Under the Rose ~薔薇の下には秘密の恋~

花波橘果(はななみきっか)

文字の大きさ
8 / 118

【1】-8

しおりを挟む
 悲しくなってしょんぼりうつむくと、大きな手が光の小さい頭を包むように撫でた。

『せっかく光が、俺のために紙から漉いてくれたのに……』

 顔を上げると黒い瞳がじっと見下ろしていて、胸が少し苦しくなった。清正の手のひらが頬に触れて、吸い寄せられるように目と目が合って、動けなくなった。

 ふいに、清正が囁くような声で言った。

『光が好きだ』
『え……?』

 驚いて目を見開くと、慌てたように強い言葉が続いた。

『あ、違う……っ! ヘ、ヘンな意味じゃないから……っ』
『ヘンな意味って……?』

『あ、あれだよ。なんか、あんなこと言われたけど、気にするなってこと。俺たちは、ずっと普通に一番の友だちだから……』

 心臓がドキドキして、うまく声が出せなかった。清正が繰り返した。

『ヘンな意味じゃないから……。何か言われても、ずっと友だちだからな』

 安心しろと小さく付け足されて、光は黙って頷いた。「ヘンな意味」じゃなければ、清正はずっと光のそばにいてくれるのだと思った。

 光は清正を失いたくなかった。
 清正を失えば、きっと生きられないと思った。

 だから、「ヘンな意味」のことは忘れて、自分の中に芽生えたよくわからない気持ちにも名前を付けなかった。

 二人は無二の親友になり、高校も同じ私立の進学校に進んだ。
 大学は、清正はそのまま付属に進み、光は美大のデザイン科を受けて外に出た。進路が分かれても清正との距離は変わらなかった。

 ムダに綺麗すぎる容姿とものを創り出す才能以外、全ての能力を放棄して生まれてきた。いつか清正が光をそう評した。
 自分の欲しいもの以外、何も持っていないと。

 顔の造りの良し悪しはともかく、何かを作り出せる力があるなら、それで満足だと光は答えた。
 清正は光に、生きてゆくための能力が足りないのだから、ずっと自分のそばにいろと言った。必ず助けてやるし、守ってやるからと。冗談のように笑いながら言って、肩を抱き寄せた。

 どこにも行くなと繰り返した清正の言葉を、光は今も信じている。

 何かあれば、光は清正のところに行く。
 嫌なことがあって、それをうまく説明できない時でも、清正がそばにいれば安心できる。だから、時々胸が苦しくなるような甘い痛みに気付いても、その気持ちに決して名前は付けなかった。

 名前のない気持ちなら、ないものとして扱える。
 ないものが壊れることは、絶対にない。

 清正が結婚していた期間だけは、あまり顔を合わせなかった。
 ちょうど就職した年で、忙しかった。どこにでもある言い訳を借りて、自分と清正を納得させた。

 フォトフレームの中には十年ほど前の光と清正が並んで写っている。背景は清正の家の庭で、なぜこんな写真を撮ったのかよくわからない。

 十五歳、五月の薔薇の下で……。

 清正の母である聡子が、丹精込めて手を入れていた庭。七原家の庭は、小さな楽園のようだった。
 さほど広くない空間を、立体仕立ての薔薇が彩る。
 パーゴラに絡むアンジェラの下の青く塗られた大きなベンチ。そこで、光は本を読み、昼寝をした。

 隣にはいつも、清正の気配があった。

 そこまで思いをはせて、光はゆっくり長いまつげを伏せた。

 心の扉にかけた鍵を慎重に確かめる。薔薇の繁みの奥に潜む秘密の扉。その中に隠したものを誰にも見せてはいけない。

 永遠に、秘密にしておくべきもの。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...