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ずっと伝えられなかった事実
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楓子と愛斗が宗田家に着いたのは18時を過ぎた頃だった。
一也と礼斗も起きていて、夕食まで一緒にゲームをしていた。
愛斗が帰って来て、楓子が一緒にいるのを見ると礼斗が急ぎ足で飛びついて来た。
飛びついて来た礼斗を受け止めた楓子だったが、勢いがあってバランスを崩しそうになり倒れそうになったが、傍にいた愛斗が抱きとめてくれた。
「す、すみません…」
恥ずかしそうに謝った楓子に、愛斗は優しく微笑んだ。
「お母さんごめんね、僕のせいで転びそうになったよね? 」
「大丈夫よ、心配しないで。礼斗、大きくなったもんね」
よしよしと、礼斗の頭を撫でた楓子。
「いらっしゃい、待っていたわよ」
砂羽が満面の笑みを浮かべてやって来た。
「突然お邪魔して申し訳ございません。私、礼斗の母親で久東楓子と申します」
「貴女が礼斗君のお母さんなのね、礼斗君とよく似ているのね」
「似ていますか? 」
「ええ、目元なんてそっくり。礼斗君が、とっても綺麗な顔立ちしているから。きっと、お母さんはすごく綺麗な人だって思っていたけど。その通りだったわ。どうぞ、こちらにきて」
リビングに案内された楓子は、食卓の椅子に座った。
「もうすぐ夕飯できるの、ちょっと待ててね」
「いえ、お構いなく。すぐに帰りますので」
「何を言っているのよ、せっかく来てくれたんじゃない。ゆっくりしてっていいのよ。泊って行ってくれても、構わないからね」
「とんでもないです。今日は礼斗を連れて帰りますので」
ツンツンと、袖を引っ張られて楓子が見ると、一也が傍にいた。
「礼斗君のお母さん、今日は礼斗君と一緒にうちに泊まって下さい」
つぶらな瞳で見つめられ、楓子はドキッとした。
間近で見た一也は、どこか瑠璃に似ているような気がした。
「僕、礼斗君と離れたくないです。今日は、空斗君の所に行かなくてもいいのでしょう? 」
「ええ、そうだけど」
「じゃあ、僕の家に泊って下さい。僕も、礼斗君のお母さんと一緒にいたいから」
引っ張っていた袖をぎゅと握って来た一也。
見ていると本当に瑠璃にいているように思える。
瑠璃も何かお願い事をする時は、一也のようにギュッと袖を握ってくる癖があった。
話す声も瑠璃に似ている感がする。
どうしてだろう?
「一也ったら、もしかして礼斗君のお母さんの事を気に入ったの? 」
砂羽が尋ねると、一也は大きく首を縦に振った。
「うん。だって、とっても綺麗な人だもん。いいなぁ礼斗君は、こんなに綺麗なお母さんがいるんだもん」
ニコッとわらった一也の笑顔。
その笑顔は瑠璃とよく似ていた。
結局。
楓子は砂羽と一也に押されて、宗田家に泊る事になった。
昭夫も帰って来て、楓子が来てくれた事に大喜びしていた。
何となく宗田家に本当の家族が揃ったような気がした…。
「そうそう、楓子ちゃん。お部屋なんだけど、和室を用意したから使ってね。お布団、干しておいて良かったわ」
夕食が終わって砂羽が言ってきた。
ん? と、愛斗は砂羽を見た。
「どうしたの? 愛斗」
「母さん、彼女は足が悪いんだ」
「え? そうなの? 」
「ああ、だから布団じゃ起きるのが大変だよ」
「そうだったの、ごめんなさいね気づかなくて」
「俺の部屋使ってもらうよ。ベッドの方がいいからさっ。俺は和室で寝るから」
「そうしてもらえると助かるわ」
楓子はちょっと複雑そうな顔をしていた。
気を使ってもらうのは嬉しいが、愛斗の部屋を使うなんて気が引けると思ったのだ。
でも確かに、布団で寝るのはちょっと起きる時に大変である。
「じゃあ、愛斗のベッドシーツ変えてくるわね」
「ああいいよ、もう変えておいたから」
「え? そうなの? 」
「ああ」
砂羽はクスッと笑った。
もしかして一緒に寝たかったのかしら?
仕方ないわよね、愛し合っているんだから。
「それじゃお風呂用意してくるわね」
ちょっとニヤニヤしながら、砂羽はお風呂の準備をしに行った。
お風呂が準備できると、砂羽が楓子に着替えを渡してきた。
「楓子ちゃん、これ使ってね」
オシャレな紙袋の中には、下着とパジャマが入っていた。
ピンク色のフワリとした下着に、お揃いのショーツと白いレースのキャミソール。
パジャマは若いい丸襟の花柄模様の赤い色で、かぶって着ることが出来るタイプのものであった。
こんなの着たことがないけど…。
そう思った楓子だが、着替えを持って来ていない為、有難く使う事にした。
「有難うございます。使わせてもらいますね」
「良かった、仕事の関係でアパレルのお店と取引もあるの。新作商品だからと言って、もらう事が多いのだけど。私にはデザインが若すぎて、着ることができないから。楓子ちゃんに使ってもらうと、助かるわ」
こんな商品をもらう事もあるんだ。
すごいなぁ…。
先にお風呂に入れてもらう事になった楓子は、礼斗と入ろうとしたが、礼斗がおじちゃんと入ると言って、愛斗の傍に行ってしまった。
たまにはゆっくり入って来てと、礼斗が言ってくれて楓子は久しぶりに一人でゆっくり入る事にした。
宗田家の風呂は脱衣所が広く、洗面台と洗濯機が置いてあり風通しが出来る窓もある。
籠はオシャレなレースで編んであり模様の大きめのサイズ。
そこに真新しい白いタオルが二枚とバスタオルが置いてあった。
お風呂場の中も広々としていて、浴槽はヒノキで出来ていてとてもいい香りがする。
手すりも付いていて、移動するのがとても楽である。
シャンプーもボディーソープも優しい香りのもので、洗身タオルも柔らかくて使い心地が良い素材だ。
シャワーも使いやすく温度調整は壁に設定してある。
ヒノキ風呂にゆっくりとつかった楓子は、一人で入るのはどのくらいぶりだろうと思った。
一人で育てると決めてから、礼斗と空との事は自分でやると決めて法哉の手助けも借りないと決め、お風呂には礼斗と空斗と一緒に入っていた。
2人が赤ちゃんの時は、礼斗を入れて次に空斗を入れてと順番にお風呂を済ませて2人共が寝た後にサッとお風呂を済ませる事ばかりだった。
保育園に通うようになり、自分のことが出来るようになると一緒に入り一通り洗って2人を湯船に浸からせてから自分が頭を洗って洗身して、サッと使ってお風呂から上がる事を繰り返していた。
たまに早く帰って来た法哉が、礼斗か空斗を一緒に入れてくれる事もあったが、どちらかが一緒に入っていることからゆっくり入る事なんてなかった。
父親がいれば助けてもらえるのだろうか? と、思わないことはなかったが、自分で決めた事だからと楓子は言い聞かせていた。
こんなふうに一人でゆっくりお風呂に入ることが出来るなんて、考えもしなかった。
天井を見て楓子は久しぶりにゆったりとした気持ちになれたような気がした。
お風呂を済ませてパジャマ姿で楓子が出てくると、愛斗が2回から降りて来た。
廊下でばったり会ってしまった楓子は、ちょっと恥ずかしそうに視線を落とした。
愛斗もパジャマ姿の楓子を見ると、ドキッとなり頬を赤くしていた。
「あ…あの…。部屋、かたずけておいたからいつでも寝られるから」
「…有難うございます…」
ふと足元を見ると、楓子は風呂上りでも靴下を履いていた。
そんな楓子を見ると、愛斗は初めての夜を思い出した。
楓子と初めて結ばれた日。
先にお風呂に入った楓子は、バスローブ姿に靴下をはいたまま戻って来た。
義足を見られたくないんだなぁ。
愛斗はそう思った。
自分の履いていたスリッパを脱いで、愛斗は楓子に渡した。
「これ履いて。廊下は冷たいから」
「いえ、大丈夫です」
「いいって、女性は冷えが天敵って母さんが言っているから。俺は、別に気にならないし。遠慮しなくていいから、使えよ」
「すみません…」
ちょっと気が引けたが、楓子は愛斗が渡してくれてたスリッパを履いた。
まだちょっと愛斗が吐いていた温もりが残っているスリッパ。
その温もりを感じると、楓子は素直に喜びを感じた。
先にお風呂に入り、お礼を言って楓子は寝る為に2階の愛斗の部屋に向かった。
楓子と入れ替わりに、礼斗と愛斗は一緒にお風呂に入って行った。
その後を一也が追いかけて行き、一緒に入りたいと言っていた。
寝るのは一也と礼斗は、一緒に昭夫と砂羽の部屋で寝ると言っている。
2階にある愛斗の部屋に来た楓子は、ベッドに腰かけて一息ついた。
広い部屋を見渡して、こんな広い部屋を一人で使ってもいいのだろうか? とちょっと気が引けた。
ふと見ると、枕が2つ並んでいるのが目に入って楓子は驚いた。
どうして枕が2つあるのだろう?
もしかしてここであの人と寝ていたのだろうか?
そう思うと、楓子はちょっと複雑な気持ちだった。
とりあえず何となく気分が悪く、枕を足元に置いた楓子はそのまま横になった。
昨日は少し寝ていたが、あまり寝た気がしない夜だった。
こんなにゆっくり寝れるのは久しぶりで。
いつの間にか楓子はウトウトと眠りについていた。
礼斗と一也をお風呂に入れて、愛斗はホッと一息ついてリビングのソファーに座り昼間もらって来た離婚用紙と戸籍抄本をゆっくり見る事にした。
離婚用紙はいつでも書けるが、戸籍抄本は見たことがなかった愛斗。
広げてみた戸籍抄本をじっくり見た愛斗は、目を疑った。
「なんだ? これ…」
戸籍抄本には、愛斗は独身のままで加絵と結婚していない形で一也は昭夫と砂羽の養子になっていた。
加絵の名前はどこにもなく、入籍した記録すらなかった。
「俺…加絵と結婚していないのか? 」
どうゆうことだ? これは夢なのか?
愛斗が困惑していると、昭夫がやって来た。
「愛斗、どうしたんだ? 」
「父さん、これなんだけど…」
愛斗は戸籍抄本を昭夫に渡した。
昭夫は戸籍抄本を受け取ると、そっと愛斗の隣に座った。
「これをもらって来たのか…。という事は、本気で加絵さんとの離婚を進める気だったんだな? 」
「そうだけど。俺、加絵と結婚していなかったのか? 」
「ああ、そうだ。お前が言い出した事なんだ」
「俺が? 」
「加絵さんと入籍するために、保証人の欄を書こうとした時。お前は待ってくれと言い出したんだ。無意識で言っているようだったが、ただ一言「できない」とだけ言った。その言葉は、お前の心の声だと私は思ったんだ。だから、婚姻届けは出さないままで処分した。一也が連れて来られた時、どうするべきが砂羽と話し合ったが。産まれて来た一也に、何も罪はないと結論を出して。私と砂羽の養子として、宗田家に入れたんだ」
「じゃあ俺。ずっと5年間、結婚したって思い込んでいただけって事なのか? 」
「そうゆう事になるな。お前が正気に戻った時、本当に加絵さんと結婚するきならその時に入籍すればいいと思ったんだ」
「そっか…じゃあ、離婚なんて必要なんだな。だって、結婚していないんだから」
「そうゆう事だな」
嬉しそうな目をして、愛斗はホッとした表情を浮かべた。
「良かったな愛斗。きっと、ハートには嘘をつけなかったのだろうな。お前の事を殺そうとした人だ、いずれ逮捕されるだろうから。これで良かったんだよ」
「そうだね。…俺…本当に好きな人を、選んでもいいって事だよね? 」
そう言って昭夫を見た愛斗は、目をキラキラさせていた。
そんな愛斗を見ると、昭夫は怪我をする前の愛斗を思い出した。
怪我をする前の日。
愛斗が朝帰りをした。
もう大人だから朝帰りくらい当たり前だろうと、昭夫も砂羽も思っていた。
瑠璃とお見合いして交際を始めた愛斗が、真剣に向き合っていた事も知っていた事から、大人の愛斗が朝帰りをするとは結婚も間近なのだろうと思っていたのだ。
「ごめん、ちょっと友達に会って。色々と話しを聞いていたら、家にまで呼ばれて。そのまま一緒に飲んでいたら朝になっていたんだ」
ちょっと苦しそうな言い訳をしている愛斗だが、話していて朝になったというわりには、寝不足の顔はしておらずスッキリした表情で目をキラキラさせていた。
そんな愛斗を見ていると昭夫は、砂羽と初めて蒸された時の自分を見ているようで嬉しかった。
「愛斗、もう何も心配することはないから。自分に正直になればいいぞ。私も砂羽も、何も反対しないから」
「もちろんだよ。反対されたって、俺は曲げる気はないよ」
まっすぐに昭夫を見つめてくる愛斗。
その眼差しは礼斗と似ていると、昭夫は思った。
スッキリした気持ちで愛斗は寝る為に和室へ向かった。
和室にはお客様用の布団が敷いてある。
愛斗は布団に横になった。
和室の真上が愛斗の部屋になっている。
「もう寝ているかな? 」
天井を見て呟いた愛斗。
時刻は23時を回る頃だった。
一度眠っていた楓子だが、何となく目が覚めてしまった。
ぼんやりと天井が視界に入り、いつもの自分の部屋ではない事を把握して、宗田家に泊りベッドがない事で愛斗の部屋を使わせてもらっている事を思い出した。
まくらはなしで寝ていた楓子は、ちょっと首の疲れを感じていた。
だが、なんとなく愛斗の香りがするようで心地よさは感じていた。
ギュッと布団を抱きしめてみると、いつもこの布団をかぶってここで愛斗が寝ていると感じることが出来る。
でもその隣には…あの加絵がいたのだろうか…そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
コンコン。
ノックの音がして、ハッと半身を起こした楓子。
「楓子さん、まだ起きている? 」
愛斗の声に楓子はドキッとなった。
カチャッと静かにドアが開いた。
うす暗い電球の灯りの中、パジャマ姿の愛斗が入って来て楓子はびっくりした。
「あ…ごめん、起こしたか? 」
「いえ…目が覚めた所です…」
「こんな時間にごめん。ちょっと、どうしても話したい事があるのだが。いいか? 」
「はい…」
ゆっくりと歩み寄って来た愛斗は、ベッドの端腰かけた。
何の話だろう? こんな時間に来るなんて。
楓子はドキドキと鼓動が高鳴るのを感じていた。
一也と礼斗も起きていて、夕食まで一緒にゲームをしていた。
愛斗が帰って来て、楓子が一緒にいるのを見ると礼斗が急ぎ足で飛びついて来た。
飛びついて来た礼斗を受け止めた楓子だったが、勢いがあってバランスを崩しそうになり倒れそうになったが、傍にいた愛斗が抱きとめてくれた。
「す、すみません…」
恥ずかしそうに謝った楓子に、愛斗は優しく微笑んだ。
「お母さんごめんね、僕のせいで転びそうになったよね? 」
「大丈夫よ、心配しないで。礼斗、大きくなったもんね」
よしよしと、礼斗の頭を撫でた楓子。
「いらっしゃい、待っていたわよ」
砂羽が満面の笑みを浮かべてやって来た。
「突然お邪魔して申し訳ございません。私、礼斗の母親で久東楓子と申します」
「貴女が礼斗君のお母さんなのね、礼斗君とよく似ているのね」
「似ていますか? 」
「ええ、目元なんてそっくり。礼斗君が、とっても綺麗な顔立ちしているから。きっと、お母さんはすごく綺麗な人だって思っていたけど。その通りだったわ。どうぞ、こちらにきて」
リビングに案内された楓子は、食卓の椅子に座った。
「もうすぐ夕飯できるの、ちょっと待ててね」
「いえ、お構いなく。すぐに帰りますので」
「何を言っているのよ、せっかく来てくれたんじゃない。ゆっくりしてっていいのよ。泊って行ってくれても、構わないからね」
「とんでもないです。今日は礼斗を連れて帰りますので」
ツンツンと、袖を引っ張られて楓子が見ると、一也が傍にいた。
「礼斗君のお母さん、今日は礼斗君と一緒にうちに泊まって下さい」
つぶらな瞳で見つめられ、楓子はドキッとした。
間近で見た一也は、どこか瑠璃に似ているような気がした。
「僕、礼斗君と離れたくないです。今日は、空斗君の所に行かなくてもいいのでしょう? 」
「ええ、そうだけど」
「じゃあ、僕の家に泊って下さい。僕も、礼斗君のお母さんと一緒にいたいから」
引っ張っていた袖をぎゅと握って来た一也。
見ていると本当に瑠璃にいているように思える。
瑠璃も何かお願い事をする時は、一也のようにギュッと袖を握ってくる癖があった。
話す声も瑠璃に似ている感がする。
どうしてだろう?
「一也ったら、もしかして礼斗君のお母さんの事を気に入ったの? 」
砂羽が尋ねると、一也は大きく首を縦に振った。
「うん。だって、とっても綺麗な人だもん。いいなぁ礼斗君は、こんなに綺麗なお母さんがいるんだもん」
ニコッとわらった一也の笑顔。
その笑顔は瑠璃とよく似ていた。
結局。
楓子は砂羽と一也に押されて、宗田家に泊る事になった。
昭夫も帰って来て、楓子が来てくれた事に大喜びしていた。
何となく宗田家に本当の家族が揃ったような気がした…。
「そうそう、楓子ちゃん。お部屋なんだけど、和室を用意したから使ってね。お布団、干しておいて良かったわ」
夕食が終わって砂羽が言ってきた。
ん? と、愛斗は砂羽を見た。
「どうしたの? 愛斗」
「母さん、彼女は足が悪いんだ」
「え? そうなの? 」
「ああ、だから布団じゃ起きるのが大変だよ」
「そうだったの、ごめんなさいね気づかなくて」
「俺の部屋使ってもらうよ。ベッドの方がいいからさっ。俺は和室で寝るから」
「そうしてもらえると助かるわ」
楓子はちょっと複雑そうな顔をしていた。
気を使ってもらうのは嬉しいが、愛斗の部屋を使うなんて気が引けると思ったのだ。
でも確かに、布団で寝るのはちょっと起きる時に大変である。
「じゃあ、愛斗のベッドシーツ変えてくるわね」
「ああいいよ、もう変えておいたから」
「え? そうなの? 」
「ああ」
砂羽はクスッと笑った。
もしかして一緒に寝たかったのかしら?
仕方ないわよね、愛し合っているんだから。
「それじゃお風呂用意してくるわね」
ちょっとニヤニヤしながら、砂羽はお風呂の準備をしに行った。
お風呂が準備できると、砂羽が楓子に着替えを渡してきた。
「楓子ちゃん、これ使ってね」
オシャレな紙袋の中には、下着とパジャマが入っていた。
ピンク色のフワリとした下着に、お揃いのショーツと白いレースのキャミソール。
パジャマは若いい丸襟の花柄模様の赤い色で、かぶって着ることが出来るタイプのものであった。
こんなの着たことがないけど…。
そう思った楓子だが、着替えを持って来ていない為、有難く使う事にした。
「有難うございます。使わせてもらいますね」
「良かった、仕事の関係でアパレルのお店と取引もあるの。新作商品だからと言って、もらう事が多いのだけど。私にはデザインが若すぎて、着ることができないから。楓子ちゃんに使ってもらうと、助かるわ」
こんな商品をもらう事もあるんだ。
すごいなぁ…。
先にお風呂に入れてもらう事になった楓子は、礼斗と入ろうとしたが、礼斗がおじちゃんと入ると言って、愛斗の傍に行ってしまった。
たまにはゆっくり入って来てと、礼斗が言ってくれて楓子は久しぶりに一人でゆっくり入る事にした。
宗田家の風呂は脱衣所が広く、洗面台と洗濯機が置いてあり風通しが出来る窓もある。
籠はオシャレなレースで編んであり模様の大きめのサイズ。
そこに真新しい白いタオルが二枚とバスタオルが置いてあった。
お風呂場の中も広々としていて、浴槽はヒノキで出来ていてとてもいい香りがする。
手すりも付いていて、移動するのがとても楽である。
シャンプーもボディーソープも優しい香りのもので、洗身タオルも柔らかくて使い心地が良い素材だ。
シャワーも使いやすく温度調整は壁に設定してある。
ヒノキ風呂にゆっくりとつかった楓子は、一人で入るのはどのくらいぶりだろうと思った。
一人で育てると決めてから、礼斗と空との事は自分でやると決めて法哉の手助けも借りないと決め、お風呂には礼斗と空斗と一緒に入っていた。
2人が赤ちゃんの時は、礼斗を入れて次に空斗を入れてと順番にお風呂を済ませて2人共が寝た後にサッとお風呂を済ませる事ばかりだった。
保育園に通うようになり、自分のことが出来るようになると一緒に入り一通り洗って2人を湯船に浸からせてから自分が頭を洗って洗身して、サッと使ってお風呂から上がる事を繰り返していた。
たまに早く帰って来た法哉が、礼斗か空斗を一緒に入れてくれる事もあったが、どちらかが一緒に入っていることからゆっくり入る事なんてなかった。
父親がいれば助けてもらえるのだろうか? と、思わないことはなかったが、自分で決めた事だからと楓子は言い聞かせていた。
こんなふうに一人でゆっくりお風呂に入ることが出来るなんて、考えもしなかった。
天井を見て楓子は久しぶりにゆったりとした気持ちになれたような気がした。
お風呂を済ませてパジャマ姿で楓子が出てくると、愛斗が2回から降りて来た。
廊下でばったり会ってしまった楓子は、ちょっと恥ずかしそうに視線を落とした。
愛斗もパジャマ姿の楓子を見ると、ドキッとなり頬を赤くしていた。
「あ…あの…。部屋、かたずけておいたからいつでも寝られるから」
「…有難うございます…」
ふと足元を見ると、楓子は風呂上りでも靴下を履いていた。
そんな楓子を見ると、愛斗は初めての夜を思い出した。
楓子と初めて結ばれた日。
先にお風呂に入った楓子は、バスローブ姿に靴下をはいたまま戻って来た。
義足を見られたくないんだなぁ。
愛斗はそう思った。
自分の履いていたスリッパを脱いで、愛斗は楓子に渡した。
「これ履いて。廊下は冷たいから」
「いえ、大丈夫です」
「いいって、女性は冷えが天敵って母さんが言っているから。俺は、別に気にならないし。遠慮しなくていいから、使えよ」
「すみません…」
ちょっと気が引けたが、楓子は愛斗が渡してくれてたスリッパを履いた。
まだちょっと愛斗が吐いていた温もりが残っているスリッパ。
その温もりを感じると、楓子は素直に喜びを感じた。
先にお風呂に入り、お礼を言って楓子は寝る為に2階の愛斗の部屋に向かった。
楓子と入れ替わりに、礼斗と愛斗は一緒にお風呂に入って行った。
その後を一也が追いかけて行き、一緒に入りたいと言っていた。
寝るのは一也と礼斗は、一緒に昭夫と砂羽の部屋で寝ると言っている。
2階にある愛斗の部屋に来た楓子は、ベッドに腰かけて一息ついた。
広い部屋を見渡して、こんな広い部屋を一人で使ってもいいのだろうか? とちょっと気が引けた。
ふと見ると、枕が2つ並んでいるのが目に入って楓子は驚いた。
どうして枕が2つあるのだろう?
もしかしてここであの人と寝ていたのだろうか?
そう思うと、楓子はちょっと複雑な気持ちだった。
とりあえず何となく気分が悪く、枕を足元に置いた楓子はそのまま横になった。
昨日は少し寝ていたが、あまり寝た気がしない夜だった。
こんなにゆっくり寝れるのは久しぶりで。
いつの間にか楓子はウトウトと眠りについていた。
礼斗と一也をお風呂に入れて、愛斗はホッと一息ついてリビングのソファーに座り昼間もらって来た離婚用紙と戸籍抄本をゆっくり見る事にした。
離婚用紙はいつでも書けるが、戸籍抄本は見たことがなかった愛斗。
広げてみた戸籍抄本をじっくり見た愛斗は、目を疑った。
「なんだ? これ…」
戸籍抄本には、愛斗は独身のままで加絵と結婚していない形で一也は昭夫と砂羽の養子になっていた。
加絵の名前はどこにもなく、入籍した記録すらなかった。
「俺…加絵と結婚していないのか? 」
どうゆうことだ? これは夢なのか?
愛斗が困惑していると、昭夫がやって来た。
「愛斗、どうしたんだ? 」
「父さん、これなんだけど…」
愛斗は戸籍抄本を昭夫に渡した。
昭夫は戸籍抄本を受け取ると、そっと愛斗の隣に座った。
「これをもらって来たのか…。という事は、本気で加絵さんとの離婚を進める気だったんだな? 」
「そうだけど。俺、加絵と結婚していなかったのか? 」
「ああ、そうだ。お前が言い出した事なんだ」
「俺が? 」
「加絵さんと入籍するために、保証人の欄を書こうとした時。お前は待ってくれと言い出したんだ。無意識で言っているようだったが、ただ一言「できない」とだけ言った。その言葉は、お前の心の声だと私は思ったんだ。だから、婚姻届けは出さないままで処分した。一也が連れて来られた時、どうするべきが砂羽と話し合ったが。産まれて来た一也に、何も罪はないと結論を出して。私と砂羽の養子として、宗田家に入れたんだ」
「じゃあ俺。ずっと5年間、結婚したって思い込んでいただけって事なのか? 」
「そうゆう事になるな。お前が正気に戻った時、本当に加絵さんと結婚するきならその時に入籍すればいいと思ったんだ」
「そっか…じゃあ、離婚なんて必要なんだな。だって、結婚していないんだから」
「そうゆう事だな」
嬉しそうな目をして、愛斗はホッとした表情を浮かべた。
「良かったな愛斗。きっと、ハートには嘘をつけなかったのだろうな。お前の事を殺そうとした人だ、いずれ逮捕されるだろうから。これで良かったんだよ」
「そうだね。…俺…本当に好きな人を、選んでもいいって事だよね? 」
そう言って昭夫を見た愛斗は、目をキラキラさせていた。
そんな愛斗を見ると、昭夫は怪我をする前の愛斗を思い出した。
怪我をする前の日。
愛斗が朝帰りをした。
もう大人だから朝帰りくらい当たり前だろうと、昭夫も砂羽も思っていた。
瑠璃とお見合いして交際を始めた愛斗が、真剣に向き合っていた事も知っていた事から、大人の愛斗が朝帰りをするとは結婚も間近なのだろうと思っていたのだ。
「ごめん、ちょっと友達に会って。色々と話しを聞いていたら、家にまで呼ばれて。そのまま一緒に飲んでいたら朝になっていたんだ」
ちょっと苦しそうな言い訳をしている愛斗だが、話していて朝になったというわりには、寝不足の顔はしておらずスッキリした表情で目をキラキラさせていた。
そんな愛斗を見ていると昭夫は、砂羽と初めて蒸された時の自分を見ているようで嬉しかった。
「愛斗、もう何も心配することはないから。自分に正直になればいいぞ。私も砂羽も、何も反対しないから」
「もちろんだよ。反対されたって、俺は曲げる気はないよ」
まっすぐに昭夫を見つめてくる愛斗。
その眼差しは礼斗と似ていると、昭夫は思った。
スッキリした気持ちで愛斗は寝る為に和室へ向かった。
和室にはお客様用の布団が敷いてある。
愛斗は布団に横になった。
和室の真上が愛斗の部屋になっている。
「もう寝ているかな? 」
天井を見て呟いた愛斗。
時刻は23時を回る頃だった。
一度眠っていた楓子だが、何となく目が覚めてしまった。
ぼんやりと天井が視界に入り、いつもの自分の部屋ではない事を把握して、宗田家に泊りベッドがない事で愛斗の部屋を使わせてもらっている事を思い出した。
まくらはなしで寝ていた楓子は、ちょっと首の疲れを感じていた。
だが、なんとなく愛斗の香りがするようで心地よさは感じていた。
ギュッと布団を抱きしめてみると、いつもこの布団をかぶってここで愛斗が寝ていると感じることが出来る。
でもその隣には…あの加絵がいたのだろうか…そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
コンコン。
ノックの音がして、ハッと半身を起こした楓子。
「楓子さん、まだ起きている? 」
愛斗の声に楓子はドキッとなった。
カチャッと静かにドアが開いた。
うす暗い電球の灯りの中、パジャマ姿の愛斗が入って来て楓子はびっくりした。
「あ…ごめん、起こしたか? 」
「いえ…目が覚めた所です…」
「こんな時間にごめん。ちょっと、どうしても話したい事があるのだが。いいか? 」
「はい…」
ゆっくりと歩み寄って来た愛斗は、ベッドの端腰かけた。
何の話だろう? こんな時間に来るなんて。
楓子はドキドキと鼓動が高鳴るのを感じていた。
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日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!?
初回公開日*2017.09.13(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.03.10
*表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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