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06.何もかも私のせい
しおりを挟むタンティーニ侯爵家を出たロベリオは、馭者に次の行先を告げた。
走り出す馬車の中で、何事もなくて良かったとロベリオは安息する。先ほどエヴァが転びそうになった時は本当に肝が冷えた。
些細なことで流産する可能性もあるのだから、出来ることなら早く自分が用意した屋敷へ呼び寄せ、朝から晩まで面倒を見てやりたいと思うのに、彼の祖父であるタンティーニ侯爵からの許可が下りなかった。
――とはいえ、焦りは禁物だ。まずはエヴァに今後も私の想いを伝えて、結婚してもいいと思ってもらわなくては……。
と、ロベリオは固い決意を胸に抱くが、一つ気がかりなのは、自分に人生をやり直す機会を与えてくれたアキラの存在だった。
エヴァを失って五十年が経過し、あとは死を待つばかりだったが、あの日、使用人だったアキラのおかげで奇跡のような出来事が起きた。
どうやって過去に戻してくれたのかは謎だが、とにかくエヴァが生きている世界に戻してくれたことに感謝しかない。
それにしてもアキラは何処へ消えたのだろうか? 過去の人生で彼に出会った時期は、子供の頃だったと記憶しており、今さら彼と出会った路地裏へ行ってもアキラはいないはずだ。
以前は異世界から来たと言う彼のことを面白半分で拾い、自分の従者として育てたが、今世では彼に出会っていない。
彼は最後まで自分に尽くしてくれた唯一の人物だ。出来れば会って礼を伝えたいと思うが、彼の残した言葉が気になっていた。
『私、ようやく元の世界に帰る方法を見つけました。ですが、それには代償が必要なのです。実は旦那様の――が鍵だったのです。ですので――』
途切れ途切れで良く聞こえなかったため、アキラの言った代償が何なのかは分からないが、彼は元の世界に帰るために、何らかの禁忌術を行ったのではないかと思う。
だとすれば、ロベリオはアキラに出会わない方がいいのだろう、実際、この巻き戻った人生では彼の痕跡は何一つない。
逆に彼に出会ってしまったら――? この記憶を失い、自分は過ちを犯したままエヴァを失うかも知れない、そう考えると恐ろしくなる。
自業自得と言えばそれまでだが、エヴァと結婚出来なかった過去の人生は泥の中を這いずっているようだった。
――すべては自分のせいだ……いや、すべての元凶はバレッタ・エスカルダだ。
学園にいる頃からバレッタは、エヴァが何処で誰と一緒に居たかを常にロベリオに教えてくれる親切な人間だった。
知らないうちに打ち解けて、たまにエヴァへの気持ちを愚痴ったこともあったし、その都度、彼女からの助言を受けた。
『私思うのですが、ロベリオ様が令嬢に人気があるということをエヴァ様に示しておくべきですわ』
色恋などに関して疎い自分に、色々と親切にしてくれる彼女を有難く思ったのも事実で、気が付けば彼女の言う通り、様々な令嬢と交流をするようになった。
交流と言っても、観劇を見に行ったり、流行りの店へ出向いたり――、それこそ、エヴァと出かけるときに役に立つと言われたら何だってした。
自分の派手な噂が流れ始めたのもこの頃で、誰かれ構わず女性を口説き、誑かしていると陰で言われていたが気にしていなかった。
今思えば、気にするべきだった。交流がほとんどなかったエヴァや彼の親族が噂を鵜呑みするのも当然なのに、それすら頭になかった。
あの日、皇太子が開いたパーティー。
今日こそはエヴァと一緒に過ごそうと意気込んでいたが、どうしてもエヴァの前だと上手く立ち回ることが出来ず、結局、話しかけることも出来なかった。
パーティー会場でエヴァに話し掛けられない自分を見たバレッタが、『ロベリオ様、まずはお酒でも飲んで気分を楽にされては如何です?』と言われて酒を飲み、『ダンスも私とまずは練習をしましょう』と言われて躍った。
記憶があるのはそこまでで、翌日、目が覚めて愕然とした。
パーティー会場にある休憩用の客室で寝ていたことも驚きだが、隣にはバレッタが寝ており、誰がどう見ても一夜を過ごした二人の図だった。
『どうして君が……?』
『ロベリオ様、昨晩のこと覚えておりませんの?』
そう言われて、何も覚えてない自分は取りあえず黙認するしかなかった。
ロベリオの中では、酒に酔って休憩しただけという認識だったが、数ヶ月経った頃、急に彼女が公爵家へ現れて、『私、あなたの子を妊娠して流産しました』と言った。
まさに驚きの発言だったし、身に覚えもないロベリオは当然のように否定した。そもそも、意識を失うほど酒に酔っていたのだから抱けるわけがないのだ。
けれど、彼女は医者の書いた診断書を提出してきた。
――本当にあんな書類を信じるなんて馬鹿だったな……。
過去では、この段階では知ることは出来なかったため、責任を取る形で彼女と婚姻を結んだが、結婚してしばらく経った頃――。
城での公務を終えて屋敷に帰ろうとした時だった。馬車の車輪が外れてしまい、修理が終わるまでの時間つぶしに庶民街の酒場へ足を踏み入れた。
たまたま、町医者のラッセルという男がカウンターに座っており、隣に座らせた踊り子を口説くために面白い話を聞かせると言って話し出した内容がバレッタの妊娠の話だった。
『どうしても結婚したい相手がいるって言うから、偽の診断書を書いたんだ。相手の男は可哀想になぁ……、あんな女に掴まるなんて地獄へ落ちた方がマシだろうに』
――聞いた時は腸が煮えくり返ったな……。
そのまま医者を殴り殺してやろうかと思ったが、全ては自分が招いたことだと踏みとどまった。
最初から素直にエヴァに気持ちを伝えて、一緒に歩む努力を自分がしていれば、バレッタに付け入られることなど無かったのだ。
結局、過去の自分はバレッタの父親であるミラー伯爵から『娘を慰み者にした』と脅迫にも似た縁談話に付け加え、自分の父や祖父からの罵倒。
うんざりするような毎日を送っていた時、エヴァから破談状が届いて頭が真っ白になり、どうでも良くなった自分はバレッタと結婚をした。
――けれど今回は違う。
下唇を噛みしめると、馭者に指定した屋敷の前で降りた。
「ロベリオ公子様、ようこそおいで下さいました」
過去と同様、ミラー伯爵家の執事が丁寧に出迎えた。
「彼女は?」
「屋敷で首を長くして待っております」
それはそうだろうな、とロベリオは口端を歪めた。
過去の人生ではこの日、彼女との結婚を決めたのだから、記憶が確かなら、扉を開ける前にミラー伯爵が飛び出て来るはずだ。
緩やかな段差を上がると、過去の出来事と相違ない場面に出くわす。
「お待ちしておりましたぞ、公子殿」
「ああ、ところで客人が増えるが構わないだろうか?」
「え……?」
「そろそろ来る予定なんだが……」
ロベリオは自分が通って来た通りへ視線を向ける。
その時、時間を見計らったかのように紋章の入ってない馬車が現れると、中から役人と一緒に一人の男が現れた。
「ロベリオ公子、お待たせ致しました」
「いや、こちらこそ、ありがとう」
連れられて来た男はロベリオを見ると、ぎょっとした顔をする。何が起きているのか分からないミラー伯爵は、「ロベリオ公子殿、これは一体……」と動揺を見せた。
「彼のことはバレッタ嬢が知っている」
「え?」
「取りあえず、屋敷の中に招待をしてくれないか? それから、もうあと二人ほど人が増える予定だ」
そう言ってロベリオは笑みを浮かべた。
屋敷内の貴賓室へ案内されるが、何が何だか分からないという顔をしたバレッタの父親であるミラー伯爵は、「どういうことなのかご説明を!」と声を荒げた。
「こちらは、ディバ男爵のご子息でマイクです。バレッタ嬢と親密な関係のようですから丁重に扱われた方が宜しいでしょう」
微笑を浮かべたロベリオは、それにしても――、と隣に座らせたマイクを眺め、どんな弱みをバレッタに握られているのか、それとも彼女に惚れているのか、自分には彼の心情は分からないが、どちらにせよ身の潔白は証明させてもらうぞ、と挑む様にマイクを睨んだ。
不意に、「失礼致します」と執事の声に顔をあげると、バレッタが一緒に貴賓室へ入って来る。
「一体……」
続ける言葉を見失った彼女だったが、それも一瞬のことで、直ぐに余裕のある笑みを浮かべた。
「ロベリオ様、本日はお越しいただいてありがとうございます。そちらの方はご友人なのでしょうか?」
「気になるのか?」
「いいえ、ロベリオ様の隣に座るには、少々身分が低そうに思えましたので気になっただけですわ」
その言葉を聞き、流石だなと思う。どちらにせよ、この男だけでは不十分なのは分かっていたことだ。
切り札は、この男ではなく、今から来る予定の二人なのだから――。
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