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28.やはり君だったか
しおりを挟む寝台に腰掛けたロベリオは先ほどの押し花のことを考えた。
あれは過去、エヴァが死んでから毎日欠かさず墓に捧げて来た花だ。それこそ、どれだけ忙しくても必ず毎日捧げて来た。
――それを知っているのは……、ああ、そうか……。
彼はこの世界に存在しているのだと、アキラのことを思い浮かべた。
――元の世界に帰れなかったのだろうか?
胸がざわつき嫌な予感がした。彼は元の世界に戻るために『代償』が必要だと言っていたが、もしかして、彼はその代償を引き替えてないのではないだろうか。
自分の命を差し出せと言うなら遠慮なく持って行ってくれて構わない、もう十分過ぎるほど幸せな時間を過ごした。
以前は叶わなかったエヴァと結婚も出来たし、来月には子供も生まれる。唯一残念なのは子供を胸に抱けないことくらいか、と微笑していると――、
「ロベリオ?」
寝室の扉を開けてこちらを覗くエヴァが心配そうな顔を見せている。
「ああ、すまない、少し疲れてしまって……」
「疲れるねぇ……、訓練したあとに訓練をするような男が……?」
そう言いながら、こちらへと近付いて来る。
「なあ、お前……何を隠してるんだ? この花の意味を知ってるんだろ?」
「君に隠し事などあるわけがない、ただ、昔……、悲しい出来事があった時の花だから、その時のことを思い出したんだ」
「花言葉は?」
「純愛」
「なーんだ知ってたのか」
エヴァはくすっと笑うと、自分の隣に座った。
こてんと肩に頭を寄せて来るエヴァの仕草に、ああ、まだ死にたくはないな……、と先程の決心が揺らぎそうになる。
「今日、徹夜でレンが屋敷の周辺を見張るみたいだ」
「え……」
「この押し花を贈りつけて来る相手を捕まえると意気込んでた」
それを聞き、それは自分の役目だなと思った。
まだ、押し花を贈って来た相手がアキラだとは決まってないが、何となくロベリオにはそうなのだろうと思う。
本当は自分に贈りたかったのではないだろうか、とエヴァの持っている押し花を手に取ると指でクルっと回した――。
その日、夜中に目が覚めたロベリオは、エヴァを起こさないように寝台から抜け出すと居間へと向かった。
レンの姿を探し、玄関先へ向かえば、暗がりに佇む男の姿を見つけ、後から声をかけた。
「レン、眠いだろう? 少し休んだらどうだ?」
「いいえ、エヴァ様に叱られてしまいます」
「それは、いつものことだろう?」
「そうですね、ですが、実際エヴァ様は本気で怒られたことはないです」
エヴァは言い方がキツイだけで心の底から怒ったことは無いとレンは言う。
「ロベリオ様だって気が付いてらっしゃるでしょう? あの方は感情を表に出すのが苦手なのです。それに心は常に慈愛で溢れている方ですから、気を緩めない様にされているだけです」
意外とエヴァのことを理解しているようで驚いたが、考えて見れば、自分よりもエヴァのことを見て来たのだから当然と言えば当然なのかも知れない。
当り障りのない会話を続けていると、門前に不審な人物を捕らえたレンが、「ロベリオ様!」と声にならない声で口を動かした。
「……ああ、私が対応する」
真っ黒なフードを被った男が門前に立ったまま、こちらの様子を伺っている。ロベリオはゆっくり歩き、その人物へと向き合った。
「アキラ」
「お久しぶりです。ロベリオ様」
「お前ではないことを願っていたんだが……、そうか、やっぱりお前だったか」
「すみません」
被っていたフードを取るとアキラは従者らしい態度で深々と頭を下げた。
「それで、私の命を奪いに来たのか?」
「滅相もありません」
「そうなのか、だが元の世界に戻る代償を奪いに来たのではないのか?」
「それは、ロベリオ様ではございません」
ひゅっと喉に空気が入り込み、ロベリオは咳き込んだ。
笑みを浮かべるでもなく、苦い顔をするわけでもなく、アキラは無表情に言葉を続ける。
「もう、ここまで大きくなれば安心です。子供さえ生まれれば誰がどうなろうと良いのです」
「……何を……言ってる?」
「元々の命と言うのは定められておりますので仕方ないのです」
いったい、何の話をしているのだろうか、子供が生まれればいい? 誰がどうなろうといい? 元々の命……? 合わさらない言葉の全てをロベリオの中で組み立てる。
「アキラ……冗談だと言え、そうでないなら、君を殺すことになる」
「私を殺してもエヴァ様は助かりません」
「な……っ!」
淡々と話しを続けるアキラが、「過去の人生でバレッタ様との間に子を作って下されば良かったのです」と小首を傾げる。
「は……?」
「ロベリオ様が他の誰かを愛せれば良かったのですが、貴方はエヴァ様しか愛せないと分かりました。だから、あの分岐点まで戻ることになったのです」
哲学者の如く話を続けるアキラは、「ああ、安心して下さい。エヴァ様は自分でも寿命が残り僅かなことを……」と話しを続けようとした時、彼の視線が自分の背後へ移動した。
ヒタヒタと忍び寄る気配が誰なのか分かり、ロベリオは顎を下へ向けた。
「ロベリオ、客か?」
「エヴァ……」
不審者と対峙していることくらい彼にだって分かるはずだが、わざと聞いているのだろう。
目の前のアキラは微笑むと、エヴァに向かって、「はじめましてエヴァ様」と言った。
「君が押し花を贈ってくれている人か?」
「ええ、毎日、気持ちを込めて贈らせて頂いてます」
「何のために……?」
「以前、仕えていた方が愛していた人へ向けて届けていた花なんですが、それに習って見ました――ッ」
ロベリオはアキラの首を掴んだ。
「おい、ロベリオ、やめろ!」
エヴァが背後から手を伸ばし、自分の腕を掴む。
もし、この場にエヴァがいなかったら、この力を緩めることなどしなかっただろう。
「ごほっ……、相変わらず……っ、エヴァ様のことになると周りが見えないようですね……」
「アキラ、お願いだ。私は、どうなっても構わないから……」
「……申し訳ございません」
彼は深々と謝罪をすると風の様に去って行った。
ロベリオは信じられない話を頭から追い出したくて、何度も自分の頭を殴った。
「お、おい! ロベリオ⁉」
ぶるっと瞳孔が揺れて目の前が真っ白になり、何も見えなくなると、そのまま暗闇の中へと落ちて行った――――。
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