菩提樹の猫

無一物

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15章 業深き運命の輪は回る

6 ヒプノシス

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「そんなに怖いか? まだ何もしていないのに」

 レーリオが着ているシャツのボタンを一つずつゆっくりと外していくだけで、レネは捨てられた子犬のようにブルブルと震えた。
 心は負けてたまるかと抗っているのだが、身体があの島での記憶を忘れられずに目の前の男に支配されている。

 
「レナート陛下だとこんな風に触れることも叶わない……」
 
 レーリオはシャツの襟もとをくつろげ胸を露出させると、まるで女の乳房でも揉むように両手をゆっくりと動かす。

「ぅッ……」
 
 バクバクと音を立てている心臓までをも圧迫されるようで、レネは息苦しさに顔を横に背けて喘ぐ。
 
「滑らかなのにこんなに張りがある。骨っぽい男とも……ふくよかな女とも違う。生意気な性格も含めて……お前は極上品だ……。お前が『契約者』なんかじゃなかったなら、あの島に閉じ込めてずっと可愛がってやれたのにな……」

 先ほどはぶっ壊すなどとほざいておきながら、言ってることが矛盾している。
 この男はいった自分をどうしたいのだろうか……レネは必死に考えることで、心が全て恐怖に染まってしまわぬよう抵抗した。

 
「ずっと考えていた。どうしたらお前をもっと絶望させうることができるのか……」

 のしかかってくるレーリオの後ろには、天井からぶら下がるベッドメリーが回っている。
 少しでも恐怖から目を反らそうと、レネの視線は無意識のうちにそのベッドメリーの動きを追っていた。

(……なんだろう……あの模様……)

 見ていると不思議な感覚に陥ってくる。


「あの時は、お前が仲間だと信じ込んでいたフィリプから恥ずかしい姿を見られた時が一番堪えてたよな」

 レーリオはレネが思い出したくもないことを口にすると、ズボンのウエストのボタンを外し下着ごと膝下まで下ろしてしまう。

「……やっ……やめろっ……」

 外気にさらされた無防備な下半身を身をよじって男の視線から隠そうとするが、手足を拘束されていては無駄な抵抗だ。
 レネは恐怖のあまりパニックを起こし、息が上手くできない。

「……はっ…はっ…っッッ」

 呼吸がみるみるうちに浅くなる。
 レーリオはそんなレネの苦しむ姿さえも笑いながら見ていた。
 
 
「——レネ殿、落ち着いて……あなたはちゃんと呼吸ができる」

 すっかり存在を忘れていた男がレネに語り掛けてくる。
 すると不思議なことに急に息が楽になった。


「ほら、大丈夫です。楽になったでしょう。——レーリオ殿、もう完全にかかりました」

 何がどうなったのか知らないが、一瞬で呼吸困難が治った。
 
(本当だ……)

 何度かこの症状を経験したことがあるが、いつも落ち着くまで暫く時間を要する。
 こんなに短時間で症状が治まったのは初めてかもしれない。

 
「レネ、いいか。今からお前が一番この姿を見られたくない相手が入って来る」

(なに……?)

 レーリオが一度立ち上がってと部屋の扉を開けると、そこに立っていたのは……敵の巣窟にいるはずのない男だった。

「……バートっ!?」

 まっすぐレネを見つめ、無言のままこちらに近付いてくる。

(嘘だ……)


「へぇ、バートか……」

 二人の様子を見ていたレーリオが独り言のように小声でつぶやいた。


 バルトロメイたちにはレーリオに捕まって島で何をされていたか、全く話していない。
 だがこの姿を見られたら一目瞭然だ。

「見るなっ、見るんじゃないッ!」

 レネの悲痛な叫びもバルトロメイには全く届かない。
 まるでレネの声が聴こえていないかのようだ。
 服を剥かれ、むき出しになった全身を、舐めるように走るバルトロメイの視線が痛い。

「さあ、見学者も増えたことだし、一気に楽しくなってきたな。ズボンが邪魔でよく見えないから、一度足の拘束を外そうか。——レネ、下半身の力を抜け」

 レーリオがレネに命令するが、そんなことを聞くわけがないだろう。
 ましてやバルトロメイが目の前で見ているというのに。
 
(でもこれはチャンスだ)
 
 足だけでも自由になれば、バルトロメイも一緒の今、逃げ出すチャンスだ。

 鉄の足輪が完全に取り去られると、レネは立ち上がろうと足に力を入れるが、びくりとも足が動かない。

「なっ……!?」

 レネが動転している間にも、レーリオはズボンと下着を足から抜き去り、仰向きのまま左右それぞれの手首と足首をまとめて縛り上げた。
 膝を曲げて足を大きく広げた状態で、身体が固定されることになる。

 
「レネ、もういいぞ。これでお前の恥ずかしい所が全部丸見えだ」

 レーリオが口にした途端、あれだけ動かなかった手足に感覚が戻ってくる。
 しかし、既に拘束されているので、どれだけ暴れてももう身体は自由にならない。
 食い込む縄がレネの肌を傷つけていく。
 
 こんな屈辱的な格好をさせられているというのに、バルトロメイはその様子をじっとながめているだけで、止める気配すらない。

「……バート……どうして……」

 レネが共同風呂に他の男と一緒に入るのも嫌がっていたのに、どうしてバルトロメイは今の状況を静観することができるのだろうか?
 信じられない面持ちで、レネはバルトロメイの方を見る。

(おかしいっ……)

 
「こいつはお前の騎士なんだろう? これからたくさんお前の恥ずかしいところを見せて、はしたない主を持ったもんだと、絶望させてやればいい。お前は後ろの穴をいじられただけで女みたいにアンアン喘ぐような淫乱だもんな」

「だっ……誰がそんなことっ……違うっ……」

 バルトロメイには決して知られたくないことをいわれ、レネは必至で否定する。
 絶望で目の前が真っ暗になりそうだ。

 何よりショックなのは、バルトロメイはレネがこんな目に遭わされているというのに、全く何もしようとしないところだ。

 狼の瞳は、冷たくレネを見下ろす。
 レネの心は恐慌状態に陥った。
 
 今すぐここから逃げ出したいと思っているのに、目の前の我が騎士に「助けて……」という言葉を言い出せない。


「レネ、騎士は剣を捧げた主を守ることを最優先にするのが当たり前だ。しかし主を助けに来たバルトロメイへ、お前は自分ではなくエミリエンヌを助けるように命令した。主を見捨てて逃げるなど、騎士にとっては最悪の事態だ。そんな命令を下したお前に、バルトロメイは愛想をつかしたんだとよ」

「……うそ…だ……」

 レネは否定するも、バルトロメイはじっとレネを見下ろしたまま何も答えない。
 それは、無言の肯定のようにも感じられる。

「せっかくだからもっと失望させてやればいい。なあバルトロメイ、これから俺がこいつの本当の姿を見せてやる」

 獲物を狙う蛇のような目でレネを睨むと、レーリオは無防備に開かれた太ももの内側をゆっくりを撫でた。

 レネは、これから訪れる恐怖の時間に戦慄しながらも、バルトロメイの前でこれ以上見苦しい姿は見せられないと、目を瞑り唇を噛みしめた。




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