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10一5 ●ふーすけ先生の葛藤 Ⅴ●
しおりを挟む「ちなみに今日は何かしたのか? 今朝まで一緒だったって事だろ?」
冷えたビールに口を付ける樹の前で、まったく酔った様子のない橘は焼き鳥の皮をつまむ。
「朝イチ素股と尿意我慢プレイして、放課後はキスして数学教えた」
「おい、やる事やってんじゃねぇか」
「やってるな。 やり過ぎてるな」
「自覚ねぇの?」
「あるって、一応。 でもアイツの顔見ると考えてる事色々ぶっ飛ぶんだよ」
由宇の喘ぎ声と切なく歪んだ顔をハッキリと思い出せば、今すぐ勃起する自信がある。
昼も空に映し出してヤバかったのだ。
放課後も甘ったるいイチゴ味のキスをした後、困ったように俯く由宇をその場で押し倒したかったが僅かに残った理性が働いてくれた。
その際も何の説明もせず、すぐに数学を教え始めたので最初の十分ほどは由宇の気がそぞろだった。
由宇から「どういうつもりなんだ」と何度も吠えられているが、それは橘自身も自問している事なので、今ははぐらかす事しか出来ない。
サラダを頬張り咀嚼しながらも、一点を見詰めたまま動かなくなった橘に本気度合いを見て、樹は苦笑いを浮かべた。
「…………歌音との結婚どころじゃなくなったな」
「いや、結婚はする。 歌音の親父さんには族の頃 何回も助けられてっから。 筋は通さねぇと」
「筋ってお前なぁ……」
歌音の実家はいわゆる反社会的勢力と通ずる家柄だ。
表向きは建築会社だが、限りなく黒に近い。
歌音の実家とも家族ぐるみで親しかったので、ヤンチャしていた頃は頼んでもいないのに勝手に後ろ盾に付いてくれて無敵の暴走族へと成り上がった。
樹と橘の手腕と合理性、そして意味のない喧嘩はしないという正義の名のもと、喧嘩の仲裁や周囲の保全を目的とした族ではあったが、関わりのない者達からすれば後ろ盾含めて見た目は……一緒だ。
危ない事に巻き込まれる事もしょっちゅうで、何度か歌音の父親に助けられた経緯もあり、両親同士がいつの間にか決めていた政略結婚も「別にいいけど」と返事に迷いは無かった。
───つい最近までは。
「俺がもうアイツに手出さなきゃいい話だろ。 アイツにも未来があるしな」
「手出さねぇでいられんの?」
「明日から俺ん家泊めるから簡単な話じゃねー事は確か」
「それヤバくねぇ? 無理だろ。 何か事情があんなら俺ん家に泊めても……」
「無理。 樹さん絶対手出す」
ストレートの橘でさえグラついた由宇を、可愛い男に目がない樹に託すなどあり得ないと即答した。
一瞬で、樹に抱かれる由宇を想像してしまいウイスキーが苦く感じる。
胸元が焼け付くような嫌な感覚が湧き上がり、思わず樹を睨んでしまった。
「信用ねぇな! ま、多分俺も手出さねぇのは無理だろうけど。 その子可愛い系? 綺麗系?」
「どっちでもねーよ。 強いて言うならポメラニアンに似てる」
「ポメラニアン!? それ可愛いじゃん」
「樹さん目ヤバイ」
失恋したばっかで狙おうとすんなよ、と付け加えてウイスキーを飲み干す。
何だか全然飲み足りない。
次は芋焼酎のストレートをオーダーした。
一旦すべてを忘れて、本格的に酔いたいと脳が叫んでいる。
目の前の樹も決して酒が弱いわけではないが、橘のペースに合わせているからか耳が赤くなり始めていた。
「風助が歌音と結婚すんなら俺が貰ってもいいだろ。 俺なら経験豊富だし? そこそこ強えし? 今じゃ優しさと財力も兼ね備えてるぞ」
「樹さんにはやらねーよ。 アイツが大学出るまで俺が養うって決めてっから」
「歌音と結婚すんじゃなかったのかよ」
「あ、そうだった。 どうすっかな。 歌音にはあと八年待ってもらうか」
「んな待たせるわけにいかねぇだろ。 そうやって風助がその子を囲いたいって思ってんのに結婚なんか出来ねぇと思うがな」
「はぁ。 じゃあマジでどーしたらいいわけ」
歌音は歌音で怜の父親と別れる気配がないし、橘がたとえ結婚に踏み切ったとしても由宇を囲っていればダブル不倫状態である。
二人が互いに別の相手が居るのならば、結婚は形ばかりで意味を成さない。
だが歌音の父親との約束がある。
箱入り娘をまったく知らない者に預けるくらいなら風助に預けたい、と真摯に言ってくれていたその気持ちに応えたいのだが。
歌音も別れない、橘も由宇が気になる。
遅かれ早かれ政略結婚は必ず実行しなければならない。
板挟みどころか四方八方から押し潰されそうだ。
今までで初めて、橘には解決の光が見えないでいた。
「なぁ風助。 その子の事は忘れろ。 風助が歌音の親父さんに筋通さねぇでいられるわけがねぇよ」
俺が貰っても……などと笑えない冗談を言っていた時とは違い、樹の視線は真剣そのものだ。
悩んでいてもしょうがない事だとは分かっているのに、樹にそう真面目に諭されても素直に頷けなかった。
「忘れるって、厳しくね?」
「厳しくても忘れるんだよ。 相手は男で、しかも生徒なんだろ。 今は物珍しくてヤっちまってるだけなのかも」
「………………」
「園田さんの件が解決したら、とりあえず一つ目的が見えるよな。 解決目処はいつ?」
「年内」
「じゃあそれまでは絶対に手出すな。 キスも素股も何とかプレイもだぞ」
「………………」
樹の言う、「年内まで手を出すな」の理由はきちんと理解しているはずなのに、思考が追い付いていかない。
考えるのをやめているだけで、最低限の事は分かっている。
今すでに引き返せないところまで由宇を巻き込んでしまっている事も、橘の身の振り方も。
「悩むんなら結婚は出来ねぇだろ」
「分かった。 とりあえず年内は死ぬ気で理性保っときゃいいんだろ」
「……死ぬ気でって言ってる時点で……」
「樹さん。 俺の決心削ぐのやめろ。 ……アイツら呼んでくる」
おぅ、と頷いた樹の表情は、橘と同じ三白眼を細めての苦笑いであった。
立ち上がった橘はカウンターで飲んでいた拓也達を誘い、その日は閉店の深夜二時過ぎまで浴びるように飲んだ。
さすがの橘も酔うかもと思うほどに酒を食らったが、いくら飲んでも酔わない己のザルさを初めて恨んだ夜だった。
潰れた四人を見回して、一つ溜め息を吐く。
──由宇への気持ちは、忘れるしかない。
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