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両立できません
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陛下の元へ向かう途中、カトリーヌ妃に確認をした。
『あの、日記がゴミになりそうです』
『チェディック夫人が心を入れ替えたら続きが書けないから?』
『はい』
『今日は書くページが増えそうじゃない?』
『完結になりそうですけど』
『エリンは本当に強いわね』
『どうでしょう。ところで、カントール伯爵家といえばチェディック夫人のご息女が嫁いだ家門だったと思いますが』
『チェディック夫人の孫娘がエリンの1歳上なの。他の伯爵家からも選ばれるのなら自分の孫だってと思うのは浅慮ね。バラン伯爵家には帝国の王子殿下が婿入りしているのよ。全く勝負にならないわ。確かにチェディック夫人は王子妃教育を任されたしカントール伯爵家は東の旧家だけどそれだけではね。カントール伯爵令嬢は特に秀でたところがないし。侯爵家なら候補に上がったかもしれないわね。
もう一つ教えてあげるわ。チェディック夫人が教育係に選ばれた理由は第一候補の夫人が高齢を理由に引退したことと、第二候補の夫人が腰痛の悪化で安静にしなければならなかったからよ』
チェディック夫人が孫娘を推したかったなんて知らなかった。それに夫人が第三候補だったなんて。
『知りませんでした。あの、学園の件を何故陛下がご存知なのですか?』
『それは入学祝いの話になってしまったからよ』
『チェディック夫人を理由にしましたけど、通うのが面倒だというのが正直な気持ちです』
『ねぇ、私の息子に乗り換えない?』
『私が歳上過ぎます』
『残念だわ』
どうやらカトリーヌ妃と気が合うようだ。
カトリーヌ妃とはドアの前で別れ、私だけ入室すると国王陛下の他にアラン王子までいた。王子の顔は見ないようにして挨拶をした。
早速陛下は学園に行かない理由を尋ねた。まだチェディック夫人に関する日記を書きたいのに。
『王子妃教育との両立が難しいと判断いたしました』
『行ってみないとわからないだろう』
そうは言っても貴族学園の貴族科は淑女教育を中心に嗜みのように芸術に時間を費やすだけ。楽器や絵画や刺繍やダンスを習い、国の歴史と国語はしっかり授業をするけど後は困らぬ程度に浅く授業をするだけ。王子妃教育を受けていれば学園の教育などゴミみたいなものだ。楽器の演奏や絵を描けるようになるために通いたくない。刺繍だって夫のために習うものだ。この王子のために?嫌だ。そもそも彼だって嫌いな相手からハンカチに刺繍して渡されても迷惑でしかないはずだ。
『(王子妃教育の)進捗があまり良くないので残念ですが』
『学園に通わない貴族の女が王子妃に?』
アラン王子は鼻で笑った。
『準ずる教育を受けていれば必ずしも通う必要はございません。王妃様がよくご存知ですわ』
王妃様は他国の王女で王宮内教育だったから学園といったものには通っていない。
『母上は王女だった、おまえとは違う』
『王子妃教育は王女教育に準ずるものと言っても過言ではないかと思います』
『確かにそうだが、他の貴族令嬢との親睦を深める機会でもあるのだ』
口答えした私を睨みつけるアラン王子とは真逆で陛下は幼子を窘めるように優しく指摘した。
『仰る通りですが、王子妃教育のことが気になって僅かな時間でも復習に充てることになるでしょう。残念ながら不出来な私にはご令嬢方と過ごす余裕はございません』
『伯爵は何と仰っているのだ?』
皇帝の弟相手では陛下でも敬うのね。
『父は賛成しております』
『ならば仕方あるまい』
『父上!?』
『アランが口を出すことではない。それよりも自分の婚約者を大事にしたらどうだ。もう反抗期という歳ではあるまい』
『っ!』
『エリンを馬車まで送りなさい』
『あの、まだ王子妃教育の途中ですので』
『では、夫人のところまで送り届けてきなさい』
余計な気遣いのせいで アラン王子がエスコートをすることになったが、それは束の間のことで廊下の角を曲がると手を振り払われた。
『王子妃教育が大変?だったら辞退すれば良かっただろう。伯爵令嬢如きが高望みするからそうなるんだ』
こいつ馬鹿なの?伯爵家だから辞退できないんじゃない。
『仰る通りです』
『なら辞退しろよ』
『父に伝えておきますわ』
『お、おまえが辞退しますと言えば済むことだろう!』
『済みませんが?』
『は?』
『では失礼いたします』
『待て!まだ話の途中、』
『きゃっ!』
ドサッ
急に後ろから肩を掴まれて引かれたせいで転倒してしまった。
『な、何でそんなに簡単に……』
王子は驚きと戸惑いで全く動けなかった。
『大丈夫でございますか』
『ありがとうございます、フィンネル卿』
代わりに王子の護衛が起こしてくれた。だけど足を捻ったようでとても痛かった。
『足を怪我されたのでは?』
『大丈夫ですわ。殿下と一緒にお戻りください』
『ですが……』
そこに通りかかったのは王子の側近の1人、レイモンド・アンカー子爵令息だった。焦茶色の髪と瞳、そして王子と同じく19歳だ。今はまだ見習いの段階だと聞いた。
彼は私の足元を見て察したようだ。
『殿下、怪我人を運んで参ります。
バラン伯爵令嬢、失礼します』
彼は私を抱き上げると医療室へ向かい歩き出した。
『あの』
『危ないから掴まってください』
『……』
軽々と私を運ぶ彼は父とは違う。慣れていないのだろう、単に運んでいるといった感じが伝わってくるけど気遣ってくれているのがわかる。
医療室へ到着しベッドの上に降ろされた。
『先生、足を怪我したようです』
そう言いながら私の靴を脱がせた。
恥ずかしさと痛みが混じり合う。
『すみません、ご不快でしたか?』
『ちょっと恥ずかしいだけです。ありがとうございます』
『アンカー殿、後はお任せください』
医師が退室を促すと彼はそれに従った。
足首が腫れているので帰宅を促されバラン邸に戻った。
状況を知った父は当面安静にしなさいと言った。
『あの、日記がゴミになりそうです』
『チェディック夫人が心を入れ替えたら続きが書けないから?』
『はい』
『今日は書くページが増えそうじゃない?』
『完結になりそうですけど』
『エリンは本当に強いわね』
『どうでしょう。ところで、カントール伯爵家といえばチェディック夫人のご息女が嫁いだ家門だったと思いますが』
『チェディック夫人の孫娘がエリンの1歳上なの。他の伯爵家からも選ばれるのなら自分の孫だってと思うのは浅慮ね。バラン伯爵家には帝国の王子殿下が婿入りしているのよ。全く勝負にならないわ。確かにチェディック夫人は王子妃教育を任されたしカントール伯爵家は東の旧家だけどそれだけではね。カントール伯爵令嬢は特に秀でたところがないし。侯爵家なら候補に上がったかもしれないわね。
もう一つ教えてあげるわ。チェディック夫人が教育係に選ばれた理由は第一候補の夫人が高齢を理由に引退したことと、第二候補の夫人が腰痛の悪化で安静にしなければならなかったからよ』
チェディック夫人が孫娘を推したかったなんて知らなかった。それに夫人が第三候補だったなんて。
『知りませんでした。あの、学園の件を何故陛下がご存知なのですか?』
『それは入学祝いの話になってしまったからよ』
『チェディック夫人を理由にしましたけど、通うのが面倒だというのが正直な気持ちです』
『ねぇ、私の息子に乗り換えない?』
『私が歳上過ぎます』
『残念だわ』
どうやらカトリーヌ妃と気が合うようだ。
カトリーヌ妃とはドアの前で別れ、私だけ入室すると国王陛下の他にアラン王子までいた。王子の顔は見ないようにして挨拶をした。
早速陛下は学園に行かない理由を尋ねた。まだチェディック夫人に関する日記を書きたいのに。
『王子妃教育との両立が難しいと判断いたしました』
『行ってみないとわからないだろう』
そうは言っても貴族学園の貴族科は淑女教育を中心に嗜みのように芸術に時間を費やすだけ。楽器や絵画や刺繍やダンスを習い、国の歴史と国語はしっかり授業をするけど後は困らぬ程度に浅く授業をするだけ。王子妃教育を受けていれば学園の教育などゴミみたいなものだ。楽器の演奏や絵を描けるようになるために通いたくない。刺繍だって夫のために習うものだ。この王子のために?嫌だ。そもそも彼だって嫌いな相手からハンカチに刺繍して渡されても迷惑でしかないはずだ。
『(王子妃教育の)進捗があまり良くないので残念ですが』
『学園に通わない貴族の女が王子妃に?』
アラン王子は鼻で笑った。
『準ずる教育を受けていれば必ずしも通う必要はございません。王妃様がよくご存知ですわ』
王妃様は他国の王女で王宮内教育だったから学園といったものには通っていない。
『母上は王女だった、おまえとは違う』
『王子妃教育は王女教育に準ずるものと言っても過言ではないかと思います』
『確かにそうだが、他の貴族令嬢との親睦を深める機会でもあるのだ』
口答えした私を睨みつけるアラン王子とは真逆で陛下は幼子を窘めるように優しく指摘した。
『仰る通りですが、王子妃教育のことが気になって僅かな時間でも復習に充てることになるでしょう。残念ながら不出来な私にはご令嬢方と過ごす余裕はございません』
『伯爵は何と仰っているのだ?』
皇帝の弟相手では陛下でも敬うのね。
『父は賛成しております』
『ならば仕方あるまい』
『父上!?』
『アランが口を出すことではない。それよりも自分の婚約者を大事にしたらどうだ。もう反抗期という歳ではあるまい』
『っ!』
『エリンを馬車まで送りなさい』
『あの、まだ王子妃教育の途中ですので』
『では、夫人のところまで送り届けてきなさい』
余計な気遣いのせいで アラン王子がエスコートをすることになったが、それは束の間のことで廊下の角を曲がると手を振り払われた。
『王子妃教育が大変?だったら辞退すれば良かっただろう。伯爵令嬢如きが高望みするからそうなるんだ』
こいつ馬鹿なの?伯爵家だから辞退できないんじゃない。
『仰る通りです』
『なら辞退しろよ』
『父に伝えておきますわ』
『お、おまえが辞退しますと言えば済むことだろう!』
『済みませんが?』
『は?』
『では失礼いたします』
『待て!まだ話の途中、』
『きゃっ!』
ドサッ
急に後ろから肩を掴まれて引かれたせいで転倒してしまった。
『な、何でそんなに簡単に……』
王子は驚きと戸惑いで全く動けなかった。
『大丈夫でございますか』
『ありがとうございます、フィンネル卿』
代わりに王子の護衛が起こしてくれた。だけど足を捻ったようでとても痛かった。
『足を怪我されたのでは?』
『大丈夫ですわ。殿下と一緒にお戻りください』
『ですが……』
そこに通りかかったのは王子の側近の1人、レイモンド・アンカー子爵令息だった。焦茶色の髪と瞳、そして王子と同じく19歳だ。今はまだ見習いの段階だと聞いた。
彼は私の足元を見て察したようだ。
『殿下、怪我人を運んで参ります。
バラン伯爵令嬢、失礼します』
彼は私を抱き上げると医療室へ向かい歩き出した。
『あの』
『危ないから掴まってください』
『……』
軽々と私を運ぶ彼は父とは違う。慣れていないのだろう、単に運んでいるといった感じが伝わってくるけど気遣ってくれているのがわかる。
医療室へ到着しベッドの上に降ろされた。
『先生、足を怪我したようです』
そう言いながら私の靴を脱がせた。
恥ずかしさと痛みが混じり合う。
『すみません、ご不快でしたか?』
『ちょっと恥ずかしいだけです。ありがとうございます』
『アンカー殿、後はお任せください』
医師が退室を促すと彼はそれに従った。
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状況を知った父は当面安静にしなさいと言った。
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