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29.稀な花生み
しおりを挟む翌朝、エヴァは窓辺へ身を寄せる。朝日を全身に浴びてから身体を反転させ、寝台で眉間に皺を寄せる男を見つめた。
昨日は一体なんだったのだろうか、と押し花を贈りつけて来た男のことを考えた。
――『エヴァ様は自分でも寿命が残り僅かなことを……』
どうして知っているのかと言うよりも、やはり、そうなんだなという落胆だった。
いつ自分の寿命が尽きるのか知りたいが、あの男はもう二度と現れない気がした。
それなら、ロベリオに聞くしかない。エヴァは彼の横へと身を寄せ、「なあ……、もう話してくれてもいいんじゃないか?」と呟いた。
何を隠しているか教えてくれないと、やり残しがあるようで死んでも死にきれないと言いかけて噤む。
「エヴァ……」
「ロベリオ、起きたのか。大丈夫か……?」
「ああ、頭が痛い」
「馬鹿力で叩くからだ」
虚ろな目をするロベリオは、何かを話したくて、でも話せなくてという戸惑いが見える。
出来れば死ぬまでに彼の口から聞いておきたいが、今の自分は腹に宿っている子供の方が心配だった。
――まさか……生まれない……なんてことはないよな……?
もしかすると彼の隠し事は、自分の腹の子に関することなのかも知れないと疑う。それを口に出そうかと思っていると、ギっと寝台が揺れてロベリオがエヴァを抱きしめた。
「エヴァ、君に謝らなくてはいけないことがある」
「何だ?」
「君を愛している」
「……どうしてそれが謝ることに……?」
「私が君を愛さなければ、いや、婚約などしなければ、君は幸せな日々――っ」
エヴァは咄嗟に起き上がると、馬鹿なことを言うロベリオの頬を掌で殴った。
「どうしてそんな馬鹿なことを言うんだ? 俺の言葉が足りないから不安か? だったら言ってやる」
「違う……、違うんだ」
ロベリオは寝台の上で礼儀正しく座り直すと涙を浮かべて微笑む。
「愛してる……、愛してる、私にはエヴァだけだ」
今さらのような言葉が心に沁みた。
「ロベリオ、言われなくても分かってるよ。俺だって、ちゃんとお前のことを……」
「ありがとう……、エヴァ、今日は一日一緒にいよう……」
「どうして?」
「不安なんだ」
何故、そんな死にそうな顔をしているのだろうか、昨夜の男が言ったエヴァの寿命が短いという話のせいで、感情的になっているだけにしては変だと思う。
そう、まるで何もかもが自分のせいのように言うロベリオが不思議だったが、昨日の出来事で気持ちが沈んでいるのだろう。
それに関しては仕方が無いことだ、伴侶がもう直ぐ死ぬと聞かされて落ち込まない人間はいない。
エヴァは笑みを浮かべると、何をして過ごすか提案した。
「じゃあ、何処か出かけるか?」
「え……?」
「一日中一緒にいるんだろ? 何かしないとなぁ……、子供の頃は竜の牙探しとかやってたけど、流石にこの歳でやるもんじゃないしなぁ……」
大人になってから、森の中で泥だけで遊ぶのはどうなんだろうか、とエヴァが頭を悩ませていると、彼は頭を振る。
「一緒にいるだけでいい、こうやって君を抱きしめるだけで……」
「っ……」
そうだな、と言いたかったが、余計な話を続けてしまいそうだった。
ガーデンの守護から助言を受けていた話も含め、自分が死んだあとの話など、本当は話しておくべきなのだろう。
けれど、話すことは出来なかった。
この日、何をすることもなく、ただ二人でごろごろしたり、食事をしたり、何をどうするわけでもない時間を過ごした――――。
数日後、ジャレッド皇子にロベリオは異議を申し立て、エヴァの子が生まれるまではポリアネ王国の第二皇子と会うことは遠慮してもらうことになったが、側近には会うことになった。
王宮で拘束されている側近に会いに行くことになったエヴァは馬車の中で、ロベリオから口煩く何度も何度も同じことを言われる。
「エヴァ、絶対に泣いてはいけない」
「そんなに簡単に泣かないから安心しろ」
「けど、この間は泣いて倒れたじゃないか……」
「あー、あれはロベリオのことだったからだ」
ロベリオが死に逝く姿なんて想像したくないのに、すぐに想像出来てしまうのだから不思議なものだなと思う。
エヴァは想像しそうになるロベリオの死に蓋をすると、これから会う側近の話をした。
「それにしても、側近もなかなか頑固者だな、拘束されて一ヶ月近くは経つと言うのに」
「君の口から返事を聞くまでは帰れないのだろう」
と言うよりは、エヴァに何かを確認したいのではないかと思った。
王都の中心を抜けた先に見える立派な城を眺め、城内へ入ると受付でジャレッド皇子への面会を求めた。
「……っ」
「エヴァ?」
「ああ、大丈夫だ、今日は元気がいい」
そう言って腹を擦った。朝起きた時から何度も蹴られているが、今日は子供のご機嫌が悪いようだった。
城内の貴賓室で拘束されているポリアネ王国、第二皇子の側近である男はエヴァを見るなり、「エヴァ様、はじめまして、わたくしラムールと申します」と男は深々と頭を下げ、「ご体調が良好ではないと分かっていながら、我儘を言って申し訳ありません」とこちらの様子を気遣う。
「いいえ、ところでジャレッド皇子からお聞きになられていると思うのですが、おそらく俺の〝癒しの花〟では呪いは解除できないと思います」
「ええ、存じてます、ですが……、花生みには特殊な花生みがいると聞いてます」
どうやら花生みの中には体液に解毒作用を持つ者がいると言う。
「体液……ですか……?」
「エヴァ! こんな話、聞く必要は無い!」
「ロベリオ、落ち着け」
体液が呪いを解く解毒になると言うなら、エヴァではないだろうと思う。おそらく、体液が解毒なのではなく、体液が花に変わる特殊な花生みがいるはずだ。
「それは間違いだと思いますよ、花生みは所詮花生みです。ですから、体液が花に変わる花生みを探すべきです」
「体液が花に変わる……?」
「ええ、俺と同じで自由に自在に花が生めるのだと思います。それと、人に知られてはいけない花なのでしょうね、それこそ……呪いの類かも知れません」
こちらの話を聞き、「なるほど」と納得した側近は、そのような花生みをどう探せば良いのかと聞いて来る。
「それは体液を見るしかないと思います。普通、花生みは指先や髪など目に見える部分から花を生みます。俺の様に相手の死を連想するだけで、涙を流して花を生む花生みは稀なんです。だから、その体液が花になる者も稀な花生みだと思いますよ、俺の様に涙を流すのか、汗なのか……、唾液、それか血ですね」
「そうですか……」
ガーデンの守護なら、体液が花を生む花生みのことを知っているのだろう。だが、それを知る機会があるとすれば、一度死んだあと花生みとして生まれ変わる選定を受けた場合だ。
考えて見れば、あの時どうしてガーデンの守護に会えたのかもエヴァには分からない、「どちらにせよ」とエヴァは話を続けた。
「ただ、体液から花を生むのであれば、見つけるのは困難かも知れません。それに、本当に解毒ならいいのですが呪いが深まる可能性もありそうですし……」
エヴァが花生みに関する助言をした。彼は、「確かにそうですね」と納得の言葉を言いながらも、顔は納得出来てないようだった。
「ところで、第二皇子は生まれた時から呪いに?」
「ええ……」
「それなら、母親の影響なのではないでしょうか?」
「ここだけの話ですが、皇妃は大勢の花生みを抱えております。〝美の花〟をご存じでしょうか?」
美の花ならエヴァも聞いたことがある。その花を食べれば肌は弾むように潤い、髪は光輝くように滑らかになると、まあ、女性なら重宝する花なのだろう。
「美に異常なほど執着をしておりますので、第二皇子が生まれた時は見るのも嫌だと言って離宮送りにされました」
「そうですか……」
それは可哀想な話だなと思うし、酷い母親もいるんだなと思ったエヴァは、だとすれば母親の老廃物が集まって出来た子なのでは……? と失言しそうになった。
どちらにせよ、エヴァは自分の子供が生まれない限り、この国から出ることは出来ないと説明をした。
「こんな身体でなければ、ポリアネ王国にお伺いしたかったのですが、すみません」
「いえ、とんでもございません。私も手荒な真似をして、あなたを我が国へ招こうとしていましたので、謝るのであれば私の方です」
深々と頭を下げる男にロベリオが、「何故、最初から謁見を設けなかったのか?」と訝し気な顔で問い質せば、謁見では挨拶して終わってしまうことや、国賓での謁見の申し出はポリアネ王国の陛下から許可が下りなかったことなど説明された。
「……何せ、今我が国は権力争いで揺れてますので」
「そうでしたか」
側近の言葉にロベリオは納得出来たようだった。
取りあえず今のエヴァでは力になれそうもないことを伝えると、彼は潔く母国への送還をジャレッド皇子に願い出た――。
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