踊り子は二度逃げる

キザキ ケイ

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番外編

神が舞い降りた村

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「ねぇじぃじ! きょうもおはなし、きかせて!」

「ははは。お前はじぃじのお話が本当に好きだなぁ。おじいさん、お願いできますか」

「かわいい孫の頼みだ、いくらでもつきあおう。なんのお話がいいかな」

「んとね、白いかみのかみさまのはなし!」

「おぉそうか。あれを話して聞かせたのはずいぶん前だろう、よく覚えていたな」

「おじいさん、なんですか? その『白いカミのカミ』ってのは」

「白銀の御髪を持つ、この村に昔住んでいた神様のことだよ。お前は聞いたことがなかったのか。一緒に聞いていくかね」

「うちの村には語り部がいませんでしたから。ぜひお願いします」

「うむ。これは、じぃじのひいおじいさんの、そのまたひいおじいさんの……まぁ、とても昔の話だ。この砂漠にまだ国がたくさんあった時代……よりも前、この砂漠が大きなひとつの砂漠だということを、まだ誰も知らなかった頃だ」

「そんなむかしから、さばくあったんだ~」

「もちろん。母なる砂漠はいつもここにあった。人間はどんどん代わっていくがな。この村はずぅっとここにあって、今と同じように、砂漠でも育つ野菜や木の実をつくって細々と暮らしていた。住んでいる人も今よりずぅっと少なくて、みな家族のように暮らしていたという。そこへある日、訪れるものがあった」

「それがかみさま?」

「そう。その者は真っ白で長い髪と、黄みがかってすらいない真っ白の肌、そして青空を写し取ったような真っ青の瞳を持っていた。年の頃はお前のおにいちゃんと同じ、成人しているかしていないかという程度で、村のものと同じような服装をしていたが、なにせその色彩はとても目立つ。その者は、行く場所がないのでここに住みたいと言ったそうだ。村は上を下への大騒ぎになった」

「それはそうでしょうね……体に白の色彩を持つ者は、他国との交易が盛んな今でも少ないですから」

「その者は行く場所も帰るところも、名も持ち物もないと言っていた。通された村長の家の客間で、見るものすべてが珍しいといった風情だったそうだ。村人は話しあって、このどう見ても神様の一柱である者を邪険に追い返すわけにはいかないということになった」

「でしょうねぇ」

「村人はその神に空き家を譲り、着るものや食べ物を分け与えた。食事は粗末だし、服は着古しだったが、神は文句を言うこともなくそれらを受け取った。そうしてこの村には神が住み着くこととなった」

「かみさまはどうやってくらしたの? みんなからイケニエとかクモツとかをとっていったの?」

「難しい言葉を知っているなぁ。しかし神は生贄も供物もほしがらなかったそうだ。その神は空き家にくっついていた、誰も手入れをしていなくて荒れ果てた畑を耕して、村人と同じように農作業をはじめたんだ」

「えっ、神がですか」

「当時の村人たちもお前と同じように驚いたそうだ。しかし自給自足の小さな村では供物なんてとても出せないし、本人が好きでやっていることなのでとそのまま見守った。ときおり農作業の助言などをすると喜ばれたそうだ」

「その神は土や作物の神だったんでしょうか」

「いいや、ちがう。というのも、神の頭上にはつねに小さな白い雲が浮いていたのだ。学がなく、神のことについてよく知らない村人たちにも、彼が雲の神であることはわかった。ほら、村長の家の横に背の高い木が生えているだろう? あれの下を神が通るとよく雲が引っかかっていたそうだ」

「そんちょーのおうちの木、のぼったことあるよ!」

「高い木だろう、今度登るところを見せておくれ。───それからというもの、この村にはときどき訪れるものがあった。どう見ても人ではないものから、ふつうの旅人のようなものまで。ほとんどは雲の神を尋ねてきて、しばらく雲の神の家に滞在しては去っていく。きっと人里でふつうに暮らしている同族が珍しかったんだろうなぁ」

「今でこそ神は身近なものですが、当時は自然と同等に恐ろしいものだったでしょうね」

「そうだ。怒れる神の凄まじい力は辺境の村にいても伝え聞こえてくるもの。しかし雲の神はとても温厚で、それどころかその雲の力で雨を降らせてくれることもあったという」

「かみさま、すごーい!」

「砂漠の村で真水を得るのは死活問題だからな、村人は自然と雲の神に敬意をはらって生きるようになった。雲の神の見た目は、最初に村を訪れたときから少しも変わらなかったそうだが、村人たちは彼を村の一員の人間として扱い、敬いはすれど特別扱いはしなかった。神はよほど居心地がよかったのか、若者が老人になり、その子供が老人になるほどまで村で暮らしていたという」

「かみさまいなくなっちゃったの?」

「そうだな。どこからか姿が変わらず百年以上生きている雲の神の噂が流れてしまったんだろう、神は人さらいに連れ去られたんだ」

「えぇっ!」

「かみさま、たいへん!」

「村人たちもたいそう驚いた。まさに神をも恐れぬ所業だからな。同時に、穏やかで農作業をしているところしか見ない雲の神がどんな仕打ちに遭うか、心配で仕方がなかった。いつのまにか村の守り神のように思われていたんだな。村人たちは話しあって、なんとか神を助け出そうとした。誰も武器をもったことはなく、誰にも武闘の心得などなかったが、神のためになにもしないでいることはできなかったんだなぁ」

「それでそれで?」

「村人たちが農耕具なんかを携えて、震える足で、いざ人さらいのいる場所へ乗り込もうとしたとき! なんと神は自らの足で村に戻ってきた」

「えー! かみさま、ひとさらいやっつけたのかな?」

「そうだ。村人たちが心配することなんてなんにもなかった。たおやかな見た目だが彼は神で、人の力でどうこうすることができる存在ではなかったんだな。村人たちは神の無事を涙を流して喜んだ」

「それからそれから?」

「神の無事を祝う宴が三日三晩続いて、神は驚きながらもそれを楽しんでくれた。雲の神はとてもお酒が好きだがお酒に弱くて、飲ませた村人は大層慌てたそうだ。しかし神は自らの目立つ容姿と強大な力について、思うことがあったのだろう。それからすぐに村人たちに別れを告げて、旅立ってしまったんだ」

「そんなぁ……」

「村人たちも、いつか雲の神が帰ってくるのではないかと、空き家になった神の家をいつも掃除して、神が好きだったお酒と作物を用意して待っていた。しかし神が帰ってくることはなかった。それどころか、白い髪の雲の神を知っている旅人や商人もいなかった。村人たちはいつしか神のことを待つのは辞めたが、酒を常備することだけは習慣として残った」

「どの家にも蜂蜜酒が一本必ず置いてあるの、いつも不思議だったんですけど、そんな理由があったんですね」

「隣村から来たお前には不思議なことだったろう。もっとも、理由まで知っているのは語り部の家系くらいだろうがな。村人が神を忘れ、神の家が朽ち自然にかえった頃、村にとって最大の危機があった」

「あぁ、大砂漠の大洪水ですか」

「そうだ。ちょうどひいおじいさんの、さらにひいおじいさんの頃だな。この南砂漠一帯で何日も雨が降り止まず、砂が海のようにうねって村々を襲い大勢が死んだ。村の建物ごと砂にのまれてしまうことも珍しくなかったし、その後は疫病が流行った。南砂漠一帯が死地になってもおかしくない、大災害だった」

「ふぇ……こわいよぅ」

「あぁ、怖がらないでおくれ、かわいい孫よ。今南の砂漠はどこも元気で強い村ばかり、怖いことはないんだよ。それに大洪水は、この村だけには起きなかったのだから」

「そうなの……?」

「そうだよ。砂漠中を真っ黒な雲が覆って、何日も雨が降ったと誰もが思っていた。しかしこの村の上空だけはぽっかりと青空が覗いていたんだ。村人たちは、近隣の洪水被害にあった村人が助けを求めてやってくるまで、外界がそんな大変なことになっているとは気づきもしなかった」

「もしかして……」

「そう、そんなことができるのは神しかいない。まさしく神の御業だ。村人たちは、もはや伝説になりかけていた雲の神が村のことを忘れておらず、雲を操る力で災いを遠ざけてくれたのだと思った」

「でも、かみさまなら、さばくぜんぶをまもってくれないの?」

「かわいい孫よ、その気持ちはよくわかる。しかし望みすぎてはいけない、神とは自然そのものなのだから。それにこれは我が家系だけがもつ推測だが、雲の神の力は村に留めてあったなにかが、危機を察して自動的に発動しただけだったのだと思う。なにかのときのためにと神が遺してくれたものが、時を越えて村を守ってくれただけなのだろうとな」

「それに砂漠を覆い尽くすほどの雲、ひとりの神様でどうにかできるとは限りませんからね」

「そっかぁ……」

「それからはこの村が南砂漠復興の拠点となって、移住者が増えたり物資が中央から届けられたりと大忙しだったそうだ。このときのことはじきに誰かから習うだろう。村人はふたたび雲の神への敬意を思い出して、精一杯敬って日々を生きている。ここが『ウォル村』というのは、文字通り『雲』の加護を忘れないためなんだよ」

「そんな歴史があったんですねぇ」

「じぃじ、おはなしじょうず! ねぇもっとおはなしして!」

「だめだめ、もう寝る時間だろう。お父さんと一緒にベッドに入りなさい」

「ちぇー。お父さんといっしょにねる」

「また明日別のものを話してやろう。おやすみ孫よ」

「おやすみなさ~い」
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