それは夢のような

荷稲 まこと

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ショウジさん

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◇◇◇

 土日のバイトは、昼から六時間働くようにしている。八時間働いてもいいのだけど、親から「勉強の方を疎かにするんじゃないよ」と釘を刺されてしまったのだ。ありがたいことだと素直に受け取り、早くから出て夜も早く帰れるようにシフト希望を出している。
 シフト希望と言えば、そろそろ試験期間に突入する。早めに社員さんに伝えなきゃいけなければとスケジュール帳を思い浮かべていると、ちょうど駐車場の方から倉庫へ向かうショウジさんの姿が見えた。社員は二交代制で、彼は昼から夜までの勤務だから、土日はこうしてよく鉢合わせるのだ。
 ついでにシフトのことを伝えようか、でも、一応まだ業務時間外だしなぁ……。
 微妙な距離から踏み出せずにいた時、ショウジさんのポケットから何かが落ちるのが見えた。彼はそのままスタスタと歩いていってしまい、気がついた様子はない。
 あまり積極的に関わりたい人ではないが、落とし物に気づいて無視するのは心が痛む。僕はやや逡巡してから、ショウジさんの落とし物に駆け寄った。

「あれ? これ……」

 落とし物は、多連のキーリングだった。ついている鍵の多さから、私物ではなく会社の物だろう。とんでもない物を落としたな、という驚きもあったのだが、それよりも僕の目に留まったのは、鍵束の端につけられた見覚えのあるゆるキャラのキーホルダーだった。
 このゆるキャラは僕も大好きで、家の鍵につけている。クマなんだかネコなんだか判然としないゆるすぎるフォルムのくせに、結構毒舌家。僕の地元のいわゆるご当地キャラクターで、知名度はかなり低い。僕以外の人が身に着けているのは初めて見た。

「あ! タカナシくん。それ、俺のだ」

 落とし物に気がついたらしいショウジさんが、小走りでこちらにやってきた。焦りが表情にも滲んでいて、いつもの威圧的な空気はそこにない。
 だからだろうか、僕は自分でも驚くほどの大きな声を上げてしまった。

「ショウジさんも、このキャラ好きなんですか⁉」

 目を見開いた状態で静止したショウジさんを見て、やってしまったと恥ずかしくなった。「すみません」と小さく言って、差し出された彼の手のひらにキーリングを置く。

「そうか、タカナシの地元のゆるキャラだっけ。俺も好きなんだ。最近知ったばかりだけど」

「かわいいよな」と続けて言ったショウジさんの頬は緩んでいた。それで、一度落ち着きかけた僕のテンションがまた急上昇する。だって、自分と同じ趣味の人に出会えたんだぞ! 喜ばずにいられるか!

「かわいいですよね! こんな見た目で毒舌なのも好きで」
「ああ、ギャップがあるっていいよな。タカナシはこういうキャラクターものが好きなのか?」
「はい! 最近好きなのは──」

 スマホを取り出し、お気に入りの画像を見せると、ショウジさんは僕の背丈に合わせてその大きな背を丸めた。
「うん、かわいいな」や「へえ、そうなのか」とショウジさんが律儀に相槌を打ってくれるから、僕は調子に乗って次々とキャラクターを紹介してしまった。……そう、就業開始の十分前を知らせる予鈴が鳴り響くまで、ずっと。
 はっと我に返った僕は、直角に近いほど腰を曲げた。

「すみません! こんな時間まで!」
「いいよ、俺も興味あったし。それに……」

 ショウジさんの手が僕の肩に置かれた。見上げると、いつもの鋭い目つきが嘘みたいに優しい顔で彼は僕を見下ろしていた。

「タカナシのこと、知れたのも嬉しい。……五つも上のおっさんに言われても、気持ち悪いかな?」

 ──相手を知ることは、やっぱり嬉しいことなんだ。変じゃない。でも……

「ショウジさんが僕のことを知りたいのは、どうして?」

 すっかり口に出してしまってから、慌てて口を手でふさいだ。つい夢の中にいるような気分で、自制する間もなかった。

「すみません、今のは忘れて」
「そりゃあ、知りたいよ。同じ職場で働く仲間だろ?」

「忘れてください」と言い切る前に、ショウジさんが穏やかな声色で返してくれた。
 夢の中と違って、返事がある。そんな当たり前のことが、この上なく嬉しかった。

「……今度、ショウジさんのイチオシキャラも教えてください」

 そう言って、僕たちはやっと倉庫に向かって歩き始めた。ショウジさんと一緒に出入り口をくぐった時、僕はちっとも緊張しなかった。
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