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32.君も幸せに
しおりを挟む時空の管理者と呼ばれる塊は見たことの無い光を放ち、エヴァの前に過去の出来事を映し出した。
「これは私が見て来たロベリオ様です」
「君の……?」
不思議な光景だった。
アキラが路上で飢餓で苦しんでいる時に、手を差し述べて来るロベリオの姿から始まり、エヴァが目にすることの無かった光景が次から次へと映し出されて行く。
学園時代のロベリオが、アキラに見送られながら、こっそりエヴァを見ている姿、自分の屋敷の前でウロウロする姿、それから――、アラーニ伯爵と結婚した自分を何とも言えない表情で見る姿。
過去では子を流産したせいで、床に臥せているエヴァ。その見舞いに来たロベリオの悲壮感を漂わせた顔に胸が切なくなる。
「ロベリオは俺が自分の子を宿して流産したのを知ってたのか……?」
「ええ……、アラーニ伯爵から彼の子ではないという話を聞いて、ロベリオ様は自分の子だと分かったようです」
「そうか……」
月日が流れ、バレッタと結婚した姿。殆ど別居状態の夫婦の姿には愛情など一滴も感じられない。
過去では彼女と結婚したんだな、と複雑な心境になっていると、不意に自分の顔が現れてエヴァは吃驚する。
「これ俺か? 少し痩せてるな……」
丁度この頃、ロベリオは竜の討伐の最中に、かなり大きな怪我をしたらしく、エヴァが癒しの花を毎日の様に公爵家へと持って来てくれたとアキラが説明してくれる。
「心配そうな顔だ……」
「ええ、とても心配されてました」
まさか、自分のこんな顔を見ることになるとは思って見なかった。
エヴァの花をアキラから受け取り、それを胸に抱きしめながら、少年のように頬を染めて微笑むロベリオは、結婚してからも何度も見て来た顔だ。
ふと、場面が変わり、自分の葬儀に参列するロベリオの姿と、アラーニ伯爵に罵倒されて彼が泣き崩れる場面になった。
「エヴァ様は、たくさんの花をロベリオ様のために生みました。そのせいで、お亡くなりに……」
いくらなんでも生み過ぎたのだろう栄養剤を毎日のように飲んでも追いつかないほど、ロベリオの死を想像して泣いたに違いない。
――その姿は自分でも何となく想像出来るな……。
その後のロベリオの姿は酷い有様で、家にも帰らず永遠と樹海に篭り続け、時折、アキラが心配して衣類や食べ物を運んでいるが、どうしてこんな無謀なことを? とエヴァが疑問に思っていると、アキラが、「エヴァ様がお亡くなりになったあと、ロベリオ様はいつも死に場所を探して彷徨ってました」と言う。
毎日のように樹海へ挑むロベリオの姿は、まるで死に急いでいるようで、見ていると胸が苦しくなってくる。
――ロベリオ……。
思っていた以上にロベリオの心が荒んでいることに、胸の奥がずきずきと痛み出す。
戦線から退くことになった最後の戦いは古竜と対峙し、大きな傷を負った彼の姿だった。どうやらこの日からロベリオは喋ることすらしなくなったと言う。
「もう、いい……、これ以上は見ていられない……」
心が張り裂けてしまいそうだ。もう自分は死んだのに、もう一度死んでしまいそうな気分になる。
「エヴァ様……」
「なあ、これからロベリオはどうなるんだ? 俺が居なくなった世界で、またこんなことを繰り返すんじゃないのか?」
「かも知れません」
またロベリオは死に急ぐように、戦場へ向かうかも知れない……、いや、エヴァのせいで死ぬよりも苦しい時間を過ごさなくてはいけないのだ。
そんなこと――、
「あぁ、ぁ、お願いだ……、俺を戻してくれ、時空を超えられるんだろう?」
「申し訳ございません……」
「お願いだ……っ、他には何も望まない……、だからロベリオの元へ戻してくれ……」
アキラは無表情のまま、エヴァを見つめる。
自分が無茶を言っている自覚はあるし、無駄なことだと分かっている。何故なら、おそらく、どれだけ時空を跨いでも同じ結果なのだろう。
この世界を救うのにエヴァとロベリオの子供が必要だと言うのなら、自分の命など使い捨てとして扱われても仕方が無いことなのだ。
しばらくして、屋敷に棺が運ばれてくると、寝室からロベリオの叫び声にも似た悲痛な声が聞こえてくる。
「嫌だ! エヴァ……、エヴァ! やめろ、何処へ連れて行くんだ!」
――あぁ……ロベリオ……ごめん……、本当に……。
エヴァの遺体が棺に運ばれる様子を見て、膝から崩れ落ちたロベリオの側へと近付いた。
もう、抱きしめることなど出来ないのに、エヴァは彼を抱きしめた。
――ロベリオ、愛している。不器用で、どうしようもない男だけど、幼い頃からずっとお前だけを見て来た。この先は見守ることも出来ないけど、幸せに……。
そこまでの思いをロベリオに伝えると、頬を伝う熱い感覚がして、妙な気分だった。
癒したい相手の死を想像することでしか泣けなかったのに、愛する人の幸せのために泣くのは初めてのことだった。
しかも、死んでも涙が出るなんて……、と変な気分を味わっていると、遺体を運んでいる医師が歩みを止め、ロベリオを呼んだ。
「ロベリオ様! こ、これは……」
「あ……ぁ……ぁ……」
慌ただしく人々が集まって来る。どうしたのか? と一瞬の瞬きをした瞬間、エヴァはジョルダンの園に居た。
もう少し見届けたかったという残念な気持ちと、あれ以上居たらエヴァは永遠に悲しみの中で生き続けることになるのだから、これで良かったと思う気持ちが混在して、何とも言いようのない気分だった。
ガーデンの守護は両手を広げ、「おかえり」と言う。
「もう君に会うのは、これで最後だね」
「え……」
「本来なら生を全うした花生みは土に戻り、数百年は幸福に満たされて眠るんだ。極まれに花生みとして生を全う出来なかった子は、僕が花生みとして生まれ変わる機会を与えてあげるんだけどね、けど、もう、その必要は無さそうだ」
ガーデンの守護が、「じゃあね、エヴァ幸せに」と笑みを浮かべた最後の言葉で、エヴァの意識は飛んだ――。
どれだけ意識を飛ばしていたのか分からないが、気が付けば何だかとても暖かい場所に居た……。
いや、どちらかと言うと息苦しい。死んだあとも、こんな風に息苦しかったりするのだろうか? とエヴァは、ぱちっと目を開けた。
――肉……? 胸……?
生々しい感触の物体が目の前にある。ロベリオの胸に似ている気がするが、死後の世界には不思議なことが多すぎて、今さら驚くのも馬鹿みたいなので、目の前にある事実を素直に受け入れた。
――ちょっと触ってみようか?
むにっと胸の先っぽを摘まんだ。
「ひぁあっう!」
「は……、何て声だよ……」
「エ、エヴァ⁉」
ロベリオの声に驚いてエヴァは顔を確認した。
「あ? ロベリオ? もしかして、お前、死後の世界まで追いかけて来たのか」
「エヴァ、エヴァ、私のエヴァ……、良かった本当に……」
むぎゅっと抱きしめられ、感触は生きていた時と変わりなさそうだと思う。
いや、まて、ロベリオが死んだというなら、自分の子供はどうなるんだ? と冷静な自分が舞い降りて来る。
「ロベリオ? どうして死んだんだ!」
「え……」
「お前なら、きっと子供のことも愛してくれると思ってたのに……」
エヴァがそう言った時だった。「ふあぁぁん」と赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
「こ、子供まで道連れにしたのか!」
「エヴァ?」
「信じられない! いくら何でもやり過ぎだ!」
エヴァが大声をあげた瞬間、扉が叩く音が聞え、ロベリオが対応に出た。
レンが赤ん坊を抱いて部屋へと入って来るのを見て、どういうことなのかと小首を傾げる。
まさか、レンまで死んだのか? あの屋敷でどれだけの死人が出たのかを考えて、公爵家では大騒ぎになっていそうだな、と変な心配をしている自分自身に呆れつつ――、「一体……どうなっているんだ」と呟いた。
その声に反応するロベリオが、「そうか、君は自分が死んだという認識があるんだな」と言う。
「エヴァ、君は〝奇跡の花〟を生んだんだ」
どうやら、棺の中に入れられた時、エヴァは蛋白石に輝く花を生んだらしく、それをエヴァの口に入れたら心臓が動き出したと言う。
「アラーニ伯爵に〝奇跡の花〟について聞いてなかったら、私は気が付かなかったかも知れない」
「……奇跡の花……、本当に生まれたんだな……」
コクっと大きくうなずいたロベリオを見てエヴァは確認のために聞いた。
「じゃあ、ロベリオが俺を追って死んだわけじゃないんだな?」
「っ、どうしてそんなことを思ったんだ? いや、確かにそのくらいのことをしていまう自分を否定できないが……」
そこは否定してくれとエヴァは思う。彼の言葉を聞きながら、まだ半信半疑な自分がいるが、扉付近に居たレンが瞳に涙を浮かべ近付いて来る。
彼が赤ん坊をエヴァに手渡してくれて、ようやく生きていると実感した。
生まれたばかりの赤ん坊の顔を覗き込み、ああ……、この子が自分の子なのだと感動していると、エヴァの目覚めを聞きつけた使用人達がわらわらと入って来る。
皆が皆、「エヴァ様!」と言い、うれし泣きをする姿を見て、一時でも自分の死ぬ姿を見せてしまったことを申し訳なく思った。
「ささ、皆さん、仕事に戻りましょう。それにエヴァ様は目覚めたばかりですからね、ゆっくり休んで頂かなくては」
そう言って執事のエダンが皆を寝室から追い出した。室内に残っているレンが深くお辞儀をすると――、
「エヴァ様、ロベリオ様、本当におめでとうございます」
彼はそれだけ言うと部屋を出て行った。すぅすぅと眠る我が子を抱きしめていると、背後からロベリオがエヴァを抱きすくめる。
「エヴァ」
「うん」
「もう、私の前から居なくなったりしないでくれ……」
「うん」
馬鹿だな、生き物には寿命があるんだぞ、とエヴァは言いたかったが、そんなこと言われなくても、ロベリオだって分かっていることだ。
「あ、そういえばアキラに会って不思議なことを言われたんだが、時空を超えて来たとか……」
「ああ、その話か……、彼は別の世界から来たんだ」
「俺もその話は聞いた。あと、俺と結婚しなかった過去も見せてくれた」
「そうか……」
ロベリオは困った顔をしながら、「難しいことは分からないが、アキラは元の世界に戻る方法を探していた」と言う。
「あ、それなんだが、この大陸に亀裂が入るらしいぞ、お前が死んだあとだけどな、元の世界も崩壊してしまったらしい、だからアキラはこの世界の崩壊を止めたいようだった」
「そうなのか……」
「俺もそれ以上のことは難しくて聞いてないが、体験してない未来の話なんて聞かされても困るしな」
「君らしい考えだな」
何方にしても、今は自分が生きていること、子供が無事に生まれたこと、それから――、この不器用な男の管理だ。
ふっ、と笑みを零したエヴァは、「ロベリオ、愛してる」と伝えた。
「……え!」
「何だよ?」
「ど、何処かぶつけたのでは? い、医者を!」
ああ……、赤ん坊を抱いてなければ張り倒していたのに、実に残念だと思う。
「二度と言ってやらないからな……」
「申し訳ない、エヴァが私を愛していると言うなんて、奇跡のようなことが起きて気が動転した」
「お前は、よく気が動転するようだけど、次の子供を作る時は、気が動転しないように頑張ってくれないと困る」
「も、もちろんだ!」
そう言ったロベリオは、「く、訓練に出掛けて来る」と言ってフラフラしながら部屋から出て行った。
「困ったヤツだな……、お前もそう思うだろう?」
そう言って子供に話し掛けた。
きゅっと目を瞑ったままの我が子を抱き直すと、窓からふわりと花が部屋へ入って来る。
くるくると回り、子供の額にピタっと張り付いたディアスの花を見て、エヴァはピクリと眉根を寄せた。
もし、アキラの言っていた通り、我が子が彼の世界を救うと言うなら、皆が笑って過ごせる日を願うばかりだ。
エヴァは誰もいない窓へと視線を向けると、「ありがとう、君も幸せに」と呟いた――――。
わけあり婚約者は癒しの花を愛しむ~END.
※本編はこれで終わりです。その後の二人「新婚旅行は~XXX~」はR18シーンとなっております。
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