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23.状況が分かってないな
しおりを挟む帰りの馬車の中でシモンは、「ロータスの花が舞うのを見れなくて残念でしたね」と寂しそうな笑みを見せた。
確かに、毎年楽しみにしていたので、最後のロータスの花が舞う瞬間が見れなくて残念だったが、そんなことよりも――、
「少し聞きたいんだが、ロベリオは誰かに恨まれてたりするのか?」
「恨みですか……?」
「さっき、女神像が倒れて来た位置がロベリオの付近だった。それに本人もそんなことを言ってたからさ……」
少し困った顔を見せる彼は、「まあ、それなりにありそうです」と言った。
「それは俺のせいか?」
「え……」
「もしかして、俺のせいで今までも命を狙われるようなことがあったんじゃ……」
「まさか、そんなことあるわけがないです」
そう言ってシモンは否定するが、エヴァは一度湧いてしまった疑念がどうしても拭い去れなかった。
考えて見れば、結婚してからロベリオの警戒が強くなったのは明らかだった。
彼が自分に無関心だった時は、不思議なくらい何事も無かったのに、結婚した途端、身の周りに不審なことが増えたことも気になる。
ふと、数日前に届けられた押し花のことを思い出したエヴァは、「シモンは好きな令嬢はいるのか?」と聞いた。
「婚約者はおりますが、好きかと聞かれると答えられません」
「なるほど……、けど贈り物くらいはしたことあるだろう?」
それに関しては、夜会のドレスやら髪飾りやら、必要最低限の物は贈ったことがあると言う。
「花はどうだ?」
「ええ、何度か贈ったことがありますが……」
「もらったことは?」
「花をですか? 普通は女から男に花を贈ることは滅多にないと思います」
そうなると、あの押し花も男がエヴァに贈ってきた物と考えるのが無難な気がした。
何の意図があって贈られて来たのか謎だが、と色々なことに頭を悩ませながら屋敷へと辿り着けば、シモンが慌てて馬車を降りる。
降りると同時に彼が剣を抜く姿を見て、エヴァは何事だと視界をその先へ向けた。
「何者だ!」
声を荒げるシモンが、不審人物に剣を向ける。けれど、その人物はエヴァの知っている者だった。
「ルーク? どうして君がここに?」
「エヴァ様!」
今にもシモンに斬り刻まれそうなのに、こちらを見てパァっと嬉しそうな顔をする彼に頭痛がする。
「状況が分かってないな君は……」
「え……」
「不審者扱いをされているんだぞ?」
ようやく状況を呑み込んだのか、首元に突き付けられている剣を見つめ、「そんな、俺は不審者ではございません」と青い顔をする。
「シモン、彼は知り合いだ。剣を下ろしてくれ」
「分かりました」
剣を下したシモンだったが、警戒は解いておらず、ルークを訝し気に見つめている。
そんなことよりも、さっきまで聖火の広場にいたはずの彼が、どうしてこの屋敷にいるんだ? と疑問の言葉を投げようとした時――、
「俺をエヴァ様の従者にして頂けませんか?」
そう言って彼はペタンと地面に伏せる。
普段は尖っているはずの耳が垂れ下がり、飼い主からの命令を待つかのような姿は、まるで大型犬そのものだ。
従順にこちらの返事を待つ彼に、エヴァは言葉を失ってしまい、呆然と見つめるしか出来なかった。
慌てて馭者席から下りて来たレンが、「な、なんてことですか!」と大騒ぎし始めた。
「あー、レン、静かにしてろ」
「静かに? 静かにって言いましたか? 私が静かにしていたせいで、このような事態になったのです」
口を尖らせるレンに向かってエヴァは――、
「……ああ、そうか、お前の代わりにルークを雇えばいいな……」
「え……」
「冗談だ」
どちらにせよ、従者はレンだけで十分だと思っているし、それにルークの能力を考えれば従者などに納まって欲しくないエヴァは彼に従者は必要ないことを告げた。
横でずっと訝し気に見ているシモンの視線が気になった自分は、彼が王都の図書員だという説明をすると、「ああ、この銀狼がジャレッド皇子のお気に入りですか」と言う。
「何だ知ってるのか」
「ええ、噂だけです。本人を見るのは初めてですね」
両肩を窄めるシモンが、「大体、騎士が図書館へ行くと思いますか?」とお道化る。
そう言われると確かになぁ、とエヴァは真っ先にロベリオを思い浮かべた。
学園時代のロベリオの成績を思い出し、くすくす笑っていると、レンが口を尖らせてエヴァへと詰め寄って来る。
「エヴァ様、どうするおつもりですか?」
「どうするも、こうするも、ジャレッド皇子のお気に入りなのに俺に仕えるなんて問題があるだろう」
「そうですよね」
ほっとしたようにレンは何度も、うんうんと顎を縦に揺らすが、ルークは目を伏せると「もう、図書館の仕事は辞めました……」と言う。
「辞めたって、どうして⁉」
「これからはエヴァ様のために働きたいからです」
これは面倒なことが起きたとエヴァは頭を抱えた。ジャレッド皇子から絶対に嫌味を言われるに決まっているし、一番の問題はロベリオだ。
どうするべきかと考えていると、ルークの言い分を聞いたレンは声を荒げる。
「もう、エヴァ様! だから、私は言ったのです。誰かれ構わず愛想を振りまくと面倒なことになると!」
レンがぶちぶち文句を言って来るが、エヴァは主らしい態度で反論した。
「お前……、俺が今まで誰かに愛想を振りまいたのを見たことがあるか?」
こちらの言い分を聞き、はて? と小首を傾げるレンが、「そういえば一度もないですね」と答えるのを聞き、自分で聞いておきながら虚しくなる。
それと同時に、ルークもロベリオもエヴァのような無愛想で横柄な男が好きという事実に辿り着く。
――俺は……変わった男にしか好かれないということが判明したな……。
結論が出たところで、エヴァは改めてルークへと向き直った。
「君の力は俺の従者などには勿体ない」
「ですが……、俺はもう仕事を辞めてしまいました。エヴァ様に拒絶されてしまうと生きる糧もありません」
彼の気持ちは分かるつもりだった。
母親を失い、目指していた騎士にもなれず。そんな彼が、たまたま命の恩人であるエヴァに出会ってしまったことで生きる糧を見出してしまったのだろう。
かと言ってエヴァには、どうすればいいのか分からない、困ったなと頭を悩ませていると、話の流れを聞いていたシモンが、「だったら公爵家の騎士団の試験を受けて見てはどうです?」と言う。
確かに、従者よりは騎士の方が彼には性にあっているだろうし、そもそも、王都の国家試験に合格する腕前なら問題は無さそうだと思う。
「そうだな、その方がいいだろう。けれど……」
ルークの気持ちはどうなのかと彼を見た。
「エヴァ様が望まれるのであれば俺は何だってします」
「……あー、うん……」
だが大丈夫なのだろうか? 騎士を目指していたことは知っているし、腕前も文句はないだろう。
けれど、彼は自分の力が怖くて挫折をしたのだから、それを払拭するのはかなり大変だ。だが――、と改めて彼を見つめた。
「ルークがしたいようにすればいい、俺のために働きたいというなら頑張れとしか言いようがない……」
「エヴァ様!」
レンが口を尖らせて抗議してくるが、それ以上は喋るなと掌をレンの口元へ向けた。
「取りあえず、公爵家の騎士試験を受けてみろ、受かれば俺の護衛として使ってやる」
パァっと明るい顔をするルークとは対照的に、苦々しい表情のレンが、「私は知りませんよ」とジトっとした目でこちらを見る。
自分だって分かっている。彼を受け入れると面倒な事になることくらい、けれど、エヴァのために仕事も辞めて来たという彼を突き放せないのだ。取りあえず、ルークのことはシモンに任せることにした――――。
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