菩提樹の猫

無一物

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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ

4 初見です

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◆◆◆◆◆


「レネ~~~~!!」

 向こうから走って来たかと思うと、その人物はレネの顔を見るなり脇目もふらず抱き付いた。

「突然訪ねて来てごめん……っと!」

 挨拶した途端、頬に熱烈にキスするものだからレネが対応に困っている。
 レネの周辺には、こんなにスキンシップが激しい人物はいない。

「…………」
 バルトロメイ無言でその様子を眺める。

 リンブルク伯爵家の嫡男を護るために、レネが二度死にかけたことは話に聞いていた。
 突然命の恩人が訪ねて来て気分が高揚するのもわからんではない。

 だが、ドロステアの中にも有力貴族のうちの一つであるリンブルク家の嫡男にしては、ちと落ち着きのない行動ではないだろうか。
 もう確か、成人しているはずだが……。

「おい、アンドレイっ! レネがさっそく困ってるじゃないか」

 アンドレイの熱烈な挨拶に目を奪われていたので気付かなかったが、後ろからもう一人男がやって来ていた。
 
(……誰だ?)

 短く刈り込まれたプラチナブロンドに褐色の肌、冬の晴れ空のような薄い水色の瞳。
 珍しい色彩に目を奪われる。
 それに、なかなかの美丈夫だ。

 腰に差した剣と物腰で、バルトロメイは男が騎士の訓練を受けた者だとすぐにわかった。
 
(子息の騎士か?)

 プラチナブロンドの男はアンドレイをレネから引き離すと、その手を取りガッチリと握手した。

「久しぶりだ。元気にしていたか?」

「ええ、お久しぶりです。デニスさんこそお元気でしたか?」

 笑顔で挨拶を交わす二人の姿を見て、アンドレイとは違う絆で結ばれていることにバルトロメイは気付く。

 レネがデニスと呼んだ男を見る目は、どこかバルナバーシュやゼラを見る目と同じ憧れのまなざしが入っている。
 自分の知らないレネの交友関係を見せつけられ、バルトロメイは平常でいられるわけがない。


「ああ。相変わらずこいつのお目付け役は大変だけどな。後ろの二人は?」

「俺は初めましてじゃないです。覚えてません?」

 ヴィートは自ら進み出ると自分の顔を指さして、デニスという男に笑いかける。

「……ああ!? あの時、応急処置をしてくれた」

 デニスは一瞬考えたが、すぐにヴィートのことを思い出したようだ。
 横で聞いていたアンドレイも、「あの時いた団員の人!?」と吃驚している様子だ。

「そうですそうです。牛が襲ってきた時の」

 初見のバルトロメイは、なんのことだかさっぱりわからない。

 ヴィートともそれぞれ挨拶した後、アンドレイとデニスの目がバルトロメイに向けられる。
 二対の眼が無言で「コイツは誰だ」と訴えている。

「初めまして、レネの騎士を務めるバルトロメイです」

「えっ!?」
「はっ!?」

「おいっ、……いや、こいつもリーパの同僚で……」

 平民が騎士と主従関係を結ぶなど普通はあり得ない。
 驚く二人に、いちいち事情を説明するのが面倒だと思ったのか、レネは曖昧に事実をぼかして伝える。
 レネの気持ちもわからんではなかったが、バルトロメイとしては面白くなかった。

「リンブルク伯爵家の御子息と、こちらは?」

 だいたい答えはわかっているが、バルトロメイは挑戦的にほんの少しだけ自分より低い位置にある水色の瞳を見つめた。

「アンドレイの騎士のデニスさん。オレの命の恩人だからな、失礼な態度をとるなよ」

 なにか不穏な空気を嗅ぎつけたレネが慌てて間に入ってデニスの紹介をすると、バルトロメイに釘を刺した。

(命の恩人……)

 この男が任務中にレネが死にかけていたのを救った人物だというのか?
 
 以前レネは護衛対象であるアンドレイの護るために死にかけたと聞いている。
 しかし元々はアンドレイの騎士であるデニスが何らかの事情で、アンドレイを守り切れなかったから、レネが代わりに護ったのだろう?
 レネの命の恩人といわれても、この男が主人を守っていれば、レネは危険な目に遭わなかったのではないか?

 詳しい状況までは知らないが、騎士が主を守り切れなくてどうするというのが正直な感想だ。
 レネはデニスを命の恩人というが、自分の主人を守り切れず、代わりに死にかけていたレネを助けただけではないか。

 バルトロメイは、自分がレネを守り切れず噴水公園で連れ去られてしまったことなどすっかり棚に上げて、心の中でデニスを糾弾していた。
 

「レネだって僕の命の恩人だからね。わざわざこんな所に訪ねてくるなんて、最初名前を聞いた時吃驚したよ。でもよっぽどの理由があるんでしょ? 中に入ってゆっくり話そう」

 グリシーヌ領の城では門前払いだったが、ファロの屋敷ではアンドレイに会うことで簡単に中へ入ることに成功した。
 

 アンドレイたちが暮らしているファロの屋敷は、グリシーヌ領の城まで大きくはなかったが、それでも数多く貴族の屋敷が建ち並ぶ一帯で、一番造りが大きく立派な屋敷であることは間違いない。
 
 屋敷はコの字型に建っており、正門から入るとまずここが王都のど真ん中だと忘れさせるほどの広い中庭が目に入って来る。
 一階の庭に面した部分は回廊になっていて、徒歩で訪れた客は庭を眺めながらエントランスまで進んで行くことになる。

 バルトロメイたちは、アンドレイが来るまで、正門のすぐ横にある待合所で待っていた。
 名の知れた貴族たちは馬車のまま正門に入り、エントランスに直接馬車を着けるのだが、一般市民は簡素な部屋で身分が証明できるまで待たされることになる。
 アンドレイがちょうど在宅で、レネの名前に反応して門まで迎えに来てくれたので、上手くことが進んだのだ。

(なんだあの男は……)

 アンドレイはいいにしても、バルトロメイはそのお付きの騎士の存在が気になって仕方なかった。
 



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