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しおりを挟む僕の平日の勤務時間は三時間、午後十時までである。通販主体の世になってきたとはいえ店舗型ネットスーパーの需要は高くないのか、仕事はそこまで忙しくない。
……通常は。
「はぁ~~、づがれだぁ~~~~」
誰もいないロッカールームで、僕は大きく伸びをした。べき、ばき、と体のあらゆる骨が鳴る。今日は本当に忙しかった。
なんでも、自社製品がテレビで取り上げられたらしい。その予告は先週ショウジさんの方からあったのだが、ここまで反響があるなんて。テレビの影響力を甘く見ていた。しばらくこの激務が続くと思うと憂鬱すぎる。明日も学校なのに。
「今晩は自炊はやめて、総菜を買って帰ろう」と自分を甘やかす計画を立てつつエプロンとキャップを外していると、入り口の扉が開く音がした。緩慢な動作で入室してきたのは、同時期に入社したバイト仲間の五六さんだった。
「あっ、おつかれさまです」
僕の方から声をかけるも、フノボリさんは会釈と言えなくもない程度に頭を下げ、ふいっとそっぽを向く。いつものことだけど、感じ悪い……。
フノボリさんのことも、ショウジさんとは別の方向で苦手だ。同じ陰キャ仲間とシンパシーを感じていたのは最初だけで、接する内に彼は僕と違う思考の持ち主だと気づいたのだ。名づけるなら、彼は『自主選択型ぼっち』。自分の世界に没入していて、他人と関わろうという気持ちが一ミリたりともなさそう。
そんな風に考えてしまう一番の要因は、フノボリさんの見た目にある。彼は仕事中以外でも黒いマスクを外さないし、いつもサイケデリックな柄物のシャツを身に着けている。深い紫色の髪は顎下までの長さのボブで、下側は刈り上げているのが以前ちらっと見えた。スーパーより、古着屋の方が似合いそう。
総評して、フノボリさんのことはこれまた勝手に美大生だと思っている。美大生なんて、それこそテレビやネットで見た情報しか知らないけれど。
フノボリさんが仕事着のカッターシャツから柄シャツに着替える。その瞬間、ふわっと甘い香りが辺りに漂った。香水と言うほどきつくはなく、だけど人工的な甘さ。柔軟剤とかだろうか。
「……大丈夫、すか」
僕がぼぉっと香りの分析をしていると、そんな控えめな声が聞こえた。ロッカールームには二人しかいないため、発言主は自ずと絞られる。
「えっ、あっ、大丈夫です! お先に失礼します!」
「あなたから香ったいい匂いの正体を探っていました」とはもちろん言えず、僕は早口で誤魔化して、勢いそのままにロッカールームを出た。
ふう。危ない、危ない。バイト仲間に変態疑惑を持たれるところだった。……手遅れじゃないよね? 大丈夫だよね?
一抹の不安を引きずったまま通路を進み、途中でちらりとロッカールームの方を振り返る。
「初めて話しかけられたな……」
だからと言って、フノボリさんを苦手に思う気持ちが払拭されるわけではないのだけれど。たったあれだけの言葉にちょっぴり浮かれている自分がいて、苦笑いをこぼした。
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