個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 脱げとうるさいわりに、自分で脱ぐまでもなく丸裸にされた由宇は、橘からの痛い愛撫にすでに啼き疲れ始めている。

 以前噛まれた痕はほとんど残っていなかったので、橘は新たに十数ヶ所、しかもあえて柔らかい所に吸い付いて噛み付いてを繰り返した。

 彼のこだわりである同時射精のために、由宇はまたしても寸止めを何度も食らっていて、視界は涙で滲みっぱなしだ。


「久々だからたっぷり慣らさねぇとな。  ちゃんと宿題やってたか?」
「宿題……っ」
「やってたか?」


 問いながらローションを指先に垂らしている様は、生々しくて直視出来ない。

 その宿題とやらも、数秒考えてあの事かと思い出すと、余計に橘の顔を見られなかった。


「…………一回、だけ……」
「一回~?  毎日やれって言っといただろーが」
「で、出来ないよ!  だって……っ」
「なんだ。  言い訳聞いてやる」


 性器からお尻まで、まんべんなくローションを塗りたくる橘の指先が、孔付近をマッサージするようにくにくにと蠢いた。

 不満そうだが、由宇にも言い分はある。

 初めて繋がった日の翌朝、由宇の両親の手前しばらく泊めてやれないと言った橘が課した、由宇への宿題。

 それは、「毎晩自分でアソコをいじる事」だった。

 そのためのローションと小サイズのアナルプラグ、コンドームを支給されたのだが、中指の第一関節を挿れただけで由宇の心は折れた。

 こうやるんだぞ、と実践を交えて教えてくれたはいいが、あんな事を初心者である由宇が独りでやるのは「無理」の一言だった。

 自分のベッドで行う孤独な羞恥プレイは、泣き虫に拍車をかけた。


「だって……だって……一人でやるの……嫌だったんだもん……」
「ん?」
「先生が居ないのに、出来るわけない……。 やってみたんだよ、一回だけ。  でも、……なんか寂しくなってきて……先生居たらギュッてしてくれるのにって考えてたら、それ以上出来な……」
「もういい。  分かった」


 冷たい瞳で見下されて、由宇の唇が引き結ばれる。

 課された宿題をちゃんと出来ていなかったから、橘は不機嫌になってしまったのだと、途端に焦りが生まれる。

 寂しいとか、空しいとか、恥ずかしいとか、そんなもの考えないで橘の言う事を聞いていれば良かった。

 そんなのも出来ねぇの?と呆れた橘に、初心者はこれだから…などと溜め息を吐かれたら、由宇はいよいよ泣いてしまう。


「お、怒った?  ね、ねぇ、怒ったの?  せんせ……ん、っ!」


 明らかにイラついた不満顔で睨んでくる瞳に、呆れや煩わしさが滲んでいないか不安で、由宇は無理な態勢からも構わず上体を起こした。

 だがすぐに肩を押さえ付けられてベッドに舞い戻る。


(怒って、る……?)


 肩口に触れた、ローションで湿った右手の感触と、グッと押された強さからは、由宇が不安視するようなものは感じなかった。

 代わりに優しく唇を啄まれて、離れる間際にちゅっと音を立てて口付けられて面食らう。

 こんなに普通のキスも出来るのかと、由宇を捉える甘く濡れた三白眼を見詰め返すのも照れた。


「……お前可愛いな」
「……っ、っ、……っ?」
「そうだ、やっぱお前はそうでないとな」
「……っ?  ……っ?」
「俺の事そんな好きか」
「…………っ」


 言葉の終わり、まるで句点のように一回一回キスが降ってくる。

 てっきり巨大な溜め息の嵐を巻き起こされると思っていた由宇は、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっと自らの唇から可愛らしいリップ音がする事に戸惑いしかなかった。

 ここに居るのは悪魔のはず。

 悪魔な橘がやるには少しばかり子ども染みていて、目が点だった。

 それが止むと、今度は今までにないほど柔らかく抱き締めてきた。

 しっかりと力加減された、素肌同士がソフトに密着するこんなにも温かな抱擁は初めてである。


「俺に抱き締められて嬉しい?」
「……っ!  …………うん……!」
「フッ……」
「……先生、どうしたんだよ……?  なんか……優し過ぎて怖い……」
「俺はお前が可愛過ぎて怖い」
「え……っ……!」
「ほっぺたやわらけー」


 ベッド上の魔力なのか、橘がいつになく由宇を舞い上がらせていて、心臓が壊れてしまいそうなほど早く鼓動を打った。

 鼻先を由宇の頬に擦り付けて、その感触を確かめている。

 耳元で「由宇可愛い」と囁かれた時は、あまりの驚きと喜びで全身の血流が一旦止まったかと思った。

 いつもの悪魔ではない天使バージョンの橘が初お目見えし、乱舞する心の躍動が止まらない。


「……先生っ……好きっ!  その先生好き!」


 獰猛な猫科の動物を手懐けているかのようだった。

 愛おしさが心の内から湧き出して、橘の背中をぎゅっと抱き締めて興奮していると、ついさっきまで甘やかだった癒やしの声に、急にドスがきいた。


「あ?」
「えっ、えっ?」
「いつもの俺は好きじゃないってか」
「そんな事言ってないじゃん!」
「そう聞こえた」
「言ってないよ!  甘ーい先生好きって言っただけ……っ」
「ほー?  いつもの俺は甘くないって?  お前にはめちゃくちゃ甘くしてやってんだけどなぁ?」
「先生……っ、目が怖い……!  悪魔に戻ってるよ……!」
「エンジン掛かってきたわ」


 今、ここに数分だけ居た天使は幻と消えた。

 ──どんな橘も好き。

 それは間違いないのだから、少しくらい初対面である天使と戯れたっていいじゃないかと、すでに悪魔に戻ってしまった橘を焦りを持って見上げた。

 ニヤリと笑う見慣れた表情を浮かべた橘に、由宇は背中を震わせながら絶叫する。


「かっ、掛けないでー!」
「フッ……今年の年越しリアルタイムで祝えると思うなよ。  気付いたら朝じゃんコース決定だ」
「えぇ!?  わ、わーーんっっ」


 時刻は二十二時を過ぎたところ。

 広過ぎる謎の庭園に、由宇の絶叫が轟いたのかどうかは分からない。

 ただし、間違いなくこの一軒家すべての部屋には響き渡ったはずだ。

 年越しのカウントダウンもさせてもらえないまま夜通し抱かれた由宇は、スタミナ切れになるまで啼き続けた。

 バックから猛然と腰を打ち付けながらうっそりと笑む、悪魔な恋人の下で──。



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