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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
17 夜になり
しおりを挟むその後もエミリエンヌの行動範囲を追って訊きこみを続けたが、これといった成果はなかった。
それもあってか、アンドレイは元々断るはずだった夜会の出席を決めた。
元々エミリエンヌも招待されて出席の予定だったので、情報収集のために違いない。
もちろんバルトロメイたちも護衛として会場までお供する。
秋は社交界のシーズンではないので、貴族たちはそれぞれの領地に帰っているが、王都の学校へ通う学生や領地のない貴族は、だいたい一年中ファロにいた。
特に貴族の子弟は地方の領地よりも煌びやかな王都での生活を好むものが多かった。
社交界シーズンに比べたら数はぐっと減るが、オフシーズンでも若者たちは暇を持て余している。
当日でも出席を決められるようなので、たぶん今回の夜会はそんな若者が主催した気楽なものだろう。
アンドレイの出席している夜会が終わるまで、護衛としてきたバルトロメイとヴィートは会場の外で待っていた。
「どこ国の貴族も一緒だな……」
バルトロメイはリーパにいた頃、夜会の警備をしていた時のことを思い出す。
社交界シーズンよりもオフシーズンのこうし夜会の方が、貴族が少ないせいもあってか、芸術家や知識人などを招いたサロン形式のものが多かった。
「同じ人間だからな」
こういった会場には必ず使用人専用の待合室があるのだが、そんなところに顔を出すのも面倒なので、少し離れた場所のベンチに座っている。
この一帯は夜会終わりの客を狙って、流しの馬車が道端に馬車を止めて待機しているので、夜に人が出歩いていても特別怪しまれたりはしない。
アンドレイにはデニスとレネが同行している。
以前レネが従者として護衛をした時の服をアンドレイは綺麗に保存して手元に置いていたので、レネはそれを着て付き人として会場に入って行った。
(……解せぬ……)
レネが護衛をしていたのはドロステアだ。
留学先のレロまで他人の服を持っていくのは異常じゃないだろうか。
従者の服はレネの身体にぴったりで、けしからんことに非常に似合っていた。
レネに護衛を依頼したリンブルク伯爵が準備したものらしいが、レネの良さを知るものにしかわからない拘りを感じた。
「——なあ、御者のおっちゃんとずっとしゃべってたんだけどさ、あのカフェ……どうも引っかかるんだよな……」
何気なくヴィートが口にした一言が、あのカフェで見た気になる出来事を思い出させた。
「なんだ?」
「そのおっちゃんがさ、御者の待機所で待ってる時に他の御者から聞いた話なんだけどさ。あそこのカフェに通っている奥様が、店に入る振りをして間男と会ってるみたいだけど、自分は知らんふりを通すしかないってボヤいてたんだってさ」
(もしかして……)
まさにバルトロメイが思い出していた出来事と重なる。
「おい、もしかしたらエミリエンヌお嬢様もそうかもしれない」
「どういうことだ?」
「途中で入ってきた若い女の客が店の中を素通りして、従業員しか行かないような扉を通っていたんだ」
だからバルトロメイは不思議に思い、店員へホール以外の場所に席があるのかと聞いたのだ。
「じゃあ、店の裏口から出て違う場所に行ってたっていうのか?…………でも確かに手としては使えるな」
行き先を全て把握している御者を騙し、お付きの者さえ懐柔してしまえば、あとは好きなようにできる。
「あそこは女性客が多かったし金さえ払えば融通をきかせてくれるのかもしれない」
広場の時計塔を見るともうすぐカフェの閉店時間だ。
幸運なことにこの場所から目と鼻の先ではないか。
「おい、まだ時間はあるからちょっとあの店員に話を訊きに行くぞ」
「どうせ暇だしな」
つまらなそうにしていたヴィートも、バルトロメイの話に飛びついてきた。
なにかあって連絡がつかないといけないので、待合室で休憩している御者だけには行き先を伝え、二人は足早に、カフェへと向かった。
「まだ中に人がいるな」
隣の区画にあるカフェの入口には閉店の看板が掛けられてはいるが、中はまだ明かりついる。
敷地内は塀で囲まれているが、店は閉まっているので警備もおらず、施錠してある門をよじ登り簡単に中に入れた。
季節がいい時期にはテラス席も設けられるのだろう、こうして見ると庭は意外と広い造りだ。
「従業員入口ってどこだ?」
「ふつうは裏手だろ」
「こっちか」
前庭を横切り、建物と塀の狭い隙間にある通路を見つけ、二人は躊躇することなく進んでいく。
途中で建物の壁に現れた扉を見て、バルトロメイは見覚えのある造りにピンときた。
「たぶんここが午前中来た時に客が出て行った扉だ」
取っ手に手をかけてみたが、すでに内側から鍵が掛けられているらしく開かない。
「閉まってるってことは、店員たちの出入り口じゃないんだな。やっぱり客がこっそり抜け出す用の扉か? ……でもさ、ここから出ても表しか行けなかったらすぐに御者に見つかるから、どっか先に抜け道があるはずだ。従業員の出入り口はこの奥にあるんだろ」
ヴィートもその扉の存在が気になるようだ。
突き当りには塀が見えている。
「なるほど、ここが抜け道になってるのか。エミリエンヌお嬢様もここを通っていたんだろうな」
正面から見ただけでは気付かなかったが突き当りの右に脇道があって、横の通りまで繋がっている。
表門は既に閉まっていたので、従業員たちは建物の裏の扉から出て、この脇道を通って敷地内へと出ているのだろう。
「あの店員を待つのはいいけど、ここにいるとただの泥棒と間違われるぞ。この脇道の先で待ってた方がよくないか?」
「そうだな」
こんなとこにいたら、間違いなく不審者だ。
二人は脇道を通って敷地の入口の外で店員が出てくるのを待った。
しばらくして、仕事を終えた店員たちが脇道を通ってそれぞれの家に帰っていく。
目当ての店員も、都合のいいことに一人で敷地の外に出てきた。
「ちょっとお兄さん、訊きたいことがあるんで付き合ってくれないか」
有無を言わせない勢いで、ヴィートが出てきた店員の男の腕を取り、目立たない街路樹の影まで引っ張って来る。
「えっ……ちょっ……あっ!? あなたたちは!」
「昼間訊きそびれたことがあるから、正直に答えてくれ」
「なんですか、いったい」
午前中に会った時も感じたが、店員はやましいところでもあるかのように、顔をこわばらせている。
「エミリエンヌお嬢様は、店に来た振りをして、この裏道を通ってどこか別の場所に通ってたんじゃないのか?」
「そっ……そんなこと知りません。明日も早いんで帰して下さい」
「他の客にもさせてるんだろ。どっかの奥様もここに来る振りをして不倫してるって御者が嘆いてたぜ? 正直に答えないと、この話を他所でも広めるぞ」
さすが元チンピラ、人の弱みにつけ込み脅すのが板についている。
バルトロメイはヴィートの一連の手管を、顎に手をやりながら眺めていた。
「はっ……それは困りますっ!」
見るからに荒事に慣れていない店員は、ヴィートの強引な手法に飲まれてしまった。
そこで否定せずに『困ります』なんて言ったら犯行を認めたようなものなのに、動揺して気付いていないのだろう。
「じゃあエミリエンヌお嬢様が別の場所に抜け出していたか答えろ」
「お、お嬢様は……毎回店を抜け出して、どこかにお出かけでした」
「行き先は?」
「し、知りません。しかしお店でゆっくりお茶を飲むくらいの時間の範囲でいつも戻っておいででした。もういいでしょう。店の評判に響くと困るんで、このことは絶対言いふらさないで下さい」
店ではなかなかいい男に見えたはずだが、ヴィートの脅しに怯えきった男は、すっかり別人のように情けなく見えた。
これ以上時間をかけると他の通行人から目撃され怪しまれるかもしれないので、必要なことだけ訊き終わり店員を解放すると、二人は夜会の会場へと戻った。
「やっぱりクロだったな」
獲物をしとめた獣のようにヴィートが満足げに笑う。
「でもお茶飲むくらいの短い時間だったら、男と逢引してる可能性は低いな」
「まあ確かに。既婚者同士の不倫だったらあり得るけどな」
肉欲だけの関係だったらそれだけの時間があれば十分だろうと、擦れたことを考えていた自分に、バルトロメイは苦笑いする。
会場近くの駐車場にあったはずの公爵家の馬車が消えているので、御者たちの待合室に行くと御者の姿もなく、他の御者が伝言を受けていた。
「へっ……? どうしても急いで帰らなけらば行けなかったから先に帰った?」
閉店し店員が出てくるまで外で待っている間にずいぶん時間が過ぎていた。
早い客はぼちぼち夜会から帰り始める時間かもしれない。
「なにがあったんだ?」
アンドレイというよりも、一人会場に置いてきたレネの方が心配だ。
言いたくはないが、アンドレイが絡む時は、いつもレネが死にかけているという過去があるからなおさらだ。
「もしかしたら事件に進展があったのかもしれない。俺たちも早く帰ろうぜ」
(なんだ……この胸騒ぎは……)
この後、バルトロメイの予感は見事に的中する。
屋敷に戻り、自分たちの割り当てられた屋根裏部屋に帰ってもレネの姿はどこにもなかった。
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