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25.嫌味を言いに来た皇子
しおりを挟むそれから数日後の昼下がり、豪奢な馬車がやってくるが、彼が来ることは想定内だったエヴァは、笑顔を貼り付けてもてなした。
「皇子様をお迎え出来るほどの屋敷ではございませんが」
そう言って、エヴァは使用人にもてなしの準備をさせた。
「いやいや、君がいるだけで十分だ」
ジャレッド皇子の言葉にピクリと拳を動かすロベリオを見て、どうして、わざわざロベリオを挑発する言葉を言うんだ……、とエヴァは溜息が出そうになる。
「二人そろっているのを見るのは久しぶりだな」
ロベリオは仏頂面のまま、「それで、一体何の御用ですか?」と聞くが、エヴァとしては皇子が何の用事で来たのか把握出来ているだけに、それは聞かないでくれと心の中で叫んだ。
「あー、実は、私が目をかけていた男がエヴァに奪われたんだ」
なぜ、そんな言い方を? と誤解を招くような言い方をする皇子を睨むと、ニヤっと笑った皇子が、「まったく〝癒しの花〟が相手では私も敵わないな」と言う。
「は……?」
「あー、ロベリオ、説明をするのを忘れていたんだが……」
てっきりシモンが説明していると思っていたが、試験が行われるのは来週だと言うことで、ルークの話をロベリオには説明していないらしく、エヴァも、いつ話せばいいのかと思っていた矢先だった。
「エヴァ? もしや……浮気を……?」
「ば、馬鹿なことを言うな! そうじゃなくて、皇子が言っているのは図書館に勤めていた半獣の話だ」
ロベリオは小首を傾げ、あの半獣と何があったのかと詰め寄って来る。
どうして自分が悪者になっているのか、全ての元凶である皇子に、「ジャレッド皇子! ちゃんと説明して下さい!」と声を荒げる。
「悪いな。つい面白くてな」
「全然、面白くないです」
「実は、ルーク・ゴルドが図書館の職員を辞めて公爵家の騎士試験を受けるそうだ」
真顔になった皇子がロベリオへ向かって説明をする。
「彼が我が公爵家の試験……?」
「ああ、私がどれだけ言っても首を縦に振らなかったのに、エヴァの役に立ちたいと言って騎士になることを決めたらしい」
二人の視線が自分に向かってくる。確かに、自分はルークがしたいようにすればいいと言った。
本人がどうしてもエヴァの役に立ちたいと言うのだから、仕方ないじゃないかと膨れっ面を披露していると、皇子はわざとらしい溜息を吐き――、
「だから、私はあれほど言ったんだ。君に優しくされると勘違いするやつが多いと……。私の助言を無視してルークに微笑み、昔話でもしたのか? まったく、とんでもない男だ。次からは〝癒しの花〟ではなく〝魅惑の花〟と呼んでやろう」
「……」
ぐちぐちと嫌味を言いたい放題言われるが、実際はそんなことを言いに来たのではないと思ったエヴァは、「ジャレッド皇子、本当のご用件は?」と強い口調で話しを遮った。
彼は薄っすら浮かべていた笑みを真顔に戻すと――、
「ああ、実は数日前の聖火祭りの事件だが、少々面倒なことが起きてな、ロベリオが捕まえたという刺客はポリアネ王国の第二皇子の側近だった」
「え……」とエヴァとロベリオは同時に声が出た。
「視察に来ていただけなのに、無礼な振る舞いだと主張されてな……、おそらくだが、最初から騒ぎを起こし、捕まることが目的だったのだろう。つまり全ては計画通り、といった所なのだろうな」
「なるほど、だからエヴァではなく私を狙ったんですね」
ジャレッド皇子は、静かに顎先を縦に揺らすと、エヴァを見つめて来る。その先は言われなくても何となく分かった。
「それで、詫びとして俺の花を持たせろと言われたのですか?」
「いや、君をポリアネ王国へ公賓として同行するように要求してきた」
すかさずロベリオが、それは「無理ですね」と言えば、「だな、私も同じ考えだ」とジャレッド皇子もうなずいた。
当然だが自分もポリアネ王国など冗談ではないと思う。あの国に関してはあまり良い噂は聞かないし、そんな国にわざわざ行くなど自分から危険に遭いに行くようなものだった。
ロベリオは重々しい太息を吐くと――、
「現在エヴァは他国へ行けるような身体ではありませんし、もし要求されるのであれば、私の同行と公爵家の騎士を千人ほど連れて行く許可を頂きたいです」
「君も無茶なことを言う。突っぱねられるに決まってるだろう」
苦笑する皇子は、「あの国の第二皇子は呪われているんだ」と険しい顔をする。どうやら、全身が炭のように真っ黒な肌をしており、皮膚がパリパリと剥がれるのだと言う。
「それは……、癒しの花を使用しても治るものではありませんね」
「ああ、私もそう思う。けれど――、縋りたい気持ちも分からなくはないな」
それを聞いたロベリオの拳がぐっと固く握られるのが見えて、エヴァの心配をしているのは身体のことだけでは無さそうだと最近は思う。
花に関して異様なほど反応を示すロベリオを見れば、エヴァですら知らない何かを知っている可能性もありそうだと思う。
「まあ、どちらにせよ、側近の確固たる意志を見る限り、引き下がる気は毛頭無さそうだ」
そう言いながら、皇子はエヴァはどうしたいのかと、返答を委ねているような表情を見せる。
「ポリアネ王国から皇子が来られることは出来ないのですか?」
「似たもの夫婦だな、無茶を言う……。全身が炭のように黒い呪われた皇子が、どうやって外交するんだ? 国の外に出て悪評が広まったらどうする」
「あ……」
言われれば確かにそうだと思う。ただ、エヴァもポリアネの第二皇子に興味が湧いたのも事実だった。
〝癒しの花〟で治せない病気は生まれ持っての疾患と、内臓の崩壊に関する物、つまり身体の内部から自然に発せられた病に関しては治しようが無い。
外傷や皮膚病や流行り病などは一瞬で治せるが、定められた死の病に関しては〝癒しの花〟ではどうにもならないのだ。
呪いの類は病とは異なるし、術者を殺すか術を解いてもらわないとどうしようもない。
けれど、ふと思いついたことが口から勝手に零れていた。
「教皇……」
「ん?」
「教皇教会での顔合わせならどうでしょうか?」
教皇の指示の元で顔合わせするのであれば問題は無さそうだと思う。
「なるほどな、だが、国から出られないなら意味はないだろう?」
「それならバルムンク様に呼び出しをお願いしてみますが?」
「最高位司教を顎で使うとは……、君には恐れ入るよ」
呆れたようにジャレッド皇子は肩を竦める。隣にいるロベリオは落ち着かない様子を見せながら、「エヴァ、私は反対だ」と口を尖らせるのを聞き、反論した。
「教皇の元でなら危険はないと思うぞ?」
「いや、呪いの皇子と対面した時点で危険だ」
「はぁ……、ロベリオ、呪いは術者が対象の人間にかける物だ。それに危険というなら側近の人間だって呪われているはずだろう?」
ジャレッド皇子も同じ意見のようで、呪いに関しては他者に影響はないと考えているようだった。
「どちらにせよ、教皇の元で会うのなら、最低限の人間しか連れて行けないな、ということで私も行くことにしよう」
皇子が一緒に行くとなると面倒が増えると思ったエヴァは、「皇子のような目立つ人と一緒に行きたくないのですが……」と皮肉を込めた。
「君はロベリオと二人で行って問題を大きくしたいのか? その男が暴走した時、止められるのは私だけだと思うが」
確かに、言われて見ればそうだと思う。まるっきり問題児扱いをされるロベリオを見れば、不貞腐れるどころか悲しみに満ちた目をしており、それほどに呪いのことが気になるのだと感じた――――。
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