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番外編 ホルニークとの打ち上げで
1 打ち上げ
しおりを挟む全5話 レネたちがメストへ帰還し、叙任式の前のお話です
<地図>
<登場人物紹介>
《リーパ》
【レネ】……リーパ護衛団の次期団長
【バルトロメイ】……レネの騎士
【ヴィート】……出戻り団員
【ゼラ】……料理上手な南国人
【ボリス】……レネの義兄、癒し手
【カレル】……赤毛の槍使い
【ロランド】……優男の仮面を被ったドS
【ヤン】……元ホルニークの熊男
【ベドジフ】……モテない弓使い
《ホルニーク》
【フォンス】……ホルニーク傭兵団の若き団長
【ヨー】……フォンスの右腕
【ゾルターン】……ホルニーク最強の男
打ち上げでの席順
バート | |○
ヴィート| |○
ゼラ |テ|○
カレル |||○
ロランド|ブ|ゾル
レネ |ル|フォンス
ボリス | |ヨー
ベドジフ| |○
ヤン | |○
○ | |○
テーブルを挟んでリーパとホルニークの団員が座ってます
〇はホルニークの団員です
◆◆◆◆◆
ここはフォンスたちホルニーク傭兵団がよく利用するレカの居酒屋。
「さあさあ、ここはリーパの団長さんの驕りだからな、みんなでじゃんじゃん飲もうぜ! あんたたちも遠慮すんなよ」
フォンスはリーパ護衛団の執務室を訪ねた時に、バルナバーシュから帰りにみんなで飲み食いするようにと金を預かってきていた。いくら大人数とはいえ、一晩で使うには幾らか多い金額だった。
しかし違う用途で使うのも違う気がしたので、景気よくここで使った方がいいだろう。
なんせ今回の仕事は、リーパの団員たちも一緒だ。
「出先でこうして堂々と飲めるなんて、俺たち滅多にねえよな」
リーパの槍使いが羨ましそうに口を尖らす。確か名前はカレルだったか……。
両団の間でもう何度も合同鍛練を続けているので、フォンスはここに居る団員たちの名前はだいたい分かる。
「そっか、あんたたちはずっと護衛してなきゃいけないもんな……」
フォンスの右腕のヨーが、気の毒そうにカレルを見る。
ホルニークの団員たちは大きな仕事が終わると、こうして帰り道の居酒屋で打ち上げ代わりの飲み会を開くことも珍しくない。
しかしリーパは、護衛団ということもあり、メストの行き帰りも護衛対象の護衛を続けながらということが多い。
旅先で仕事が終わることは珍しいので、よその町でゆっくり飲む機会がないのだろう。
「だったらせっかくの機会だから楽しもうぜ!」
頼んでいたビール樽が、総勢二十人の男たちが集まる大きなテーブルの上に置かれた。
それぞれのジョッキに注ぎ分けて、皆に酒がいきわたったようだ。
フォンスは向かいの席に座るレネにも、乾杯だけは付き合えとジョッキを持たせる。
普段二人で食事に行った時にはビールは嫌いだと言って飲まないが、今日はちゃんと皆に付き合うようだ。
「今日は、リーパの協力もあって無事にイノシシの群れを退治できた。滅多にない機会だからみんなで楽しく飲もうぜ! じゃあ、かんぱ~い!」
「「「かんぱーーーい!!!」」」
レカ近隣の村で害獣駆除の依頼があった。
この一帯を治める領主は、ホルニークのお得意さんで、何か困ったことがあるとすぐに声がかかる。
依頼の内容は、イノシシの大群が植えつけを終えたばかりのジャガイモ畑を荒らしたので駆除してくれというものだった。
今までにない数なので、二十人くらい人手が必要だと言われたが、違う依頼で団員たちが出払っているので、人手が足りない。
そこでフォンスは、リーパ護衛団に協力を要請した。
去年の夏から半年間、リーパ護衛団は主要な団員たちの不在で人員不足に陥っていた。
その間、ホルニーク傭兵団がその助っ人に入っていたこともあり、リーパの団長は喜んで協力してくれた。
害獣駆除なのでどんな団員でもよかったのだが、助っ人に来たのは精鋭ばかりだった。
半年間リーパから離れていた、レネ、バルトロメイ、ゼラ。
留守の間、団長の補佐役をこなしていたカレルにロランド。
獣退治には欠かせないヤンとベドジフ。
そして癒し手のボリスと今回初めて顔を合わせる出戻りのヴィートの総勢九名だ。
全員を普通に護衛として雇えば、今回の獣退治の料金よりも高くつくだろう。
しかしバルナバーシュは、他のホルニークのメンバーと同じ日給でいいと言うではないか。それも九人ではなく七人分。
なんでも勝手に団を抜け出したレネとバルトロメイは、穴を空けた期間分だけただ働きさせている最中なのだそうだ。
『うちも困ってる時に助けてもらったからな、あいつらは好きなだけ使ってくれ』
そこまで言われると、フォンスも気兼ねなくレネたちの力を借りることができる。
助っ人たちの力を借り、無事にイノシシの大群を退治することができた。
すぐに今晩の宿となるレカの町へと移動して、総勢二十名による盛大な飲み会を開始した。
◆◆◆◆◆
「なあ……前に見た時よりも、あの猫ってやつ凄いことになってねえ?」
乾杯が終わると、牛のようにのっそりとした男がヤンに小声で尋ねてくる。
真ん中の席に座るレネたちから聞こえないように喋るのはどこか後ろめたいニュアンスを含んでいるからだろう。
「凄いって?」
「あれじゃね、あっち行ってる間に垢ぬけたってことじゃね」
ヤンの隣に座っていたベドジフが、リーパの他の団員たちも感じていたレネの変化を口にする。
「一皮剥けたってやつか」
「ふつうは荒波に揉まれたら男らしくなるはずなんだけどな、あいつの場合は……」
「ますます美人になったよな」
ヤンは素直に思ったままを口に出す。
リーパの団員だけの時は、レネの容姿について話すことなど決してしないが、今回はホルニークの団員たちもいるので、少しは流されてもいいだろう。
長い旅から帰って来て、天真爛漫だった青年が、少し憂いを帯びた表情を浮かべるようになった。
下を向いたまま気怠げに蕾を開く八重咲きのバラのようだ。
男をバラに例える時点で既におかしいのだが、そんな奴が雄くさい傭兵団の中にいると余計に目立つ。
今までは自分たちに混じってバカ騒ぎしてきたが、もうそれも卒業する時が来たのかもしれない。
——とうとうレネは自分が猫であることに気付いた。
ヤンはいつかそんな日が来るのではないかと恐れていたが、ついに来てしまった。
もう暫くしたら、レネは王宮で行われる叙任式に出席し、王に直接剣を捧げる。
平民の自分たちはその姿を見届けることもできない。
今まであんなにバカ騒ぎしていたやんちゃな猫が、自分たちの手の届かない所へ行ってしまう……。
考えるだけでも寂しさに、目許が潤む。
最初っから判っていたことだが、やっぱりレネは違うのだ。
「おい……お前、なんで泣いてるんだよ……」
ベドジフが心配そうに顔を覗き込んでくる。
他の団員だったら男が泣くなと馬鹿にされるだろうが冴えない男同士、通じるところのあるベドジフは、こうしてヤンのことを心から心配してくれる。
「いや……、レネがみんなとこうして外に出るのも最後なのかなと思ったら……寂しくてな……」
「おい、馬鹿なこと言うなよ……あいつは騎士になったからって、態度を変えるような奴じゃないだろ」
自分よりも二倍ほど身体の大きな男の肩を抱き、ベドジフがヤンの言葉を否定する。
「ああ。あいつはそんな奴じゃない。今まで通りに接してくるだろう。でもな……あいつは未来の団長だ。俺たちが態度を改めないと、代替わりしたときに、また勘違いする団員たちが出て来る」
「そりゃあそうした方がいいかもしれないが、急に態度を変えたら、レネが傷付く。すぐには団長も引退しないだろうから、周りがレネに敬意を払えるように少しずつ変えていこうぜ」
「まずは猫呼びをやめることからだな」
「そうだな」
自分たちが猫と呼び続けたら、新人たちも陰でレネのことを猫と呼び出すだろう。
この悪習は、最初に始めた自分たちから絶っていかなければならない。
「ほらっ、もうこれ以上泣くな。これ飲んで、ぱあっと楽しもうぜ」
ベドジフが、ヤンの空になったジョッキへ新たにビールを注ぎ差し出した。
ヤンは、沈んだ空気を払拭するように、一気にビールを飲みほした。
◆◆◆◆◆
「こうやって食べると獣臭さも消えて美味いぞ」
仕留めたイノシシを一匹だけ譲り受け、この店で丸焼きにしてもらっていた。
焼き上がるとドンっとテーブルの中央にこんがり焼けたイノシシがやってくる。
寡黙な男が肉を切り分け手持ちのスパイスをかけると、綺麗に盛り付けた皿をヴィートに差し出した。
「ありがと」
素直に礼を言って皿を受けとると、隣に座っていたカレルが怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
「おい……ちょっと待て、お前たちいつの間にそんなに仲良くなったのよ? 俺にはくれないの?」
群青色の瞳が無表情にカレルを見下ろすと、空の皿を差しだす。
「お前は自分でやれ」と言うことだろう。
ヴィートは料理から離れたとこにいたのでゼラが取り分けてくれたが、目の前に座っているカレルが自分でやるのは当然だろう。
ヴィートが濃墨に弟子入りする前までは、隣に座るゼラのことを毛嫌いしていた。
それなのに、こうして世話を焼かれている姿を見てカレルが奇妙に思ったのも無理はない。
ゼラはその間に、淡々と一番端の席に座るバルトロメイにも、同じようにイノシシを皿に取り分けていた。
二人の間に座っていたヴィートが、ゼラからその皿を受け取り、今度はバルトロメイへと渡した。
「ほい」
「すまん」
その様子を見ていたカレルの眉間の皺が、よりいっそう深くなる。
「おい、お前……バートともいがみ合ってた仲だったろ……?」
まあ、言いたいことは分かる。
あの頃は、レネを自分よりも強い男たちに取られないか必死で、特にこの二人にキャンキャン吠えていた。
今思い出すだけでも恥ずかしい。
「……出先で、色々あったんだよ」
ゼラとバルトロメイの男振りに、自分と言う人間のちっぽけさを思い知った。
傷はまだ全て治りきってはいないが、素直になることで、痛みを和らげることができた。
「そういや……ずっと訊こうと思ってたんだけどさ、フィリプが裏切り者だったんだって?」
暫くの間忘れていた憎い名を聞いて、ヴィートは拳を握りしめた。
「聞きたくもねえ名前を出すんじゃねえ……」
レネをずたずたに傷つけた男をヴィートは今でも許していない。
生き返らせて、もう一度殺してやりたいくらいだ。
隣の端の席に座ってたバルトロメイは、近くにあった椅子代わりの丸太へ蹴りを入れている。
「なにがあったんだよ」
只事とは思えない二人の反応に、ますますカレルは興味をひかれたようだ。
フィリプという名が聞こえたのか、少し離れた席にいたレネが、不安そうな顔をしてこちらを振り返る。
カレルに悪気がないのはわかるが、レネの前でその名を出してはいけない。
「——カレル、好奇心は身を亡ぼすぞ」
普段は無表情を貫いている男が嗤った。
底冷えのするような笑顔に、周囲の空気が凍り付く。
その声は低く、ヴィートの知っているゼラとは別人のようだった。
カレルは知らないだろうが、ゼラは元王子で目線一つで数多くの人間を動かす。
一人の男を黙らせるくらい容易いことだろう。
「……お…おう……」
すっかり気圧されたカレルは、生返事をして固まった。
身分のことは抜きにしても、ゼラは強い。
そんな態度を一切表に出さず、周囲に好き放題させている。
ヴィートも今まで気にせず生意気な態度をとってきた。
しかし弱肉強食のこの世界では、ゼラがカレルやヴィートよりも圧倒的に立場が上だ。
そんなゼラが、自分の立場を最大限に利用して守っていたのがレネだ。
ヴィートやバルトロメイも助けられていた。
ゾランとしてあの島に滞在していたゼラは、フィリプとレーリオがレネになにをしたのか、その目で見ているはずだ。
ヴィートたちよりも多くのことを知っているこの男は、決してそれを外に漏らしたりしないだろう。
何の見返りも求めない無償の愛といっていい。
レネに下心を抱くヴィートやバルトロメイとは違う。
そんなゼラとレネの関係にヴィートは嫉妬を覚えた。
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