174 / 195
18
18一4
しおりを挟む橘は、かなり控え目ではあったがククク…としばらく笑い、スマホを耳にかざした。
「分かった分かった。 樹さんの言いてぇ事は」
『風助! お前ポメ君ゲットしたんなら生涯守り通せよ! 俺みたいに可哀想な奴になるな! 分かったか!』
「分かったって」
『ポメ君に代われ!』
「また? ……ん」
可哀想な奴になるなってどういう事?と首を傾げた由宇に、笑みを携えたままの橘が再度スマホを渡した。
樹のテンションの変わりようといい、橘のレアな笑顔といい、一人置いてけぼり状態の由宇は付いていけない。
「は、はい……っ。 かわりましたっ」
『ポメ君! 風助が何かやらかしたらすぐ俺に言ってこいよ! あいつの弱点は俺しか知らねぇ! そこつついてやる!』
「はい! 分かりました!」
『いい返事だ! ポメ君と風助がくっつくなんて俺は夢にも思ってなかったから嬉しいぞ! 風助をよろしく頼むな!』
「よ、よろしくって、……! よく分かんないけど、頼まれましたっ」
先程のクールな樹と同一人物とは思えないほどのハイテンションさに、由宇もつられて元気に返事を返さざるを得なかった。
隣でやり取りを聞いていた橘が「何言ってんだお前ら」と笑い、お茶に口を付けている。
電話越しの総長様に同調しただけなのだが、とばっちりを受けて少々恥ずかしい。
「樹さん、もういいだろ。 切るぞ」
『えぇ、もうか!? いいじゃん、あと五分くらい!』
「五分長げぇよ。 その五分あったら寝とけ。 じゃな」
電話の向こうでブーイングが飛んでいたが、橘はあっさり通話を切ってしまうとスマホをテーブルに置いてさらりと由宇の肩を抱いた。
いつもの三白眼の瞳が、優しげに目尻を下げて微笑んでいる。
レア、なんてものではなかった。
橘がこんなにも穏やかな表情をしているのを見るのは初めてで、あの樹は彼にとって本当に心を許せる人物なのだという事が如実に分かる。
「樹さんやべぇな。 睡眠不足になると人って壊れんのか」
「壊れるって……普段とは全然違うの?」
「違うな。 樹さん、酔っ払ってもあんなにぶっ壊れねーよ。 ハルって男と電話で話してた時も人格変わってたしな」
「……そうなんだ……」
長い付き合いの彼らの間にも、まだ知らない事が色々とあるらしい。
ただ、この橘の笑顔を見る限り、二人が気のおけない仲なのは確かだ。
総長様直々に「よろしく頼む」と言われてしまった由宇は、橘の大切な友人からの言葉は真摯に心に留めておく事にした。
「メシ食わねーなら寝るか」
「え、先生、一服は? しないの?」
言いながら由宇は気付いた。
ここ何日も橘の自宅に居たが、由宇の髪を弄って遊ぶ橘は見た限り一度も煙草を吸っていない。
ガラステーブルに置かれているはずの灰皿がなくなっている事にも、今さら気が付く。
「やめたからな」
「え!? や、やめたって……あ! そういえば去年そんな話を女子としてたかも……!」
「覚えてねー」
「あれほんとだったんだ! 葉っぱはやめたって!」
「その言い草どうにかなんねーの? やべぇの吸ってたみたいだろーが」
「先生がそう言ってたんだよっ」
「マジか。 さすが俺」
フッと笑う橘の横顔は、穏やかとは程遠かった。
(なんでやめたんだろ……あんなにスパスパ吸ってたのに……)
唖然とする由宇は、去年橘から距離を置かれ始めた頃の事を思い起こす。
未成年の由宇がそこに居ようがお構いなしに、暇さえあれば煙草を咥えていたので橘は正真正銘のヘビースモーカーだと呆れていたものだ。
車内で吸われると服や髪にもにおいが付いて気になり、何より煙くてあまり好きではなかった。
吸っている姿は絵になってかっこよかったものの、あんなに吸っていたら体が心配にもなる。
まさか本当にやめたとは思わなかった由宇は、興奮気味にテーブルを指差した。
「あ! そういえば灰皿もないもんね!?」
「あぁ、いらねーし」
「な、なんでやめたのっ? あんなに吸ってたのに……!」
喫煙者が禁煙するのは大変だとテレビで見た事があった由宇には、あれほどヘビースモーカーだった橘が禁煙出来ている事が不思議でならない。
(だ、だって、テレビで見た人は死にそうな顔してたよ!? やめるの大変だって!)
目を丸くして驚いている由宇の耳元に、橘が軽めのキスをしてからぼそりと囁いた。
「お前が煙いってうるせーからやめた」
「へっ!?」
慣れない橘からのスキンシップついでに、嬉しい台詞が鼓膜に浸透してきて頬が緩んだ。
直接訴え続けていた由宇の不満が、橘を禁煙に導いたとは嬉し過ぎる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる