時を止めるって聖女の能力にしてもチートすぎるんじゃないんでしょうか?

南 玲子

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ユーリス クラウス騎士団団長に会う

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「珍しいな。お前が家に帰ってくるなんて何年ぶりだ」

ユーリスを乗せた馬車が屋敷の前について、降りようとしたとたんに、見知った懐かしい顔が出迎えた。

「クラウス兄さん。お久しぶりです」

「ユーリス。お前は公爵家という家名に頼って出世することを嫌って、家には成人になってからというもの、ほとんど顔を見せなかった。それが今日はどういうことだ?」

クラウスは久しぶりに会う精悍な顔つきになった弟を見て、その言葉とは裏腹に、誇らしげにその口元をほころばせた。

クラウスとユーリスは共に並んで颯爽と侍従やメイドたちの間を抜けて、大きい重厚な扉をくぐり屋敷の中に入る。
公爵家の中でも国王の弟の血筋というダイクレール家の屋敷は、もともと武官の血統ということもあり、かなりシンプルなつくりになっている。
なので華美な装飾などは一切無いが、その代わりに質実剛健の中にもしっかりとその歴史を思わせる、値段もつけられないほどの由緒ある品々がところどころに飾られていた。

「お話がありまして、できれば緊急に対処していただきたい一件があるのです」

クラウスと二人きりになったころを見計らって、ユーリスが言った。
ユーリスは、ダイクレール家の家名を使うことを、幼いころから嫌っていた。
実力で騎士団隊長になるために、騎士見習いの当初は苗字まで偽っていたほどだ。
平民だと思われ、おそらく屈辱的な思いをしたこともあったろうが、そんなことは口にも出さず、本当に実力で、ほんの5年間の間に騎士団隊長まで上り詰めた彼のことを、クラウスはひそかに誇りに思っている。

そんな彼が今、騎士団総長の兄クラウスに初めて頼ってきた。何を頼みに来たのかはすぐに想像がついた。

「ドルミグ副隊長のことか」

「はい」

「あいつはもう騎士団に戻れんそうだな。ヌーブス侯爵家のものがうるさく言ってきたよ。ドルミグをやった奴らを処刑しろとな。ドルミグのやったであろうことは、大体あたりがついてる。どうせ相手は平民なんだろう」

クラウスは胸の前で指を組んで、ゆっくりと一言一言を紡いでいく。ドルミグの度を越した貴族選民思想は、時々耳に届いてはいたが、まさかこんな馬鹿なことをしでかすとは。

「はい。事故調査委員会が組織されたと聞きましたが、その殆どがヌーブス侯爵家の息のかかったものだと聞き及んでいます。公平な判断が下されるとは到底思えません。今回のことで審議の対象となる、雑用係のクラマとキース騎士見習いを、助けてはいただけないでしょうか?」

「ほう・・」

クラウスは、騎士団を束ねる総団長の地位についてから自然と、感情を表に出さない技を身につけていた。その彼が、驚いた。

ユーリスはもともと平和主義者ではない。正義や優しさなどは、優秀な騎士になるに一番不必要なものだ。一旦戦いになれば、そんなものが日常的に蹂躙されていく様を見て、それに耐えられなければいけない。
騎士団隊長になるというのは、そういうことだ。時には理不尽や不条理だと分かっていても、すべては集団のために、個を・・・人を切り捨てる判断もしてきた。

そのユーリスが力の無い平民に肩入れして、あまつさえ嫌っていたダイクレール家の力を使ってまで、助けたい人物がいようとは・・・。
しかもユーリス本人は気がついていないようだが、騎士見習いよりも雑用係の少年の名を先に語った。

クラマか。一体どんな少年なんだろう。一度会ってみたいものだな。

「お前が私に頼み事とは、これが初めてだな。分かった、対処しておく。その代わりといっては何だが、今年伯爵家以上の館で行われるすべての夜会に出席しろ。お前もいい年なんだから、クラマとかいう少年にばかり構ってないで、はやく伴侶を見つけてくれ」

本意を見透かされて、少し顔を赤らめたユーリスは抵抗を試みた。

「兄さんだって30歳にもなるのに、ヘルミーナ様を未だ婚約者のまま会いに行きもせず、放置しているではないですか。私はまだ女性とどうことかは考えていません。約束なので夜会には出席しますが、そちら方面の期待はしないでください」

クラウスが対処する、といったのだ。
もうこの件はクラウスが解決するだろう。
ダイクレール公爵家と騎士団総長の権力は絶大だ。ヌーブス侯爵家といえども、小指ひとひねりで片がつく。

安心したユーリスはその後、久しぶりの敬愛する兄との語らいを、深夜遅くまで楽しんだ。
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