13 / 126
第二章 一部を除けば、楽しい学校生活(十四歳)
013 高貴なるヒゲ2
しおりを挟む
多くの人で賑わうグリムヒルをルーカスと歩く事数分。
「ほらここだよ」
私達は目的の場所を見つける。
「こんにちは」
ルーカスが店の扉を押し開けると、中からもわっとした熱気が溢れてきた。そしてカンカンカンと鉄を打つ、軽快な音が店内に大きく響き渡っていた。
「あれ、ドビーがいないや。作業場にいるのかな」
ルーカスが店の奥に視線を向ける。私もルーカスの真似をして店の奥を覗き込む。
店の奥にある作業場には、炉の前で汗をかきながら、鉄を叩いているドワーフ達の姿が確認出来た。
炉からの熱気により汗が滲み、頬を赤く染めたドワーフは、大きな鉄の棒を炉の中に入れ、炎で加熱してから取り出している。その横では、金槌で鉄を叩き、形を整えているドワーフもいた。
熱い炎と燃えさかる鉄の音が一体となって、鍛冶屋の作業場は非常に活気があるように見える。
(すごい、職人って感じ)
普段鍛冶屋に足を運ぶ事がない私は、滅多にお目にかかれない光景に胸が高鳴る。
私がドワーフ達の手仕事にうっかり見惚れていると、作業場にいた一人のドワーフが私達に気付いた。
「いらっしゃいま……げっ、ルーカスじゃねーか」
店員らしきドワーフの男性は、私たち……というか主にルーカスの姿を見るなり、顔をしかめた。そしてブツブツと呟きながら、首から下げた布で汗を拭きつつ、店先にトボトボと移動してくる。
「やあ、ドビー。久しぶり」
ルーカスにドビーと呼ばれたドワーフの男性は、長く伸ばしたあごひげを三つ編みに編んだ、なかなかのお洒落さんだ。
「お前、今度は何の園芸洋品を作らせるつもりだ?」
お洒落ドワーフのドビーさんがルーカスに細めた視線を向ける。
「園芸洋品?」
(さっきは自慢げに模擬剣をどうこうって言ってたよね?)
私もドビーさんに倣い、ルーカスに疑いの眼差しを向けておく。
「ふむふむ、相変わらず君達は素晴らしい腕をしているね」
壁に飾られた剣を見上げ、わざとらしくルーカスが話を逸らす。
「馬鹿野郎。俺は口だけで褒められても嬉しくねぇんだよ。で、今日は?まさかじょうろを改良しろとか言い出すつもりじゃねーだろうな」
「園芸品ではないよ。実は僕の彼女がこの店で装飾品を作って欲しいそうなんだ」
ルーカスが息を吐くように、間違った説明を堂々と口にする。
「は?このべっぴんな小娘がお前の彼女だと?しかもどうみたって、この子はブラック・ローズ科じゃねーか」
訝しげな顔で、私の全身を確認するドビーさん。
確かにピタリとした詰め襟のジャケットに、黒いチュールスカート。それから膝丈ブーツといった、オールブラックなゴシックスタイルに身を包む学生は、どこからどうみても、ブラック・ローズ科の生徒でしかない。
「はじめまして、私はブラック・ローズ科三年のルシア・フォレスターです」
私は淑女の挨拶をドビーさんに行う。
「へぇ、礼儀正しいお嬢ちゃんだな。俺の名前はドビー。多少値は張るが、お値打ち以上を提供すること間違いなし、ドワーフの鍛冶屋「高貴なるヒゲ」の店主だ。よろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
(なるほど。ドビーさんが店主だったんだ)
うっかり「店員」などと口にしなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、私はドビーさんに笑顔を向ける。
「で、ルーカスの彼女はどんなものをお望みなんだ?」
「あ、言い忘れましたけど。私は彼女じゃありません」
私はしっかりと訂正を入れておく。
「は?」
ぽかんと口を開けたドビーさんの表情は、どこか幼く見え、一気に親しみを覚える。
「同郷のよしみです。ただそれだけ。それで私が作って欲しいのは指輪です。それも医療用のやつなんですけど……」
私は事情を説明するべく、医務室の保険医、ダコダ先生から聞いた話をかいつまんでドビーさんに伝える。
「なるほど。それでわざわざここまで足を運んでくれたのか。確かにうちなら作れるが」
ドビーさんはチラリと横に立つ、ルーカスに視線を向けた。
「僕のためを思ってなら、悪いけど遠慮する。そもそも僕が病気になってしまったのは、君の両親を追い出した事。その事に対する神からの罰だろうから」
ルーカスがいつになく真剣な表情で、私の提案を拒否した。
「まるで私の両親のせい。そんな言い方ね。それに前は自分の母親こそ悲劇のヒロインだって言ってたくせに、どういう風の吹き回し?私を好きだから、絆されたってこと?」
私は挑発的な視線と共にルーカスを睨む。
「君の事は特別に思っているし、大好きだ。あの時はまさか君がフォレスター家の者だと思わなかったから、嘘をついた。何故なら、僕が自分の意志で、僕たちの両親の間にあったこと。それを色々と調べた事を両親は知らないからだ」
ルーカスは何処か寂しそうな表情で、目を伏せる。
「だけど僕は罪深い者から生まれた、中途半端な者だ。だから君から魔力をわけてもらう事なんて出来ない」
ルーカスは私と視線を合わせることなく、小さく首を横にふる。
魔力欠乏症。そして半グール化。確かにどちらも完璧ではない、中途半端な状態だと言える。そしてその事を、ルーカスは誰よりも後ろめたく思っているようだ。
「馬鹿じゃないの?私が親切であなたに魔力をわけるわけないじゃない」
私はしょんぼりと肩を落とすルーカスを一喝する。
「まぁ、魔力を他人にタダで与えるのは勿体ないよな。魔石だって値段がつくわけだし。駄賃を貰うってのは、妥当だろう」
ドビーさんが幾分勘違いした意見を述べる。
とは言え、勿論私だってタダで魔力を分け与えるつもりはサラサラない。
(全ては死なれたら困るから)
私がルーカスに復讐を遂げるその日まで、どうしたって生きていてもらう必要があるから。だから仕方なく魔力を分け与える事にしたまでだ。
それに指輪代なんて、私が払えるわけがない。よって、本人の自腹で購入してもらうつもりでもある。
「これは僕のけじめでもあるんだ。君を頼る事はしない」
きっぱりと断られてしまった。
(うーん、意外に頑固なところがあるのね)
どっちにしろ厄介に違いない。
こうなったらと、私はすぅと息を吸い込む。
「何を勘違いしてるか知らないけど。私はルーカスに死なれちゃ困るの。何故なら私は学校を卒業したら、父と母を追い出したローミュラー王国に復讐するんだもの。その復讐計画の中には、ルーカス・アディントン、あなたもしっかり入っているんだから」
私は母を真似、ぷくうと頬を膨らませた。
「僕は、君に殺されるのであれば本望だ」
何故か肩の荷が降りたと言った感じで、ふわりと微笑むルーカス。
「も、もちろん。ちゃんと学校を卒業したら、段階を追って、それでルーカスを追い詰めるつもりよ。でもそれまで勝手に死ぬのは許さない。あなたを殺していいのはあなたでも、あなたを蝕む病気でもない。私なんだから」
「うん」
「そ、それに、この私が魔力をわけてあげるって言ってるんだから、ルーカスは黙って私の言う事を聞けばいいの」
私はルーカスの片手を強引に掴む。そして有無を言わさぬ勢いで、カウンターの上にルーカスの意外に大きく重たい手をドンと乗せる。
「ドビーさん、悪いけどこの人の指に合う、魔力欠乏症用の指輪をお願いします」
(よし、上手くいったわ)
多少無理矢理ではあったが任務完了だと、私は心の中でガッツポーズをする。
「お前ら、やっぱ本当は付き合ってるだろ?」
ドビーさんが疑い深い声をあげる。
「え?何のことですか?とにかく早く計測を」
私はルーカスが駄々をこねる前に早くとドビーさんを急かす。
「わかった。デリケートな問題には首を突っ込まないに限るからな。で、どの指に合わせるんだ?」
「え?」
(やば、そこまで考えてなかった)
嫌がるルーカスに「どの指がいい?」などと気軽に尋ねられる状況でもない。となると一体、どの指がマストなのか。
私はルーカスの骨ばった大きな手を眺め、ううむと悩み抜き、顔をしかめる。
「因みに恋人同士は「愛する相手の心を強固につかみ、結びつける」とかいう理由で、左手の薬指に合わせた指輪を作る事が多いぞ」
「へぇ、そうなんですか」
(なるほど。確かに左手の薬指は心臓と繋がっていると言われているし)
うっかり感心しかけ、我に返る。
「じゃ、絶対に薬指いが」
「左手のここ。薬指で」
私が言い終わるより先に、ルーカスが希望を述べる。しかもちゃっかり自分の薬指を右手で指すという動作付き。
「それで、同じものを彼女の左手の薬指にも」
言い終えるやいなや、あり得ない素早さでルーカスが私の左手を掴むとカウンターの上に乗せた。
「な、なんで私の指輪まで必要なのよ」
カウンターに乗せられた手を下ろそうと、ひたすらもがきながら、私は文句を口にする。
「君は僕に復讐したい。だから死んで欲しくないんだよね?」
「そ、それはそうだけど」
「それになんだかんだ、君は僕の事がわりと好きだよね?」
「は?同郷のよしみなだけだけど」
「僕たちは復讐者と復讐相手。いわば運命共同体だ。だから、恋人同士のようにペアの指輪をはめても何らおかしくはない」
何故か達観したような、神が降臨したような。
そんな清々しくもキラキラしい笑顔を私に向けるルーカス。
「全然おかしくあるから」
「ルシア、君って本当にわがままだね。こんなに可愛い顔をしているのに、中身は悪魔のように恐ろしい」
「そりゃそうよ。私はブラック・ローズ科なんだから」
ルーカスの口から「悪魔のように」と最上級の褒め言葉が飛び出し、思わず誇らしげに胸を張る。
「そういうことでドビー。ペアの指輪を二つ。そうだな。マンドラゴラの繊細な葉がぐるりと一周しているようなデザインはどうかな」
しっかりと私の手をカウンターに押さえつけたまま、説明を口にするルーカス。
「ほぉ、随分とお洒落さんだな。でもお前らしいし、悪くない」
「だろう?もちろん代金は色をつける」
「直ぐにサイズを測らねーとな」
ルーカスとドビーさんがニヤリと悪巧みをする笑顔を向け合う。そしてあれよあれよと言う間に、魔法のメジャーによって私の邪悪なる左手の薬指周りが計測されてしまった。
「ちょっと待って、私の意思は無視なの?ねぇ、私の意見は?」
「大丈夫、実は以前から君のために温めていたデザインがあるんだ。きっと気に入ると思う」
先程まであんなに嫌がっていたはずのルーカスは、上機嫌で魔法のメジャーに薬指を差し出している。
(しかも左手の!!)
「ルーカス、あなたってほんっとうに、最悪な性格してるわね」
「褒めてくれてありがとう。お礼に君に似合う最高級の素材で作った指輪をプレゼントする」
「いらない、いりません」
「遠慮しないで。これは君への贖罪でもあるから」
「結構です」
私はルーカスを睨みつける。けれどルーカスは楽しそうに微笑むだけ。
「やっぱ、お前達、付き合ってるんだな」
ご機嫌な様子で、指輪のデザイン画を描き始めたドビーさんがボソリと呟いた。
「付き合ってないです!!」
私は全力で否定したのであった。
「ほらここだよ」
私達は目的の場所を見つける。
「こんにちは」
ルーカスが店の扉を押し開けると、中からもわっとした熱気が溢れてきた。そしてカンカンカンと鉄を打つ、軽快な音が店内に大きく響き渡っていた。
「あれ、ドビーがいないや。作業場にいるのかな」
ルーカスが店の奥に視線を向ける。私もルーカスの真似をして店の奥を覗き込む。
店の奥にある作業場には、炉の前で汗をかきながら、鉄を叩いているドワーフ達の姿が確認出来た。
炉からの熱気により汗が滲み、頬を赤く染めたドワーフは、大きな鉄の棒を炉の中に入れ、炎で加熱してから取り出している。その横では、金槌で鉄を叩き、形を整えているドワーフもいた。
熱い炎と燃えさかる鉄の音が一体となって、鍛冶屋の作業場は非常に活気があるように見える。
(すごい、職人って感じ)
普段鍛冶屋に足を運ぶ事がない私は、滅多にお目にかかれない光景に胸が高鳴る。
私がドワーフ達の手仕事にうっかり見惚れていると、作業場にいた一人のドワーフが私達に気付いた。
「いらっしゃいま……げっ、ルーカスじゃねーか」
店員らしきドワーフの男性は、私たち……というか主にルーカスの姿を見るなり、顔をしかめた。そしてブツブツと呟きながら、首から下げた布で汗を拭きつつ、店先にトボトボと移動してくる。
「やあ、ドビー。久しぶり」
ルーカスにドビーと呼ばれたドワーフの男性は、長く伸ばしたあごひげを三つ編みに編んだ、なかなかのお洒落さんだ。
「お前、今度は何の園芸洋品を作らせるつもりだ?」
お洒落ドワーフのドビーさんがルーカスに細めた視線を向ける。
「園芸洋品?」
(さっきは自慢げに模擬剣をどうこうって言ってたよね?)
私もドビーさんに倣い、ルーカスに疑いの眼差しを向けておく。
「ふむふむ、相変わらず君達は素晴らしい腕をしているね」
壁に飾られた剣を見上げ、わざとらしくルーカスが話を逸らす。
「馬鹿野郎。俺は口だけで褒められても嬉しくねぇんだよ。で、今日は?まさかじょうろを改良しろとか言い出すつもりじゃねーだろうな」
「園芸品ではないよ。実は僕の彼女がこの店で装飾品を作って欲しいそうなんだ」
ルーカスが息を吐くように、間違った説明を堂々と口にする。
「は?このべっぴんな小娘がお前の彼女だと?しかもどうみたって、この子はブラック・ローズ科じゃねーか」
訝しげな顔で、私の全身を確認するドビーさん。
確かにピタリとした詰め襟のジャケットに、黒いチュールスカート。それから膝丈ブーツといった、オールブラックなゴシックスタイルに身を包む学生は、どこからどうみても、ブラック・ローズ科の生徒でしかない。
「はじめまして、私はブラック・ローズ科三年のルシア・フォレスターです」
私は淑女の挨拶をドビーさんに行う。
「へぇ、礼儀正しいお嬢ちゃんだな。俺の名前はドビー。多少値は張るが、お値打ち以上を提供すること間違いなし、ドワーフの鍛冶屋「高貴なるヒゲ」の店主だ。よろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
(なるほど。ドビーさんが店主だったんだ)
うっかり「店員」などと口にしなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、私はドビーさんに笑顔を向ける。
「で、ルーカスの彼女はどんなものをお望みなんだ?」
「あ、言い忘れましたけど。私は彼女じゃありません」
私はしっかりと訂正を入れておく。
「は?」
ぽかんと口を開けたドビーさんの表情は、どこか幼く見え、一気に親しみを覚える。
「同郷のよしみです。ただそれだけ。それで私が作って欲しいのは指輪です。それも医療用のやつなんですけど……」
私は事情を説明するべく、医務室の保険医、ダコダ先生から聞いた話をかいつまんでドビーさんに伝える。
「なるほど。それでわざわざここまで足を運んでくれたのか。確かにうちなら作れるが」
ドビーさんはチラリと横に立つ、ルーカスに視線を向けた。
「僕のためを思ってなら、悪いけど遠慮する。そもそも僕が病気になってしまったのは、君の両親を追い出した事。その事に対する神からの罰だろうから」
ルーカスがいつになく真剣な表情で、私の提案を拒否した。
「まるで私の両親のせい。そんな言い方ね。それに前は自分の母親こそ悲劇のヒロインだって言ってたくせに、どういう風の吹き回し?私を好きだから、絆されたってこと?」
私は挑発的な視線と共にルーカスを睨む。
「君の事は特別に思っているし、大好きだ。あの時はまさか君がフォレスター家の者だと思わなかったから、嘘をついた。何故なら、僕が自分の意志で、僕たちの両親の間にあったこと。それを色々と調べた事を両親は知らないからだ」
ルーカスは何処か寂しそうな表情で、目を伏せる。
「だけど僕は罪深い者から生まれた、中途半端な者だ。だから君から魔力をわけてもらう事なんて出来ない」
ルーカスは私と視線を合わせることなく、小さく首を横にふる。
魔力欠乏症。そして半グール化。確かにどちらも完璧ではない、中途半端な状態だと言える。そしてその事を、ルーカスは誰よりも後ろめたく思っているようだ。
「馬鹿じゃないの?私が親切であなたに魔力をわけるわけないじゃない」
私はしょんぼりと肩を落とすルーカスを一喝する。
「まぁ、魔力を他人にタダで与えるのは勿体ないよな。魔石だって値段がつくわけだし。駄賃を貰うってのは、妥当だろう」
ドビーさんが幾分勘違いした意見を述べる。
とは言え、勿論私だってタダで魔力を分け与えるつもりはサラサラない。
(全ては死なれたら困るから)
私がルーカスに復讐を遂げるその日まで、どうしたって生きていてもらう必要があるから。だから仕方なく魔力を分け与える事にしたまでだ。
それに指輪代なんて、私が払えるわけがない。よって、本人の自腹で購入してもらうつもりでもある。
「これは僕のけじめでもあるんだ。君を頼る事はしない」
きっぱりと断られてしまった。
(うーん、意外に頑固なところがあるのね)
どっちにしろ厄介に違いない。
こうなったらと、私はすぅと息を吸い込む。
「何を勘違いしてるか知らないけど。私はルーカスに死なれちゃ困るの。何故なら私は学校を卒業したら、父と母を追い出したローミュラー王国に復讐するんだもの。その復讐計画の中には、ルーカス・アディントン、あなたもしっかり入っているんだから」
私は母を真似、ぷくうと頬を膨らませた。
「僕は、君に殺されるのであれば本望だ」
何故か肩の荷が降りたと言った感じで、ふわりと微笑むルーカス。
「も、もちろん。ちゃんと学校を卒業したら、段階を追って、それでルーカスを追い詰めるつもりよ。でもそれまで勝手に死ぬのは許さない。あなたを殺していいのはあなたでも、あなたを蝕む病気でもない。私なんだから」
「うん」
「そ、それに、この私が魔力をわけてあげるって言ってるんだから、ルーカスは黙って私の言う事を聞けばいいの」
私はルーカスの片手を強引に掴む。そして有無を言わさぬ勢いで、カウンターの上にルーカスの意外に大きく重たい手をドンと乗せる。
「ドビーさん、悪いけどこの人の指に合う、魔力欠乏症用の指輪をお願いします」
(よし、上手くいったわ)
多少無理矢理ではあったが任務完了だと、私は心の中でガッツポーズをする。
「お前ら、やっぱ本当は付き合ってるだろ?」
ドビーさんが疑い深い声をあげる。
「え?何のことですか?とにかく早く計測を」
私はルーカスが駄々をこねる前に早くとドビーさんを急かす。
「わかった。デリケートな問題には首を突っ込まないに限るからな。で、どの指に合わせるんだ?」
「え?」
(やば、そこまで考えてなかった)
嫌がるルーカスに「どの指がいい?」などと気軽に尋ねられる状況でもない。となると一体、どの指がマストなのか。
私はルーカスの骨ばった大きな手を眺め、ううむと悩み抜き、顔をしかめる。
「因みに恋人同士は「愛する相手の心を強固につかみ、結びつける」とかいう理由で、左手の薬指に合わせた指輪を作る事が多いぞ」
「へぇ、そうなんですか」
(なるほど。確かに左手の薬指は心臓と繋がっていると言われているし)
うっかり感心しかけ、我に返る。
「じゃ、絶対に薬指いが」
「左手のここ。薬指で」
私が言い終わるより先に、ルーカスが希望を述べる。しかもちゃっかり自分の薬指を右手で指すという動作付き。
「それで、同じものを彼女の左手の薬指にも」
言い終えるやいなや、あり得ない素早さでルーカスが私の左手を掴むとカウンターの上に乗せた。
「な、なんで私の指輪まで必要なのよ」
カウンターに乗せられた手を下ろそうと、ひたすらもがきながら、私は文句を口にする。
「君は僕に復讐したい。だから死んで欲しくないんだよね?」
「そ、それはそうだけど」
「それになんだかんだ、君は僕の事がわりと好きだよね?」
「は?同郷のよしみなだけだけど」
「僕たちは復讐者と復讐相手。いわば運命共同体だ。だから、恋人同士のようにペアの指輪をはめても何らおかしくはない」
何故か達観したような、神が降臨したような。
そんな清々しくもキラキラしい笑顔を私に向けるルーカス。
「全然おかしくあるから」
「ルシア、君って本当にわがままだね。こんなに可愛い顔をしているのに、中身は悪魔のように恐ろしい」
「そりゃそうよ。私はブラック・ローズ科なんだから」
ルーカスの口から「悪魔のように」と最上級の褒め言葉が飛び出し、思わず誇らしげに胸を張る。
「そういうことでドビー。ペアの指輪を二つ。そうだな。マンドラゴラの繊細な葉がぐるりと一周しているようなデザインはどうかな」
しっかりと私の手をカウンターに押さえつけたまま、説明を口にするルーカス。
「ほぉ、随分とお洒落さんだな。でもお前らしいし、悪くない」
「だろう?もちろん代金は色をつける」
「直ぐにサイズを測らねーとな」
ルーカスとドビーさんがニヤリと悪巧みをする笑顔を向け合う。そしてあれよあれよと言う間に、魔法のメジャーによって私の邪悪なる左手の薬指周りが計測されてしまった。
「ちょっと待って、私の意思は無視なの?ねぇ、私の意見は?」
「大丈夫、実は以前から君のために温めていたデザインがあるんだ。きっと気に入ると思う」
先程まであんなに嫌がっていたはずのルーカスは、上機嫌で魔法のメジャーに薬指を差し出している。
(しかも左手の!!)
「ルーカス、あなたってほんっとうに、最悪な性格してるわね」
「褒めてくれてありがとう。お礼に君に似合う最高級の素材で作った指輪をプレゼントする」
「いらない、いりません」
「遠慮しないで。これは君への贖罪でもあるから」
「結構です」
私はルーカスを睨みつける。けれどルーカスは楽しそうに微笑むだけ。
「やっぱ、お前達、付き合ってるんだな」
ご機嫌な様子で、指輪のデザイン画を描き始めたドビーさんがボソリと呟いた。
「付き合ってないです!!」
私は全力で否定したのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない
あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。
タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。
図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。
実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。
同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる