個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 狼狽える由宇は、橘の元へ行かなければならない焦りと、目の前の矢継ぎ早なキラキラの追求にパニック寸前である。


「い、いやそれは……!  あの、林田くん、すごいグイグイくるね!  俺ちょっと動揺してるからもう少しテンポ落としてよ……!」
「あぁ、ごめんね!  おれいっつもこんな感じだから、よく鬱陶しがられるんだ~!  よろしくね!  真琴でいいよ!」
「よろしくねって……」
「橘先生って二人の時もあんなに怖い人なの?」
「えぇ?  いや、別に怖くは……」
「えー!!  じゃあ優しいのっ?  あの橘先生がっ?」
「ちょっ、林田くん!  声落として!」
「まーこーとー!」
「真琴ね!  分かったから、俺もう行っていい?  先生と俺はそんな仲じゃないし、真琴が見たっていうの誰にも喋らないって言ってくれたの信じるからっ」
「分かった!  おれ、四組なんだ。  理系に進む予定!」


 行っていい?と言いながら歩み始めた由宇の隣で、まだ話し足りないのか真琴は付いて来ている。


「あ、あぁ、そうなんだ」


 人懐っこさも、ここまでくると度を越している。

 橘との仲を疑って揺さぶりを掛けてくるのかとギョッとなった由宇も、何だか気が抜けるほどのハイテンションぶりだ。

 さらに聞いてもいないのに理系に進むと言われても、どう答えていいか分からずとりあえず頷いた。


「今月入ってからだよね?  橘先生との内緒の密会!」
「密会って……っ」
「一学期の間は、旧校舎で密会。  二学期に入ったら生徒指導室使ってたんだもーん!  おれビックリしちゃった!」
「なっ、そっ、そんな事まで……!?!」


(俺の方がビックリだよ!!  なんで旧校舎で先生と会ってた事まで知ってんだよ!)


 一学期中は、怜の家族の件で話し込む時は橘の喫煙も兼ねて旧校舎をよく使っていた。

 だがそれも数回程度なはずだ。

 そんな細かい事まで知っているなど、何か企んでいるのかと真琴の顔を見るも相変わらずキラキラした瞳で由宇を見てくるだけだった。

 こんなにテンションの高い同級生は初めてで、普段は元気いっぱいな由宇もさすがに呆気にとられた。


「あっ、もう着いちゃった!  行ってらっしゃい!」
「え、あ、うん……?」
「いいなぁ、先生と生徒で密会だなんて~!   おれも胸キュンしたいなぁ!」
「シーーッ!!  だから声大きいって!」


 橘が由宇を「うるせー!」と罵倒してくる気持ちがよく分かった。

 空気の読めない真琴は、生徒指導室前でニコニコで手を振っていて、由宇が中へ入るまで見届けるつもりらしい。

 生まれて初めて、由宇は同級生に対して「めんどくさい」と思ってしまった。

 橘への恋心を悲観しながらも、恋をしている楽しさをほんの少しだけ味わって歩いていた甘酸っぱい時間を根こそぎ奪われた気分である。

 手を振り続ける真琴に苦笑を返して、由宇は生徒指導室へと入った。


「なんだよ、うるせーな」


 するとやはり中まで真琴の声が聞こえていたようで、机に腰掛けた橘が仏頂面で待っていた。


「あ……ごめん。  林田真琴くんって子に話し掛けられてた。  俺らの関係疑ってるみたいだよ」
「林田真琴?  あー、四組のな」
「そう。  市川さんの件、覚えてる?  俺のプリント拾ってくれたの真琴だったんだよね」
「覚えてねー。  てかなんで関係疑われてんだよ」
「……ここでキスしてるの、見られたみたい」
「あの一回を?  入り口のカーテン閉めてたけどな」
「あ!  そうだよね!?  ……ま、待って……、真琴、まだ表に居るかもしれないよ」
「は?  マジでか」


 勢いを付けて机から立ち上がった橘が、入り口へと歩む。

 その後ろ姿を見ていた由宇は、思いがけず大好きな橘と普通に会話が出来ている事にガッツポーズしたくなった。

 真琴の存在がこのやり取りを生んでくれたので、先刻浮かんでしまった「めんどくさい」は取り消す事にする。


「……っ、ぅわわわっ!!」
「──マジじゃん。  お前俺ら嗅ぎ回って何してんの」
「あっ橘先生!」


 扉を開けると、やはり間近に居た真琴がヘラヘラして立っていた。

 由宇を扉前まで見送っていたのは、堂々と盗み聞きするためだったようだ。

 橘が真琴の腕を引いて指導室内に立ち入らせると、すぐさま扉を閉めて詰め寄る。


「中入れ。  ……で?  俺らのキス見たらしいけど、どうやって見たんだよ」
「えっ、それは、こ~やって……!  覗きました!」


 詰め寄られても動じない真琴が、両手を目元にやってジロジロと覗く動作をした。

 その間もニコニコである。


「怖っ!!」
「怖えな、覗くなよ」


 由宇と橘は同時に声を上げた。

 二人の関係を疑ってここまでついてきて、しかも中で何が起こっているのかを確かめようとした真琴の行動の意味が分からない。

 まったく悪びれない真琴の笑顔を見ていると、薄ら寒さを感じながらもどこか憎めない。

 二の句を告げられないでいると、例のキラキラな瞳で橘と由宇を交互に見た。


「二人が羨ましかったんですも~ん!  おれも好きな人が男だから、どうにかお近付きになりたいなぁって!  アドバイスとか、相談とか、乗ってくれたらいいなぁって!」
「えぇっ?  真琴、好きな人が男なの!」
「由宇もでしょ!?  橘先生とイチャイチャしてるんだから!」
「してないよ!!!」
「イチャイチャなんてしてねーよ。  俺らはそんな関係じゃねーから」
「嘘だぁ!  橘先生いっつも由宇の事目で追ってる……ふぐっ!」
「うるせー、余計な事言うな」


(え……?  今なんかすごく嬉しい事聞いた気がするんだけど)


 真琴の口元を押さえている橘の横顔を見詰めてみるも、それはいつもと変わらない無表情だった。

 でもほんの少し、ほんの少しだけ、照れているように見えたのは気のせいだろうか。



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