けばグリシーヌ公爵が力を貸してくれるって言ったんだろう……」
公爵に会うことができなかったので、まだその真意はわからないままだ。
レネが見た夢の中でも、グリシーヌ家はレナトスと深い関りがあったので、会って事情を話せたら何とかなりそうな気もする。
それにしてもアンドレイの母の実家が、レネとも縁のある家系だったとはなんという偶然だ……。
「そりゃ、レナトス陛下の時から親戚関係だったし、今も『契約の島』に船を出して物資を運んでいるからだろ」
ヴィートがこの件に関しては、一番情報を持っている。
レネたちと合流する前にルカとも打ち合わせをしてきているので、その辺は詳しい。
パラスでヴィートの言う通りにしていたら、無駄足を踏まずにことがすんなりと進んでいたかもしれない。
「とりあえず、どっかで腹ごしらえしながら作戦を練り直そう」
気を取り直すようにバルトロメイがベンチから立ち上がり、飲食店の建ち並ぶ通りへと歩き出す。
公爵を訪ねて行くことで頭がいっぱいで、もうお昼を過ぎていたことに全く気付いていなかった。
近くにあった店へ適当に入り、いまが旬だというムール貝と、レネのリクエストで鱈のフライを頼んだ。
「うわっ!?」
「なんだこれ……」
「これマジ三人前?」
大きな鍋いっぱいに入ったムール貝が、ドンッと机の上に無造作に置かれた。
三人ともその量に圧倒され言葉を失う。
「そうだよ。このくらいすぐになくなるって」
そう言い残すと料理を運んできた男はウインクして去っていく。
周りの席を見回すと、他の客たちも鍋いっぱいに盛られたムール貝を頼んでいた。
食べ終わった貝殻をトングの様に使い、身を挟んで食べるといいらしい。
見よう見まねでレネもやってみる。
「身は小ぶりだけど、やっぱ名物だけあってうまいな」
白ワインとムール貝の磯の香りが鼻を抜け、レネは思わず笑顔になる。
ずっと内陸で肉続きだったので、久しぶりの海の幸はテンションが上がる。
「ポリスタブでよく食ってたけど、やっぱ微妙に風味が違う」
ヴィートも自分の育った港街の味と比べている。
ムール貝はドロステアでもよく食べられるが、こんなに貝だけを一度にたくさん食べることはない。
それからは黙々と貝を食べるのに夢中になった。
静かになったせいか、隣の席の会話が聞こえてくる。
「昨夜、若奥様まであっちに行ったらしい」
「ファロでなにかあったのとか?」
レネはちょいちょいと、隣に座っていたバルトロメイの脇腹をつつき、対面に座るヴィートにもゼスチャーで、隣の会話に耳を向けろと伝える。
「お城の中では箝口令が敷かれているらしく、訊いても誰もだんまりだ」
「よっぽど込み入った事情があるっぽいな」
「まさか……公爵が……」
三人は黙々と貝を食べながらも、耳だけは隣の客たちの会話を拾っていた。
レネの好物の魚料理が来ても、会話を聞きだすことに集中していたので手つかずのままだ。
暫くして隣の客が出て行くのを確認し、三人は一斉に口を開く。
「ファロでなにかあったって言ってたな」
「公爵はこっちにいなかったのか……」
主たちは留守にしており使用人たちも箝口令が敷かれているなら、門前払いされるのも当然だ。
「公爵の具合が悪くてあっちから動けないとか……?」
秋になると社交界も終わり狩りのシーズンが始まるので、貴族たち王都の屋敷からそれぞれの領地へと戻っている時期だ。
この時期に公爵家の人間が領地に誰もいないとは異常だ。
アンドレイの祖父にあたる公爵は高齢のはずなので、なにかあったとしてもおかしくない。
「箝口令まで敷かれてるなら、これ以上ここにいても仕方ないだろう」
「まだ蝕まで二月近くある。一度ファロに様子を見に行った方がいいんじゃないか?」
二人の視線がレネに向かう。
「そうだな……グリシーヌ家になにかあったら船の運航にも影響するかもしれないし……ファロに行くか……」
(あ~あ……)
結局、レネは判断を間違ってしまったようだ。
すっかり冷めてしまった鱈のフライをフォークに刺して口に入れる。
使い古した油を使ってあるせいか、冷えたフライはあまり美味しくなかった。
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