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15章 業深き運命の輪は回る
17 準備
しおりを挟む『絶対無事にメストへお前を連れて帰る』
ゼラの放った言葉でレネは忘れていたことを思い出した。
レネはレナートの部屋で、凍えた身体を温めるためにお湯へ浸かりながら、頭の中を整理する。
メストに帰るためには、レネは自分の身の潔白を示さないといけない。
そのために行うことは『復活の灯火』を壊滅させ聖杯を持ち帰ることだ。
島に向かうのは、レナトスの言っていた血濡れの王冠を捨てるためもあったが、もとはといえば、島へ持ち込み儀式に使用する聖杯を奪い返すためであった。
間違いなくこの船の中に聖杯はある。
あとはカムチヴォスを殺せば、レネの容疑の晴れる条件が揃う。
(いや……)
例え『復活の灯火』を壊滅したとしても、誰がそれを証明してくれる?
物証が必要だ。
レネはいい考えがないか、疲弊しきった頭で必死に考えた。
(……そうだ……)
メストにいるだろう人物が、唯一それを証明できる。
もしかしたらもう海に棄てられているかもしれない。
レネは急いで風呂から上がると再び甲板の外へと走って戻った。
◆◆◆◆◆
朝になり、ゼラは船長室で朝食を摂りながら今後の打ち合わせをするために、レネを呼んだ。
ゼラは熱いお湯に浸かったらすっかり元気を取り戻したが、レネは一晩経っても疲労の色が消えないままだ。
海に落ちて身体も冷えていたので、体力も落ちているだろう。
それにこの船の上で、あまりにもたくさんのことがありすぎた。
消化するには少し時間が必要だ。
「お疲れのようですが、今日中には島の近くまで着きます。朝食を交えながら今後の打ち合わせをしておこうと思いまして」
部屋の主であるアユタヤが話を切り出す。
本当は初日に行うはずだった打ち合わせも、レナートの体調不良で流れていた。
あの日ここへ呼ばれていた人間はほぼ死んでしまった。
当初とは状況も変わってきたので、レネともちゃんと話し合っておかなければならなかった。
「全く状況がわかってないので助かります。でもオレ……朝飯はいいかも……」
レネはいつもきついことがあると食欲がなくなってしまう。
そんなこともあると思って、ゼラは朝早く起きてあるものを準備していた。
「そんなことを言っていたら体力が持ちませんよ。これは船長命令です、食事は全て平らげてください」
ゼラの計画を事前に知っているアユタヤが、船長の権限を使ってレネに命令する。
テーブルの上に置いてあるベルを鳴らすと、隣室に控えていた給仕係がワゴンを押して食事を運んできた。
「……えッ……」
レネは突然の船長命令に戸惑いながらゼラに助けを求める視線を送る。
しかしゼラはあえて知らんふりを決め込む。
給仕係がクローシュを被せた皿をレネの前に置きその銀色の蓋を外すと、スッと通ってはいるが主張しすぎない鼻をクンクンと動かす。
黄緑色の目がクルリと光り、好物を目の前にした猫の顔になる。
ゼラはその時、勝利を確信した。
「——これは……」
レネは尋ねながらも既にスプーンを手に取り、食べる気満々だ。
「バカリャウの粥ですか。しかし朝食で粥とは珍しいですね。ボークラードではよく食べるのですか?」
同じく興味津々といった様子でアユタヤが出てきた料理を観察している。
南国人は朝から温かいものを食べる習慣がない。
温暖な国は、夜に暖炉を使わない。
西国で温かい朝食を摂る習慣があるのは、暖炉の残り火を利用して調理するからだ。
まあドロステアでも朝から粥を食べる習慣はなく、焼いたパンとベーコン、そして熱いお茶を飲むくらいだ。
だがゼラは身体が冷えているだろうレネに、温まる食べ物を食べさせたかった。
「……バカリャウ?」
聞きなれない言葉に、レネが首を傾げる。
「干し鱈だ」
北の海でとれる鱈は西国でよく食されており、塩漬けにして干したバカリャウはポーストでも保存食として流通している。
船乗りたちにとっては馴染みのある食材だ。
「だからいい匂いがするのかっ! いただきますっ」
納得したようにレネは頷くと、先ほど食欲がないとごねていたのが嘘のように、スプーンで山盛りに掬った粥を頬張る。
「あつっ……でもうまっ!」
猫舌のくせに急いで食べようとするから、口に入れた途端顔を顰めて熱さに苦しんでいる。
学習能力のない猫はいつもこれを繰り返している。
ゼラもこの光景を過去に何度見たかわからない。
鼻で笑いゼラも料理を口に運んだ。
トマトの酸味とニンニクの香りが鱈の淡白な味を補い食欲をそそる。
米もスープを吸っていい具合に仕上がっている。
「これ、めっちゃうまい。身体もぽかぽかしてきたし」
このリゾットには身体が温まるようにトマトと一緒にパプリカも入れてある。
「本当においしゅうございます。まさかゾラン様の手料理を食べられるとは思いませんでした」
「えっ!? ゼラが作ってくれてたの!」
レネの顔が、まるで春でも訪れたような明るい喜びの色を纏う。
ゼラはそんな表情を見るだけで、失っていた人としての喜びが蘇ってくるようだ。
「お前がまだぬくぬくと寝てた時に、俺は厨房で仕込みをしてた」
だがゼラはいつも素っ気ない顔をして、なんてことないようにやり過ごす。
この距離感が、自分とレネの絶妙な関係を保つ秘訣だ。
レネに近いもっと内側の部分には、他の人物たちがいる。
皆で上手くやっていくには、棲み分けが大事なのだ。
レネの側に自分だけしかいない時だけ、こうしてゼラは手を差し伸べる。
「ゼラ……ありがとう。あんたがいなかったら、オレは間違いなく死んでた」
「だろうな。でもこれからが本番だ。もしお前に何かあったら、俺は団長に顔向けできない」
ゼラが団を離れる時、バルナバーシュには何も事情を話していない。
それなのにそれ以上訊くことなく、バルナバーシュはゼラの長期休暇の申し出を許可してくれた。
傍から見たら、ゼラは『復活の灯火』に加担している敵だ。
バルナバーシュを裏切らないためにも、レネを無事に彼の元に連れて帰らなければならない。
「うん、わかってる。たぶんバルトロメイたちも別の船に乗って島にやって来るはずだから、どうにかして合流したい」
「お前はどうして島に行くんだ? 神との契約を阻止するだけだったら、あとは蝕が終わるまで、あの島に近づかない方がいいだろう」
レネが島に行かなければ、神との契約は結ばれることがない。
「レナトスが、遺跡の中にある血濡れの王冠を壊してくれって言ってたから」
契約を阻止したとしても神器がある限り、また誰かが神との契約を結ぶ可能性がないとは言えない。
レナトスが死に、神が去った後も、レネが生まれ、同じ過ちが繰り返されようとしているのだ。ここは確実に可能性を潰しておきたいのだろう。
再びレナトスと魂を共にするものがこの世に生まれてきたのは、レナトスがやり残したことを遂行するためなのかもしれない。
しかし今レネが島に向かうにはタイミングがよくない。
「……蝕が終わった後でいいだろ」
「もう邪魔者はいないし、まだ蝕まで時間があるからその前にさっさと王冠を破棄する。ここまで来たら今行くしかないだろ。また引き返せというのか?」
確かに、蝕までまだひと月近く時間がある。
今回はゼラが船を出しているが、こんな辺鄙な島へ行く機会など中々ない。
「……それに、オレも自分が生まれた島をこの目で見てみたい」
(そうか……生まれ故郷だった……)
すっかり失念していたが、あの島でレネは生まれたのだった。
レネの両親はもういない。
自分の生まれ故郷を訪ねてみたくなる気持ちはわからんでもない。
バルトロメイとヴィートもなんとしても島に行くはずだ。
フェリペだった頃の夢を見始めるようになって、ゼラは二人の正体に気付いた。
レナトスの生まれ変わりと、三騎士の生まれ変わり。
何も知らずにリーパで働いていた頃と、記憶が戻った今では全く自覚が違う。
この四人が、生まれ変わって一つの傭兵団で働いているなど……そんな偶然があるだろうか?
レナトスの時に終わらせることのできなかったことを、今度こそ|四『・』|人『・』揃って完結させろと言われているような気がした。
「——わかった。バルトロメイとヴィートも島へ向かているのなら、合流するべきだろう。アユタヤ、島への上陸計画をもう一度教えてくれ」
ここまで来たら、行くしかない。
過去を終わらせて、自分たちの新たな未来を切り開くために。
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