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31.時空の管理者
しおりを挟むぼんやりと幻想的な空間を眺める。
蝶とも虫とも鳥とも言えない不思議な生物が飛び交い、木々は虹色に光り輝き、目の前の全てがここが現実ではないことを物語っている。
前回、来た時は『まだ来る時じゃない』と言われたが、今回は違うのだろうと思った。
最後に見たロベリオの絶望した顔で、エヴァは何もかも察してしまったのだ。
――あんな顔は見たくなかったな……。
それにしても、いつ来ても不思議な場所だと思う。辛いことも、幸せだったことも何もかも忘れてしまえそうな空間だ……、と辺りを見回していると、いつの間にか背後にガーデンの守護が居た。
「おかえり、エヴァ、ああ、君はもうエヴァではないね」
「俺は死んだのか……」
「うん」
「そっか」
死んだのに、実感もなければ、悲しくもないのは花生みだからだろうか? どちらにせよ、もう、エヴァには何も無くなったことだけは分かる。けれど、ここで疑問が湧いた。
「ここは花生みが生まれる場所なんだろう?」
「そうだよ」
「死んだ俺が、どうしてここに?」
死んでしまった自分がどうしてジョルダンの園にいるのか不思議だった。そもそも前回の時も変だと思う。
ふわりと柔かな笑みを浮かべるガーデンの守護は君に会いたがっている人がいると言う。
どういうことなのだろう? と小首を傾げていると、ふいに自分の背後に人の気配を感じて振り返った。
「え……、君は」
「お久しぶりですエヴァ様、アキラです」
「あ、ああ、君も死んだのか?」
目の前にいるのは、あの押し花を贈って来たアキラという男だった。
以前は暗がりだったせいかハッキリと顔が見えなかったが、全体的な風貌は年頃の青年といった感じだ。
確か、ロベリオと知り合いのはずで、何か揉めていたことを思い出したが、花生みが生まれる場所にどうして彼がいるのかが分からない。
困惑しているエヴァに彼が深くお辞儀をすると、先ほどエヴァが『君も死んだのか?』の問いかけに答えるように、「私は元々、この世界に生きておりません」とおかしなことを言い始める。
「別の時空間から飛んで来た異端者のような者です。そもそも、この姿も仮です。本体は別の空間に――」
「ちょっと、待て、異端者? 本体?」
何を言っているのか、このアキラという男は……、とエヴァは彼の話を遮ったが、今さら聞かなかったことにもならない。
「悪い、続けてくれ……」
「ええ、では、お言葉に甘えて……、実は私が元居た世界で少々困ったことが起きまして、原因を探していたら、この時空に鍵があると分かったのです」
どうやら彼は時空の管理者から派遣されてここへ来たらしく、元の世界に戻るにはエヴァの子供が生まれる時空間を作らなくてはいけないと教えられたと言う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それは本当の話なのか? それにしたって、どうして俺の子供が必要なんだ?」
「本来なら、ロベリオ様にウィル様の豪腕の力が授かる予定でしたが、何度、時空を巻き戻ってもロベリオ様には伝達されなかったのです。遺伝の仕組みから言えばロベリオ様なのですが、どうやら――」
「ああ、なるほど、遺伝が飛び越えて俺の子供に?」
こくりとアキラはうなずくと、困った顔をしながら話を続ける。
「実は、ロベリオ様がバレッタ様と結婚をした時空も御座いますが……、あの方はエヴァ様しか愛せない方でした。ですので、一度もバレッタ様と夜の営みを行いませんでした」
「……」
「ですので、結局、ロベリオ様と一緒に時空を移動することにしたのです」
エヴァはどういうことなのかと、目をぱちりと大きく開ける。
「つまり……?」
「ロベリオ様は、あなたと結ばれなかった過去をご存じなのです。あなたが子を流産し、ロベリオ様のために花を生み続け、早くに亡くなった時空を体験しているのです」
何を言っているのかとアキラを見つめるが、けれど、腑に落ちている部分もあるのも確かだ。
流産のことも、あの時、ロベリオが『今度は流産しないように』と言っていたのは自分の子供のことだったと考えれば辻褄は合う。
それと、ロベリオが自身のために花を生んで欲しくないと切なく訴えていたことも――、それに、急に態度が変わったことも――、様々な出来事をまとめているエヴァを置き去りに、アキラはお構いなしに話を続けた。
「この大陸はロベリオ様の死後、崩壊する予定です。ですが、それだと私のいる世界も崩壊してしまうのです。ですので、私が元の世界に戻るには崩壊を止めるしか道は残されてません」
サラっと大陸が沈む話をする彼だが、そんな話を聞かされても信じる者などいないだろう。
このアキラという男の話をどうやって理解すればいいのか、エヴァの許容範囲を遥かに超える話に茫然とする。けれど、もっとも重要な話はエヴァの子供のことだ。
彼が元の世界に帰るために必要だと言うなら、エヴァの子が巻き添えになるのだと知り、「俺の子をどうするつもりだ?」と聞いた。
「ロベリオ様が死んでしまった後、この大陸に亀裂が入り、最初は小さな亀裂でしたが、それは徐々に大きくなり、エヴァ様の住んでいた大陸は歪に沈みます。それを皮切りにこの惑星が崩壊し始めます。初動の亀裂さえ防げれば良いのですが、それにはどうしても豪腕の力が必要なのです。ただそれだけです。犠牲者は誰も……」
そこまで言ってから、彼はゆっくり目を伏せた。ああ、ロベリオとエヴァが犠牲者なのかとアキラの様子で察した。
「その話はロベリオにしたのか?」
「いいえ、この時代を生きている人間に、崩壊の話をしても誰も信じません」
「それもそうか……」
「それに、現にエヴァ様も信じてらっしゃらないでしょう?」
確かに彼の話の何を信じればいいのかと思う。
ふっと笑った彼は丸い塊を見せてくれた。チカチカと色鮮やかな光を放っており、確かにこの世の物とは思えない物体だ。
「これが時空の管理者で、頭に直接話し掛けてきます」
「は……、悪い、話しについて行けないんだが……」
「そうですよね、普通は理解出来なくて当然です」
このアキラという男の話をどうやって理解すればいいのか、とにかくエヴァの許容範囲を遥かに超える話を飲み込むのに精一杯だ。
ガーデンの守護も、その話を聞かされて理解するのに苦労したと言う。どうやら、時空の管理者とガーデンの守護は存在が異なるらしく、接点はないらしい。
アキラの居る世界は、今から凡数千年先の未来で、陸地は殆ど残っておらず、高い建物の残骸の上で生活していたが、それもこの時空に飛んだ時に崩壊したと言う。
「私の世界は泥に塗れた世界です。しかも誰も居ない人生を数十年過ごしてきました。一度でも建物から足を踏み外せば死んでしまう。辺り一面灰色の世界……、この時空に来て感動しました。光り輝く太陽に緑あふれる大地に足を踏む喜びを……」
エヴァは手をかざし、「それはいい、君の世界の話なんて聞かされても俺には理解出来ない」と言って、アキラの話を止めた。
エヴァにはロベリオの死後、徐々に世界から人類や緑が消えていくという事実。それだけ分かれば十分だった。
どちらにしても、もう自分の役目は終わったということなのだろう。
「ロベリオなら子供を大切に育ててくれるだろう、きっと沢山の愛情を子供に注ぐだろうし、君の希望も叶う……、何も問題はないな……」
「本当にそう思われているのですか?」
「ああ、俺はロベリオという男を知っている」
アキラは大きな溜息を吐くと、ガーデンの守護に、「彼を少しお借りしても?」と言う。
にっこり微笑むガーデンの守護は、「どうぞ」と言って両手を広げた瞬間、エヴァは屋敷の前に立っていた。
見慣れているはずの屋敷が、どんよりと静まり返り、玄関先にレンの姿が見える。手拭で顔を覆い何度も涙を拭う。
「貴重な場面を見たな」
「そうですか?」
「ああ、俺にどれだけ詰られても、いつも底抜けに前向きな男だからな。こんな姿を見ることなんて……」
思わず言葉に詰まる。
レンの横を取り過ぎる時、ポンと肩に手を置こうとしたが、するっとすり抜けた自分の掌を見つめていると、アキラが屋敷の方へ手を向ける。
中に入れば、使用人も涙を流しており、残された人間達の悲しみにエヴァは襲われる。
「ここから先は、慈愛と慈悲に溢れているあなたの心には耐えられないかも知れません……」
そう言ってアキラは寝室へと視線を向けたあと腰を深く折った。
赤ん坊の泣く声と、何度も自分の名を呼ぶ声が聞え、あまりにも悲痛な声に心が壊れそうだった。
部屋の中を覗けば、助産婦が赤ん坊を清潔な布に包み、泣きながら周辺の片付けをしているのが目に留まる。
寝台の上にはエヴァの亡骸を抱きしめる血だらけのロベリオが息絶えた自分に口づけをする。その彼を近くにいるシモンが悲痛な顔で見守っていた。
――ロベリオ……、ごめん、もう離してくれ……。
こんな彼の姿は見ていられない、とエヴァは急いでその部屋から離れた。
目線の先にアキラが見え、彼がこちらに近付いて来ると切なく笑う。
「以前の時空間でも、ロベリオ様はエヴァ様だけを愛しておりました」
それに関しては疑いの気持ちは湧かなかった。
不器用ながらに、エヴァに愛情を注ぐ姿をずっと見て来たのだから、どれだけ時空が歪んでも、ロベリオの気持ちだけは疑ったり出来ない。
そんなことより――、
「皆、悲しんでる……、なのに何もしてやれないことが悔しい……」
こんなにも無力だと感じたのは久しぶりだった。祖母が死んだ時、祖父の悲しみを目の当たりにして、ああ、〝癒しの花〟なんて所詮は無力なのだと思い知らされた時以来だった。
アキラは、「エヴァ様の場合、もう一度、花生みとして生まれ変わることが出来そうですよ」と言う。
「もう一度って……」
「勿論、生まれたばかりの赤ん坊としてですが」
それに何の意味があると言うのだろう。
今さら、ロベリオに愛されることの無い人生を歩むなんて無理だ。それどころか、彼に接点のない花生みとして生まれるのであれば、彼のことも自分の子供のことも、遠巻きに見守ることしか出来ない。
それにアキラの話の通りなら、この先ロベリオは一生エヴァのことを悔みながら生きて行くのだ。
仮にロベリオの側に居られるようになったとしても、そんな姿を見て平気でいられるわけがない。呆然と立ち尽くすエヴァにアキラが、「ご覧になりますか?」と聞いて来る。
「何を?」
「過去の出来事です。こちらの時空の管理者が見せて下さいます」
「ああ、見る……」
エヴァはアキラの掌に乗っている不思議な光を放つ塊を覗き込んだ――――。
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